第317話 エルフの里の若者達に力比べを挑まれる件
エルフの里のお持て成しは、それなりに盛大で出て来た料理も変わったモノばかり。楽しめはしたのたが、そもそもこの地に来た目的は楽しむためでは無い。
その辺は子供達も、表面上ではお持て成しを喜んでる素振りをしていたモノの。部屋に戻ると、キャリーバッグのミケの容態を窺って過ごすと言う。
それは一晩を過ごした翌朝も同じで、ミケの体調は依然として良くは無かった。それでも急変はしていないようで、そこは一安心の朝の報告である。
妖精ちゃんの案内で、この異世界へとやって来て丸1日が経過した。しかし、3つ集めろとお達しが為された秘薬素材は、未だ1つも集まっていない状況である。
ただしその1つはこの里にあって、もう1つはムッターシャチームが全力で採取に向かっている所。完全な足踏み状態で無いのは、まだマシな方だと思われる。
ミケの容態チェックを終えて、紗良と姫香は庭のペット達のご機嫌伺いに
ご機嫌に、朝ご飯はまだかと催促して来ている。
来栖家チームが泊めて貰った長老の家は、造りこそ立派だが年季が入っていて豪邸と言う感じでは無い。周囲の建物より大きいが、使用人がいる訳でも無かった。
そんな訳で、紗良は朝食の準備のお手伝いへと立候補。姫香はペット達を連れて、朝の恒例の散歩へと出掛けていった。さすがにランニングは出来ないが、日課は消費したい模様だ。
護人も朝起きてから、ミケの容態をチェックしたり家族の体調をそれとなく確認したり。何しろ異界でお泊りしたのなんて、初の試みなのだ。
自分を含めて、どんな事態が起きるか全く分からない。幸いにも、子供達もペット勢も体調不良に
それを確認して、まずはホッと胸を撫で下ろす家長である。
「それで妖精ちゃん、今の所は計画は順調なのかい? つまりは、ムッターシャチームが戻って来るまでに、目的の2つの秘薬素材を獲得出来るかって話だが。
確かに情報通りに、1つ目の素材がこの里にあるみたいだけど」
「安心しロ、コチラの思った通りニ進んでル……お前たちハ、2つ目ノ場所の情報ヲ頑張って集めテロ。
2つ目は、恐らくダンジョンの中ニあるからナ!」
それを聞いて驚く護人、まさか異界に来てダンジョン探索を強要されるとは思っていなかった。1つ目はともかくとして、これは2つ目の獲得は苦労しそうだ。
そもそも1つ目のこの里にある秘薬素材も、譲って貰えると明言はされていないのだ。何とか朝食の時にでも、長老を口説き落とさないと。
必要なら、結構な金額をこちらは提示出来る……鞄の中には魔結晶(特大)が1ダースに、宝石や貴金属も結構な数が入っているのだ。
今まで探索家業で、苦労して溜め込んで来た甲斐もあったと言うモノ。ここで使わずにいつ使うのだと、護人は気合いを入れて朝食へと臨む。
ただしその意気は、残念ながら空回りの
そもそも里の財産は、長老と言えども勝手に販売や融通など出来ないそうで。決定権は里の議会にあって、長老は既にその任からは外れているとの事である。
昨日喧嘩を吹っ掛けて来た若長が、その議会の長なのは推測通り。これは交渉は難航しそう、そう思って重い気分になる護人である。
それとは逆で、朝食は割と穏やかな雰囲気で進められて行った。昨日の夕食と一緒で、変わった素材のパンとか出て風変わりで美味しかったのもその一因。
そんな朝食も終わり、後片付けも紗良と姫香は進んで手伝う模様。持て成される側のお客さんと言う立場より、身体を動かしていた方が気が休まるみたい。
そうこうしている内に、長老の元に客が訪れた。正確には来栖家の面々に対して、例の若長フィルドーとその仲間が話を持ち掛けに来たらしい。
その話の内容だが、里の祭りに参加しろとの強引なお誘いだった。その景品に、秘薬素材である『霊薬エルク草』を出しても良いとの事で、つまりは腕の競い合いをお望みらしい。
その提案は、来栖家チームにとっては渡りに船!!
「競技は主に剣や槍を使うが、要するにそちらと里の若者の腕の競い合いだ。別に勝てなかったからと言って、命までは取らないし内容によっては秘薬は譲り渡そう。
里の若い者たちは、血気盛んで刺激に飢えていてな……そんな連中に一目置かれるか、憂さを晴らさせるのが今回の祭りの目的だ。
まぁ、名目は異界の冒険者の歓迎会って感じだな」
「あんまり、歓迎してる気には思えないけど……秘薬素材を譲って貰えるなら参加しようよ、護人叔父さん。どっちみち、他には手が無さそうだしさ。
それでその競技とやらは、1対1で戦えばいいの?」
前向きな姫香に対して、若長の隣の若い女性が説明を述べ始めた。彼女は最初にザメラと名乗っており、どうやら長老の言う議会の一員であるらしい。
今回の祭りも議会が仕切るみたいで、その若い女性エルフは挑発的な視線を何度も姫香に投げ掛けている。当の姫香は呑気な態度で、末妹の通訳に耳を傾けている。
祭りの準備だが、現在猛烈なスピードで進行中らしい。昼過ぎ辺りから開始するぞと一方的に告げられたが、まぁこちらは参加するだけで良いので気は楽だ。
精々が体調を整えておく程度で、待っていれば良いだけの話。それより誰がどの競技に出ようかと、そんな会話で家族は盛り上がる事に。
飽くまで呑気な、来栖家の一同である。
“ヨトの里”の中央広場は、昨日見たのとは全く異なる様相を
まさか祭りのレベルが、こんな大ゴトだとは思ってもいなかった姫香や香多奈。末妹の香多奈など、自分も参加出来る競技が無いかなぁとか呑気に構えていたのだが。
普段は公園みたいに利用されていると思われた多目的広場は、まさにお祭りに相応しい彩りに様変わりしていた。対戦用のリングや、射撃用の的などが各所に用意されている。
そしてそれを見学する客席も、三段の簡易席ながらあちこちに設えてあって。老いも若きも、良い席を確保しようと住民が移動している姿が見て取れた。
それを遠目に見守る、本日のメインイベンターの来栖家の一同。長老の孫のモリーの案内で、控室と称された布で作られた仕切りへと通される。
それから対戦相手の若者の、情報みたいなものを何となく聞き及ぶ流れに。あの子は足が速いとか、剣術が上手だとか。魔法は一番だけど、短気で喧嘩っ早いとか。
それを翻訳する香多奈と、熱心に耳を傾ける紗良と姫香である。
要するにヤル気充分で、お祭り騒ぎも毎月の青空市の開催で割と慣れている子供達だったり。末妹の香多奈など、ブースを借りて持って来た物を売れば儲かるねとか言っている。
そのトンデモ案に、実は紗良が意外と乗り気と言う。荒稼ぎしたいと言う訳では無く、お祭りを盛り上げれたら良いね的な思いみたいだけど。
どの道紗良は、運動神経には全く自信がないので競技への参加は微妙である。そんな来栖家の提案に、そんな形でのお祭り参加もアリかなぁと、戸惑いを隠せない孫娘のモリーである。
それでも確認に向かってくれる辺り、とっても良い娘には違いない。
「魔法の鞄に入ってる、予備の武器とか防具ってここで売れるかなぁ? それより魔法の
こっちじゃ、お米料理は珍しいみたいだしねっ。後は、お茶とか味噌汁とか付ければ完璧じゃ無いかなっ!?」
「なるほどぉ……問題は、そんなたくさん売る程はお米を持って来てないって事かなぁ? 一応は多めにあるけど、その魔法の飯盒って当てになるの?
でも食べ物を出すのは、ちょっとやりたいよね」
「異世界の食べ物とか、向こうも興味あるだろうしねぇ……私も手伝いたいけど、選手の方で頑張らなきゃだからなぁ。
香多奈とモリーちゃんに手伝って貰えば、紗良姉さん?」
子供達は、何故か今から始まる競技より、ブース展開を熱心に話し合っている。確かに異界の者との良く分からない競技より、お客相手の物販の方が楽しめそう。
孫娘のモリーも、異界の食べ物を売る話には興味津々。ただ単に競技を見学するよりも、物売りの屋台が出てた方が面白いと思ったのかも知れない。
どうもこちらの世界には、お祭りには屋台を出すって文化は無いみたい。それじゃ楽しくないよねと、香多奈などは持ち寄られたテーブルの飾りつけに張り切り出す始末。
それを尻目に、力比べの競技大会は唐突に始まった。まずは若者の中でも、年少者同士の対人戦が行われるみたい。10代前半の子供のエルフ達が、木剣を手に熱心にステージ上で撃ち合っている。
それを眺める観客も、声援を飛ばして祭りを楽しんでいる模様。
“ヨトの里”は長老の話だと、狩猟や森の中での採集をメインに生活しているらしい。里の中には畑もあるけど、自給自足に足りる程度しか野菜は栽培しないそうだ。
そもそも他の里や町との交流も滅多になく、そんな中で“妖精族”は特別な存在みたいである。階級的には妖精族の方が、天界に近くて偉大なのだとの事。
良く分からないけど、異世界の常識って面白い。紗良は熱心に、香多奈の通訳した内容を記憶して後に役立てる気構え。ただまぁ、現在は屋台の飾りつけに大忙し、それを末妹がスマホで撮影している。
祭りの
その頃にはお握りとお茶のセットも、紗良の手腕によって出来上がって来た。それを珍しがって購入してくれる勇者も、チラホラ出現し始めて場は少しずつ盛況を増して行く。
会計役は孫娘のモリーに頼んで、紗良と香多奈の姉妹はせっせと販売に勤しんで行く。珍しい異界の品物を、寄って来るお客の目を
それが功を奏したのか、徐々に品物が売れ始めて行った。
お握りとお茶のセットは、最初に作った奴は全て完売してくれた。それを受けて、大慌てで魔法の
値段設定は割といい加減、一応はこの集落も通貨の流通はあるらしい。たまに物々交換が混ざるけど、それはそれでオッケーと割り切ってのブース販売である。
実際、貰える物は一風変わった品も混ざっていて、それはそれで面白い。異世界の属性の護符やら、属性の矢弾やらも普通に交換品に混じっている。
他は珍しい果物や、何故かスキル書なども混じっている始末。魔石も小サイズが普通に流通しているみたいで、そちらの方が逆に換金しやすいので有り難い。
どうやらこの異界の里のエルフも、探索と称して近くのダンジョンに潜っている様子。魔石を使って何かの装置を作る技術も、普通に流通しているみたい。
代わりに売れて行ったのは、さっきも話した薬品類から始まって。それからコチラでは珍しい、高級眼鏡やサングラスや望遠鏡など。
興味津々で、それらを手に持って興奮模様のエルフの里の皆さん。
竹の編み籠や恐竜のソフビ人形も、何故か人気ですぐに全部無くなってしまった。次いで素材系の、白い毛皮や赤い甲殻素材も順調に売れて行く。
他にも高級香水や高級酒は、エルフの里の男性にも女性にも人気の模様。“喰らうモノ”での探索で得た品物が、こんな異界の地で
一応の目玉にと出したミスリルの剣やミスリルの兜も、いかにも戦士風の立派な装備の人物が購入して行った。真珠もこの地では珍しいのか、結構な品物との交換で売れて行ってくれた。
お握りとお茶のセットの第2弾が出来上がる頃には、テーブルに用意された品物はほぼ無くなっている有り様である。そしてお祭りって販売のチャンスと気付いた、普段お店をやっている里の連中も周囲に屋台を出す準備を始めている。
それを眺める香多奈は、賑やかになって来たねと飽くまで呑気。
そんな中、ようやく護人と姫香にお呼びが掛かっての、競技の参加の種類を問われる流れに。2人で話し合った結果、護人が剣と弓矢で姫香が槍を使う競技に参加する事となった。
護人はともかく、姫香は槍など習った事は無いのだけれど。全部を護人に任せる訳にも行かず、こんな取り決めになってしまった次第である。
今から戦いの場に赴く2人は、探索着を着込んで準備は万端整っている。最初に出番の護人に向かって、姫香が頑張ってと元気に声を掛けている。
お祭り開始から30分、観客席もほぼ埋まって大盛況である。
――来栖家の異世界競技会は、こうして幕を開けるのだった。
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