第318話 エルフの里で競技会に参加を決め込む件



「あっ、やっと叔父さんが戦う番になったみたい……ちょっとその勇姿を撮影して来るね、紗良お姉ちゃん!」

「えっ、香多奈ちゃんがいなくなったら、翻訳する人がいなくなるんだけど……」


 そんな事より叔父の護人の活躍を撮影する事が重要だと、少女はマッハで好位置を確保しに走り出して行った。護衛役のコロ助も、少女と一緒に移動して競技場を覗き込む仕草。

 そこは簡易的ながら、対戦には充分な広さの円形のスペースだった。周囲には簡易的な観客席も、幾つか建てられて大いに盛り上がっている。


 来栖家の子供達が屋台を出したのは、そんな広場の入り口辺りだった。今もお客が詰めていて、その周辺には新たな屋台が建とうとしている模様だ。

 そんな場所で孤軍奮闘する紗良だが、ちゃんと護衛にはルルンバちゃんがついていて心配なし。里の中とは言え、安全には充分に気をつけないと。

 ちなみにミケのキャリーバッグも、紗良の足元に置かれている。


 護人の対戦競技も気になる紗良だったが、ここに来た本題は秘薬素材のゲットである。下手に相手をボコボコにして、交渉がやり難くなる場合も考えられる。

 その辺はどうなんだろうと、お握りを握りながら思案にふける来栖家の長女。エルフは一般的には、長寿種でプライドが高い設定の小説が多い印象だ。


 ここがそうで無いとも言い切れず、こんな屋台など経営していて良いモノかと悩む少女。ただまぁ、お客はみんな笑顔だし、異世界交流的には大成功ではなかろうか。

 特にお手伝いに頑張ってくれてる長老の孫娘のモリーは、香多奈とあっという間に仲良くなっていた。コミュ力お化けの姫香と香多奈は、いつもこんな感じで行く先々で友達を作ってしまう。


 そして大事な情報である、3つ目の秘薬素材の在りかまで、いつの間にか聞き出していた末妹だったり。この情報収集能力には、素直に驚いた来栖家一同。

 まぁ、向こう的には隠す程でも無く、里の者なら誰でも知ってる知識だったみたいだ。その3つ目の秘薬素材の『熟した虹色の果実』だが、何とダンジョンのレアドロップであるらしい。

 その名も“魔女のダンジョン”と言う、この辺では有名な場所との事。


 その名の由来だが、どうやら長寿エルフの変わり物の魔女が、隠れ住んでいた塔がダンジョン化したとの事。そのためにレア素材が結構採れるそうで、里の実力者もたまに探索に入るそうな。

 中の情報も、そんな訳で割と知れていて助かるのだが。秘薬素材だけは、過去にたった2度ほど入手出来たと言うだけで、確実性はその程度との事である。


 それもかなり深い層まで潜った結果で、難易度も相当に高かったそうな。取りに行くとしたら命懸けだよと、モリーも心配して助言をしてくれていた。

 とは言え、衰弱しているミケの為となれば、行かないと言う選択肢など無い。


 それと並行して、競技会のイベントは段々と盛り上がりを見せ始めていた。その渦中にあるのは、腕に覚えのあるエルフの里の若者が、異界の冒険者に戦いを挑むみたいなシチュエーション。

 観客も仕切りに声援を送って、アウェー感がバリバリの中で舞台に上がる護人である。その姿は例の黒い甲冑姿なので、確かに悪役に見えない事も無い。

 ただし、本人は至って平静を保って、手にする木剣も妙に馴染んでいる感じ。


 そしてアッサリ、最初の手合わせに勝ち名乗りを上げてしまった。不満なのか感嘆なのか、微妙なブーイングの中軽く頭を下げて観客に応える律儀な護人である。

 慌てた主催者が、もう一戦を提案してのごたごたの後に。出て来たのは若長と一緒に交渉に来ていた、いかにも戦士風のエルフの青年だった。


 そして始まる第2戦、木剣同士の打ち合いがしばらくの間続き、その戦いは次第にヒートアップして行く。護人の剣術の技量のアップは、家族も驚いていて香多奈なとかじり付きで動画撮影に勤しんでいる。

 ワーキャー叫びながらミーハーな感じだが、しっかり『応援』も届いている次第。そのせいで、こっそり強化が付いているのは、まぁご愛敬と言った所か。


 何しろ相手のエルフ剣士も、相当な腕前で全く気は抜けないレベル。姫香も声援を飛ばしているが、少しずつ追い詰められて護人の表情にも余裕はない。

 そして咄嗟に《奥の手》を使っての防御に転じて、それを見た観客は驚きの声を上げる。対戦相手のエルフも同様で、そう言う事ならと何と2体の風の精霊を召喚して使役し始めた。

 そこからは、スキル込みでの実戦さながらの戦いが開始される破目に。


 そして最終的に、審判員が割って入るまで5分以上の熱戦が繰り広げられた。結局は両者決め手無しの痛み分けで、勝負付かずのドローと言う結末に。

 その戦いを見ていた観客からは、どよめきが鳴り止まない感じ。それを割る様に進み出た姫香は、リーダーに続くぞと血気盛んな元気振りである。


 前の戦いを見たエルフの里側の戦士たちは、来栖家を侮れない相手だと考えを改めたよう。姫香の相手に出て来たのはエルフの若い女戦士で、木の槍を慣れた感じに手の中で回転させている。

 それを見て、姫香もなるほどと真似をする素振り。結果、『旋回』のスキルが乗るのは百も承知と言うか、それが目的での手段である。


 相手の女戦士も、体さばきを見る限り相当なレベルの模様。最初からスキル全開の姫香だが、木槍での戦いは一進一退の攻防で、こちらも白熱模様である。

 観客の受けも良いようで、盛んに声援が飛び交っている。やはり女同士の戦いの方が、はながあってきょうも乗り易い様子である。そしてこの戦いも、攻防が何度も入れ替わっての5分以上の熱戦となり。

 惜しい所まで詰めつつも、最後は姫香の逆転負けの結果に。


 それでも最後は握手で終わり、相手の敬意は得られたようで結果的には良かったのかも。ちなみに次の射撃競技は、再度の護人の出場で完勝に終わった。

 スキル頼りの勝負だったので、多少ズルい気もしたのだが。勝たないと秘薬素材を譲って貰えないかもなので、そんなこだわりやプライドなどゴミでしかない。


 ここで来栖家にいったん休憩が入り、競技は再びエルフの里の戦士同志での模擬戦に。と言うか、後は祭りの内容的には戦闘系しか無いねとのモリーの言葉に。

 それじゃあ盛り上がりに欠けて寂しいねと、香多奈の余計な茶々入れ。剣や弓矢の腕比べの他にも、競技を作れば良いじゃんと余計な入れ知恵を口にする。

 それを聞いていた若長のフィルドー、例えばどんなと興味津々で。


「そりゃあ例えば……乗り物に乗っての、町を1周するレースとか? 駆けっこじゃ私が参加しても負けちゃうし、乗り物だったらコロ助か茶々丸に乗って出れるもんね!」

「香多奈、アンタそんな危ない真似が許されると思ってるの!? 本気で駆けるコロ助に乗るとか、無理に決まってるでしょっ!?」

「そうだぞ、香多奈……そんな危ない真似は許可出来ないな」


 護人の柔らかい制止の言葉も、大丈夫と一点張りの香多奈である。そして基本的には、末妹に甘いのがこの家族の特性である。護人も、お祭りに参加したいとの少女の熱意を頭ごなしに抑えるのも気が引けて。

 何よりエルフの若者たちが、それは面白そうと既に乗り気と言う。これなら剣や弓が苦手な若者も、参加出来ると言うメリットが大きい。


 そして急遽きゅうきょ、集落にルートが設定されての慌しい動きの運営メンバーたち。観客たちも、呑気にどこが熱い見学ポイントか予想を立てて、そちらへと集団で向かい始めている。

 エルフの里の住民も、娯楽が少なくて競技会の見学は良い暇潰しみたいである。それぞれ知り合いを応援したり、楽しみ方や盛り上がり方は様々みたい。

 異界の冒険者にも、幸い忌避きひ感は無いようで何より。


 そんなウエルカムな雰囲気に後押しされ、香多奈は参加に超前のめり。相棒のコロ助を鼓舞こぶしつつ、茶々丸と萌のペアにも参加をうながす素振り。

 こうなると、さすがの姉の姫香にも妹の暴走は止められない。骨は拾ってあげるよと、そんな言葉にも末妹の香多奈のヤル気はいささかも衰えず。


 向こうのエルフの里の用意した乗り物は、どれも立派な乗用馬だった。それに対抗するこちら側は、ハスキー犬に仔ヤギと言う超アンバランスさ。

 しかもちゃんとした鞍もあぶみも、当然無いと来ている。こんなんで勝負になるのか、周囲の心配を余所よそに本人たちは参加出来るねとご機嫌である。

 巨大化したコロ助と茶々丸は、共にヤル気満々で騎乗者そっちのけで闘志は充分。


 エルフの里の馬たちも、美しい毛並みで手入れも行き届いている様子。乗馬のレベルもして知るべしって感じで、騎手たちも自信に満ちた顔をしている。

 そんな相手は3頭で、コチラと合計5頭での競争を行うようだ。体格は巨大化でトントンだが、果たして戦いでなくレースでどう転ぶかは不透明。


 その不安は、レースが始まって割とすぐに的中した。ハスキー犬が隣にいても、冷静で美しい騎乗フォームでスタートダッシュを決めるエルフ騎手に対して。

 香多奈の方は勢いだけ、何しろただ首輪に掴まってまたがっていただけなのだ。最初のカーブで派手に飛んで行って、道端の茂みへとダイブする破目に。

 騎手を失ったコロ助は、アレっと言う表情で急停止。


 慌てたのは護人も同じだが、幸いにも末妹はかすり傷程度で済んだみたい。シュンとするコロ助だが、これは完全にお調子乗りの香多奈が悪いよと、姫香にかばって貰っている。

 その失点を挽回するように、何とか茶々丸と萌のペアは2位へと滑り込む事が出来た。最後の直線のデッドヒートは、観客も盛り上がる好勝負だったみたい。


 悔しそうな茶々丸だけれど、萌はいつもの澄まし顔と好対照の両者。ただまぁ護人的には、あまり勝ちが過ぎてもエルフの里の民に好印象を持たれないかもなので。

 この位の順位が、実は丁度良いかもだったり。



 ただ、香多奈に関しては負けっぱなしで面白くなさそうな表情。屋台の紗良の所まで相談しに行って、自分でも勝てそうな競技は無いかなとせっついている。

 優しい姉は、しばし考えた末にバトミントンのセットが魔法の鞄に入っていると教えてくれた。この球技なら、初心者のエルフの人達に勝てるんじゃないかとのアドバイスである。


 その申し出が若長に通ったのは、まさに奇跡だったのかも。向こうも面白そうだと、何とか競技用のネットをどこからか工面してくれて。

 そして香多奈に似たような年頃の相手をチョイス、その辺は向こうも考慮してくれた様子。そして始まる異世界交流系バトル、白熱した打ち合いがネットを挟んで行われる。


 向こうも初心者だが、香多奈の方もスパイクなどは打てないので。相手にパスするようなラリーがしばらく続くと、観客も大いに盛り上がると言う。

 要するに遊びの範疇はんちゅうなのだが、異世界交流と言う点に関しては文句のつけようのないレベル。エルフの里の人も、どうやらこの競技を大いに気に入って貰えた様子。

 香多奈が疲労でダウンした後も、他の子供達がラケットを取り合う始末。


 ちなみに勝敗は、香多奈のギリギリの勝利で終わる事が出来た。そしてこの勝利と、面白そうな競技の普及を評して『霊薬エルク草』を譲って貰える約束も無事に取り付けて貰えて何よりの結果に。

 末妹の香多奈のファインプレーに、盛り上がる来栖家一同である。交換条件にラケットとシャトルの融通など、それを思えば安いモノに違いなく。


 そんなお祭りは、夕方近くまで集落の中央広場で続く事に。紗良の屋台も、持参したお米をほぼ使い果たしての店仕舞いとなる始末。

 それでもエルフの里の住民には、充分に楽しんで貰えたし良かったと思いたい。孫娘のモリーにも、随分と屋台のお手伝いでフォローして貰った。

 そのお礼は後でしっかりしなければと、紗良は律儀に考える次第である。


「はあっ、疲れたね紗良姉さん……香多奈の暴走には振り回されるし、競技の参加や屋台の面倒まであって大変だったよね。

 でも青空市の経験が生かされて、里の人には楽しんで貰えたかな?」

「そうだね、香多奈ちゃんも頑張ったし、そのお陰で秘薬素材を譲って貰えたんだから。後で喧嘩とかしちゃダメだよ、姫香ちゃん。

 それにしても、モリーちゃんのお礼に何をあげよう?」


 姫香も売れ残ったアイテムを吟味しながら、長女の相談には思案顔。宝石類は年齢的に早いかもだが、女性には喜ばれるのは間違いない。

 そんな事を話し合ってるうちに、エルフの里にも夕暮れが近付いて来た。異界の空も、やっぱり姉妹の地元と同じく夕焼け空は綺麗で少しセンチな気分になる。


 そこに香多奈が興奮した感じで近付いて来て、良い知らせがあるよと元気に声を発した。たった今巻貝の通信機に、ザジから今日の最新報告があったと。

 それによると、向こうのチームも目的の秘薬素材『世界樹の葉』の回収に成功したそうだ。それを聞いて、姉妹は手を取り合って大喜び。

 目的の素材は後1つ、はるばる異界まで来た甲斐はあったかも。





 ――ミケを救う算段に近付き、大喜びで抱き合う姉妹だった。







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