第315話 穴の奥には古代の森が拡がっていた件



 穴は段々と広くなっていて、数人が横に並んでも平気な程に。ズブガジも通常モードに戻って、一番後ろを静かについて来てくれている。

 その代わりと言ってはアレだが、何故か洞窟内に白い霧が立ち込め始めていた。これを見て、リリアラが警戒の声を周囲に発しての注意喚起を行う。


 つまりはこの隠された道は、恐らく異界とこっちの世界を繋ぐ通路であると。立ち込める霧の中、下手にはぐれたらとんでもない場所に出て大変だとの推測。

 それを聞いて、一斉に周囲の視線を集める香多奈だったり。ひるんだ様子を見せる少女だが、私よりハスキー達の方が危ないでしょと辛うじての反論を行っている。


 そんな訳で考えた結果、リード代わりに探索用のロープでハスキー達を縛る事に。不服そうなレイジー達だが、家族がバラバラになるよりはマシである。

 それから別のロープを家族で回して、視界が塞がれても迷子にならないよう工夫する。異世界チームも、同じく迷子防止にロープを張り巡らせている。


 最後に護人が香多奈と手を繋いで、これで一応対策は出来た。満足そうにそれを眺める妖精ちゃんが、意気揚々と再出発の号令を掛ける。

 行動を制限されたハスキー軍団が、張り切って先頭で進み始めた。その姿は、間もなく白い霧で全く見えなくなってしまった。手を伸ばせば触れられそうなこの霧だが、冷たさは無く逆に肌にまとわりつく温かさ。

 それはまるで、生物の体内の様でちょっと不気味かも。


「香多奈っ、アンタちゃんと側にいるの? アンタが静かだとみんな心配するから、何か喋るか歌うかしてなさいよ。

 霧が晴れるまでね、幸いここにはモンスターも出ないみたいだし」

「えっ、そんなんでいいのかな……ミケさんも籠の中で退屈してるかもだから、それじゃあ歌おうかなっ?」


 お互いにそこにいるか分からない程の霧の中の移動で、沈黙が嫌だったのか姫香の妹への無茶振りが発動した。それに対して、大事そうにキャリーケースを抱えた香多奈が、その要望に応えてくれる模様。

 そのサービスに、果たして籠の中のミケが喜ぶかは不明だけれど。末妹の選択した曲は、『アクアタイムズ』の『千の夜を超えて』と言う歌だった。


 これは広島とは関係ない選曲だけど、この歌は『ブリーチ』と言うアニメの主題歌でもあって。その漫画の作者が、実は広島の府中町の出身である。

 300話を超えるこの長寿アニメ、劇場版も4回と使用された曲も多いのだけど。香多奈のお気に入りは、このバンドのバラード曲らしかった。


 バラードの癖にテンポの速い箇所も多く、伴奏無しで歌うのも難しい曲ではある。それでも香多奈は器用に歌いこなし、サビの部分も気持ちが籠もって良い調子。

 ただ、あまりに気持ちを込め過ぎたのか、途中から自分達の境遇を思い出して泣き出す始末の末妹。ミケとの別れを思ってなのか、その感情は分からなくも無いけど。


 手を繋いで移動していた護人も、この事態には大弱り。ミケはきっと大丈夫だよと、何とか励ましながら隣を歩くのだが。止まないしゃくり上げに、護人が掟破りの手を打って出た。

 いきなり大声で、『森のくまさん』を歌い出し、それには香多奈どころか紗良と姫香もビックリ。ただまぁ、ちゃんと側にいる事はバッチリ分かるので問題無し?

 その内に、来栖家の家族全員で熱唱し始める始末。


 賑やか過ぎる霧の中の行進は、たっぷりと10分以上続いただろうか。その内に霧が晴れたかと思ったら、いつの間にか一行は深い森の只中にたたずんでいた。

 周囲を確認すると、ちゃんとペット達も異世界チームもすぐ近くにいる。姫香がリード代わりの紐を回収しながら、さっそく抜け目なく森の奥を窺っている。


 その結果、どうにも日本の森では無いと言う感触しか情報を得る事が出来なかった。異世界チームの面々も同じく、無事に異界に出たのかなとこちらに伺う素振り。

 香多奈が自分の頭の上に座っている妖精ちゃんに訊ねると、異界渡りは全員で無事に成功したそうだ。それからここは階位の高い土地ではあるが、危険な生物も少なからず棲息しているそう。

 なので大声で歌うの禁止ナと、改めてダメ出しされてしまった。


「いやまぁ……普段はあんなことはしないからな、念の為。それより、これからどっちに進めば良いのかな?

 ダンジョンとは違うみたいだけど、気を引き締めて進まないと」

「ミケさんの容態に変化は無いみたい、良かった……えっとね、まずはあっちにそびえる山の頂上を目指すんだって。

 そしたら、この辺の地理を見渡せるようになる筈だからって」

「なるほど、まぁ移動は2チームいるし危険は少ないかな? ハスキー達も頑張ってね、アッチの山の頂上目指すんだって」


 姫香のその言葉に、張り切って偵察に先行するハスキー軍団である。今度は私がキャリーケース持つよと、紗良がさり気なく香多奈の負担を肩代わりしてくれている。

 ミケ自体は重くないけど、頑丈なケースはそれなりに重量がある。少女も姉にお礼を言って、素直にミケの運び役を交代して貰っている。



 最初の目的地に辿り着くまで、約30分程度掛かっただろうか。戦闘は合計3回、ハスキー軍団が処理したのが2回と、異世界チームが1度戦闘をこなした。

 敵の種類だが、普通に森に出て来るような野犬やら熊やらそんな感じの敵が数体ずつ。特に手強くも感じず、これなら何とか行けそう的な雰囲気が。


 もちろん警戒は怠らないが、やはり2チームでの行動の安心感は半端ない。そしてようやくひらけた場所に出た一行、そこから周囲を見渡す面々。

 そしてやっぱり異世界だと、驚きのコメントが各所から。


 ずいぶん遠くに、天をくような巨大な樹木が存在を主張していた。他も緑の深い樹海が拡がっていて、丘の連なっている場所も所々だが窺える。

 樹海に埋もれる様に、古い石造りの遺跡も割と近場に存在している。ムッターシャ達の地元なのかは不明だが、とにかく日本で無いのは確かである。


 出て来たモンスターも、自然の猛獣では決して無かったし。とは言え、倒しても魔石に変わる事も無かったのは、ダンジョンとは明確に違う点である。

 そんな山頂からの景色を、香多奈は張り切ってスマホで撮影し始めている。姫香などはあの遺跡が怪しいねとか、次に移動する場所を推測したりして。


 ところが妖精ちゃんの計画は、意外と立て込んでいて一同は頭を悩ます事態に。まずはあの遠くに見えていて、物凄く巨大な大樹“世界樹”の元に向かうらしい。

 そこで最初の秘薬素材の『世界樹の葉』を、まずはゲットしなければならないそう。まぁ、順番的に一番時間が掛かりそうな場所に、最初におもむこうって計画みたい。

 近くに感じるあの大樹の元に到達するまで、実は最低3日は掛かるとの事。


「それは大変な道のりだなぁ……あんなにハッキリ見えてるのに、そんな遠いのか。相当大きな樹なんだな、さすが異界の植物だ。

 ちなみに、そんな植物の葉っぱを勝手に採っちゃって平気なのかい?」

「確か『世界樹の葉』は、私たちの世界でも希少ながらも流通はしてたわね。世界樹に認められた者しか、入手は不可能なのが希少の理由らしいけど。

 ムッターシャ、この入手クエを私たちがになえば時間短縮になるんじゃないかしら?」

「なるほど、チーム分担で行こうって手か……リリアラがいれば、世界樹とも通じ合える可能性は高いだろうしな。平原に出てズブガジに走って貰えば、片道2日で済むんじゃないか?

 確かに、ウチのチームに有利なクエストだな」


 リリアラの提案に、なるほどと納得している異世界チームのリーダーである。妖精ちゃんも、その提案には深く頷いて一考の余地はあるな的な態度。

 来栖家にしても、ミケの治療薬は一刻も早く用意してあげたいので。大変そうな道のりに感じるけど、その手の積極的な助言はとても有り難い。


 そして最終的には、異世界チームのその提案を受け入れる事に。妖精ちゃんによると、この“古代深緑の森”で入手すべき秘薬素材は全部で3つあるそう。

 まずは一番遠い場所にある『世界樹の葉』と、あと2つは『霊薬エルク草』と『熟した虹色の果実』が必要だとの事。それに向こうで作って来た薬品を掛け合わせれば、最終的に『若返りの秘薬』になるらしい。

 それに使用する秘薬素材の数、何と10種近く!


 秘薬素材は、少量でも売値は100万円とか軽くするアイテムである。確かにそれを思えば、『若返りの秘薬』は数千~1億円の価値になってもおかしくは無いかも。

 それを雑種の飼い猫になんて、他の者が聞いたら恐らく仰天するに違いない。とは言え、秘薬を売って稼ぐ気など全く無い来栖家にとっては平常運転の案件である。


 つまりは、ミケが元気になってくれるのが一番のご褒美には違いなく。異世界チームの提案を有り難く受け入れて、気をつけてねと彼らを元気に送り出す。

 そして次は自分達が頑張る番だと、妖精ちゃんに次の目的地を訊ねる子供達。この家族チームで、残った2つの素材を集めなければならないのだ。

 それも出来れば、異世界チームが戻って来る4日以内に。


 その期限は、多く見積もっても5~6日程度かなとリリアラは口にしていた。道中の安全は保障されていないので、確かに急かしても良い事は無いだろう。

 それはこちらのチームも同じ事、焦りは禁物と自らをいましめる護人だけれど。そんな彼の胸中を知ってか知らずか、妖精ちゃんは飽くまでマイペース。


 小さな淑女は、来栖家チームを尾根の反対側へとエスコートするつもりらしい。険しい道をお互いに助け合いながら、何とか降りて行く一行。

 そして30分後には、ようやく拓けた沢のような場所へと到達する事が出来た。周囲の木々はどれも幹が太くて、真っ直ぐに点を目指して伸びている。

 とは言え、木々の間隔も広いので、それほど視界も悪くは無い。


「わあっ、凄い景色だねぇ……山歩きには慣れてたけど、日本の山や樹とは全然雰囲気が違うよね、護人叔父さん。

 それはともかく、私達はどこに向かってるのかな?」

「お姉ちゃんの言ってた、遺跡の跡地とも方向は違うっぽいよね……こっちの世界でダンジョン探索とかしないの、妖精ちゃん?

 それともその辺に草や実が生ってて、勝手に採って行くのかな?」

「それだと楽だろうけど、滅多に流通しない秘薬素材らしいからな……おっと、ハスキー軍団が何かを見付けたみたいだ。

 また野生の狼か熊かな、こっちも警戒しておこう」


 護人の言葉に、後衛陣も立ち止まって身を寄せ合う素振り。空中のルルンバちゃんが、敵の姿を探すために上空へと舞い上がって行く。

 茶々丸と萌のペアだが、茶々丸はキャンピングカーを降りた瞬間から、変化の魔法を解いており。仔ヤギの姿で省エネモード、それは萌も同じくいつもの姿である。


 険しい山道も、器用に茶々丸の背中に乗っかって移動する萌だったり。それをズルと言うなかれ、彼の歩幅で旅への同行は思ったより大変なのだ。

 その点、仔ヤギの茶々丸は元から険しい山道もへっちゃらである。何度かの探索でのペア行動で、思いの外仲良くなった感のあるこの両者。


 魔法アイテムも融通し合って、《変化》と《巨大化》のバリエーションを増やすに至っては。家族からの信頼もアップしていて、今やお家で待ってなさいも言われない程になっていた。

 それが何より嬉しい茶々萌コンビ、今後の活躍にも期待大である。


 それはともかく、妖精ちゃんの案内によどみは全く無い。この森が“古代深緑の森”と言うのはつい先ほど判明したけど、人が通る道など見当たらない。

 それでも彼女の指し示す方向に、疑う事も無く追随する来栖家チーム。ちなみにハスキー軍団が遭遇したのは、巨大サイズの大猪だった。


 具体的には牛と見紛みまがうばかりの大きさで、それが突進して来たのはかなりの大迫力だった。ハスキー軍団は慌てず騒がず、スキルと自らの牙でそれをアッサリ退治してしまった。

 そして仕留めた獲物が消えない事態に、何故かビックリして挙動不審になるレイジー達。この辺はダンジョンの常識にとらわれ過ぎのツケだろうか。


 もっとも、護人や子供達も残された大猪の死骸を前に戸惑っているけど。お肉を置いて行くのは勿体無いけど、解体している暇は無いので仕方がない。

 そんな感じで移動を続けて1時間……それ以降は野生動物や、いると噂される魔獣や獣人との接触は無し。こちらの世界もお昼らしく、鬱蒼うっそうとした森の中でも日差しは充分だ。

 そしてとうとう、移動の果てに一行は拓けた場所へと到達した。


 木の柵で囲まれた集落は、意外と大きいようで入り口の門構えも立派だ。確信犯でこの集落へと導いた妖精ちゃんは、一仕事終えたぜぃと満足そう。

 集落入り口に護衛に立っていたのは、どうやらエルフの若者達らしかった。こちらを見付けて、明らかに警戒を強めている様子である。

 さて、ここに旅の目的の秘薬素材があるのか否か。





 ――取り敢えずは、向こうの警戒を解いて集落に入れて貰うのが先カモ?







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る