第313話 今度はミケの容態が急変する件



 家長の護人が無事に退院して、ようやく一息つけた感のある来栖家である。ところがそれと入れ替わりに、今度はミケが容態を一気に悪化させる事態に陥ってしまった。

 その衰弱振りは傍目にも分かる程で、慌てて孝明先生に診断に来て貰ったのだけれど。その結果は、高齢の獣医にもどうする事も出来ないとの返答のみ。


 つまりは老衰の身体で無茶をした結果の、今のこの衰弱状況であるらしい。現代医療ではどう仕様も無く、後は命のロウソクが尽きるのを待つのみとの事である。

 無慈悲に聞こえるが、それは連綿と続いた命の歴史に他ならず。


 それをじ曲げるのは、例え2つの世界が重なった現代でも無理な相談だ。いや、魔法やスキルが蔓延はびこり出して、その前提も変わり始めてはいるけれど。

 恐らくミケが護人を助けられたのも、未知のスキルを使用しての事なのだろう。そこまでしてくれる彼女の愛情には頭が下がるが、反動で自身が命の危機に陥るとは罪作りなミケである。


 これには来栖家の全員が、心配して普段の生活どころではなくなってしまう始末。紗良も必死に『回復』スキルを使用するが、ミケのしなびた毛艶は一向に戻る気配は無い。

 それはそうだ、老化を逆転させるスキルなどもはやチートである。護人もせっかく退院出来たと言うのに、春の農作業の支度に全く気が乗らない有り様。

 それでも、わずらわしい業務は当然身に降りかかって来る。


「ああ、無事に退院したのを報告に行かなきゃ……植松の爺婆の所と、後は自治会長と自警団に挨拶に行って来るよ。協会からも電話があったかな、そう言えば前の探索の換金は終わってるのかい、紗良?」

「いえ、動画のデータだけは必要かと思って、早急に提出しましたけど。さすがに“喰らうモノ”の再探索は、もう少し慎重に行う予定みたいですね。

 えっと、こっちの魔法の鞄に全部入ってます。私も一緒に行った方が良いですか?」


 紗良のその提案に、護人は大丈夫だよとやんわり断って車へと向かう。その代わり、ミケの看病についていてくれと言わずもがなのセリフを残して。そして言われた鞄を手にして、相棒のレイジーと一緒に来栖邸を後にする。

 そのレイジーも、何となく出掛けるのが気が重そうな雰囲気である。何でこんな時にお出掛けするのと、護人は彼女の視線に責められている気がして再び億劫おっくうな気分に見舞われる。


 姫香と香多奈にしても、護人の体調が回復した喜びと、ミケの容態が悪化した悲しみの感情の波にさらされて混乱中。それについて行けずに、揃って気が抜けたような状態になっている始末である。

 まぁ、有り体に言えばペットを飼ううえで、この問題は必ずついて回って来る。犬や猫の寿命は、長くて10~15年前後である。つまり飼い主は、高確率でペットを看取みとる事になるのだ。

 自然の摂理とは言え、若い姫香や香多奈には辛い経験だろう。


 それは護人にしても同様だけど、家畜の飼育をしていればそんなシチュエーションは幾らでも訪れる。牛やヤギの出産が死産で終わったり、鶏を絞めたりとか色々。

 稲や野菜の収穫も同じく、これらは等しく命なのだ。それには必ず終焉しゅうえんが来るし、その命を頂く事であらゆる生命は活動を続けられるのだ。


 綺麗ごとでは無く、農家や畜産家は毎日そんな命と接している。その分だけ、姫香や香多奈は命とのお別れに耐性がついている筈ではあるのだが。

 ペットとは言え、家族同然に暮らして来た者の死は全く別なのだろう。来栖邸の中は沈鬱ちんうつな雰囲気に支配され、普段は明るい子供達も沈み込んでいる始末。


 ミケのお気に入りの場所にベッドをこしらえて、介護を続けている香多奈は戻って来てからずっと半泣きの表情。姉達も心配そうに、家事の合間にミケの様子を窺っている次第である。

 護人にしても、そんな状態のミケを放って出掛けたくなどは当然無い。とは言え、自分が退院した後の始末は、さっさと片付けてしまわなければ。

 取り敢えずは、入院費の払い込み等


 そんな護人が最初に着いたのは、植松の爺婆のお宅だった。そこでしばらく世間話やら、迷惑かけたねと入院中の世話をしてくれたお礼を述べたりして。

 護人が入院していた期間は、ほんの1日に過ぎなかったのだけれど。子供達は半泣き状態で、それはもう植松の爺婆にはお世話になったそうな。


 こうしてピンピンしている姿を見せて回るのは、それを思うと多少気恥ずかしくもある。それでも周囲に心配を掛けた護人としては、必要な事だと信じている次第。

 世間話では、野菜の植え付け時期やら前回のオーバーフロー騒動の被害状況やら。日馬桜町でもしばらくは、お葬式やら壊れた建物や道路の修繕で、町内はあわただしかったのだ。


 探索業に従事している来栖家は、その辺の復興行事はマルっと無視して良いと言われていた。その当人が新造ダンジョンの探索で、棺桶に片足を突っ込みかけていたら世話は無い。

 改めて探索業の危険さを思い知ったけど、依然としてダンジョン問題は町の重大案件に違いない。それをクリアして行く方法は、現状では地道に間引いたりする人間の存在しか無い訳だ。

 つまりは探索者だ、この仕事から抜けるのは当分の間は難しそう。


「そうは言うてもなぁ、何度も死に掛けたりするような仕事にゃ関わらん方がええぞ、護人。子供も養わにゃならんのじゃし、農家仕事で食っていける時代じゃろ。

 そっちに力を注いで、町に貢献すりゃええじゃろうに」

「うん、まぁ……他にダンジョンに潜れる若い連中が育って来たら、俺も喜んで引退するよ。この前のオーバーフロー騒動みたいな危険が、また起こらないとも限らないからね。

 適材適所だよ……ただまぁ、子供たちのためにも無理はしない」


 そう言って、植松の爺様の引退勧告にお茶を濁す護人である。確かに今回の入院騒動は、色々と自分や町の立場を考えさせられる切っ掛けにはなった。

 とは言え、自分の後続が育つまでは、いったん引き受けた仕事はこなし続ける気概の護人である。町のためにって事情もあるが、何よりも怖いからって仕事を投げ出すのは教育上よろしくない。


 確かに逃げるのも一つの手段ではあるが、それで大勢の人たちが困ってしまうのはいただけないではないか。狭い町内での事でもあるが、仕事に対する矜持きょうじは大切だ。

 例え始まりは、敷地内のダンジョンに対する防衛策だったとしても。


 今では大勢の町の住民が、ギルド『日馬割』の名前と活動を知ってくれている。応援も半端なくて、毎月の青空市での差し入れも割と大量なのだ。

 子供達も、口には出さないが探索業に対して誇りを持っているのは態度からも分かる。もし万が一、ミケをうしなう事になったとしたら、今後の探索にも大いに変化が起きるだろう。


 何しろミケは、来栖家チームのエースで後衛陣の守り神でもあったのだ。香多奈の同行も、ある意味ミケがいてくれたから許可を与えていた面もある。

 そんな事を考えている間に、護人の運転する車は各所を順調に巡って行った。病院で入院代を払い終えると、そのまま自治会長と自警団チームへと報告におもむいて。

 そして探索失敗のあらましを、淡々と語り終える。


 向こうも割と沈鬱ちんうつな表情なのは、護人が病院に担ぎ込まれたのを知っていたから。両者からはいたわりの言葉を掛けられたけど、日馬桜町の未来も不透明と来ている。

 何しろA~B級の3チームでも、攻略不能なダンジョンが新たに町に生えて来たのだ。オーバーフロー騒動でも結構な被害が出たし、先行きは余り宜しくない。


 ここで護人が、危ないので探索業を辞めるとか言い出したら、彼らにも止める手段などありはしないのだ。そんな護人だが、現状ではミケの治療の事しか頭に無い。

 それを敢えて口にはせず、また次回は工夫して挑戦するとだけ告げて去って行くのだった。向こうにすれば、そんな護人の態度には驚いただろう。



 考えがまとまらないまま、護人はいつの間にか協会の駐車場に車を止めていた。後ろの席ではレイジーが、そんな主に心配そうな視線を投げ掛けている。

 護人の頭の中では、孝明先生の言葉が何度も脳内再生されていた。老衰は自然の摂理だから仕方がない、誰も逃れられる手段など持たないと。


 だけど来栖家チームがダンジョン探索を始めてから、それにあらがう秘薬素材について耳にしたのでは無かったか? 数百万で売れる素材の管理など、怖いと紗良が以前こぼしていたような。

 そうだ、“若返りの秘薬”と言うのを見付けたら、物凄い値段で取り引きされるって話だった筈。ひょっとして、妖精ちゃんならその秘薬のレシピを知らないだろうか?

 その考えに至って、護人は多少は元気が出て来た。


 そして車の到着を知って、協会からは仁志支部長が顔を出してこちらを窺う仕草。なかなか車を降りない相手に、どうしたのだろうと不審に思っていたのかも。

 護人は魔法の鞄を手に、ようやく車を降りて仁志に挨拶をした。それから建物に入りながらの、入院騒ぎに関するねぎらいの言葉を仁志と能見さんから貰う。


 護人も、今日何度目かの心配を掛けましたとの返答の後に、能見さんから事務的な報告を幾つか聞かされた。例えば、前回の探索失敗の動画を果たしてアップして良いモノかどうかとか。

 それから再挑戦をどのチーム編成で行うかとか、考えてみれば確かに問題点は多い。それもこれも、“喰らうモノ”ダンジョンの難易度に起因する問題ではある。


 そればっかりは護人の手に終える範囲を超えてるし、あの特Aランクに敵うチームをそちらで揃えてくれとしか返答の仕様がない。ムッターシャチームや島根チームも、頼めば再度突入はしてくれるだろう。

 来栖家チームに関しては、力不足だったのは紛れもない事実である。その実力と経験値を、1~2ヶ月で覆すのは物理的に無理だと返答するしかない。

 それなら探索失敗の動画は、サイトにアップして今後の情報にして貰って構わない。


「本当にそれで宜しいんですか、護人さん……今までの動画アップでつちかって来た、来栖家チームのイメージが壊れちゃいますよっ!?

 今後の活動に響くかもしれないし、後半部分はカットでも良いのでは?」

「いえ、後半こそ次に挑む探索者には必要な情報でしょう……ウチは探索業は片手間でやってるし、チームのイメージなんて気にした事はありませんから。

 あっ、あとこっちの魔石の換金お願いします」


 そんな感じでの換金依頼に、仁志と能見さんも微妙な表情。日馬桜町で一番強い探索者チームとの認識なので、2人がイメージにこだわるのも分からなくは無いけど。

 護人にしてみれば、生き延びた事実に最大の感謝である。その為にミケが、自分の命を懸けて主を救ってくれた事が一大事なのだ。その強い意志ときずなむくいるために、自分も動かないと。


 そして待ち時間が勿体無いので、今回ゲットした魔法アイテムのチェックも並行して行う事に。子供たちがいないと味気ない作業、しかも妖精ちゃんもこの場にいないので、かなり手間取ってしまった。

 取り敢えずは9個を魔法の品と確定して、鑑定の書でチェックの流れに。



【心の宝珠】使用効果:使用者はスキル《狂戦士》を習得

【黒檀の鎧】装備効果:耐衝撃&耐魔法&耐呪&サイズ補正・特大

【魔法の鎖】装備効果:耐刃&耐魔法&伸縮自在・大

【朱魔の布】使用効果:高位防御&補修・布素材

【サーベル魔剣】装備効果:不折&鋭刃&魔喰・大

【勇者の盾】装備効果:不壊&猛勇&修復・大

【血塗られた布】使用効果:耐呪&耐寒&耐熱・布素材

【変異ミノタウロスの角】使用効果:憤怒&硬化&身体能力up・骨素材

【目玉のバングル】装備効果:耐麻痺&耐睡眠&耐魔法・大




 武器や素材に凄い性能の物が紛れているが、やっぱり特筆すべきは『黒檀の鎧』だろうか。効果に特大表示がついた魔法アイテムは、護人も今まで見た事が無い。

 それから宝珠の《狂戦士》だが、協会のデータ情報にあって説明を聞いてみた所。攻撃力は格段に上がるが、使用者は理性を失う系のスキルみたい。


 そんな物騒なスキルは使いたくない護人は、それを売るかお蔵入り候補へ。そこに換金が終わったと、職員の江川が奥から戻って来た。

 今回は178万円との事で、4層途中のリタイアにしてはまずまず。何しろ、魔石(微小)と魔石(小)のドロップ数がほぼ同じだったのだ。


 ちなみに魔石(大)2個と魔結晶(大)の5個は、売らずに家での強化錬金用に取ってある。高級食用油やシャンプーセットなども同様、家で使う用にキープの方向で。

 その代わり、回収した高級酒や香水系の品は、回った先で欲しい人にプレゼントしていた護人である。ここでも仁志支部長や男性職員にお酒を、能見さんに香水を送って心配をかけた罪滅ぼしなど。

 実際の話、探索失敗のダンジョンの回収品など、手元に置いておきたくなどない。




 数時間ぶりに戻って来た来栖邸は、出掛ける前と同様に静まり返っていた。子供たちが在宅でこの静けさは、とても珍しい現象とは言え。

 その原因に心当たりのある護人は、勝手口から静かにキッチンへと移動して行く。それから帰路の途中に練り上げた、作戦の準備を推し進め始める。


 食器の準備をしていると、食いしん坊のターゲットが見事に釣られてくれた。お隣のリビングでは、ミケの看病に子供達が詰めてくれている筈。

 ミケと仲の悪い妖精ちゃんは、そんな事は関係ナシに呑気な様子。そしてグツグツと煮込まれているぜんざいを発見して、テンションが上がっている様子。

 これは賄賂ワイロ用にと、植松のお婆に事前に用意して貰ったモノ。


「オッ、これは好きナ甘味の1つダナ……でも熱いカラ、フーフーしてくレ」

「これを腹いっぱい食べたいかい、妖精ちゃん……? それなら交換条件として、俺に“若返りの妙薬”のレシピと素材の集め方を教えてくれないか?

 君も落ち込んでる子供達を、是非ぜひとも元気づけたいだろう?」





 ――その護人の提案に、小さな淑女の瞳は目まぐるしく動き回るのだった。








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