2年目の春~夏の件

第312話 ダンジョン攻略失敗の後始末に追われる件



 上級ポーションや中級エリクサーなど、現代医療をあざ笑うような魔法の薬品が数々ドロップするダンジョンだけれど。当然ながら探索での事故率は、一定数は存在する。

 特に1年未満の新人探索者は、2割かそれ以上の確率で命を落とす。例えその確率を逃れても、ダンジョン探索が危険なのは間違いのない事実である。


 例え魔法の薬品を所持していても、使う暇が無ければ同じ事である。HP量をレベルアップで底上げしようと企んでも、間違って強敵に遭遇したら運次第で人生の終焉が待っている。

 探索者と言うのは、ぶっちゃけそんな仕事である。


 この世界に“ダンジョン”が出来て、既に6年目となる……探索者支援協会が発足して、そんな探索者の支援を手伝い始めて5年足らずだろうか。そのせいで、探索者の死亡率は随分と減って来たとは言え。

 やっぱり事故はつきもので、特に情報不足は探索者にとって大敵である。それならばと、姫香は今回の動画の編集と公開を、協会へ丸投げでお願いした次第。


 その代わり、動画チェックや魔石売りの雑事は、今回全て拒否させて貰った。そんな事をしている場合でなく、それは向こうにも了承して貰えていた。

 何しろ今回の“喰らうモノ”の探索は、来栖家チーム初の大失敗に終わったのだ。異世界チーム“皇帝竜の爪の垢”は、5層に到達して中ボスを討伐出来たモノの。

 その奥に通じる通路は、結局どうやっても開かずの結末に。


 島根のA級チーム『ライオン丸』も、何とか5層の中ボスの間には到達したそうだけど。その時には余力もすっかりなくなって、戦わずして逃げ去る破目に。

 時間制限を2時間と設定したのが不味かったと、彼らは反省会でそう語った。普通のダンジョンだと、5層程度降りるなら全く問題ない時間設定の筈ではある。


 ところが情報の無い特Aダンジョンともなると、その設定はキツイ縛りに成り下がってしまったよう。島根チームも踏ん張って、薬品漬けになりながらも何とか中ボスの間に到達は出来たのだが。

 さすがにこれ以上は無理と、安全を優先してUターンしたとの事。その判断は決して間違っておらず、今回は情報を持ち帰れただけで良かったと思うしか。

 何しろ、生きていればリベンジの機会は幾らでもあるのだから。



 最後に一番大きな被害を出した、3チームの中で一番ランクの低いチーム『日馬割』の結果と現状だけど。4層の途中でリタイアして、何とかチームの生還は果たす事が出来た。

 ただしその被害は甚大で、怪我人も多く出しての文字通りの敗走だった。ルルンバちゃんの小型ショベルのパーツは、結局回収出来ずに4層に放置する破目に。


 その他の魔銃やら《念動》付きの魔法アイテムなどは、一応は回収する事が出来たのは幸いだった。それもこれも、あの厄介な2体の変異モンスターを、何とか倒す事が出来たから。

 その代償は大きく、最後まで戦ったチームリーダーの護人は大怪我を負ってしまっていた。その後は子供たちの頑張りで、何とか地上まで戻る事には成功したけれど。


 丸1日経った現在も、意識が戻らない状態のままとなっている。上級ポーションや中級エリクサー、果ては紗良の『回復』スキルを使ってこの有り様である。

 子供たちの付きっきりの看病もむなしく、意識は回復しないまま。担ぎ込まれた病院では、傷は塞がっているけど血を流し過ぎた結果だと診断されていた。

 とは言え輸血も血液不足で、熱心な治療もままならない有り様である。


 それでも交代しながら、付きっきりの看病を行う子供たち。唯一の保護者である護人をうしなうなんて、そんな万一などあってはならないと必死に声を掛けて。

 死の淵を彷徨さまよう魂を、一生懸命に繋ぎ止める作業。いや、傷口やダメージは薬品や『回復』スキルで、完全に拭い去られている筈なのだけれど。

 それでもかたくなに、一向に目覚める気配のない護人である――





 その頃、その張本人である護人は、夢の中で例の厄介な敵と戦闘中だった。黒い甲冑の騎士は、ドール系のモンスターに見えて実体はシャドウ族やそっちに近い敵で。

 モロに闇系と言うか、そんな特殊個体で厄介なスキルもてんこ盛り。その中の1つに、自分を倒した敵の回復を妨げると言う“呪い”系の能力があった模様。


 さすがにその呪いは、紗良の『回復』や中級エリクサーでは解除出来なかった。来栖家の持ち物の中では、解呪ポーションやかつての“神社ダンジョン”で入手した魔法アイテムで何とかって所だろうか。

 ただ、そんな事など誰も分かり様も無いこの現状。護人もただ抗う為だけに、夢の中で同じ敵を相手に延々と戦闘を続けている有り様である。

 その虚しさは、まさに暖簾のれんに腕押し状態でメンタル崩壊寸前。


 精神的な疲労は、終いには肉体にも作用して徐々にスタミナを削られて行く。このまま放置すれば、衰弱死もあり得そうな厄介な“呪い”である。

 とは言え、それを外部に知らせる手段も現状無かったりして。精々が、苦悶くもんにうなされるのが精一杯の意思表示と言った所だろうか。


 今も何度目かの戦闘で、黒い甲冑の騎士を倒し終えて。ホッとしたのも束の間、出口の無いダンジョンは護人を捉えて外に逃すつもりは無い模様。

 そして再び、闇から例の厄介な変異モンスターが出現したかと思ったら。長剣を構えて、こちらの息の根を止めようと襲って来るのだった。

 これで一体何度目か、そしてこれで倒されたらどうなってしまうのか。


 考えるだけで恐ろしくて、全く気を緩める暇もない護人である。ところが、そんな自分の意に反して、戦闘に慣れて来た身体はスムーズな動きをしてくれる。

 特に『魔断ちの神剣』だ、護人のサブ武器だが別段に愛用のシャベルに劣っているとかの理由ではない。まぁ、シャベルの方が手に馴染んでいるし、『掘削』スキルも作動してくれるので、硬い敵にはすこぶる有利ってだけの理由である。


 そもそも刀を振り回すってのは、コスプレ感が凄まじい上にすぐ折れてしまいそうで心許こころもとない。良品の魔法アイテムだと分かっていても、その不安はどうしてもぬぐえず。

 ところがこの夢世界では、愛用のシャベルは既に壊されていて手元には無かった。ついでに薔薇のマントの支援も得られないまま、頼れるのは己自身とスキルのみと言う状況である。


 それでも『魔断ちの神剣』を手に、既に何度目かの勝利をあげる夢空間に徐々に変化が訪れ始めた。つまりは、段々とこの神剣の扱いにも慣れて来て、おまけに《奥の手》スキルにも変化が出て来たのだ。

 盾も持たない今の状況、敵の攻撃を浴びるのが物凄く怖い護人。それで編み出したのは、《奥の手》に『硬化』を掛けて盾のように使う術だった。

 お陰で敵の攻撃を、余裕をもって退しりぞけられている次第である。


 護人の精神状況だが、この疑似ダンジョン世界に閉じ込められて以降、外の情報は全く遮断されている。家族が心配していると思うと、歯がゆくて何とかここを脱出したいと居ても立っても居られないのだが。

 元々出口が無いこの仮想空間ダンジョン、この呪いは本当に厄介過ぎる。この状況を子供達に伝えれば、家にある魔法アイテムで解決する手段もあると言うのに。


 それにしても、最初はあれだけ苦戦した黒い甲冑の騎士との戦闘だったと言うのに。今もその繰り出す剣先は鋭く、決してあなどれる敵では無いのは確かだけど。

 編み出した《奥の手》の防御方法は更に硬度を増し、恐らくだが《心眼》での戦闘予測は冴え渡っている。こんな戦闘訓練ってあるのかなと自問自答しながら、終わらない戦いは続く。


 もはや何で戦っているかすらさえ、記憶から消えそうな程の戦闘回数を繰り返しただろうか。それに比例して、敵の甲冑の騎士を倒す時間はどんどん短縮されて行っている。

 これが呪いの一環だと言う事実を、思わず護人は忘れそうになってしまう。向こうも倒せない事に焦って来たのか、ある瞬間から敵の数が増えてしまった。

 お供のミノタウロスが追加で5体、これは侮れない戦力だ。


 パワー系のミノタウロスは、甲冑の騎士とは戦法が全く違うし体格もそうだ。手に持つ大斧だけでなく、蹴りや体当たりまで使って来るのは織り込み済みとは言え。

 これだけ数が多いと、空間を支配されてこちらの逃げ場がほとんど無い。護人は《奥の手》と《心眼》をフル回転させて、相手の攻撃をさばきまくる。


 そして反撃の斬撃を何度も繰り出し、護人は確実に致命傷を負わすのを繰り返して行く。結果、もはや雑魚と化したミノタウロスの群れは、あっという間にその数を減らして行ってくれた。

 つまりは、もはやこの空間で護人は敵なし状態に移行しつつあった。


 そしてやっぱり、しばらく訪れる敵のいない静寂状態。出口を探してこの薄暗い場所を歩き回るのも、もはや飽きてしまった護人である。

 その時不意に、そんな彼の足に絡み付く柔らかい物体を触覚がとらえた。猫が身体をり寄せるような、お馴染みの柔らかさに妙な安堵感を覚える護人。


「……ミケ?」


 思わず、こんな場所にいる筈の無い愛猫の名前を呼び掛けてみる。すると、ミャーと返事があって、驚いた護人は武器を収めて足元の小柄な影をすくい上げる。

 それは確かにミケで、ただし尻尾がやたらと多い気が。その周囲に浮かぶ光の群れは、まるで人魂のように揺らめいて護人をダンジョンの壁の側へと誘った。


 次の瞬間、光の群れが壁にぶつかって物凄くまばゆい光を放った。そして壁に穴を開けたと思ったら、浮遊感が護人の身体に訪れる。それは全く不快では無く、護人は直感で助かったのだと感じた。

 恐らくそれは、ミケの何らかのサポートだ……新スキル辺りが怪しいが、とにかく助かった。そう思いつつ護人がまぶたを開けると、そこは見知らぬ病室だった。


 あれから時間はどの位経っているのだろう、窓の外は既に闇夜みたい。病院のベッドの横には、子供達が仲良く椅子に腰掛けてうつ伏せで眠りこけていた。

 看病疲れなのだろう、それを見て起き上がろうとした護人の腕に違和感が。そこには点滴の管が通っていて、なるほど入院中だなと納得する護人。

 そして違和感はもう1つ、護人の胸の上に小さな重みが。


 ミケだった、どうやらさっきの遭遇は夢では無かったようだ。護人にとって命の恩人には違いないが、その小さな家猫の様子がヘン。

 無茶をし過ぎたのか、明らかに具合が悪そうだ。元々冬に入って元気の無かった老ネコだったけど、今は毛艶も完全に失って身体のサイズも一回り縮んでいる。


 まさか護人を助けるために、そこまでしてくれるとは。大いに慌てて呼び掛ける声に、先に反応したのはベッドサイドの子供達だった。

 意識を取り戻した家長を確認して、良かったと半泣きで抱きついて来る姫香や香多奈。そんな中、護人は気もそぞろでミケの容態を案じていた。


 何しろ、このまま息を引き取りそうな衰弱具合なのだ。幸いにも、この騒ぎを聞きつけて、お医者さんとナースさんが速攻で駆けつけてくれた。

 もちろん医者は人間専門で、ミケの容態など分かり様も無いのは仕方がない。ついでに呪いの類いも専門で無かった様子、それは当然なので構わないのだが。

 ミケの命懸けの救出劇を思うと、何とかして欲しかったのが本音である。


「ああっ、護人叔父さん……良かった、目を覚ましてくれたっ! 心配したんだよっ、このまま目が覚めなかったらどうしようって」

「ハスキー達も病院の駐車場にいるよ、これで全員揃って家に帰れるねっ! 本当に良かったぁ、爺婆と駐車場のみんなに早く知らせてあげないとね。

 あっ、植松の爺婆もキャンピングカーの中にいるよっ」

「そうなのか、みんな心配を掛けたね……そうだな、一緒に我が家に帰ろう。ミケ、しっかりしてくれ……お前がいないと、家族が欠けてしまうよ」


 護人が涙声なのは、何も紗良や姫香に釣られたからでは無かった。看護婦のおばさんは病室にネコは困りますと、しかめ面で文句を述べて来ているけど。

 自分を治してくれたのはこの小さな勇者だと、内心で憤る護人。とにかくこんな場所は、さっさと出て行ってしまうに限る。点滴を外して貰って、護人は家族に帰るよと一言。

 その胸には、大事そうに小さな勇者を抱え上げて。





 ――今度は護人が、ミケの頑張りにむくいる番だ。






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