第309話 4層に徘徊する大物に捕まり敗走する件
チームの態勢を立て直すのに、結構な時間を費やす事になってしまった。ただしその判断は、決して間違ってはいない筈だと護人は思う。
何しろ姫香とツグミが背中を斬られて、ルルンバちゃんも中破に追い込まれると言う、来栖家チーム始まって以来の非常事態なのだ。
そんな休憩時間には、決まって宝箱の中身チェックに走る香多奈も今日は慎重である。何しろこのダンジョン、罠の仕掛けが通常よりエグいのだ。
ツグミも度々、解除に失敗する程の難易度はやり過ぎだと思うけど。そもそもツグミは、その手の訓練も受けてないし、そっち系のスキルも所持してないので仕方がないとも。
今は窪みに設置された銀色の宝箱は、ルルンバちゃんが引っ繰り返って暴れたせいで、開封された状態だ。紗良に『回復』して貰ったAIロボは、アーム操作と姫香の『圧縮』土台造りで、何とか窪みからの脱出に成功した所。
それからご迷惑おかけしました的な、雰囲気を醸し出しているのがちょっと可愛いかも。災難だったねぇと、香多奈なども労りの言葉を掛けている。
何にしろ、あのビームを浴びたのがルルンバちゃんで、本当に良かったと言うしか。ペット勢や人間だったら、身体に大穴が開いて大変じゃ済まなかった可能性が。
その後に用心しながら、護人とレイジーとツグミで再び窪みの小部屋へと降りて行って。そうやって回収した宝箱の中身は、それなりに豪華だった。
まず薬品はMP回復ポーション1100mlに上級ポーション1000ml、中級エリクサー1200mlと3つ程。上等な薬品瓶に入っていて、見た目も豪華な感じ。
そして鑑定の書(上級)が5枚に魔結晶(大)も5個、魔玉が光と闇のセットで16個も入っていた。その隣には、このフロア2個目となるオーブ珠が置かれてあった。
それから狙ったような幸運が、つまりは恐らく魔法アイテムの、上質な盾が出て来たのだ。妖精ちゃんが騒いでいるので、前に使っていたのより上質な品かも。
その辺は不明だが、代用品がすぐに見付かってラッキー。
後は何故か、高級眼鏡やサングラス、望遠鏡や天体望遠鏡と言った見る事に関するアイテムが多数。ひょっとしたらビッグアイ効果なのかも、そんなこだわりは少し感じる。
宝石も結構入っていて、これだけでひと財産かも。窪み部屋の上から覗き込んでる香多奈は、熱心に回収品を眺めて歓声を上げている。
それだけでチームの空気は明るくなるので、良い意味で末妹はムードメーカーには違いない。護人にしても、このヤンチャ娘を戦力の計算には入れてはいないけど。
探索に連れ回す葛藤は、実は未だに抱いている次第である。特にこんな危険度マックスのダンジョンとなると、前衛でも
取り敢えず宝箱の中身を回収し終わって、休憩も終わった一行は再度の決断に迫られる。4層への階段を前にしながら、どうにも気は進まない護人である。
それでもハスキー達は、その闘争本能で先導役を止める気は無いようで。そんな感じで、促されるままに4層へと到達する来栖家チーム。
このフロアも遺跡型で、天井も道幅も随分と広い印象だ。そして出て来る敵も、予想通りに巨体の敵が群れとなってやって来た。
このフロアはミノタウロスと、4本腕の大熊がメインの敵らしい。どちらも3メートル超えの巨大さで、下手すればどこかのダンジョンの中ボスクラスだ。
そんなのが一度に4体とか、普通にチームを組んで出現する非道なエリアである。とは言え、ハスキー軍団は怖気付く事も無く果敢に相手へと突っ込んで行く。
それをフォローする面々だが、ミノタウロスの持つ大斧は当たると痛いでは済まなそう。その筋肉質の上半身と、血走った牛の顔は遠目からでも充分に怖い。
四本腕の大熊にしても、その牙も4つの爪も敵を切り裂く凶器には違いなく。前に出たルルンバちゃんも、あっという間にその機体を傷だらけにされる始末。
ハスキー達も、ヒット&アウェー作戦で同じ場所になど留まってはいられない。護人も同じく、予備の盾と『硬化』スキルがあるとは言え、正面には立ちたくない相手達である。
そんな訳で、なるべく受け流しつつ囲まれないように必死の戦闘が続く。
幸いこいつ等は、魔法のダメージは普通に入るようで良かった。レイジーの炎のブレスやツグミの『土蜘蛛』スキルで、何とかこちらのペースに持ち込めそうだ。
何しろ姫香の強化された
結局は、4体の群れを倒すのに10分近く掛かってしまった。もうすぐ約束の2時間が経過するし、5層に辿り着くのはどうやっても無理っぽい。
その時点で戻る算段を取っていれば、或いはその後の事故は防げたのかも。とにかく来栖家チームは、フロアを徘徊するそいつ等に出遭ってしまった。
4層フロアをそれ程進んでないのに、何と言う不幸。
その片方は、既に戦闘を何度かこなしたミノタウロスに違いなかった。通常モンスターとの相違点は、腰布だけでなく金属のチェーンを上半身に巻き付けている所。
それから所持する大斧も、どこか立派で異様な質かも。そして相棒に、全身鎧の騎士を従えているのもやや不自然な点かも知れない。そんな、黒い鎧の騎士との大きさの対比は、まるで大人と子供である。
とは言え、甲冑の黒騎士も2メートルを超す長身に見える。手に持つ長剣も、血塗られた様な異質さを放っている。思わずハスキー達が
香多奈も同じく、小さく息を呑んでレア種かなと姉に小声で尋ねている。そんな雰囲気を発している敵モンスターだが、恐らくは違うのだろう。
それもこのダンジョンの異様性で、強い敵が自然に要所に配置されているのだ。これも“喰らうモノ”の特性と言えば、まぁそれまでかも知れないが。
出遭ってしまった以上、戦闘はどうやっても不可避な模様。向こうは策も無く突っ込んで来て、それをハスキー軍団とルルンバちゃんが迎え撃つ。
護人と姫香も、いつものようにペット勢のフォローに入る。
そこに突然、信じられない光景が飛び込んで来た。何と黒い甲冑の騎士の放った斬撃で、ルルンバちゃんの小型ショベルのアームが吹っ飛んで行ったのだ。
正確には綺麗に斬られたのだが、その衝撃は果たして誰が一番大きかったか。少なくとも、ルルンバちゃん本人は相当にショックだった筈。
「不味い、コイツ等やっぱり並の相手じゃないぞ、気をつけろっ! その黒い甲冑は俺が抑えておく、残りで先にミノをやっつけてくれ!
恐らくこのミノもさっきよより強いぞ、気をつけて当たれ!」
「了解っ、護人叔父さん……ツグミ、最初から全力で行くよっ!」
「強い敵が出たって……いざとなったら助けてあげてね、ミケさんっ!」
護人の指示に慌て気味の来栖家チームだが、この時点ではまだ余裕があった。何しろ数的有利は揺ぎ無いし、このフロアで既に何体かミノタウロスは討伐済みである。
ところがこの変異個体、ハスキー軍団の『魔炎』や『牙突』を浴びても勢いは止む気配がない。姫香が必死に『圧縮』スキルで、何とか相手の肝の大斧攻撃は封じているけれど。
こちらの攻撃も
本日2度目の緊急事態だが、今回のはほぼ致命傷となってしまった様子で。これ以上動くこと叶わず、仕方なく小型ショベルを捨てて脱出を図るルルンバちゃん。
この辺りで、このミノタウロスの強さが段々と子供たちにも透けて見え始めた。思わぬ劣勢に、とうとう後衛のミケも参戦を始める。これにはさすがの変異ミノも、かなり嫌がっている様子。
その隙にと、ツグミが《空間倉庫》から『炎のランプ』を取り出す。
「護人叔父さんっ、ルルンバちゃんが倒されちゃった……コイツも滅茶苦茶強くって、囲んで攻撃しても倒れてくれそうにないよっ!?
どうしよう、今はミケとレイジーが時間を稼いでくれてるけど」
「仕方ない、階段まで下がろう……俺がしんがりを務める、まずは後衛から階段まで下がってくれ」
「えっ、でも敵も追って来るよね!?」
香多奈の疑問はもっともだが、紗良は素直に近付いて来たルルンバちゃんの本体を抱え上げる。それからしっかりと末妹の手を取って、リーダーに言われた通りに退避に取り掛かる。
何より足手纏いの自分達が居座り続けていたら、前衛陣も逃げる事が出来ないとの大人の考え。ミケはしかし、その考えを拒否するように紗良の肩から飛び降りて、敵との戦いの継続を選択する。
このミケの『雷槌』と、それからレイジーが『炎のランプ』を媒体に創り出した炎の狼兵が功を奏して。今の所は、変異ミノは何とか封じ込めている感じ。
次いで茶々丸と萌のペアが、紗良に呼ばれて渋々退避して行く。得意の猪突も黒雷の長槍も、ほぼ相手に通じてなかったので仕方がないとは言え彼らも悔しそう。
その次に指名された、姫香とツグミは自分達だけの退避を断固拒否。コロ助も同じく、完全に戦闘モードで興奮し切っていて逃げる指示とか聞き入れそうもない。
そんなコロ助は、炎の狼兵と共に果敢に変異ミノに突っ込んで行くのだが。
これを見て大慌ての姫香、動かなくなったコロ助の回収をツグミに命じる。《闇操》と銀の毛皮で闇の大狼を召喚したツグミは、大狼に命じてコロ助を回収。
炎の狼兵もあっという間に半分に減っていて、このままでは本当に不味い戦況である。姫香もそう思ったのだろう、何とか数を減らそうと思い切って攻撃に打って出る事に。
そして切り札の《舞姫》を発動させての、猛烈果敢なアタック!
束の間、武器同士がぶつかって火花が飛び散った。姫香はその瞬間、身を低くして変異ミノの太ももに斬り掛かる。その攻撃は敵を深く斬り付けたが、代わりに思わぬ反撃を喰らってしまった。
コロ助と同じく、斬りつけた筈の足の蹴り技で、反対の壁まで吹っ飛ばされる姫香。その攻撃で、斬られた脚に負担が掛かったのか、片膝をつく変異ミノ。そのお陰で、追撃が来なかったのは幸いだった。
ツグミの反応も早く、コロ助と一緒に意識の無いご主人を抱え上げて危険地帯から退避する。それはミケの眼力での、さっさと下がれとの合図に従った行為でもあった。
これで戦場に残った来栖家チームは、護人とレイジーとミケのみに。対する敵は、ほぼ無傷の甲冑騎士と、傷を負ってグロッキーな変異ミノの2体。
それでも、片膝をついて弱みを晒した敵に対して、レイジーもミケも容赦が無い。炎を
ミケに動きを封じられ、急所に咬み付かれてはさすがの凶悪な敵も
後は、敵が追い掛けて来なければ逃走は可能なのだが。
雰囲気からして、とてもそんな事は許してくれそうにない。とは言え、自分が倒れても家族が逃げる時間は稼げそうだと護人は気楽に考える。要は考え方だ、この化け物が大切な家族に手出し出来なければ良いだけの話。
その護人の決意は、どうやらレイジーとミケにも通じている様子。何度か太刀筋を受け損ねて、既に血塗れの護人だが気力はまるで衰えていない。
愛用のシャベルも予備の盾も、敵との
そうして、剣士同士の熾烈な第2ラウンドが始まるのだった。
「お姉ちゃん、大丈夫……っ!? 良かった、意識が戻ったみたい。紗良お姉ちゃん、コロ助も治療してあげてっ!」
「あれっ、ここどこ……あっ、護人叔父さんはっ!?」
「まだ戦闘中みたい……レイジーちゃんとミケちゃんがついてるから、大丈夫だとは思うけど。万一の時には、皆で逃げれるように用意はしてなきゃ」
綺麗に敵にノサれた身としては、舞い戻って手助けとは簡単に言えない姫香。それでもただ待ってるだけなど、到底出来そうもない。
幸い、様子を見て来るとの言葉に、姉の紗良から反対の意見は出ず。以前に護人と約束した、彼がいない場合はリーダー役は紗良との約束は破らずに済みそう。
それどころか、チーム全員が姫香に従って戦場へと歩き出す始末。最初の護人の命令には従ったけど、やっぱり残ったメンバーが心配なのはみんな同じ。
護人達が敵とまだ戦闘中だったら、当然サポートに回る気満々の子供たち。護人が子供達を想うのと同じく、子供達も護人を当然の
嫌な予感を振り払い、遺跡型ダンジョンを進む子供たち。姫香もコロ助もダメージが充分に抜けてないが、弱音など吐いていられない。
先ほどまでいた筈の戦場からは、
レイジーとミケは、力を絞り尽くしたのか腰砕け状態で主人の側に横たわっている。
「護人叔父さんっ……!!」
――ダンジョンはただ冷ややかに、家族の再会を見守っていた。
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