第308話 時間に追われつつ特Aダンジョンを先に進む件



 いつの間にか、ハスキー軍団と本体の距離が意外と空いて、護人の『射撃』スキルくらいしか届く援護が見当たらない。いや、厳密に言えば紗良の《氷雪》なども敵には届くけど。

 範囲攻撃はハスキー達も巻き込むし、《結界》は自分中心なので射程がとても短い。悲鳴を上げるしか出来ない状況の中、姫香の動きは迅速だった。


 何とか距離を詰めながら、『圧縮』でガードしようと集中する姫香。3体のダークトロルの攻撃は素早い上、しかも無慈悲で全部は防ぎようがない。

 護人はもっと戦況の把握がしっかりしていて、原因のイビルアイを排除しようと頑張っていた。そうすれば金縛りは解ける筈だし、解けたらハスキー達も回避が可能だろう。

 とは言え、半ダースの敵のどいつが術者かは判然とせず。


 ようやく2匹、『射撃』スキルで倒したけど、未だハスキー達は自由の身になれず。一斉に上がる絶望の悲鳴の中、終いには護人も前線に駆け出すのだが。

 どうにもその距離は埋められず、最初の一撃は回避不能の様子。それでも姫香の頑張りで、ツグミの前の敵の攻撃は何とか『圧縮』で弾く事が出来た。


 しかしレイジーとコロ助は、甘んじて初撃を無防備で受ける破目に。これを見て、後衛陣も慌てて、治療目的に前線へと距離を詰め始める。こんな事態は滅多にないが、とにかく全員が仲間を助けようと必死。

 仲間と言うか家族を助けるために、自分の出来る最大限の力を発揮しようと動き出す。その途端に思わぬ出来事が発生して、場は一気に混沌に追い込まれる事に。


 レイジーを襲った一撃は、彼女の首筋に確かに叩き込まれて行った。その斬撃ダメージが、何故か放った方のダークトロルにも跳ね返ったのだ。

 結果、お互い血塗れになりながら弾けるように距離を取る両者。どうやら攻撃を喰らった事で、レイジーの金縛りも無事に解けてくれた様子だ。

 とは言え、何故かダークトロルの方も首筋に大きなダメージが。


 コロ助の方は、もっと直接的な防御法を繰り出したようだ。避けるのが無理と分かった時点で、或いは本能がそうさせたのかも知れないけど。

 宝珠で覚えた《防御の陣》が、ここに来てようやく発動してくれたようで。さっき傷付いた事で、彼の中の防衛本能が目覚めた結果かも知れない。


 とにかくコロ助の前に、ぼうATフィールドのような透明な力場が突然発生して。目の前のダークトロルの斬撃を、弾き返すと言う荒業を敢行。

 それでも動けないコロ助だが、近付きながらも放った護人の矢弾がようやく功を奏してくれた。3匹目のイビルアイが倒された瞬間、ようやく自由の身を取り戻したハスキー軍団である。

 ツグミも同じく、咄嗟とっさにその場を離脱して反撃の準備を始める。


「トロルは強敵だが、取り敢えずブロックしながら放置だ! 目玉を先に倒さないと、また金縛りに遭って無防備にトロルの攻撃を受けるぞ!

 レイジー、この場は下がって治療を受けてくれ!」

「レイジーちゃん、こっちに来て! 前線は大丈夫、早く治療を受けなきゃ!」


 護人と紗良の声には反応するも、責任感の強いレイジーは前線を離れたくない様子。それを何とかフォローしようと、香多奈が魔玉を敵の群れに放り込んでいる。

 茶々丸と萌のペアも、騎士モードで目玉の敵へと勇ましく特攻をかけて行く。その隙にようやくレイジーは、足取りを与太らせながらも後方へと避難が完了。


 その代わりに壁役になった姫香だが、お茶目な事にいきなり金縛りに。チームの危機に舞い上がって、敵の特性をスポンと忘れ去っていたせいだ。

 慌てる姫香だが、今度は相棒のツグミが華麗にピンチを救ってくれた。闇のカーテンで敵の視線を遮り、それから『土蜘蛛』で浮遊する目玉の数減らし。


 復活したコロ助も惜しみなく『牙突』を振るい、同じく前線に立った護人がダークトロルの気を惹いての盾役をこなす。リーダーの作戦通りにイビルアイが全て倒された後は、終始こちらのペースに。

 パワーは強いダークトロルだが、数は圧倒的にこちらが多い。浮遊する目玉のサポートが無ければ、もはや来栖家チームの敵でも無いのは明白だった。

 数分後には、3体とも魔石に変わって戦闘終了。


「紗良っ、レイジーは無事かいっ!?」

「ええ、何とか傷は塞がりました……私のスキルでは流した血は戻らないから、激しい運動は控えた方が良いとは思うんですけど。

 レイジーちゃんの気性だと、どうしても前に出ちゃうかも」

「そうだねぇ、レイジーはリーダー犬だもんねぇ……それより最初の攻撃で、敵のトロルも手傷を受けたのは何でだろうね? 攻撃を受けたのと同じ場所に、反撃した感じで傷が入ってたよね。

 ひょっとして、レイジーの新スキルかなぁ?」

「う~ん、多分だけど装備してた魔法アイテムの効果かな? よく覚えてないけど『山嵐の首輪』ってアイテムが、攻撃反射の性能が付いてた筈。

 コロ助ちゃんの装備にはそんなの無かったから、コロ助ちゃんの回避は多分新スキルかも?」


 紗良の記憶力に驚きながらも、香多奈はコロ助凄いねと盛り上がっている。一方の護人は、レイジーの傷が塞がってくれた事に安堵のため息を漏らしている。

 正直、護人としてはこんな危険なダンジョンの攻略は、すぐに止めて戻ってしまいたい。何でこんな厄介な奴が、地元の日馬桜町に生えて来たのかと腹立たしく思いつつ。


 それでも2チームとの約束に縛られて、進むしかない状況に。小休憩を終えて、取り敢えず次の層の階段を目指して進み始める来栖家チームである。

 その雰囲気は決して悪くは無いのだが、やはり情報の無いダンジョンの攻略は難しい。紗良の予習も無い状態で、さっきみたいに初対面の敵に後れを取る可能性も。


 その護人の心配は、いきなり次の分岐点で訪れた。それでも今までの経験を受けて、先行するハスキー軍団との距離はかなり短く取ってある。

 いざとなれば、出て来た敵の集団に紗良が《氷雪》を叩き込むよと示し合わせての探索に。つまり団体さんが出て来たら、ハスキー達はサッと後方へと退避するのだ。

 そしてこの作戦で、次に出て来た集団を完璧に倒し切る事に成功。


 それによって、多少は自信を回復してこれなら行けるかなと考え直す護人。何より子供達も変わらず明るいし、ペット勢にも今の所は疲労の色は無い。

 心配されたレイジーだが、別段動きが鈍っているようにも見えず。何より茶々丸と萌のペアが、フォローしようと健気にも頑張ってくれているのが窺える。


 チームの状態は、まかりなりにも良い感じに整って来ている。新造ダンジョンだけあって、ドロップもかなり良い上、特Aの性質上か魔石(小)が基本ドロップと言う。

 既に魔石(微小)と 魔石(小)のドロップ数は、ほぼ同じになっており。それだけ出て来る敵のレベルは、普通のダンジョンの比じゃ無いって事でもある。


 そんな3層も、ようやく次の層への階段が見えて来てくれた。そしてその階段フロアに、これ見よがしの最後の仕掛けが一行を待っていた。

 同じフロアの端っこに、大きな窪みのような段差のある部屋がしつらえられていたのだ。その中央には、銀色の宝箱とそれを守る巨大な目玉の怪物がセットで配置されていた。

 ソイツは目玉付きの触手を何本も持っていて、とっても強そう。


「うわっ、2メートル以上ある目玉のお化けだ……とっても強そうだけど、宝箱を無視すれば戦わなくても良いのかなぁ?

 でも無視して進んで、後ろからついて来られても怖いよね」

「そうだな、窪みの部屋だが浮遊能力があれば、簡単に抜け出て来れそうだし。宝箱はともかく、倒して進んだ方が後方の憂いは無くて済むか」

「モンスターは階段を超えては来ないって、そんな検証なされてないもんね。私もそれが良いと思うよ、ここのダンジョンって変な仕掛けが色々と怖いし。

 さあっ、どんな布陣で行こうか、護人叔父さんっ!?」


 窪みの部屋は6畳程度で、敵も大きいので全員で雪崩れ込むには不向き。逆に大目玉を釣って、広い場所で全員でボコればこっちのペースにはなりそうだ。

 心配なのは、敵のデータが全然ない事だろうか。紗良もイビルアイとの違いは分からないそうで、でもまぁ視線関係の特殊能力は色々と持ってそう。


 それを喰らったら、幾ら盾役の護人でもひとたまりも無いかも知れない。幸い敵は1匹なので、全員でフォローし合えば変なコトにはならない筈。

 話し合った結果、ルルンバちゃんにソロで頑張って貰おうと言う話になった。紗良の不意打ちも提案されたけど、仕留めきれなかった時の反撃が怖いので却下。

 何しろイビルアイは、魔法耐性が高いとの噂なのだ。


 下手にヘイトを取るより、あわよくばルルンバちゃんの物理アタックで沈んで貰おうって作戦だ。そんな目論見でいざ戦闘はスタート、フォローするために他の面々もそれぞれ位置について行く。

 敵のビッグアイは、すぐに反応してその巨大な瞳をルルンバちゃんに向ける。その後に続くのは姫香とツグミ、左右から他の面々も距離を詰めて行く。


 先手を取ったのはビッグアイの魔法で、作戦通りにルルンバちゃんにタゲは向かっていた。触手の先端の目玉が何かするも、機械のボディは小揺るぎもしない。

 ただし、次の攻撃はまるっきりの予定外、何と触手の目玉からのレーザービームが小型ショベルのキャタピラに命中! 片輪が大破して、思い切りバランスを失うルルンバちゃん。


 それでも護人の矢弾は、続けざまに目玉に命中してダメージを与えていた。レイジーの『魔炎』やコロ助の『牙突』も、きっちり本体に着弾する。

 被弾ダメージを受けながら、ゆっくりと窪みから浮き上がるビッグアイ。その異形に果敢に突っ込んで、お次は護人がタゲ取りへと動いて行く。

 予定とまるで違って来たが、これ以上の被害の拡大は防がなければ。


 敵の魔法耐性が強いとの推測は、どうやら当たっているらしい。レイジーのブレスを連続で浴びても、ほとんど痛痒つうようを感じていない様子のビッグアイ。

 そして、次なるターゲットとなった護人に大いなる悲劇が。左手にかざしていた魔法の盾が、物凄い音を立てて破砕されて行ったのだ。


 これも恐らく視線の特殊効果だろう、守ってばかりは不味いと感じた護人は、右手のシャベルを『掘削』込みで敵に向けて投擲する。

 これが目玉の中央に見事にヒットして、宙でグラつく異形のビッグアイ。それを好機とみて、下方からの不意打ちに近いルルンバちゃんのアームのブン回しの一撃が。

 これが見事に決まって、階段方面へと転がって行くビッグアイ。


 追撃に動く護人だが、何とここで予期せぬ事態が。窪みの部屋の壁の隙間から、新たな敵が放出されたのだ。幅広のサーベル剣型のそいつは、背後から姫香とツグミに襲い掛かって行く。

 そして、何と両者に怪我を負わせる、トラップ&隠密スタイルのダンシングソード。またもや戦場に悲鳴があがり、混乱がチーム内に湧き起こる。


「姫ちゃんっ、いつの間にか後ろに新しい敵が湧いてるっ! ソード型の奴だよっ……次の攻撃が来る、気をつけてっ!」

「わっわっ、お姉ちゃんがピンチっ……ミケさん、お願いっ!」


 慌てる後衛陣のお願いに、ミケは素早く対応しての横槍を敢行する。2体のダンシングソードは、雷に打たれていきなり瀕死の重傷に。

 背後から斬りつけられた姫香とツグミは、驚きつつも慌ててはいない様子。すぐに体勢を整え直して、痛みを我慢しつつ反撃に移っている。


 その相手は、しかしミケに雷を落とされて既にグロッキー状態に。それでも油断せずに、姫香とツグミは地面に落ちた剣を叩き折って行く。

 その頃には護人とサポートメンバーで、何とかビッグアイの討伐に漕ぎつけて戦闘は終了。そしてドロップした魔石(大)とオーブ珠に、やっぱりなと言う顔付き。


 一方のダンシングソードも、魔石(小)とスキル書を1枚、それから立派な剣を1本ドロップしてくれた。良品が多いのは、新造ダンジョンって事もあるけど、敵が強めと言う理由も大いにありそう。

 それよりまた怪我人が出てしまって、今日は本当に紗良は大忙しだ。1回の探索でここまで『回復』作業が忙しかった事は、今まで無かった事態である。


 しかもルルンバちゃんの中破など、今まで確実に経験した事は無い。窪地部屋で引っ繰り返っている彼は、動く事もままならず情け無さそうにアームを動かしている。

 ただまぁ、紗良の『回復』は機械の修繕まで出来てしまう優れモノ。姫香とツグミの治療を何とか終えて、長女は続いて壊れたキャタピラの修繕におもむいている。


 しかし、ルルンバちゃんをここまで破壊する敵が出て来るとは、特Aダンジョン恐るべし。護人の盾も壊れてしまったし、この先は予備の盾で何とかするしかない。

 怪我をした姫香に具合を尋ねる護人は、既に心中穏やかでない感じ。香多奈も寄って来て心配そうな表情だし、正直このまま戻りたい気分が蔓延まんえん中の一行である。。

 とは言え、約束の時間まではまだ30分以上ある。





 ――次はやっとこ4層だ、さてこの後はどうするべき?








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