第305話 “喰らうモノ”に3チームで揃って挑む件



 “春先の異変”の騒動が、日馬桜ひまさくら町において完全に沈静化したかと問われれば。決してそうとも言えないのだが、あれから4日が経過した。

 町の一部では、自分の家へと戻って普通に生活を始める住民もチラホラ。具体的には半数以上が、不便な避難生活よりそちらを選択しているみたい。


 もちろん危険度は上がるけど、不便さやこれからの田畑の世話をサボる訳にも行かず。そんな考えでの帰宅者が、意外と多かったのも事実だったりする。

 気の毒なのは、卒業式を台無しにされた小学校の6年生も同様である。まぁ、体育館を避難民に占領されて、それ所では無かったので仕方が無いとも。


 来栖家の面々も、その避難民の護衛にと夜中は学校に泊まり込み。とは言え自前のキャンピングカーもあるし、交代要員は自警団や同じギルドの仲間もいるので。

 そこまで大変って程では無い……とも言い切れないのが実情である。何しろ昼間は、オーバーフローで町中に放たれたモンスターの駆逐作業に奔走しているのだ。

 夜くらいはゆっくり休みたいと、思ってしまうのは仕方のない事。


 それにしても、島根チームの『ライオン丸』や異世界チームの勤勉振りには本当に頭の下がる思い。この辺は、恐らく専属探索者の気概きがいがそうさせているのだろう。

 もう1ヵ所の避難所の夜間警護も、昼の探索も文句も言わずにこなす両チーム。来栖チームに関しては、ペット達が負けずに熱心なのには間違いは無い。


 ただまぁ、子供達に関しては新しく出現した新コンテンツに気もそぞろな様子である。つまりは“アビス”と“浮遊大陸”の威容を、動画で熱心に視聴していたり。

 護人もその気持ちは分かるし、1日中気を張っておけなどと注意も出来ない。大人でも大変なハードワークなのだ、付き合ってくれているだけで大感謝である。

 そしてその辺の情報収集も、子供達はネット内で熱心にしてくれていた。


「凄いねぇ……この“アビス”っての、本当に海に大穴が空いてるみたい。全長1キロ近くの大穴だって、そんなのが瀬戸内海に出来ちゃったんだねぇ!

 最初の魔素の噴出動画も、色んな人が撮影してアップしてるよ」

「そんな危ない所に、早速近付くモノ好きもいるんだねぇ……“変質”が怖くないのかな、何が起こるかも分かってないのにね?

 まぁ、私たちはこっちの新造ダンジョンで精一杯だよね」

「本当だな、しかしまぁ……自己主張が激しいのか、そうで無いのか良く分からないな。そもそも“喰らうモノ”は、向こうの世界から逃げて来たお尋ね者なんだよな?

 それなのに、入り口は随分と派手な構えになってる気がするな」


 その護人の意見に、一緒にいたリリアラも同意する。それでもこの、日馬桜町に新たに出来たダンジョンは“喰らうモノ”で間違いは無いらしい。

 ちなみに島根チームの『ライオン丸』も、この現場にはキャンピングカーで一緒について来てくれていた。そして今は真面目に、探索準備を行っている様子。


 それは異世界チームも同じで、もちろん来栖家チームも準備に余念がない。ルルンバちゃんの小型ショベルを降ろしながら、香多奈がワーキャーやっている。

 そんな推定“喰らうモノ”ダンジョンが出現したのは、日馬桜町の端っこのポイントだった。山の峠道を抜けて、隣町へと向かう険しいけど近道ルートである。

 今はその道、ダンジョン生成の山崩れに巻き込まれて悲惨な事に。


 一応は、その手前までの峠道は残っていて本当に助かった。そして、麓の町が落ち着いたのを見計らって、改めて協会の依頼の形でこの新造ダンジョンの調査が舞い込んだのが昨日の事。

 そんな訳で、3チーム2台のキャンピングカーで、新しく発見されたこの現場へとやって来て。さて今から、合同で調査に乗り込もうって所である。


 ところで他の地域の情勢だが、来栖家の地元程にはどこも酷くは無かったらしい。とは言え、現時点の調査では恐らく瀬戸内海全域に点在するダンジョンの3割が、オーバーフロー騒動を起こしたと推測されている。

 その騒ぎの沈静化に、各地の探索者はやっぱり大わらわとの事で。近場の吉和からも、人はちょっと割けそうにないとの伝言が。


 何しろ、せっかく休止に追い込んだ“もみの木ダンジョン”まで、オーバーフロー騒動を起こしたとの話である。大小の大蜘蛛やらオーク集団が、結構な数飛び出て来て現在も大変みたい。

 その点、そこまで大規模ダンジョンの無い日馬桜町は、こう言ってはアレだがまだマシな方だったのかも。そう口にする姫香に、まぁ間違った解釈では無いなと、昨日までの巡回中の無駄話ではあった。

 いやまぁ、小型モンスターも探すとなると労力は大変なのだが。


 ちなみにハスキー軍団はとっても優秀で、恐らくはランクが2段くらい上の“皇帝竜の爪の垢”チームより撃破数が多かった。向こうは地理に慣れてなくて、探索能力が存分に発揮出来ないとしても上出来の捕獲結果である。

 そんな高機動を誇るハスキー軍団に同行したのは、新たな戦闘スタイルを模索する茶々丸&萌のペア。つまりは萌が人型に《変化》して、《大型化》した茶々丸に騎乗すると言う。


 破天荒この上ないこの新スタイル、何故か本人たちは気に入っている様子で何より。レイジー達の速度にもついて行けるし、茶々丸も人型になるストレスを感じていないのが大きいのかも。

 萌に関しては、手が生えた事で戦闘能力が格段に上昇している始末。その両手を器用に使って、人間用の武器を扱えるようになったのは凄く大きい。

 ついでに妖狐の尻尾の《妖術》も、何だか使いこなしている様子。


 これには来栖家の面々もビックリ、そっち系に進化しちゃうのと戸惑いも隠せない有り様だ。余談だが、この変化に一番喜んだのは、茶々丸に容姿を真似られていた穂積だろうか。

 それでもまぁ、戦力アップするなら歓迎すべき事なのかも?


「最近の騒動の、新しい動画がまたアップしてたニャ、カナ? この地以外も、相当な騒ぎになってるみたいだニャ。

 こんな小さな鏡の中に、あれこれ色んな動きが映るの面白いニャ!」

「ザジ達に言わせたら、瀬戸内海に出来た“アビス”はただの穴なんだっけ? でもそこから凄い勢いで、魔素が噴き出してたみたいだよ?

 目に見える程の量の魔素はヤバいって、能見さんも言ってたから大変なんじゃ?」

「“アビス”はもちろん、長い年月を経たダンジョンでもあるんだけどね。その階層は100を超えると、向こうの世界でも血気盛んな戦士団が挑戦していたよ。

 それよりヤバいのは、やはりその魔素の流れに乗ってこちらに出現した“浮遊大陸”だろう。その地上には過去の遺跡が、地下には超広域ダンジョンが張り巡らされているとの噂だ。

 そこに住む妖魔や亜人は、こちらの世界に興味を持つ可能性もあるかもな」


 それは怖いねと、ムッターシャの丁寧な説明に真面目顔になる子供たち。香多奈とザジは、探索前にも関わらず相変わらずスマホ動画に熱中している様子。

 そんなお気楽な雰囲気も、3チームのリーダーが揃うと綺麗に霧散した。さてそれじゃあ探索を始めようと、最年少ながらA級の勝柴かつしばが場を取り仕切る。


 そこにはいつもの軽い調子は微塵もなく、他のチームメイトもそれは同じ。さすがに探索経験が豊富なようで、その点は見習わなければと護人も気を引き締め直す。

 一方の香多奈は、チームが揃ったところで動画の撮影を開始。ザジが嬉しそうに、ピースなどしてチームメイトの紹介をし始めている。

 もっとも、異界の言葉はほとんどの者が聞き取れないけど。


「そっちの猫耳お嬢ちゃんは大丈夫なのかい、護人の旦那? 一応3チームで突入して、フロントを交代しながら進もうとは思ってるけどよ。

 まぁ、ぶっちゃけフロントの順番が回ってくるまでは、楽にしてて貰って構わないけど。ヤバいランクのダンジョンだって話だし、油断だけはせずに行こうぜ?」

「ああ、もちろんだ……異世界チームの実力に関しては、全く心配はいらないと思うよ。ただうちの子と、ちょっと相性が良過ぎると言うか……。

 とにかく戦力的には、当てにして貰って大丈夫」


 それを聞いて、勝柴も一応は納得の表情。そもそもムッターシャの醸し出すオーラは傍目はためで見ていても半端無いし、魔導ゴーレムのズブガジに至っては、どうやって倒したら良いか分からないレベル。

 そのメタリックな表面は、間違いなく生半可な攻撃など一切受け付けてはくれなさそう。それに加えて、エルフと猫娘である……その実力こそ、未だ未知数ではあるけれど。


 現状、突如この近辺を騒がした“春先の異変”に詳しいのも本当らしい。先ほどから視界に入っている、“喰らうモノ”の攻略にも恐らく必要な戦力なのだろう。

 勝柴も八神の予知により、この新造ダンジョンが特Aクラスだとは知っている。それ故に、今度S級に昇格すると噂の甲斐谷かいたにより先んじてやるとの思いも強く。

 うってつけのこのシチュエーション、当然ヤル気はマックスである。


 ただまぁ、懸念が無い訳では無い……来栖家チームは半分が子供だし、もう半分は動物だし。実力者らしき異世界チームに至っては、ほぼ言葉が通じないし。

 こんな変テコなチーム編成で、未知のダンジョンに挑まなければならないのだ。その心情は、大いに不安に揺らいでいて当然だろう。


 そんなチームメイトだが、現在はズブガジにスマホをくっ付けようと苦戦していた。撮影役を彼に担って貰おうと、香多奈の提案にザジが同意しての事なのだけど。

 ズブガジはモロに前衛だし、変な場所に固定すると機材が壊れる可能性も。終いには姫香も手伝って、何とか安全そうな場所にスマホを固定するのに成功した。

 さて、これで出発の準備はすべて完了の運びに。



 そんな意気込みで入り込んだ、通称“喰らうモノ”ダンジョンの入り口である。周囲の山肌はクレーターのように陥没しており、その中央の入り口は直径3メートルの穴だった。

 他のダンジョンとは明らかに違う風貌だが、魔素濃度だけは結構な高さみたい。それなのに、ダンジョン発生時のオーバーフロー騒動が起きなかったと言う不思議。


 ムッターシャに言わせれば、自衛の為に戦力を吐き出すのが勿体もったい無かったからだろうとの事で。なるほど、それなら筋が通ると全員納得してしまった。

 つまりはそれほど、侵入者に対する殺意は高いって事だろうか。案の定、突入した瞬間に何とも異様な空気を味わう面々。確かに他のダンジョンとは、明らかに違う雰囲気である。

 それはいきなり、出迎えて来たモンスターも同様だった。


「うわっ、いきなり敵がたくさん出て来たよっ! スケルトンかな……装備が良さそうだから、みんな気を付けてっ!」

「こっちの人数多いから、同士討ちに気を付けて! 各チーム2名ずつ、前衛を出して残りはサポートに徹しよう!」


 咄嗟の勝柴の指示に、思わず素直に従う護人と姫香。ところがハスキー軍団は、主人以外の指示などガン無視で遊撃に飛び出して行く始末。

 小型ショベル形態のルルンバちゃんも、後ろで縮こまっているなんて御免だと意思表示。そんな訳で、ズブガジと一緒に壁役となるべく前へと出て行く。


 入った先が広い遺跡のようなエリアだったので、それだけの人数が突入しても平気だったのだが。出て来たモンスターも相当な数で、しかもコイツ等装備が結構良い。

 スケルトン兵士達の動きは単調ながら、しっかり統制が取れていて厄介かも。いきなり多数での囲い込みに、こちらも人数を掛けて押し返して行く戦闘が続く。

 そうして5分後には、何とか入り口エリアを制圧完了。


「ふうっ……入ったばかりだってのに、いきなりの歓迎振りだなっ。途中にゴーストも混じってなかったか、しかも壁際に並ぶアレはガーゴイルだろっ!?

 どんだけ殺意高いんだ、まぁ乱入されなかっただけマシか」

「どっちみち、あっちの壁には近付かないと駄目っぽいけどな。入り口は大広間で、段々と通路が狭まって行ってるな……奥には壁、いやあれは扉かな?」

「罠の設置があるかもだから、ズブガジとザジちゃんが先行するって言ってるよ? ルルンバちゃんも、張り切って先頭に行く気満々だね。

 ガーゴイルが動くなら、この2トップは最強かも!?」


 香多奈の通訳に、そりゃあいいなと納得する勝柴。彼のチームにも、強力な索敵能力を持つ人物は存在しないらしい。そんな訳で、魔導ゴーレムに乗っかる形で先行する猫娘。

 それにルルンバちゃんもついて行って、その次にハスキー軍団がサポートに。何となく不本意そうに、その後に続くチーム『ライオン丸』の皆さんである。


 そうして案の定に動き始めた石像の群れに、味方の魔導ゴーレムと小型ショベルの働きは感嘆するレベルだった。そのとてつもないパワーで、サクサクとガーゴイルの群れを破壊して行く。

 その威力は、『応援』すら必要ない程で来栖家の子供達も呆れるレベル。凄いねぇと呑気に後について行きながら、ズブガジとルルンバちゃんの戦い振りを評価している。

 何にしろ、1層フロアの攻略はまずは順調な様子。


 そうしてようやく辿り着いた、フロアの端っこに並んだ扉前。3チームで揃ってそれを眺めるに、どうやら4つ並んだ扉は行き先がそれぞれ違うらしい。

 ウチの敷地内のダンジョンみたいだねぇと、姫香がその造りを見て感想を述べる。ただし扉の種類には、特に4つとも変化は無いように感じる。


 この扉の並びを見て、途端に考え込む表情のムッターシャ。これは1個ずつ回って、鍵とかアイテムを取って来るんじゃないのとの香多奈の推測に。

 黙って首を振って、厳しい表情で正解を呟いた。





「ここはどうやら“並列攻略式ダンジョン”らしいな……つまりは、4つのフロアを同じタイミングで攻略しないと、最奥には到達出来ない仕組みって事だ。

 本当に厄介だが、恐らくそれがここでの唯一のルールだ」







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