第303話 日馬桜町の住民避難が着々と進行して行く件



 協会と島根チームが守る拠点である、中条地区の集会所だけれど。現状は無事に避難して来た住民で、建物内はあふれかえらんばかりになっていた。

 中条地区は駅や小さな商店街などもあって、この田舎町では一番栄えている地区である。そのためにこんな結果となったのだが、幸いにも今の所死亡者はゼロらしい。


 協会職員の仁志支部長と能見さんも、探索着に着替えて警護に当たっている。戦闘も少なからずこなしていて、今回のオーバーフローの酷さが窺える。

 そんな中でも、やはりA級チームの活躍には目を見張るモノがあった。真っ先に厄介な立地の“駅前ダンジョン”に到達すると、ここのオーバーフローをモノの10分で沈静化してくれたのだ。


 出て来るモンスターの群れを、拡散させずに倒し切ったのはさすがの手腕である。この町の地図やダンジョンの位置も、あらかじめ頭に入っていたのはさすがの手腕である。

 サイレンが鳴ってから、まだ30分程度だろうか。チャラい見た目の勝柴かつしばだが、リーダーとしても優秀みたい。仲間に指示を出して、次いで行き先の指示を飛ばす。

 ここから次に近いのは、恐らく“日本家屋ダンジョン”だ。


「ちょっと特殊なダンジョンらしいな、今のランクは割と高めのB級指定らしい。ここも溢れてたら厄介だな、まぁ取り敢えず向かって確認が先か。

 向井っち、協会の能見さんに連絡して現状把握を」

「了解、リーダー……修一、付近に敵の気配は?」

「この辺にはもう無いかな、リーダーの機転で素早い移動が功を奏した感じ? しかしまぁ、こんな場所にダンジョンのある町も珍しいねぇ。

 普通はダンジョンが生えた場所は、思いっ切り過疎化するもんだよ」

「この町は、そもそもダンジョンの数が多過ぎるのが原因だろうな。至る場所に生えてるもんだから、逃げ出してたら町を捨てなきゃならなかったんだろう。

 そんな立地なのに、良くもまぁ今日まで生き永らえて来たよ」


 そんな勝柴の言葉に、一同は納得した表情を浮かべる。そして移動を始めた盾役の久保田に続いて、人の姿のすっかり途絶えた商店街を進み始める。

 それにしても、“魔境”とはよく言ったモノだと勝柴は内心で皮肉に思う。こんな辺鄙へんぴな田舎町、よく住民に見捨てられずに存続して来れたモノだ。


 しかも毎月の青空市で、市内や周辺地域からの来客を獲得しているそうな。とんでもない町興しのアイデアで、息を吹き返している感じすら受ける。

 最悪の風評被害である“魔境”のイメージは覆せなくても、探索者の民泊移住も行っているようで。その効果も相まって、この1年で探索者のチーム数は激増しているとの話である。


 お陰で今日の騒動にも、複数チームが出動して当たる事が出来てるみたい。その他のダンジョンがどうなってるかは、現在向井が電話で情報収集を行っている。

 そして判明、思っていた通りと言うか、それ以上に酷い状況となっている様子で。悲観する訳では無いが、これは住民の被害をゼロでって結果には終わらなそう。

 それでも力の限り、最良の成果を目指す『ライオン丸』だった――。




 香多奈の望み通り、ピンク色の骸骨団が小学校の校門近くの風紀を正す役割をにない始めてくれた。スマホでその光景を撮影する少女は、色んな所からツッコミを貰いつつ。

 避難して来た住民にビビられながらも、何とかモンスターの被害をゼロに抑え込めていた。もっともそれは見える範囲であって、それ以外では被害は確実に出ていた模様である。


 それは少女と、そのサポーターの力の及ばないところであって仕方が無いとも。そんなサポーターの同級生の仕事は、このピンクの骸骨は安全ですと避難住民に説明する事に他ならない。

 そうしないと、誰もがビビッて校門を潜れないと言う割とカオスな現状だったり。戦力不足とは言え、ちょっとやり過ぎの補強だったかもとの後悔は既に遅し。

 それでも、フォロー出来る範囲は格段に広がってるのも事実。


「魔人ちゃんは日本語が話せないから、みんな頑張って説明してね! コロ助はそっちの道にいていいよ、反対側は召喚モンスターでガードするから。

 叔父さん達が来るまで、多分もうちょっとだからね!」

「骸骨って、ピンク色にしても可愛くならないねぇ……あっ、森さん家のみなさんっ。この骸骨は味方なので安全ですよっ!?

 骸骨ちゃん達、道を開けてあげてっ!」

「……お前たち、何でそんなに適応してるんだ?」


 自分だけ避難所の木造体育館に逃げ込む訳にも行かず、この場に残った担任の桧垣ひがき先生だけど。その表情は困惑と言うか、別次元の作業風景を見ているよう。

 それもまぁ仕方がないのかも、それより子供達の順応性が高過ぎるとも。それでも視線の多さは現状では助かっており、あちこちで繰り広げられる戦いや救出劇には必須となっている。


 その度に香多奈が、鶏パペットに指示を出したり、魔人ちゃんに頼んで骸骨兵団を指揮して貰ったり。コロ助は基本、自分で戦況を把握して戦う事が出来るから指示は必要無し。

 1度、MP回復ポーションを強請ねだりにご主人の元に戻って来た位のモノで。後はほぼ無補給で、有象無象のモンスター群を倒してくれている。

 その姿は、自分の役割をしっかり把握していて頼もしい限り。


 その間にも、近所の住民は続々と小学校に避難して来ている。その大半は、巨大化コロ助とピンクの骸骨兵団に腰を抜かしそうになってるのはアレだけど。

 リンカやキヨちゃん、そして太一の必死の声掛けで、今の所は無害だと理解して貰えている。それでも骸骨の近くを駆け抜ける際には、総じて避難民の顔は引きっていたり。


 子供たちが割と呑気なのも、この風変わりな護衛達が負け知らずで守衛に徹してくれているから。その理由の大半は、敵がコボルトや大鶏など雑魚ばかりって所にあるのかも。

 この程度なら、魔人ちゃんが出るまでもなく10体の骸骨兵団で対処は可能だ。1度だけ、大蛇のようなムカデ型モンスターが通路に出現した事があったのだけど。

 その時は、さすがに魔人ちゃん自ら前衛で片付けてくれていた。


 コロ助の方も、たまにガーゴイルやらカエル男が混じって来て割と凄い状況である。外皮の硬いガーゴイル相手に、コロ助は打撃武器が欲しそうな戦いっぷり。

 その挙句、近くのバス停の時刻表示を武器にすると言う、反則技を敢行しての余裕の勝利。それもまぁ、香多奈の『声援』を貰っていたから出来る荒業だった。


 カエル男に関しては、『牙突』を使っての危なげない勝ち名乗りをあげて。サイレンが鳴ってから既に30分以上、そろそろ一息つきたい所ではある。

 とは言え、まだまだ敵影も避難住民の姿も、途絶える事も無さそう。


 その時、もう一戦を終えたコロ助が突然遠吠えを始めた。巨大化していたので、子供達も思わずビビる声量の遠吠えに対して。

 香多奈だけがその意味を理解して、やっと来てくれたよと安堵の表情に。そして叔父さんとお姉ちゃん達が到着したみたいと、満面の笑みで同級生に知らせる。


 実際に来栖家のキャンピングカーが校庭に到着したのは、それから2分後だった。コロ助は跳ねるように、車の後について行ってチーム員到着に歓迎の合図。

 それから抱き合う護人と香多奈の姿は、やっぱり心温まる情景だった。姉達も妹の無事な姿を目にして、心から安堵している様子は見て取れる。


 その隣に、凛香チームの装甲バンと来栖家の白バンが続けて停車する。中から凛香チームと、それから異世界チームが颯爽さっそうと降りて来た。

 魔導ゴーレムのズブガジと、ドローン形態のルルンバちゃんも少し遅れて到着して来た。それを見た担任の先生は、明らかに安堵の表情に。

 そして一緒に車から降りた土屋女史は、すぐさまスマホで協会に連絡する。


「ああっ、良かった……心配したぞ香多奈、無茶してるんじゃないかって。コロ助もご苦労だったな、大した仕事振りだ、偉いぞ」

「護人叔父さんっ、香多奈の無事も分かったしチーム編成し直さなきゃ。自警団チームからの情報だと、日馬桜町のほぼ全部のダンジョンがオーバーフローを起こしてるっぽいよ?

 ここの守りに1チームか2チーム置いて、他の場所もフォローして回らなきゃ」

「そうねぇ、心情的には私たちで小学校は守りたいけど……ザジちゃん達が町の地理を覚えてないし、車の運転もまだ不安なのよねぇ。

 消去法で、異世界チームがここにいて貰うべきかなぁ?」


 紗良の呟きに、なるほどと思わず頷いてしまう姫香である。護人もそれには同意見で、ついでに香多奈とコロ助もこの場に残って貰う事に。

 異世界チームと魔人ちゃんも加われば、安全度は格段に上昇する筈。香多奈はやっぱり友達といた方が良いし、リリアラの翻訳能力だけではやや不安が残る。


 それを聞いて愚図ぐずる香多奈だけれど、同級生を前にして自分だけ特別扱いはやっぱり不公平だと思った模様で。姉の姫香に、そっちの方でも撮影しておいてねと、不承不承のオッケーを出してくれた。

 それからここにいないメンバーの理由を訊ねて、なるほどと納得顔に。ゼミ生チームと茶々丸と萌は、山の上の警護に残ってくれたみたい。


 茶々丸と萌に限っては、仲間外れにちょっとむくれてしまったそうだけど。敷地内ダンジョンが完全に沈静化した保証もないし、家畜や家屋など無防備にしておくのもやっぱり心配なのは確かである。

 しかも小島博士が興奮して、この異変を間近で観察するのだと断固として避難拒否する始末。実地研究員としては立派だが、はた迷惑なのは相変わらずである。


 相談した結果、それじゃあいつもの通りにゼミ生チームで面倒を見ると言う結末に。それでも出掛ける際には、くれぐれもダンジョンには近付かないようにと念押しした次第である。

 不安ながらも、そうして何とか避難場所の警護に3チームで辿り着けた。今の所は近隣住民の避難は順調だとの言葉に、救助チームの面々もホッとした表情。

 そして紗良が、自警団チームとの通話に成功したと報告して来た。


「えっと、上条地区の避難先の小学校は我々に任せるそうです、護人さん。向こうは中条地区と大畠地区の避難先の、集会所の警護に何チームかで現在当たっているそうですね。

 具体的には、今は神崎姉妹チームと林田兄妹が詰めているそうです」

「あれっ、あそこは島根チームがキャンピングカーで住み込んでたんじゃ無かったっけ? この非常事態に、どこに行ってるの?」

「協会の能見さんの話だと、駅前方面に移動してオーバーフローを元から潰して行ってくれているそうですね。

 さすがA級チーム、湧きは元から断つ作戦で町中を移動中との事です」


 姫香の疑問には、先程から協会とマメに連絡をしていた土屋女史が答えてくれた。要するに、住民が一番多い中条地区は結構なチームが警護に当たっているらしい。

 それなら手薄な下条地区と、誰も配置されていない大畠地区に向かうべきか。下条地区には熊爺の屋敷があって、ダンジョンは“坂下”とか“栗林”などが散在している。


 一方の大畠地区だが、家屋よりも山や田んぼの方が多い印象の地区である。ダンジョンの数となると“神社”や“竹藪”や“配送センター”や“ゴミ処理”と、実は日馬桜町で一番多い。

 そんな訳で細見団長と電話で相談した結果、下条地区の熊爺の元に凛香チームに向かって貰う事に。そして大畠地区には、来栖家チームが向かう流れに。

 その配置を各チームに通達して、そして長い1日が始まった。




 実際に、この町全体のオーバーフロー騒動が何とか落ち着きを見せたのは、午後も3時を過ぎた辺りだっただろうか。ほぼ休みも食事もとらずのハードワークに、車内の空気も重い。

 それ以上のダメージは、やはり被害者数の報告だろう。これだけの騒ぎに、さすがに被害者ゼロと言う訳には行かなかったようである。


 それでも、二桁余りの犠牲者の数は、“大変動”以来の惨事には違いなく。戦闘と移動を繰り返した車内の面々も、疲労と意気消沈を隠し切れない有り様。

 ここに香多奈がいなくて、良かったかもと護人はプラスに考える。それは逆に、末妹がいないせいでこんな沈鬱ちんうつな雰囲気になっているとも取れる。


 それでもキャンピングカーでの主要道路の移動中に、モンスターの姿を見掛ける事もほぼ無くなった。住民の避難も一通り終わったと、主要の避難所からの嬉しい報告が舞い込んで来る。

 それを紗良と姫香に伝えて、簡単に食事にしようかと告げると。非常食のカップ麺を取り出して、紗良が休息の準備を始めてくれた。

 姫香はひたすらグッタリ、前衛で頑張り通しなので無理も無い。


 レイジーとツグミも、今は床に寝そべって省エネモード。ミケも今日の狩りには、随分と手を貸してくれた。チーム人数がいつもより少なかったので、その点は大助かりではあった。

 そんな休憩が終わった頃、自警団の偵察チームから連絡が入った。どうも大畠地区から隣町へ抜ける峠道に、異変と言うか崖崩れが起きたらしい。


 それがどうも妙だとの話で、見に来て欲しいとの連絡を受け。ひょっとしたら新造ダンジョンかもとの呟きは、やっぱり聞き流す事は出来そうもない。

 そんな訳で、疲れた体にむち打って、再度の移動を始めるキャンピングカー。紗良の口調が明るいのは、どうも香多奈と通話中だからみたい。


 その内に姫香も通話に加わって、ようやく車内に明るさが戻って来た。ペット達も明らかに嬉しそうに、耳をピンと立てて会話に聞き入る素振り。

 そんな中、5分と経たずに一行は問題の場所に到着した。


「わっ、本当に崖崩れだ……これは道の復旧大変かも、でもあの地震が原因とは思えないよね。あの穴は何だろう、ダンジョン穴にしてはかなり妙だよね?」

「ええ、まさにその通りで……オーバーフロー騒動が起きた形跡もないし、最初は新造ダンジョンとは違うかなとも思ったんですが。ただし魔素濃度はかなり高めで、判断がつきにくいんですよね。

 入り口の左右の岩、死神と鬼が立ってるように見えませんか、護人さん?」


 見張りに立ってた自警団員に、そう聞かれても困る護人は周囲の景色をただ眺めるのみ。とは言え確かに妙だ、この場に漂う威圧感を含め。その時、背後の紗良がハッと息を吞む声が聞こえ、護人は思わず振り返った。

 紗良と姫香は、この高台の峠道の斜面とは反対側に視線を向けていた。つまり遠く離れた海側に、その異様な現象は現在進行中で起きていた。

 それを形容すると、真っ直ぐに立ち上る一本の細い線のような光の筋。





 ――こことは全く別の異変が、それは海側にも発生している証拠だった。







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