第301話 町中がオーバーフロー騒動で大慌てする件



 大急ぎで探索着に着替えている最中に、護人のスマホが通知を知らせて来た。相手は小学校にいる末妹の香多奈で、どうやら悪い予感は当たったらしい。

 つまりは向こうでも、オーバーフローに相当する異変が起きているらしく。護人は大急ぎでそちらに急行するから、とにかく安全な場所に避難してなさいと香多奈を言い含める。


 心中からそこはかとなくあふれ出る不安の中、通知を切って着替えの続き。不安の内容は、こちらの裏庭の現状が半分を占めるのだが。

 もう半分は、香多奈が大人しく言う事を聞いてくれるかって疑問。


 コロ助がついているので、まぁ最悪の事態は無いとは思いたい。姫香などは、ついでだと師匠を魔法の鞄に入れて持たせていたのは護人も確認済み。

 つまりは魔人ちゃんの持ち運びで、彼は与える魔石次第でかなりの戦力になってくれる。とは言え、香多奈だけなら守りに不安は無いけど、小学生全員や避難して来た地域住民を含めると大変かも。


 というか、そんな大人数をたった1匹と1体で守り切るのは無理がある。こちらの騒動を速やかに沈静化させて、なるべく早急に駆けつけてあげないと。

 そんな感じで焦る護人は、着替えを終えて大急ぎで部屋から廊下へ出る。薔薇のマントが、待ってましたとばかりに主人の首に巻き付いて来た。


 その勢いはヤル気満々で、どうやらすぐ外の戦いの気配を感じ取っている模様。勝手口に置いてある戦闘ブーツと武器の強化済みスコップを持って、護人はようやく裏庭へ。

 そこで想像を絶する光景を目にする護人……いや、戦闘自体はほぼ終結していたのだけれど。例の来栖邸から十数メートルしか離れていない“裏庭ダンジョン”が、何とまた進化していたのだ。

 具体的には、入り口がまた大きく凶悪な形状に!


「護人叔父さんっ、ここはもう平気みたい……ルルンバちゃんとズブガジが、別の入り口から出て来た敵を倒しに向かってくれてるの。

 大丈夫だとは思うけど、そっちお願いっ!」

「よし来たっ、姫香も無理するなよ……ここが終わったら、香多奈の小学校まで大急ぎで向かわなきゃならん。

 向こうもオーバーフローが起こっているらしい、町民の一斉避難も始まるかも!」

「えっ、そんな騒ぎになってるの!?」


 その時、町のサイレンが大きな音で鳴り響き始めた。山の上の来栖邸にいても、充分に聞き取れる大きさだ。それと共に、紗良も着替えを終えて家から出て来た。

 そして裏庭の惨状を目にして、驚いた声を上げている。後衛の彼女を守るため、護人はそこから不用意に動かないように指示を出す。


 それから、蟻モンスターもほとんど駆逐されたこの場を後にして、残り2つの敷地内ダンジョンの確認へと向かう。裏庭の塀を抜けると、広い田んぼと畑が視界に入って来た。

 そして改めて、散らばっているモンスターの多さにギョッとしてしまった。それを高機動で駆逐して回るルルンバちゃんと、それをお手伝いするズブガジ。


 明らかに手は足りてないが、まさかこんなに大規模なオーバーフローが起きるとは誰も思っておらず。嫌な汗を掻きながら、一緒について来たレイジーに狩りの合図。

 それを受けて、疾風はやてのように敵の群れ目掛けて駆けて行くリーダー犬。例えばネズミ型モンスターは、山に逃げられると面倒なのでこの場で全て駆逐しておきたい。


 視界に入る2つの敷地内ダンジョンだが、どちらも現在進行中でモンスターを吐き出し続けている。その内の“鶏兎ダンジョン”の方は、現在ズブガジがふたをしてくれているよう。

 それを確認して、護人はもう片方の“鼠ダンジョン”の入り口に大急ぎで向かう事に。その頃には、ようやくムッターシャや凛香チーム、それからゼミ生チームの2人も探索着で助っ人に駆けつけてくれた。


 そしてやっぱり、田畑にあふれるモンスターに驚いている様子。それでも異世界チームに関しては、素早く敵の群れに対応している。ザジなどは、レイジーに引けを取らない素早さはさすがである。

 彼らに指示は必要ないけど、凛香チームはどうするべきか戸惑っている感じ。幸いにも、出て来た敵にレア種とか強敵は存在しない模様である。

 護人はすかさず、近場の敵の撃退を彼女らに頼み込む。


「チームで確実に数を減らして行ってくれ、こっちは新たな敵がダンジョンから出て来るのを防いでみるから。慌てる必要は無いが、なるべく素早く頼む。

 この鳴ってるサイレンは、どうやら麓の町もオーバーフロー騒動が起きてるって合図らしいから」

「えっ、それじゃあこの騒ぎ……これがひょっとして、“春の異変”って事なのか? まだ3月入って、ちょっとしか経ってないってのに。

 おいおい、こっちはまだ覚悟は出来てないぜ?」

「出来てなくても対応するしか無いよ、隼人っ! みんな、せっかく持つ事が出来た我が家なんだから、死に物狂いで守るわよっ!

 取り敢えず、和香と穂積は安全な場所にいて頂戴っ」


 バタバタしていた凛香チームだが、リーダーの言葉にスイッチが入った様子。ゼミ生チームの美登利と大地も、その隣で向かって来る敵と戦い始める。

 山の上のポツンな来栖邸は、いつの間にか勇ましい隣人を3チームも迎えていた様子。合わせて4つのチームは、3つのダンジョンからのオーバーフローを見事に制して行く。


 それでも全ての敵を倒し切るのに、20分近くを費やしてしまった。広い敷地内に拡がった敵の対処に、意外と手間取ったのがその理由。

 さすがに3つのダンジョン同時オーバーフローは、4チーム揃っていてもかなりしんどかった。入り口にソロで陣取っていた護人も、一体何匹のモンスターを倒した事か。


 周囲に転がる魔石を数えると、ざっと40個以上はありそう。ほとんどは魔石(極小)だが、数個は魔石(小)も混じっていた。やや強い敵も、知らない内に混じっていたと見える。

 そんな事より、香多奈のいる小学校に応援に行かなければ。魔石を拾うのは放置して、護人は田畑で戦っていたお隣さん達と合流する。

 一緒に戦っていたレイジーも、短時間で結構な数を討伐したみたい。


 ご機嫌と言うか、テンションの高さで話せなくてもそれ位は分かる飼い主の護人である。ちなみにルルンバちゃんとズブガジの受け持ち場所も、ようやく沈静化した模様。そんな訳で、現在は手持ち無沙汰ぶさたの2機である。

 それより姫香たちが受け持っていた、“裏庭ダンジョン”がどうなったのか不安な護人。終わったらこちらに応援に来る筈だし、それが無いって事はまだ戦闘中なのかも。


 慌てて裏庭へと回る護人だけど、心配は杞憂きゆうだった様である。とは言え今回のオーバーフローで排出された蟻モンスターの数は、相当な数に上った様子。

 地面に転がる魔石の数で、ここでの熾烈な戦いも簡単に想像がついてしまう。メインで戦った姫香とツグミは当然ながら、茶々丸と萌も相当に頑張ったみたい。

 紗良のサポートがあったにしても、大したモノである。


「あっ、護人叔父さん……ゴメン、出て来る敵の勢いが全然衰えなくって。向こうも大変だったんでしょ、みんなが家にいる時で良かったと言うべきなのかな?

 それで、これからどうするの?」

「そうだな、みんな疲れているところ悪いんだけど……どうやら麓の20以上のダンジョンが、一斉にオーバーフローを起こしたらしい。

 さっき自警団チームからも、正式に救助要請の電話があった。何より香多奈の小学校が、ここから最寄りの避難場所だからな。

 そんな訳で、みんなで護衛に向かおうと思う」




「やっぱ、能見さん可愛いよなぁ……余所者の俺らにも愛想良く対応してくれて、物腰も凄く柔らかいしなぁ。

 やっぱ女性は愛想じゃね、どう思うよ向井っち?」

「能見さんは可愛いし、愛想は良いと思うけどよ……修一よりも年上じゃね? そんな相手に可愛いとか言って口説くお前はどうなのよ?

 リーダーからも、ちょっと言ってやってくれよ」

「ううん? まぁ、市内から来た土屋ちゃんより、能見さんの方が若干じゃっかん年上だろうなぁ。でも女性的な魅力なら、断然俺は能見さんだと思うぜ?

 彼女に仕事振られたら、少々面倒でもやってやろうって気になるし」


 ヒーラーの向井と一番年少の修一の、毎度のくだらない色恋話に。巻き込まれたリーダーの勝柴かつしばは、真面目顔で良く分からない趣旨しゅしの返答をする。

 島根のA級チーム『ライオン丸』は、この3名に加えて盾役の久保田が在籍している。その久保田だが、盾役と言う役作りが災いしてかとっても寡黙な人物。


 そのため、毎度のこの3名の軽いノリの談話には、一切入って来ないと言う特性がある。とは言え実力は確かで、そこはやはりA級探索者チームの一員である。それに相応しい実力は、当然ながら兼ね備えている。

 向井は貴重なヒーラーであり、ボウガン系の扱いにも長けている。修一は『罠感知』やら『敵察知』系のスキルを所持しており、『棒術』スキルでの近接戦闘も器用にこなす。


 そしてリーダーの勝柴は、島根でもトップクラスの攻撃特化探索者として名が通っていた。具体的には、『土魔法』やら『形状変化』スキルでの大規模討伐を得意としているのだ。

 近接戦闘も隙は無く、所有するスキル数は広島市の甲斐谷には及ばないモノの。巨大A級モンスターを、ソロで血祭りにあげる能力は確実に持っている。


 そんな島根のA級チームがこんな辺鄙へんぴな町に来たのも、ある意味偶然の巡り合わせの為せる業かも。当時の勝柴は、毎夜る同じ光景の夢に悩んでいたのだ。

 これは自分に、どんな経緯いきさつかは不明だが、予知系の能力が生えて来たのではと。誰かそっち系での専門職の意見を聞いてみたいと、冬の中国山脈をはるばる越えてやって来たのだ。


 そして協会の本部長の依頼で、その予知の内容とも密接な関わりのあるこの地に拠点を置いて。彼らが名付けた“春の異変”にチームで備えている所なのだ。

 他のチーム員も、そんな不思議依頼に文句も言わずに従ってくれており。それまでの暇潰しにと、地元のダンジョンを探索する事4回程度。

 なかなか癖のある奴が多いねと、そんな感想を抱いての毎日である。


「いやそれにしても、キャンピングカー暮らしもそろそろ飽きて来たぜ、リーダー? これなら協会とここの自治会が勧めてくれた、一軒家を借りちゃった方がマシかもじゃね?」

「バカ言え、男所帯で一軒家とか、周囲からキショって思われるわ! ぶっちゃけて言うと、俺の予知がかなり明確になって来ててな。

 今日の夢なんか、“アビス”の底とか“浮遊大陸”の住民の表情までハッキリ分かった程だ。つまりだ、俺の予想では……うおっ、何だ!?」

「うぬっ、地震……か?」


 滅多に喋らない久保田が、地震じゃないかと呟いてキャンピングカーの外を窺う素振り。すぐ側の協会の建物からも、慌てた職員たちが飛び出て来ている。

 それは、何とも言えない鳴動を伴った揺れだった。しばらくその揺れは止む事も無く、勝柴はしてやったりの表情に。そして向井にキャンピングカーの移動を命じ、残りのメンバーに探索着に着替えるよううながす。


 つまりは戦闘準備と、それからこの避難所の要塞化をこなすって意味の指示である。遅ればせながら、メンバー達もその時が来たのだと緊張感をもって動き始める。

 同時に、駐車場に出て来た仁志支部長にもその事を伝えて。この町の自警団チーム『白桜』に、出動要請を出して貰っての早めの根回しなど。


 何にしろ、オーバーフロー騒動への対応は早いに限る。周囲から“魔境”と称されるこの日馬桜町は、小さな町にも関わらず20以上のダンジョンが存在するのだ。

 うながされるまま慌ててスマホを操る仁志と、他の場所に電話を掛ける素振りの能見さん。オーバーフローは未確定情報とは言え、間違ってたらゴメンなさいで済む問題ではある。

 もし間違って無かったら、1分1秒が生死を分かつ大問題なのだ。


「そうそう、急いだ方が良いぞ……向井っち、そこの車も鍵を借りて反対側に移動しろ。俺の予知による見立てじゃ、ダンジョンから相当な数の敵が溢れ出るからな!

 バリケードはしっかり築け、ただし避難して来た住民が通れるようにな。ははっ、“大変動”を思い出すなぁ……あの頃はただのフリーターだったこの俺が、今じゃA級探索者だってよ!

 笑えるじゃないか、ダンジョン万歳ってな!」

「聞こえが悪いよ、リーダー……しかも不謹慎だし、まるで悪役みたいでしょ。いえいえ気にしないで、ウチのリーダーのいつもの悪い癖なんで。

 あれで腕は一流なんで、泥船に乗った気でいて下さいよ、能見さん」

「泥船は沈むんだぞ、修一……それよりこの町のダンジョンの場所、全部覚えてるよな? おっと、ようやくサイレンが鳴り始めてくれたな。

 これで住民の避難も始まる筈だ、忙しくなって来たな」


 準備もすっかり整ったチーム『ライオン丸』メンバーは、最寄りのダンジョンの様子を見て来ると言い残し。徒歩で数分の場所の、“駅前ダンジョン”に狙いを定めて移動を始める。

 この場の守りは協会のメンバーに頼んで、4人揃って出掛ける構え。その姿は特に気負った風もなく、この町の地理も完璧に把握している様子で頼もしい限りだ。

 さすがA級チーム、与えられた仕事はきっちりこなす勇姿は輝いている。





 ――とは言え、“春の異変”はまだ始まったばかり。









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