第299話 茶々丸と萌に新パターンの陣形が出来る件
それから集まった高ランク探索者の会合は、
2人の感覚では、意外ともうすぐなのではないかとの回答だった。それを受けて、てっきり4月過ぎ程度を想像していた面々は驚きを隠せない表情に。
備えるなら早急にしないとなと、焦りが各チームのリーダーに現れる中。護人も同じく、まだ1か月はあるだろうと思っていたクチだったので驚きの表情。
そんなに
凛香チームにしても、最近はかなり力をつけて来ている。
そう言う点では、異変に備えている状態は割と安心出来るのかも知れない。この日馬桜町が予知で騒がれているのは“喰らうモノ”の出現に他ならない。
それの与える影響が、どんなモノになるのか今の所は判然としないけれど。島根チームの勝柴も、それを見届ける任務を受けていると手伝いを明言してくれた。
そんな訳で、町に危機が訪れても意外と対応はバッチリな気が。他のベテランチームとも、この場で太いパイプの繋がりを約束出来たし、それが何よりの収穫だったかも。
それは向こうが大変な時は、手伝う義務も生じるって意味なのだけど。人生は持ちつ持たれつ、農業をやっていてもそれは当然の事でもある。
――何にしろ、大きな為になる取り決めの会合だった。
屋台で買い込んだ食料を
いつものメンバー、香多奈とその同級生たちにとっては、この場所はいわば縄張りである。和香と穂積はここに来るのは初めて、天馬と龍星の双子も同様だ。
その間に、双子が周囲の子供達から質問攻めにあうのは仕方のない事か。春から学校に来ないのとか、普段は何して遊んでいるのとか、熊爺は
香多奈と同い年の双子の学力は、実は小学生低学年レベルである。読み書きや九九もまともに覚えておらず、まずはそのレベルに到達する事からなのだ。
そう恥ずかしそうに話す双子に、和香と穂積は大いに賛同の意を示した。習ってないんだから仕方ないよねと、同じ境遇の同志に熱く応援を飛ばす。
そんな言葉が、或いは仲良くなるきっかけなのは子供の無邪気さの為せる業かも。裏山を登り終える頃には、みんなきゃいきゃい笑い合う仲に。
そして山頂の空き地に、家から持参のシートを引いて寛ぎ始める一同。そして遅ればせながら、皆で山頂からの景色を
茶々丸は仔ヤギの姿に戻って、その辺の草を食べ始めている。萌は元々、仔ドラゴンだけあって食事は滅多に
美味しいとか食事を楽しむ感情は、どうやら持ち合わせていない様子。
「萌はとっても可愛いけど、動画を観る限りじゃ探索で活躍してないよねぇ? 双子も観なよ、香多奈ちゃん家の探索動画。
将来はみんなでチームを作るんだよ、双子も入る?」
「えっ、だって香多奈ちゃんはチームに入ってるんでしょ? みんなでチームを組む時、そのチームはどうするの、抜けるの?」
香多奈はその質問に、その頃には叔父さんも歳を取って大変だろうから楽させてあげるのと殊勝な言葉。2人の姉も、結婚して子供が出来てたら探索も行けないだろうしと。
腕を組みながら現実的な言葉を繰り出す、何ともおませな少女ではあるけれど。家族想いには違いなく、同級生もその意見には賛同している。
ランチの終わりのふんわりとした時間を、そんな感じの話や動画視聴で盛り上がる一行。同い年の気楽さが連帯感を生み、初対面の双子もこの空気に馴染めている。
そんな中、
姉の
香多奈の答えは、スキルを覚えてるんだからあるんじゃないかなとのフワッとしたモノ。ちょっと模擬戦をしてみたらいいじゃんとは、お転婆リンカの提案である。
香多奈はそれを受け、師匠を呼ぼうかと少しだけ軌道修正。
師匠こと魔人ちゃんは、倒されても魔石を魔法のランプに継ぎ足せば復活する。練習試合の対戦相手には、ピッタリの人材で手加減や助言もお手の物である。
そんな訳で、学校の裏山で
もっとも、お互いに手加減はしているのだけど。
それを見ていた双子は、次は自分達の番と名乗りを上げた。そして炎の魔人を相手に、得意の連携を繰り出しての先制攻撃。天馬の『自在針』で自由を奪っての、龍星の『伸縮棒』での攻撃は、しかしパワー不足で魔人ちゃんには通用せず。
何故かこの子供チームについて来た妖精ちゃんも、もっとパワーをつけろと言いたい放題で。レベルも低いから、お試しダンジョン探索もすべきだなと偉そうに助言を放って来る。
その背後では、茶々丸と萌のペアが懲りずに再度の模擬戦を挑んでいた。しかし黒雷の槍を持たない茶々丸と、巨大化しても動きの遅い萌は魔人ちゃん相手に全く歯が立たず。
それを見ていた素人のキヨちゃんが、2匹に対して助言を与えている。ヤギの姿に戻った方が、突進力は増すんじゃないかと。更に萌ちゃんの《巨大化》リングを貸して貰えば、もっと突進力は凄くなる筈と。
素直な2匹は、何となく少女の言いたい事を理解した模様。茶々丸が仔ヤギの姿に戻って、それから《巨大化》リングを使用。そして萌は、何と茶々丸が代わりにくれた《変化》のペンダントを着用して。
茶々丸を
格好良いと言うより、結構なカオスな見た目である。
それでも棒切れを構えて騎乗する萌と、仔ヤギとは思えない突進を披露する茶々丸は割と様になっている。今までの戦い振りとは一線を画す戦術であり、その威力は初めてにしては凄かった。
何しろ角さえあれば、茶々丸の『角の英知』と《刺殺術》は発動するのだ。確かに槍を持たない今、このスタイルが一番能力を発揮しやすいのかも?
そして茶々丸に『騎乗』する萌も、半人半竜の姿に戸惑いつつ興奮を覚えていた。『頑強』で棒切れを硬質化しつつ、己の身体も《竜の心臓》で強化してやって。
チャージの衝撃に見事耐え切ると、師匠の魔人ちゃんは何とノックダウンしている有り様。周囲から凄いとか格好良いとか、称賛の言葉が飛んで来るのが心地良い。
――それは茶々丸と萌の、新しい戦闘スタイルが誕生した瞬間だった。
「あっ、話し合いが終わったみたいだね。みんな出て来た、案外と長かったね……結局は協会の人達は参加しなかったんだ、忙しかったのかな?」
「そうかもね、相変わらず青空市は盛況だけど、問題も多く起こるみたいだしねぇ。それじゃあ今度は、私たちが交代して休憩に入るね、姫ちゃん。
正樹君、一緒に屋台を回ってみようか?」
その誘いに、舞い上がってイエスと返事をする正樹。熊爺の指示で、真面目に青空市の売り子として参加した甲斐はあったと、その表情は語っている。
その点については、休憩から戻って来た星野兄妹も満足そうな顔付きだった。お互いにニマニマしながら、戦利品の入った袋を大事そうに抱えている。
自分で選んで欲しい物を買うと言う経験が、どうやらこの上なく楽しかった模様。それを見て、保護者役の姫香も何となく一安心。
前段階でのストリートチルドレンの評価は最悪だったけど、どうやら熊爺の運も捨てたモノでは無かったらしい。良い出逢いを引いたみたいと、姫香も心がポカポカして来る。
正樹に対して、紗良姉のボディガードをしっかりねと送り出した後。背後からはぞろぞろと、顔馴染みの探索者集団が出て来る気配が。
今回は大人数で、キャンピングカー内での会合は出来なかったみたいだけど。天候も良く、外での話し合いも特に支障は無かった様子で何より。
もっとも姫香は、護人叔父さんの体調しか気にしてないけど。
「おろっ、美人の方のお姉ちゃんは休憩中なのか。どっか行っちまってるよ、残念……うわっ、何だこりゃ!?
影が伸びて、足を引っ張って来たぞ!?」
「ツグミ、今のは辛うじて悪口じゃ無いから止めなさい。ミケじゃ無くて良かったね、おっちゃん。ミケの罰だと、今頃おっちゃんは丸焦げだったわよ?
そもそも、長い時間ウチの敷地を占領してお礼の一言も無いの?」
「おっ、俺らはそこまで無礼じゃないぞ、なぁっ? 何か買って行こうか、姫香ちゃん……今夜お世話になる予定だし、奮発して大物でも買おうかな。
なあっ、真穂子?」
「そっ、そうね……何か可愛い宝石とかアクセサリー、置いてあるかしら?」
ツグミに制裁されかけた勝柴を目にして、やや慌てた感じの甲斐谷と八神の発言である。実力の比較はともかくとして、来栖家のペット達に道理が通じるかは判然としないので、その姿勢は正解かも。
何しろ、本当に敵と認定されて容赦ない攻撃を浴びるかも知れないのだ。そんな圧力を感じて、他の面々も財布の紐を
それが唯一の生き残る道みたいな、とにかく売り子をしている姫香のご機嫌を取ろう的な。そんな雰囲気がいつの間にか完成していて、実際その購買威力は凄かった。
まずは岩国のヘンリーと鈴木が、『破砕の長剣』や『雪豹の毛皮』と60万以上の買い物をしてくれた。その他にもヘンリーは、日本びいきが変に作用してしまったのだろうか。
数珠や木魚、
吉和ギルドの雨宮も、エーテルを大量に購入。それ用になのか、ついでに水鉄砲や双眼鏡など実用的な物を数点と、それからスキル書も2枚お買い上げ。
久々にスキル書が売れて、しかめっ面の姫香も思わずニンマリ。
甲斐谷チームも、企業に売ろうと思っていた『海鉱石のインゴット』を全てお買い上げしてくれた。それから『氷の大剣』もチョイスして、実に150万近くお金を落としてくれた。
それとは別に、“巫女姫”八神は宝石を数点買い上げてくれた。結構な散財に、姫香も用意していたお楽しみ袋を各チームにタダで配布する事に。
これは“ナタリーダンジョン”の持ち帰り品を、自分達でアレンジし直して売り物にした物。中身は薬品やら、売れ残りのアイテムやらが詰まっている。
それを受け取ってお礼を言って来る各チームだが、こちらも売り物がかなり
それならと、姫香は売れ残りのダンシングフラワーやゾンビ仮面、ドール人形や火吹き竹、泥棒頭巾や青銅の魚の彫像などを袋に詰め込んで1袋を即興で作成。
それを1万円で販売、まぁゾンビマスクは魔法アイテムなので破格の値段である。それを売りつけてさっさと帰って貰って、これでブースの周辺はスッキリした。
ただし、何故か今夜は来栖邸にお客を5人迎えるとの事。
「えっ、そうなんだ……紗良姉さんに知らせないと、寝る場所はともかく食事の支度が大変だよ。それより内緒話で何が決まったの、護人叔父さん?」
「まぁ、そんな大した事は話して無いよ……“春の異変”への対処方法とか、後は異世界交流がどの程度進んでいるかとかだな。
他のチームも、ムッターシャ達に興味があるみたいでな」
それで今夜のお泊り会からの、異世界チームへの面会申し出らしい。なるほどと納得顔の姫香だが、思考はホスト役としてのお持て成しに
家に食糧の在庫どれだけあったかなとか、紗良姉さんに早く知らせなきゃとか。一緒にいた星野兄妹は、さっきの探索者からの売り上げに目が点になっている。
何しろ3チームで300万近い売り上げ、探索者ってこんなに儲かるのとビックリ顔。鍛えたいならウチに遊びに来なよと、姫香は兄妹に気さくに語り掛けている。
その代わり、農業や畜産に関しては熊爺の方が先生役として上だけどねと。姫香は人生の大先輩の、熊爺のフォローも忘れていない。
それを聞いて、へえっと言う顔の兄妹である。
何にしろ、今回の熊爺家のキッズ達の売り子体験は良い体験だったと言えよう。そうやって色んな体験を重ねて、社会の一員としての模範を築いて貰わなければ。
田舎での自給自足の生活が、いかに大変で大切かを知ってくれれば。おのずと自分達の役割に、誇りや自信が生じ始める筈である。
そうすれば、熊爺も彼らを受け入れた甲斐もあると言うモノ。
――3月の青空市は、今回も盛況のうちに幕を下ろしそう。
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