第298話 青空市で高ランク探索者の会合が開かれる件



 来栖家の販売ブースを訪れる客は、午後になるまでにそれなりの数に上っていた。お陰でこの1か月で溜め込んだ、探索で得たアイテム品も順調にはけて行ってくれている。

 売り子のお手伝いが初の、熊爺家のキッズ達も段々と接客に慣れて来た模様た。紗良と姫香の呼び込みを真似て、それなりの貢献度を示してくれている。


 お陰でお昼前に、結構な数のアイテムが売れてくれた。まずはガソリンと解毒ポーションが、割と高値の設定にも関わらず買われて行った。

 薔薇のティーカップやスプーンセットも、上品そうなおばちゃんが購入して行ってくれた。バケツや乗馬ムチも同様に、どこかのおばちゃんが購入してくれた。

 ただまぁ、乗馬ムチを使う用途は全く定かでは無かったけど。


 やや高めに設定してあった、『魔法のクーラーボックス』もかき氷機と一緒に若い兄ちゃんが買ってくれた。業務用の大きさだけに、どうやら夏の屋台目的なのかも。

 売ってしまって、なるほどと納得した様子の姫香である。ウチには紗良姉さんがいるのだから、氷を作って夏にかき氷屋さんもアリだったかもねとの呟きに。


 それを聞いて笑い出す紗良は、盲点もうてんを突かれた発言がよほど可笑しかったのだろう。姫ちゃんはお金儲けの才能があるかもと、身内で褒め合う妙なサイクルに。

 手伝ってる紀夫のりお須惠すえの兄妹は、キョトンとした表情。そんな会話の最中に、馴染みの客のチーム『ジャミラ』の面々が、新しい売り子さんがいるねと話し掛けて来た。

 それに愛想よく、いらっしゃいと答える紗良と姫香。


 熊爺家のキッズ達の説明を交えつつ、既に佐久間の趣味を完璧に把握している姉妹である。そんな訳て、エーテルとMP回復ポーションの他にも、ソフビ系のオモチャを仕入れたよと口添くちぞえを忘れない。

 そんな話術で購買意欲をそそりつつ、他の探索者チームの面々にも掘り出し物の武器や魔法アイテムを説明する。そうして販売にこぎつけたのは、いつもの薬品系に加えて体力アップの付属した『オーガ骨の指輪』だった。

 全部で10万円以上の買い物だが、向こうも満足そうで何より。


 リーダーの佐久間に至っては、ヒーローの超合金人形や恐竜の塩ビ人形を大量に買い込んでいってくれた。ついでに紗良に勧められて、海辺の生き物フィギアセットも購入していた。

 値段もかなり割り引いてあげたので、これもウィン×2な取り引きだったと思いたい。何にしろ、“ナタリーダンジョン”で仕入れたオモチャは随分はけて行っている。


 ダンシングフラワーやハウスセット辺りが、まったく人気が無いのはアレだけど。売れ残りは、お手伝いを頑張ってくれている須惠ちゃんにプレゼントもアリかも。

 姫香がそんな事を考えている内に、時間はそろそろお昼となった。ブースの売り上げは、午後からの探索者チームの来訪に賭けようと売り子同士で話し合いながら。

 姫香は、交代で休憩に入るよと星野兄妹に声を掛ける。


「ご苦労様、慣れない接客で大変だったでしょ? これから屋台でお昼を買いに行くから、川村君と須惠ちゃんだっけ、付いて来てくれるかな?

 紀夫君は、紗良姉さんと引き続き店番をお願いね」

「わ、分かった……」


 川村はキッズチームのリーダーだったのだが、売り子の仕事ではあまり役に立てず。それは星野兄妹も一緒で、何しろ学校に行ってないせいで読み書きや計算があやふやなのだ。

 その上に初めての売り子の体験である、ほぼ役に立っていないのはキッズ達も分かっている。それでも予想外に優しくされて、戸惑う心情が先に立っている様子。


 そこは来栖家の子供達も分かっていて、最初からすべて上手くやるのは無理だよとフォローを入れる素振り。それから売り上げからお金を抜いて、一緒に屋台に買い物へと出掛けて行く。

 その辺は、凛香チームを迎え入れた際にも経験して、すっかり慣れている姉妹である。町への新入りに対しての教育係的な立場は、すっかり定着した立ち位置だったり。


 熊爺からも、しっかり鍛えてやってくれと言い含められているし。そんな訳で、慣れないながらも何とかお昼まで頑張った熊爺家の新入りキッズ達。

 巡って来たお昼休憩に、ようやく肩の力を抜くのであった。




 護人もそんな彼らをねぎらって、姫香たちが買って来た焼きそばや、紗良の作ったお握りでのランチタイムに。売り場は半分放置で、お客が来たら誰かが対処に向かう方針である。

 気軽にお喋りをしながら、青空の下での食事は進む。今回の青空市の感想を言い合いながら、野外テーブルを囲んでの賑やかな昼食タイム。


 いつものように、こんな時間にもお客は訪れるモノで。しかも今回は、協会から一緒に“春の異変”に対処してくれるとお墨付きの島根チームだった。

 確かチーム名は『ライオン丸』で、A級ランカーの勝柴かつしば率いる実力派チームだった筈。いらっしゃいと立ち上がった紗良にデレッとした表情なのは、まぁ仕方のない事か。


 そんな勝柴は、ブースに置いてあった『ゾンビ仮面』に一瞬怯んだ顔を見せたモノの。奥で食事中の護人を見定め、少し話があると仕事の話を匂わせる。

 一緒に訪れたチームの仲間たちは、食事中に訪れた無礼を詫びつつも。紗良との会話を、途中で止めるつもりは無い模様なのは一目瞭然。

 ただそれも、続けて来た甲斐谷チームを視界に収めるまでの事。


「何だ、ここのブース前はいつも賑やかだな。護人さんはいる……ああっ、先約があるのか。おっと、君らは確かA級の島根チームたね、用件が一緒なら同席をお願い出来るかな?

 その方が、話も早いし情報も共有出来るだろう」

「そうね、岩国のヘンリー達と吉和の『羅漢』のメンバーも、近くにいたら呼びましょうか。その方が来栖家チームも、面談が1度で済んで楽でしょうから。

 護人さん、それでいいかしら?」

「ええっと……“春先の異変”の話かな? そうだね、各チームがどう動くかをあらかじめ話し合っておいた方が、確かに混乱しないかも知れないな。

 それより皆さん、昼食がまだならこちらで用意するけど」


 その護人の一言で、屈強な探索者の集団が和気藹々とした雰囲気に。こっちの食事が終わったら、何か買って来てあげるよと姫香がお気楽に口にして。

 悪いねと、甲斐谷もくだけた物言いで言葉を返す。それを見ていた熊野家キッズの面々は、怖そうな大人の集まりに腰が引けている感じ。


 そんな事をしている間にも、“巫女姫”八神の連絡がついた模様で。岩国チームのヘンリー達と、吉和のギルド『羅漢』の雨宮がブース前に集まって来た。

 雨宮はお昼用なのか、お土産に屋台の食料を買い込んで来たらしい。そして集まった人数を数え直して、少々足りないかもと不安な物言い。


 そこに同じく、屋台の食料を買い込んで来た『ヘリオン』の翔馬と『麒麟』の淳二が合流して来た。それから集まったメンツを数えて、この人数じゃキャンピングカーには全員入れないねと思案顔。

 キャンプ用の机を占領していた子供達は、この机を使いなよと席を譲ってくれようとしている。とは言え、会談は他の者に聞かれると刺激的な内容を含むので、なるべく漏れない密室が良いかも。

 それじゃあコレを使おうと、『ヘリオン』の翔馬が魔法アイテムを取り出す。


「遮音効果と、それから遮光効果もついてる魔法アイテムを偶然持っていてね。これを使って、みんなで昼食を食べながら会合を開こう。

 あっ、そんなに急いで食べないでも平気だよ」

「後ろのスペースを使うのは良いけど、こっちの商売の邪魔はしないでよね。正直、こんな大勢でやって来られただけで迷惑なんだから!

 時間とか人数とか、大人なら色々考えて欲しいわ」

「こらこら、姫ちゃん……みなさん、ウチの今月の商品も宜しくお願いしますね? 掘り出し物も揃えてますし、薬品もエーテルなんかがまだ残ってますから」


 過激な言葉で、大勢で集まられても迷惑だと、年上連中に批難の声をあげる姫香に対して。飽くまで営業用の笑顔で、販売品の方も宜しくと妹をたしなめる紗良である。

 姫香の不機嫌は、皆での楽しい食事を邪魔されたせいもあるけれど。護人を取られた事実にも、大きく起因すると見抜いた紗良は妹をなだめるのに必死。


 ついでにブースの売り物の宣伝もする抜け目なさを発揮しつつ、何とかこの場を穏便に収めて。キッズ組の食事も恙無つつがなく終わって、場所をお客さんに譲る流れに。

 そんなベテラン探索者達は、姫香に迷惑だと凄まれて割と気まずそう。『ヘリオン』の翔馬や“巫女姫”八神辺りは、手土産を渡したり帰りに何か買って行くよと約束したりと如才じょさいの無さを発揮している。

 そんな感じで、ホスト役のお嬢さんのご機嫌取りに割と必死だったり。


 そんな彼らベテラン探索者が、この来栖家のブースにやって来た目的の1つたが。もちろん、噂の異世界チームを一目見てみたかったからに他ならない。

 ところが護人から、彼らは山の上の拠点で留守番中だと打ち明けられ。それが目当てで集まった面々は、当てが外れてガッカリ顔に。


 向こうはまだこちらの世界に慣れてないし、大勢の人のいる場所に連れて来れなどしない。そんな護人の言い分はもっともで、返す言葉も無い面々である。

 それでも、戦闘関係の実力は相当なモノだと、ホスト役の護人から聞き及ぶに。メラっと、負けないぞと闘志を燃やす者が何人か発生する事態に。

 甲斐谷や勝柴は、ぜひ手合わせ願いたいねと面会を切に希望する仕草。


「いやいや、もう少し落ち着くのを待ってくれないか。協会の伝言役の人にも知らせたばかりだし、向こうもまだこちらの世界に慣れてないしね。

 話す位なら可能だと思うけど、彼らは今は山の上で留守番中だよ」

「そうか、まぁそうだな……相当な腕前だって話だったから、どの程度か見てみたかったんだが。異世界の探索者の生活なんかも、もちろん聞いてみたかったし。

 困ったな、通訳がいないと俺たちだけでお邪魔しても無意味だし」

「この場は会合だけ済ませて、夜にそちらにお邪魔する訳にはいかないかしら、護人さん? この機会に、私たちのチームも異世界チームと面識を持っておきたいと思って。

 こんな刺激的なイベント、他じゃ滅多に得られないでしょ?」


 “巫女姫”八神の申し出は、成る程もっともかも知れない。護人も別に、異世界チームとの関係を独り占めしようとは全く思ってはいないのだけど。

 まさかここまで注目の的になっていたとは、探索者業界も侮れない。その中には、恐らくこの未確認チームを見極めようと言う目論見も混じっているのかも。


 それも当然だろう、異界からの訪問者と言うだけですでに異質なのだから。もっともそれを言うと、来栖家のペット勢なんかもその仲間入りをしてしまう。

 とにかくその申し出には、一応オッケーを出して歓迎すると口にする護人。お泊りしたいチームは、前もって言ってくれとの言葉も忘れずに。

 こんな時は、お客の頻度の高い来栖家は便利ではある。


 一々慌てる事は無いし、5人程度の来客なら全然可能である。その結果、岩国チーム2人と甲斐谷チーム3人が、ぜひお願いしたいと挙手する事態に。

 吉和のギルド員は遠慮した様だが、また今度別に機会を作ってくれとの事で。異世界チームの人気振りは、とどまる所を知らない模様。


 取り敢えずその話は落ち着いて、次いでその後は各チームの非常時での動きの示し合わせだとか。“春先の異変”が起きた際の、各々での連絡方法とかを打ち合わせる流れに。

 瀬戸内全域に脅威が訪れるなら、地元をまず守るのが筋には違いなく。それでも連絡を取り合って、余裕があればなるべくお互いを助け合おうと確約がされて行く。


 協会と言う組織は、確かに探索者を助けるための物ではあるけれど。本当に頼りになるのは、こういった感じの日頃からの交流で得た絆に他ならない。

 それをベテラン探索者ほど、身に染みて理解しているのだろう。だから探索者が毎月集う青空市は、きっかけ作り的な意味合いでも便利ではあるようた。

 そのため、甲斐谷チームや岩国チームも都合をつけて参加しているとも。



 販売ブースの方では、姫香が星野兄妹を誘って休憩に出掛けている様だ。ツグミが護衛にと付いて行って、拠点の付近の護衛はレイジーのみに。

 つまり現在の売り子は、紗良と最年長の正樹の2人で行っているみたい。正樹は終始顔を赤らめていて、年上の美人なお姉さんにメロメロな模様だ。


そんな彼を茶化すように、机の上ではダンシングフラワーがはやし立てている。この場は至って平和なようで、護衛役のレイジーも何となく退屈そう。

 甲斐谷チームや岩国チームは、何度か作戦を一緒にした仲だ。レイジーもそれを覚えており、主人に危害を加える可能性は低いと認識しているのだ。

 ブースに訪れるお客も、お昼の時刻のせいかほぼ皆無。





 ――そんなまったりとした時間は、その後も続くのであった。





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