第297話 3月の青空市も盛り上がりが凄い件



 万全な前準備で臨んだ3月の青空市、寒さも先月より格段に和らいで来ていた。天候も順調で、その点では毎月の青空市は色んな観点から恵まれている。

 来栖家の面々も、今回もヤル気充分でいつもの場所の貸し切りブースに陣取っている。それからスタートの時間を、今か今かと待ちびている状態。


 とは言え、今回も野菜の類いは無いので午前中に売る物は少ない。その分、熊爺が融通してくれた鶏の卵や乳牛のバターは、午前中の目玉になるかも?

 その売り子を言い渡された、熊爺家の子供達は緊張気味で顔色が優れない。スタート前なのに、既に人通りもまずまず多い通りを眺めて揃って固まっている。

 それを見て、末妹の香多奈が緊張をほぐそうと助け舟を出す。


「あっちから音楽が聞こえて来てるね、何だろう? 開始時間前なのに、ステージが立ってるのかな? 先月まで無かったけど、今月から生演奏を始めたんだね!

 叔父さん、今流れてるのは何て言う歌?」

「何だったかな、昔流行った芸人さんの歌ってた奴だ……ああっ、サビを聞いて思い出したよ。広島出身の芸人さんの歌ってた、『白い雲のように』って歌だ」

「そうなんだ、芸人さんの曲にしてはいい歌だね」


 姫香のセリフもごもっとも、作詞作曲はチェッカーズの人だからねと護人の注釈。それを聞いて、小っちゃい頃から悪ガキで~と、唐突に歌い出す香多奈は大物かも。

 ビックリ顔の熊爺家の子供達は、来栖家のペースに翻弄されっばなし。近くまで見に行こうかと誘う末妹に、姉の姫香はもうすぐ開始時間だよとピシャリと反論。


 ちなみに販売ブースの方の支度は、既に完璧で後は客の来訪を待つばかり。スタート時間厳守の取り決めは行き届いており、今の所はフライングの客がいないのは有り難い。

 その辺の公平さは、食糧難の昨今では絶対的な掟でもある。抜け駆けを取り締まるのが、探索者と言うステータス強化された人達って事もあって。

 幸いこの青空市では、変な騒動が起きた事は今まで皆無である。



 そんな静かな時間も、やがて唐突に終わりを告げた。それから青空市が開始されますのアナウンスと共に、どっと通路に押し寄せて来る客の流れ。

 そんな初の青空市の参加に、相変わらず慣れない様子の熊爺家のキッズ達。最初の売り子の席には、今の所は最年長の正輝まさきと最年少の天馬てんまが座っている。


 その真後ろでは、双子の弟の龍星りゅうせいが姉を応援するように立っている。その他の面々は、突然大声で呼び込みを始めた姫香や香多奈に驚き顔。

 その声に後押しされたのか、大勢のおばちゃんの群れが物凄い勢いでブースへと突進して来た。そして商品にと並べた卵や切り干し大根、それからチーズや漬物を手に取って行く。

 紗良かそれを見て、暗算ですかさず計算して値段を告げて行く。


 そして差し出されたお金を見て、お釣りの値段を子供達に告げて行く。天馬と龍星は、必死に買われた商品を袋へと詰めて行く作業をこなしてくれている。

 それがやっと終わったと思ったら、すぐに次の客が割り込んで来てもう大変! パニック寸前に追い込まれながら、さり気ない香多奈のフォローに助けられている。


 気付けば30分も経たない内に、目の前のお客の群れは全て消え去っていた。何でだろうとブースに目をやると、いつの間にやら綺麗サッパリ並べてあった食品系の商品が消えていた。

 どうやら無事に全て完売して、それでこの有り様らしい。


「ご苦労様、おばちゃん達の勢いにビックリしたでしょ!? 少ない食料を売る時は、いっつもあんな感じなのよ。でも、割れ物の卵も綺麗に詰めれてたし、みんな最初にしては上手に接客出来てたね!

 後はちゃんと、買ってくれたお礼を言えたら完璧かな?」

「そうだねっ、今からはガラッと商品を替えて、探索でゲットしたアイテムを売りに出すから。それの販売で、ボチボチ接客を覚えて行くといいよ。

 ちゃんとバイト代出すから、青空市が終わるまで頑張って手伝ってね」


 まだ少し硬い顔で、分かったと真面目な口調の正樹の返事。それを後ろから見守る護人は、保護者の仕事が倍に増えて心労で大変そう。

 もう片方の保護者である熊爺は、何だかんだと理由を付けて青空市の参加を渋った結果。こうして護人だけが、子供達の面倒を見る破目に陥った次第である。


 そんな訳で紗良と姫香は、キッズ達に指示を出しながらブースの売り物の並び替え。真面目に作業をこなす子供達、今度は別の兄妹の紀夫のりお須惠すえが、交替して売り子をする事に。

 この兄妹は14歳と13歳だが、真面目で大人しそうな雰囲気である。熊爺からも、この兄妹は勉強熱心で覚えが良いとの評価を護人は聞き及んでいる。


 反対に、最年少の双子に関してはヤンチャな面も見え隠れしているそう。それでも全員が良く食べてくれているので、保護者的には安心しているとの事である。

 やはり子供を預かって、生活環境がガラリと変わってしまった心配面は、多少なりともあるようだ。目下の目的は、学習面よりよく食べて肉を付けて貰う事だそう。

 その言い分は良く分かる、何しろ5人揃って子供たちはヒョロヒョロなのだ。



 そんな今回の探索品の目玉商品は、『破砕の長剣』や『氷の大剣』と言った武器類だろうか。特に『氷の大剣』は属性武器で、性能も良いので58万の値付けでの出品となっている。

 毎度の能見さんとの相談での値段決めだけど、これでも抑えた値段ではある。とは言えこんな高性能武器、探索者しか買って行かないだろう。


 売れるかどうかは微妙な所で、そもそも過去の売れ残り品も結構ブースからはみ出している次第。それでも1つでも多く売るよと、紗良と姫香はヤル気充分。

 それに乗っかる形で、熊野家キッズも真面目に売り子に取り組む姿勢を見せていた。紗良の作った値段表を見ながら、商品を見栄え良く並べている。

 そうこうしている内に、第2陣のお客さんが寄って来た。


 そうしてまずは、ダンジョン産のスルメイカや牡蠣かきの佃煮などの食料品や、乾電池や竹ぼうきなどの生活用品が売れて行って。しゃもじや帽子やTシャツも、定価より安い値段のせいか好調にけて行く。

 ブロック玩具やプラモデル、ミニカーの類いも孫へのお土産なのか爺婆が購入して行くケースが目立つ。この辺は確か、“ナタリーダンジョン”での回収品だった筈。


 同じくDVDや潮干狩りセットもそうだったかも、この辺もボチボチ売れて行っていつの間にか無くなっていた。この頃には香多奈も飽きて来て、叔父にお昼用にとお小遣いを強請ねだりに行く始末。

 それから双子キッズに声を掛けて、一緒に遊びに行って来ますと護人に報告する。それは構わないけど、護衛がコロ助だけで果たして平気なのだろうか。


 少し迷った護人だが、双子にもお小遣いを渡して楽しんできなさいと送り出す事に。信用する事も、彼らの成長の促進剤だと見守ってやらないと。

 茶々丸と萌もついて行くようなので、万一荒事があっても大丈夫だと思いたい。まぁ、彼らがやらかす可能性も無いかと問われれば即答出来ないけれど。

 何にしろ、護人がここを離れる訳にも行かない。


 そもそも、保護者を気取ってついて行くのも、子供に煙たがれるだけだろう。何かあったらスマホで知らせなさいと、辛うじてそれだけを口にして送り出す。

 お小遣いをボッケに入れて、ご機嫌な末妹は大丈夫だよと根拠のない返事。それから今日は別の場所にいる、和香と穂積を探しに出掛けて行ってしまった。


 良く分かっていない双子も、やはり2人だけでは心許ないらしく。しっかり香多奈について行ってるので、変なコトに巻き込まれる心配は無いだろう。

 まぁ、香多奈が妙なイベントを発生させない限りは。




「天馬ちゃんに龍星ちゃん、お腹空いてるんなら先に屋台に寄る? それともさっきから演奏が盛り上がってる、歌の舞台を見に行ってみようか?

 和香ちゃんと穂積ちゃんはどこだろう……あっ、リンカちゃんとキヨちゃん達とも合流しないとっ!」

「……えっと、そんなに人を集めてナニするの?」


 それはもちろん、双子を紹介して仲良くなって一大勢力を築き上げるのだ。冒険ごっこでもいいし、町の案内も悪くない。茶々丸と萌の必殺技を、皆で考えて貰うって手もある。

 そんないつものテンションの末妹に、双子は揃って変な生き物を見るような視線を送っている。市内で生活していた頃には、決して出会えなかった類いの人間だ。


 そもそも遊ぶのも全力でなんて、想像もつかない天馬と龍星である。それでも最近は、毎日食べる物に不自由しなくて済むようになって余裕も出て来た。

 しかも先程は、自由に使って良いお小遣いを大人から貰える始末。熊爺からも、実は出掛ける前にある程度のお金を貰っており。軽いカルチャーショックを覚えて、足元がフワフワする有り様の2人である。

 そんな双子に関係なく、香多奈はズンズン人混みを進んで行く。


 そして一番人混みの多い、歌の舞台の端っこに辿り着いて、人が多過ぎて舞台が見えないと不満を口に出している。今歌い手さんが演奏しているのは、吉田拓郎の『今日までそして明日から』と言う歌なのだけど。

 吉田拓郎は、生まれは鹿児島だが育ちは広島市のシンガーソングライターである。そんな事を知らない子供達は、それでもミニコンサートの熱狂に浮かれ模様。


 そして不意に後ろから指でつつかれて、リンカグループとようやくの合流を果たす。つまりはキヨちゃんと太一もいて、集団は一気に倍に膨れ上がった。

 そこから少し落ち着いた場所に移動しようと、示し合わせて簡易ステージから離れて行く一行。お互いのお喋りが届くようになると、早速お互いに自己紹介を始める。


 緊張と警戒のないまぜになった双子に比べ、田舎の子たちは物怖じしない。あっちで和香と穂積を見掛けたよと、いつものペースで今日を遊ぶ気満々である。

 あっちとは、どうやら協会の本部テントみたいだったよう。今回は、そっちの手伝いを凛香チーム全員で、ヘルプ要員としてになっているとの事。

 青空市の運営サポートは、常に人手不足なのは皆が知る事実。


 何か仕事を与えられていたら、抜け出すのは大変かなと心配する子供達だったけれど。幸いにも、そんな事態にはならずに済んでホッと一安心。

 それから話し合った一同は、屋台で食べ物を買い込んで町ブラしようと言う話に。抜け目のない香多奈は、こう言う時の為に魔法の鞄を家から持ち出しているのだ。


 その中に入れてさえしまえば、温かい焼きそばや汁物だって、冷めずこぼれず取り出せる。何とも優れた魔法アイテムに、双子もビックリしてその性能を確かめている。

 そんなモノがドロップするなんて、探索業って凄いかもと認識を改める天馬と龍星。後でウチの探索動画を見せてあげるよと、香多奈も双子をあおっている感じも。


 何しろこの集団の将来の夢は、みんなで探索集団を立ち上げる事なのだ。幼い子供の夢物語と言うなかれ、この中の半数は既にスキルを取得済みである。

 香多奈は言うに及ばず、和香は『遠見』スキルを最近は使いこなし始めている。そして双子の天馬と龍星も、探索経験こそほぼ無いけれどスキルは取得済みで。

 このグループの中では、ひょっとして力は一番強いかも?


 その事を知っている香多奈は、他の友達にもその事実を知って欲しくて仕方がない様子。知って貰って、その後どうしようって事は全く考えてはいないけど。

 もし勢い余って、どこかのダンジョンに入ろうって話になったら、香多奈は引き止める役に徹するだろう。何しろこの中で、一番探索の怖さを知ってるのは香多奈なのだから。


 ちょっとした落ち度で、怪我やそれ以上の失敗が待ち受けているのがダンジョンなのだ。実際、ハスキー軍団は何度もそんな目に遭っているし、護人や姫香も危ない場面はあった。

 凛香チームとゼミ生チームの探索お出掛けも、過保護な程に心配するのも当然だ。一歩間違えば儲けどころではなく、無事に帰って来れなくなってしまうのだから。

 それがダンジョンだし、探索業に他ならないのだ。


 とは言え、憧れるのはまた別の話……一攫千金とかA級探索者とか、やっぱり子供から見ても格好良いのは事実である。町の人からも感謝されるし、やり甲斐のある職業だとも思う。

 だからリンカが、探検ごっこで町の学校裏の山に登ろうと提案した時も。誰からも反対の意見は出ず、香多奈も面白そうと思ったのみ。


 学校裏の山はけもの道しか通って無いけど、てっぺんは見晴らしが良くある程度ひらけた場所である。木造建ての小学校を、上から眺めるのもこの上なく愉快な経験だ。

 この町に不慣れなキッズ達を、案内するにも丁度良い場所かも。





 ――その見晴らしを求めて、キッズ集団は進撃を開始するのだった。






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