第295話 ようやく異世界チームの面々が戻って来た件



 敷地内にある“ダンジョン内ダンジョン”の攻略が、中途半端なのはある程度は仕方のない事。何しろ平日に探索など、やっぱりどう考えても無理に決まっている。

 気温も3月に入って、少しずつ寒さが緩和されて来ていた。そうなると農家は、田んぼに水を張る準備に奔走し始めなければならない。


 それから苗を育て始めたり、畑の方の準備ももちろんあるし。植松の爺婆や、お手伝いの辻堂夫婦との連絡もそろそろ密にして行かないといけない。

 そんな細々こまごまとした仕事も増えて来て、春先は色んなイベントに満ちているのだ。そんな中に厄介な“異変”と言う不埒ふらち者が、鼻先を突っ込んで来る事態には。

 害獣以上の鼻つまみモノだなと、護人の中での認識である。


 午前中の現在は、紗良と姫香はお隣さんにおもむいての勉強会の真っ最中。末妹の香多奈は、もちろん小学校の学びで同級生と過ごしている所。

 護人は田植えや苗の育成に使う器具を、納屋から出して軽く掃除&片付け中。こんな器具は年に1度しか使わないので、しまった場所も忘れてしまうのだ。


 放っておいても汚れは付いてるし、必要な場面で使えませんでしたでは話にならない。今年は作付面積を増やす計画もあるし、その辺も計画に入れないと。

 それは畑で作る野菜も同じ事、“大変動”以前は作っても儲けにならないなんて農家も多数存在していたけど。今は作るだけ確実に売れるし、直売ルートもしっかりしている。


 人を雇っても黒字は確定だし、お隣さんも自分家の前の放棄農地で畑をやりたいと言って来てる。その辺の指導を含めて、去年より確実に忙しくなりそう。

 まぁ、賑やかになる分には子供を持つ身の護人としては大歓迎だ。ポツンと一軒家の来栖邸では、近所付き合いや相互補助の大切さを教えてやれなかったし。

 今では3家族、本当に賑やかに助け合って生活出来ている。


 その賑やかな山の上生活の子供達は、今は空き家の一室で勉強に勤しんでいる。それが終わると、凛香チームの子供達もこちらに手伝いに来たり、ペット達と戯れたりと本当に賑やに過ごすのが常である。

 最近は厩舎裏の夕方の特訓も、すっかりと定番の日常となっていた。護人も、なるべくこれには参加する事にしている。その訓練場は、器具こそ増えてないけど3チーム揃っても充分な広さが確保出来ている。


 そんな訳で、既に各チームの夕方過ぎの日課として定着している次第である。そこでやる事は、器具を使った基礎体力や運動神経の向上だったり、摸擬戦が今の所メインである。

 スキル訓練や新しい戦法については、もう一段階慎重に事を運ぶ取り決めもいつの間にか出来ており。モロに護人の几帳面な性格によるモノだが、事故を招きやすいのも事実なので。

 皆がこれに従ってくれて、幸い訓練中の大きな事故は未だに皆無である。


 まぁ、余程大きな怪我でなければ、紗良もいるし上級ポーションも常備しているので大ゴトにはならない。ただしヤンチャな年少組などは、アスレチック遊具でのり傷や打撲など日常茶飯事。

 そんな騒動の度に、紗良のスキルのお世話になるパターンはアレだけど。終いには特訓終わりに、紗良による全員の健康チェックが追加される破目に。


 これもまぁ、長女の性格に押し切られての恒例行事と言えようか。特に模擬戦などになると、熱くなりやすい姫香や隼人は加減を知らない有り様。

 必ず誰かが付いてないと、問題児のこの2人の模擬戦は怖い事態になり易いのだ。保護者の立場の護人と凛香も、毎回困ったなぁって顔での立ち合い作業である。

 この両者は特に仲が悪い訳では無い、何と言うか負けず嫌いなのだ。




 そんな中、護人も秘かに新たなスキルの特訓に明け暮れていた。自身の覚えたスキルではなく、相棒(?)の薔薇のマントが勝手に吸収した能力である。

 その中で薔薇のマントが比較的好んで使うのは、『収納』や『棘放出』だろうか。『腕力up』や『MP150%up』は、護人に影響を及ぼしているのかは全く定かではない有り様。


 実は他にも、『回避up』や『回復』などのスキルを吸収している筈のこの優良装備。生憎と護人が、その恩恵に与っているかと問われればそこは疑問である。

 新しく覚えた『吸血』や『容積拡大』には、特に期待はしていないのだが。『威圧』と『飛行』辺りは、ちょっと使いこなしてみたいかなぁって思いの護人である。

 ついでに新装備の『恐竜ベスト』も、着用して体に馴染ませ作業中。


「うわっ、ちょっと浮いてるよ護人叔父さんっ! 凄いスゴイっ、これが薔薇のマントが食べちゃった『飛行』の能力だねっ、思ってたのとちょっと違うけど。

 もっとビューンて、飛び回るのかと思ってた」

「本当だな、これじゃあジャンプしてるのとあんまり変わらないじゃん。もっと高く飛んでみてよ、護人のおっちゃん」

「でも赤いマントがはためいて、何か格好良いかもねぇ?」


 姫香のヨイショはともかくとして、隼人と和香の茶々入れは割と辛辣しんらつと言うか本音が透けて見える。そんな事を言われても、薔薇のマントの協力を得てしても、今の護人にはこれが精一杯。

 どうやら借り物のスキルを使いこなすってのは、思った以上に大変みたいで。思い通りに宙を飛び回るのは、一体いつの事になるやら。


 これでは『威圧』や『回復』などの有用そうなスキルを、自在に使いこなすなど夢のまた夢である。とは言え、試行錯誤の果てに薔薇のマントの特性もすこしずつ分かって来た。

 何故か『容積拡大』に関しては、かなりの使い勝手を発揮してくれていた。護人の二つ名の“四腕”の1本は、今や初期の頃に較べて倍は大きくなっており。

 その殴り威力も、スキル《奥の手》より強力な気が。


「叔父さんが自由に飛べるようになったら、とっても面白いんだけどなぁ。レイジーの新スキルも、最近やっと発動出来るようになったぽいし。

 後はミケのスキルが、どんなのかが分かれば良いんだけどねぇ?」

「レイジーは、何だかますますチート染みて来たよねぇ……そう言えば、萌の覚えたスキルはどんなのか分かったの、香多奈?」

「全然分かんない……特殊スキルだし、萌も使い方が分からないのかも? それより戻って来るって言ってた、異世界から来たチームはどうなったのかなぁ?

 私の勘だと、そろそろな気がするんだけど」


 アンタが言うと本当になるジャンと、姫香の返しはごもっとも。一応4軒ある内の空き家の掃除と、それからスマホの契約を4名分は既に完了させている。

 これは香多奈が購入した時に、必要だろうと一緒に契約しておいたモノ。使節団が何人になるかは不明だが、これだけあれば喧嘩も起きないだろう。


 それから布団や日用品も、一応は二桁の人数が受け入れられる程度には買い足しておいた。協会のお偉いさんとの面談の際には、何か報酬的な約束が得られるかと思っていたのだが。

 その時にはその手の確約は果たされず、ただまぁ宝珠やらを差し入れして貰った恩もあるので。異世界の使節団への、受け入れの手抜きは間違っても出来ない。


 そんな無駄話を途中に挟みつつ、今日の特訓も終わりの方向に。夕食当番の紗良や女性陣が、その頃からご飯の支度にと慌しく動き始める。

 そんな中、突然に興奮して遠吠えを始めるハスキー軍団だったり。


 皆が揃って、胡乱うろんな目で香多奈に視線を送るのは仕方のない事か。汗を拭きながら様子を見に行く護人に、姫香もくっ付いて敷地内ダンジョン方向へ。

 他の面々も物珍しさに、噂の異世界チームを一目見ようと行動を起こしている。紗良だけは、家に引っ込んでみんなのために夕食の支度を始めるみたい。

 そんなこんなで、一気に慌しくなる来栖邸周辺であった。



 異世界チーム“皇帝竜の爪のあか”のメンバーは、やや憔悴している感はあったモノの。来栖家の接待を受けて、何とか持ち直した雰囲気に。

 それより話にあった使節団だが、今の所は影も形もない。護人としてもホスト役をこなして、長旅の疲れをねぎらって夕食の席に招くのがまずは先だった。


 そして相変わらず食欲の旺盛な、ムッターシャとザジの2名は別として。何とエルフの魔術師のリリアラが、こちらの言語を片言ながらも喋っていると言う。

 どうやら向こうで、苦労して言語系の宝珠を入手した模様である。そうして食事の最中に訊き出せた経緯に関しては、何と言うか驚きの連続だった。

 つまりは彼ら、向こうの世界から逃げて来たらしい!


「それはまぁ、色々含めて何とも驚いた結果となったな……こっちも最悪の事態については話し合っていたけど、特に備えていた訳じゃ無かったし。

 君たちの国の上の階層の者が、積極的に侵攻を企てているなんて。そうなると、こっちはかないっこないから逃げるしかないんだけど。

 友好を目指す者は、ほとんどいなかったのかな?」

「上流階級と言っても、蹴落とし合いが基本な野蛮な連中ですからね。他国と戦争している最中に、更に兵を別の場所に派遣しようと企てる馬鹿者が現在の王なのです。

 遠からず滅ぶ国に、忠誠を誓うのも共倒れをするだけ。そんな訳で、皆で話し合った結果、チーム全員でこちらに逃げてしまおうと言う事になりました。

 幸い我らは、『彷徨さまよう戦士団』としての実力もありますから」

「大歓迎だよっ、みんなですぐそこの空き家の掃除を頑張ったんだよっ! そこに住んで、お仕事はダンジョン探索をすればいいんだから。

 魔石とかポーションを買い取ってくれるお店、麓にあるから教えてあげるね!」


 興奮してしゃりまくっている末妹の言葉に、向こうの猫娘もテンションが上がっている模様。生まれ育った国を捨てる選択に、多少の不安もあっただろうにその面影も吹っ飛んでいて。

 護人に関しては、そう言えば協会の連絡係役に一報入れなくちゃと、思考があらぬ方向に飛んでいる有り様。それからスマホのプレゼントも、後で配らないとと忙しなく今後の計画が脳内を支配している。


 今夜は前回と同じく、来栖邸に泊まって疲れをいやして貰うとして。その後の入居となると、お隣さんの協力を仰ぎながらゆっくり進めるしかない。

 何しろ向こうは異界の住人、こちらの生活作法など知り様も無いのだし。ただ、リリアラがこちらの言葉を話せるようになっていたのは嬉しいイレギュラーだった。


 それに感謝しながら、食事も終わっての会話は尚も続く。今回は先にお風呂も済ませたので、この後はのんびりと就寝の準備だけすれば良い。

 それにしても、国王との話が物別れに終わって逃げて来るなんて、全く想像もしていなかった。向こうは申し訳ないと謝って来るが、護人は逆に申し訳ない思い。

 何にしろ、大量の兵士団を連れて来られなくて本当に良かった。


「そうだよ、謝る必要なんて無いからね、ムッターシャさんっ! みんなの生活の面倒は、ちゃんと私たちで見てあげるから。

 護人叔父さんも、前もって色々と準備してくれてたし」

「それは有り難い、面倒かけるがその分はしっかりと働いて返すつもりだ。もちろん“喰らうモノ”の討伐の際も、協力は惜しまない」

「こちらの世界を思っての行動は、ある意味光栄だしこちらもその意気にむくいないとね。明日からの生活の心配は不要だよ、住む場所を気に入ってくれるといいけど。

 お隣さんはさっき会った連中だから、気兼ねはいらないと思う」


 約束も既に取り付けているし、言語問題も何とかなりそうな雰囲気なので。護人の脳内での心配事は、この時点で8割がた解決の方向へ。

 ムッターシャの話では、異界へのルートは探せば今後幾らでも出て来るのだろうけれど。今の時点では、かなりの実力者でもない限りは、そこを抜けられないとの見立てである。


 彼らが使ったルートも、王国の兵士程度の実力では例え見付けられても追跡は不可能との事。例のダンジョン内隠れ里にしても、万一そこに辿り着けてもまず平気。

 ワープ魔方陣の設定は、リリアラが弄って彼女しかその繋がりを知らないのだ。言ってみれば頑丈なセキュリティを施した状態で、その報告に来栖家の面々は揃って安堵の表情に。

 何しろ敷地内ダンジョンは、家から歩いて1分の距離なのだ。


 そんな場所から、モンスターならともかく異界の兵隊さんにご登場など願いたくなどない。考えてみれば、それに対策を練っていなかったとは怖過ぎる。

 まぁ、出会った異世界チームの性格からすれば、そんな騙し討ちの可能性は低かったけど。それから香多奈のナンチャッテ予知への信頼も、少しはあったのかも。


 もちろん日頃から熱心に警護に当たっている、ハスキー軍団の存在も大きい。麓まで逃げさえすれば、島根のA級探索者の『ライオン丸』チームもいるし。

 とにかく、そんな最悪の事態にならずに済んで本当に良かった。これもひょっとしたら、ミケの幸運招来のお陰かも知れない。

 これで来栖家の周辺も、春の対策に向けて大きく動き出した。





 ――次のステージへ向け、果たして今後どんな変化が訪れるやら?







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