第293話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その13
迎えに来た自治会の職員の感想は、まさにそれに尽きると言うか。それでも彼ら彼女らの
現在のストリートチルドレンの一般評価も、犯罪集団に近しいレベルに落ちてしまっている。この集団も、生きるために悪事を働いていた可能性だってあるのだ。
そんな彼らのお引越しだが、涙を誘う程に手荷物の類いはほとんど無かった。事前に持って運べるモノだけ整理してとは言ってあったが、持参のリュックは全員ほぼペチャンコ状態。
唯一職員が慌てたのは、ペットの犬だけだった。
「この子もウチの一員だ、連れて行けないなら引っ越しもやめる」
「でもそんな、死に掛けた犬を……」
それ以上は、辛うじて口に出すのを避けた職員だが本音はそんな感じ。その元はチワワだか何かの犬は、エグい変質の仕方で確かに死に掛けていた。
一般的に、動物の変質は狂暴化を伴うと言われている。その小型犬は、生命の危機に遭遇していて、そのお陰で“狂暴化”は
とは言え、決して良い状態では無いのも確かである。幸いながら、現代の交通機関は何を車内に持ち込んでも規制が緩くて済んではいる。
だから事情を丁寧に説明すれば、何とか誤魔化せるかも知れない。いや、変質した動物の持ち込みは、さすがに安全上の問題で拒否される気が……。
しかし、子供達からペットを取り上げるのも同様に不味い。
それは彼らの目を見れば、改めて訊ねなくても分かると言うモノ。そもそも引っ越し交渉中も、子供達から信頼に満ちた目で見られた事は一度だって無かった。
何とか細い線で築き上げたこの信頼関係を、死に掛けのペット問題で引き千切る事はしたくない。職員の中年男性はそう考えて、自分の鞄からタオルを取り出した。
それからあまり荷物にならない、日常品やらの支給品の数々。もっとも子供たちが真っ先に反応したのは、お昼用にと用意したお弁当だった。
中年の男性職員は、乗車中はタオルで犬を隠しておくように指示を出す。他の乗客には決して見られないようにと、なるべく優しい口調でアドバイスをする。
恐らくは、これが最後の彼らとのやり取り。
“魔境”の噂は、彼も良く耳にして自分でも調べていた。ダンジョンの数はともかくとして、町民がモンスターに殺害された事件は、奇跡的にここ数年起きていない。
つまりは、言う程には危険な地域では無い訳だ……もっとも、春先に凶事が起こるとも噂されてはいるけど。しかしそれは、同じく瀬戸内全域にも言えるコト。
中年の職員は、奪うように彼が差し出した支給品を鞄に入れて行く子供達を眺める。それから、哀れな程にプルプル震える変質した犬に目をやって。
この集団が、新天地で何とか生きて行けるように心の中で願うのだった。それは決して哀れみや偽善ではなく、何と言うか一種の共感だった。
お互いに、不遇な時代を懸命に乗り越えて行こう的な。
向こうはそんな感情など、
降りる駅名と時間を、リーダーの川村へとくどいほど言い聞かせるのを忘れない。何しろ上の連中がケチ過ぎて、職員の同伴が認められていないのだ。
普通は受け渡しまで、キッチリ行うのが筋だと言うのに。それよりも、次の案件に早急に当たれと言うのが彼の上司の言い分らしい。
まぁ、それも大切だ……出来るなら、不遇な子供集団を少しでも救ってあげたい。仮に上の連中の本心が、市内の治安維持と浄化活動にあったとしてもだ。
ただ、職員の中には子供の救済に本気で向かう者が圧倒的に多い。
――彼も同じく、この集団の未来が明るくと心から願うのだった。
目的の1つである異世界人との交流の橋渡し……いやその前段階の異界の住民との接触に、見事成功した“皇帝竜の爪の垢”チームだが、現状は明るい雰囲気ではなかった。つまりは、何とも締まらぬその後の顛末。
その報告を聞いた、王国と魔導研究機関の対応はとても酷いモノだった。使節団を送ろうとか、いや敵の戦力を測るのが先だとか議会は紛糾して。
その場に報告者として居合わせたムッターシャは、何ともやり切れない思いに。特に軍隊を派遣して、エリア制圧からの前線基地の作成を唱える輩もいるとあっては。
最初に言い渡された、有効な交流とは180度違って来るし醜悪ですらある。欲望丸出しのその議論に、耐えれるだけの厚顔さはチームの誰も持っておらず。
1週間が過ぎる頃には、議会への出席をキャンセルする破目に。
そして自分達だけで、もう一度異界へと旅立つ準備を秘かに始めた一同である。何しろあの紛糾具合では、約束の2週間であの家族の元へ戻る事は不可能だ。
更には万一、異界を乗っ取るなんて話になったらやっていられない。そんな話に手を貸す事は、“皇帝竜の爪の垢”チームとしてはあり得ない。
一宿一飯の恩も当然あるけど、彼らの所属する国は四方に敵を抱えているのだ。これ以上厄介事に足を突っ込むのは、自殺行為と言う他は無い。
上の連中は、異界のもたらす未知の財宝に目が
穏健派にしても、交流からの儲けしか念頭に無いのがその口調から透けて見える。こんな連中の言いなりになっていたとは、恥ずかしくて表を歩けない。
そんな訳でチームで話し合った結果、もう1つの使命を理由に早急に王都を去る事に。それは全くの嘘ではなく、“喰らうモノ”の出現場所と時間はおおよそ見当がついていた。
それをもたらしてくれたのも、思えば異界のあの家族たちだった。特に猫娘のザジとエルフのリリアラは、あの家族と異界のお持て成しを
リリアラなど、こっちの世界に見切りをつけて、向こうに移住してしまおうとまで言い出す始末。リリアラは魔術師なので、将来的には塔に
それを異界の地で叶えるのに、全く抵抗は無い様子である。
ムッターシャも、いい加減に権力者たちの言いなりには嫌気がさしていた所。ズブガジにしても、どうやら異界の変わったロボとの交流が楽しかった様子である。
そんな感じで、チーム方針は王国としての指針の定まっていない議会に背を向けるで呆気なく決定。そもそもチーム貢献の評価値も、物凄く低くて嫌になるレベル。
そんな訳で、半ば脅すような格好で報酬を受け取って、半ば夜逃げのような旅立ちに。身辺整理も含めて、出発までに時間が掛かったのが少々計算外ではあった。
とにかく今回の異界渡りでは、数か月以上の滞在を念頭に入れておかなければ。向こうの世界で“喰らうモノ”の討伐と言う、もう1つの目標に取り掛かるのだから。
そんな決意のもと、秘密裏のダンジョン通路での移動に3日以上を費やして。例のダンジョン内の隠れ里に、ようやく辿り着いてホッと一息つく事に。
ここまで来れたら、取り敢えずは安心だ。
「ふうっ、何だか無駄な時間を過ごしちゃったわね……今後はあの王都には、なるべく寄り付かないようにしましょうか。
この隠れ里を拠点にして、出来れば渡った先にも拠点が欲しいわね」
「そうだな、まぁモリトは約束を
普通にダンジョン探索で、路銀も充分稼げるだろうしな」
「全く、好き勝手な言い分ばっか
本当にザジの言う通りで、隣国とも戦争中の王国が、遠征に割ける兵力などほぼ無いに等しいのだ。その辺は安心して聞き流していたムッターシャだが、その欲深さには腹が立つ。
そんな王国と縁を持ったのもムカつくが、この地に来れてその縁もほぼ切れたと見ても良い。この先へのワープ通路も、知る物でないとチャンネルを合わせるのが不可能である。
つまりは彼らの後を追って、来栖家の敷地へと至る事は彼らの案内が無ければまず無理。その点では、彼らの今後の活動は安心が約束されていると言う事。
だがまだ安心は出来ない、と言うか請け負っている“喰らうモノ”討伐案件は、決して油断出来る依頼ではないのだ。心して掛からねば、下手をすれば返り討ちに遭う可能性も。
チームとしても、今から調子を上げて行かないと。
――リーダーとして、そんな事を思うムッターシャだった。
密談と言う程でも無いけれど、チーム『ライオン丸』は広島の協会本部長の
チーム『ライオン丸』のリーダー、
もちろん厳しい冬を、キャンピングカー内で過ごしていた訳では無い。ちゃんとした宿に泊まって、しっかりと探索者稼業もこなしながら日々を過ごしていた次第。
そんな長期の滞在だが、リーダーの勝柴的にはそれなりの理由がある。つまりは春が近づくにつれ、段々と克明になって行く予知夢の内容とか。
それに対する、相談相手が欲しかったのがまず1つ。
「その予知が当たったとして、相当な“変動”がこの地に降りかかる事になるからな。それに備える戦力は多い方が良いって、そっちの言い分は分かった。
きっちり報酬が貰えるなら、俺らは構わないよ」
「そうか、事が静まるまで雇われてくれるのなら有り難い。A級探索者は数少ないからな……何しろ今度の予知内容で、瀬戸内全域にどんな被害が及ぶか、ほぼ分かって無いから」
そう協会本部長の葛西に言われ、勝柴は微妙な顔付きに。何しろ鑑定の書にも出てない彼の予知スキルは、本人にも制御不能な厄介な能力なのだ。
そんな訳で、日を追うごとに鮮明になって行く、瀬戸内を襲う厄災を毎晩見せられる始末。結果、勝柴は毎日寝不足で、これは“巫女姫”八神に相談しても改善はされなかった。
吉和のギルド『羅漢』に在籍している、高坂ツグムにも面会しに行ったのだが。『予知夢』を持つ彼は、それは宿命だからと諦めた物言いを放つのみ。
そもそも、その高坂の顔付きが寝不足を張り付けたような悲惨な有り様。これは聞くだけ無駄かなって予感が、対談前からヒシヒシ伝わって来ていた次第である。
まぁ、勝柴に至ってはスキルかどうかも分かっていない段階である。そんな毎晩夢に見る内容だが、大抵は海に開いた大穴から魔素が大量に噴き出す場面から始まっていた。
その流れに乗って、まるで巨大な船の様に浮遊する島が、こちらの世界に飛び出して来るイメージが。その浮遊大陸は、幾つかの勢力が派遣を争っていて、こちらの世界には総じて良い感情を抱いていないのが伝わって来る。
ただし、向こうもこちらの戦力を測りかねている感情も伝わって来ており。その辺は、夢の中の変な融通の利きようで不思議な感覚ではあるモノの。
相手の勢力の幾つかは、こちらに積極的に手出しすべきかは迷っている感じ。そんな勢力の潜む大陸の地下には、大迷宮ダンジョンが活動を続けていた。
それは数千年も活動を続ける、根源のダンジョンの1つの模様。
地上に棲息する勢力も、それぞれ癖のある連中みたいである。もしそいつ等が手を組んで地上に押し寄せたら、大変な事態に陥りそうでとっても怖い。
そんな海と空の脅威も
その存在から漏れ出る圧迫感と言うか、喰らわれてなるモノかと言う必死な生存本能は凄まじく。夢の中でさえ、勝柴は毎回影響を受けそうになってしまう。
なるほど、確かにコイツは一筋縄では行きそうにない。ただしその攻略を手伝ってくれる仲間の気配も、夢の中に出て来ており勝柴を安心させた。
その見慣れぬ一団は、どうやら異界からの探索者集団らしい。
――そんな連中と、この先どうやって知り合いになるんだろう?
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