第290話 2つ目の扉は案の定の氷のフロアだった件



「ほらっ、やっぱり今度のフロアは氷属性だったじゃんっ! これはさっき私が見付けた杖と、レイジーが大活躍の予感だよねっ!」

「それはそうかもだけど、アンタには絶対に杖は持たせないからね、香多奈。それにしても、今回は綺麗な場所だねぇ。

 思いっ切り野外だし、空にはオーロラが見えてるよ」

「本当だねぇ、でも移動は雪が積もってて大変かも? ハスキー達は、平気そうに偵察に出て行っちゃったけど。ルルンバちゃんも大丈夫かな……あらっ、道を作ってくれてるのね、ありがとう♪」


 紗良の言葉に、これくらい平気とゼスチャーで返す万能AIロボ。前面に設置した排土板での除雪作業は、来栖邸の近所で何度もこなして既に慣れたモノ。

 その後をついて行く来栖家チームは、これは確かに楽だとルルンバちゃんにお礼を述べる。そして先行して偵察におもむいているハスキー軍団が、戻って来るのを待ちの姿勢。


 それにしても、2つ目の扉奥のフロアの変わり様と来たら凄いの一言に尽きる。香多奈がはしゃいで発したように、このフロアは氷属性だったみたい。

 扉前の紋様からも、何となく察してはいたのだけれど。まさか、いきなりフィールド型ダンジョンになるとは、誰も想像はしていなかった。

 一面の雪景色は、山の上の立地上見慣れているとは言え。


 空を覆うオーロラの景色は、ここどこ? と思わず全員で見上げてしまう有り様。確かに壮大で綺麗ではあるが、見慣れていないその光景は怖さも少々あったりする。

 それから周囲の、背の高い針葉樹の森も割とくせ者かも。モンスターが潜んでいても、これだと近付いて見ないと分からない障害物となっている。


 フロアはなだらかな雪原と言うか、丘が幾つか連なって出来ているようだ。つまりは丘の向こうも、ハッキリと敵の有無は窺えない見通しの悪さ。

 紗良が『遠見』の指輪でチェックすると、ハスキー軍団が見事に敵の一団を釣って戻って来る途中だった。白い狼やその半分の大きさの雪ウサギの団体が、雪原を駆けて来ている。

 その集団は、やっぱり数十匹規模でいつもより多い気がする。


 それをチームに知らせて、いざ2つ目の扉での初戦闘の準備を始める一同。例のカボチャの杖だが、最初は試しに姫香が使用する事に。

 取り敢えずはルルンバちゃんが単騎で先行して、その後ろに護人と姫香が控えての布陣。護人は新たに装備した『魔人の弓』の使い心地も同時にチェックする。


 姫香も初めて使う炎系の魔法の出力や命中精度には、やや戸惑っている感も。それでもおとりとなって駆け抜けたハスキー達の、苦労にむくいようと慣れない魔法をブッ放す。

 それはまずまずの威力で、先頭を走っていた雪狼の群れに見事に命中した。先頭の数匹はそれにより、呆気なく魔石に変わって行く破目に。

 さすが弱点属性、この辺りまでは目論見通り。


「おっと、思ってたよりも敵の数が多いな……それじゃあ茶々丸と萌で、サイドから抜かれないようにフォロー頼む!

 姫香、ハスキー達と乱戦エリアを構築するぞ」

「了解、護人叔父さんっ……紗良姉さん、杖持ってて!」

「はいはいっ……投げていいよ、姫香ちゃん!」


 そんな訳で、ポイっと投げられたカボチャの杖を、紗良は空中で見事にキャッチ。そして構築されて行く戦線だが、ここに来て右側の針葉樹の森から新たな敵が出現。

 それにいち早く気付いたツグミが、仲間に警戒のひと吠えで知らせる。それを確認した香多奈が、大声で大きな雪だるまが木の間から跳ねて来てると、現状を言葉にして知らせてくれた。


 割とシュールな風景だが、確かに見た目はそんな感じ。意外と大きな雪の塊(2等身)が、妙にコミカルに跳ねながら接近して来ている。

 その数10体以上で、近付かれてプレス技とか喰らったら怖いかも。護人は咄嗟とっさにレイジーに対応を呼び掛けて、紗良と香多奈にその補佐を命じた。

 そう言う事ねと、2人は大急ぎで炎を立ち上げて準備に掛かる。


 乱戦中の前衛も、雪狼と雪ウサギのコンビには苦労していた。何しろコイツ等、タイプが全然違う癖に時間差コンビプレーで襲い掛かって来るのだ。

 牙での首筋を狙う雪狼と、力強い蹴りでお腹や下半身を狙って来る雪ウサギ。どちらも俊敏な上に、真っ白な保護色で守られていて厄介この上ない。


 ツグミやコロ助も、単体ならともかくコンビプレーには苦労している様子。護人も最初は雪ウサギの攻撃は、大した事無いだろうと油断していたのだが。

 盾で受けた感触は、ヘビー級のパンチも真っ青な衝撃具合でギャップが酷い。雪狼の半分程度の大きさと、侮っていたのを完全に裏を掻かれた感じ。


 ただしそこからは、ツグミの『土蜘蛛』やコロ助の『牙突』での丁寧な数減らしが功を奏し。雪狼を後回しにする作戦で、大きな被害は出さずに済んだ。

 姫香も一度だけ、そのキックをお腹に喰らって吹き飛ばされてしまった。幸いと言うか、それは雪がクッションになって事なきを得た感じ。


 肝を冷やした護人だったけど、ツグミがすかさずフォローに入ってくれて助かった。攻撃を仕掛けた雪ウサギは、怒れるツグミの反撃で割と悲惨な目に遭ってすぐに消滅の憂き目に。

 そこは仕方がない、ツグミだって怒る時は怒るのだ。


「ふうっ、ビックリした……狼より強いウサギって、こんな仕掛けはずるいよねっ! 後は残った狼を頑張って倒そう、護人叔父さんっ。

 レイジーの方は、問題無く倒し終わってるみたいだしね」

「ああ、属性の相性って確かに大切だなぁ……炎の狼兵団が、無双して敵を倒してくれたみたいだ。

 雪だるまの集団、全部2メートル以上あって強そうだったのにな」


 常識派のレイジーと紗良は、奥に針葉樹の森がある為にブレスと炎の玉飛ばしを控えていたのだが。代わりに炎の召喚から、レイジーの《狼帝》で出現させた炎の狼軍団で敵を蹂躙じゅうりんしたみたい。

 護人の言うように、敵の雪だるまは傍目にはタフで強そうだった。それらが為すすべもなく、揃って炎の狼達に溶かされて行くと言う運命を辿ってしまった。


 そいつらがいた後には魔石が転がると言う、いつものパターンの風景に。雪の中に埋もれるそれを、香多奈とルルンバちゃんが必死に集めている。

 護人と姫香の前衛側も、雪狼の群れをようやく倒し終わったみたい。そちらはツグミが、戦後処理と言うかドロップ品を器用に《闇操》で集めてくれている。

 本当に優秀な護衛犬である、しかもモフモフだし。


 その毛皮のお陰で、こんな積雪フロアでもハスキー軍団はへっちゃらな様子。護人と子供達に関しては、外の2月の冬景色よりは多少冷え込むかなって感想で耐えている。

 確かに寒いけど、そこは数時間の我慢だと割り切って。その辺は、冬の“もみのき”と“三段峡”ダンジョンの遠征での経験も生きている。


 ちなみに敵のドロップは、魔石の他は真っ白な毛皮が少々。雪だるまに関しては、何故か木切れやバケツやニンジンを落とす始末で外れ感が酷い。

 首を傾げながらも、それらを一応は持って帰ろうと鞄に仕舞い込む末妹である。或いは自作の雪だるまの、新たなパーツにしようと思っているのかも知れないが。

 何しろ山の上だけあって、日陰にこしらえた雪だるまはまだ健在なのだ。



 そんな感じの襲撃が、追加で2度ほどあったのは完全に予定外だった。優秀なハスキー軍団でも、次の層への階段を発見するのに手間取ったのが計算外。

 お陰で魔石(微小)はたっぷり溜まったけど、雪原をあちこち移動して疲労も溜まってしまった。ルルンバちゃんが、人間用にと雪掻きをしてくれての移動でもこれである。


「ふあっ、やっと次の層への階段が見付かったよ……フィールド型ダンジョンは、移動が大変だから嫌になっちゃうよねぇ。

 ここも予定では、同じ感じのがあと2層かぁ」

「そうだな……1層クリアの時間も、さっきより掛かっちゃったし。ハスキー達もご苦労様、階段前で少し休憩してから次に進もうか」

「了解、護人叔父さんっ! ハスキー達は、水とMP回復ポーションどっちが欲しいかな?」


 妹の香多奈に犬達の通訳を頼みながら、飲み物の用意を始める姫香。紗良も人間用にと、本当は3時のおやつ用に持参した温かい飲み物を配布する。

 結局このフロアは、約1時間近くさ迷い歩く事になってしまった。そのお陰で、護人は今日の予定を大幅に変更する算段を付ける破目に。


 ハスキー達はまだ元気そうだが、人間側が随分と消耗してしまっている。慣れない雪山の行軍は、それほどにハードだったりするのだ。

 護人はチームの状況を確認しながら、後衛の紗良と香多奈をルルンバちゃんに乗せる案を提示する。実は一番消耗していた紗良は、有り難くその案に乗っかる事に。

 侮れない香多奈は、まだ元気だと返事は確かに力強いけど。


 経験から、子供の電池切れは突然やって来るのを知っている護人。休憩終わりの再スタートでは、しっかり2人をルルンバちゃんの座席へと押し込む。

 氷のエリア2層目は、さっきとほぼ同じで広大なフィールドが拡がっていた。まずは敵との遭遇までは、この陣形でルルンバちゃんに頑張って貰う事に。


 素直なAIロボは、後衛2人に乗って貰って嬉しそう。逆に香多奈は、ルルンバちゃんの装備を弄ったせいで、乗り難くなったよねと不満を口にしている。

 確かにハンドルを銃座にしてしまったせいで、シートをゆったり使えなくなっている。ただし、それでルルンバちゃんを責めるのは余りに酷と言うモノ。

 そんなお叱りの視線が、姉達から飛んで来る。


「べっ、別に文句とかじゃ無いからね、ルルンバちゃん! あ~っ、座ってるだけで移動出来るなんて快適だなぁっ、楽ちんラクチン?

 ルルンバちゃんは、何をさせても上手だよねっ!」

「今更しらじらしい事を言う子だね、香多奈……敵が出て戦闘になったら、すぐに降りて後衛でちゃんと待機してなさいよ?」

「おっと、そんな事を話している間に、ハスキー達が敵の群れを釣って来たようだな。それじゃあ待ち伏せに気を付けて、さっきと同じ布陣で戦おうか。

 ルルンバちゃん、中央を頼んだぞ!」


 それを聞いて、超張り切り出すルルンバちゃんであった。そんなハスキー軍団が連れて来た敵は、1層と同じく雪狼と雪ウサギの混成軍。

 数も大体同じで、20体程度だろうか。紗良が後衛へと引っ込む前に、カボチャの杖で行き掛けの駄賃の火の玉をぶっ放す。その威力は、姫香の時より上の気が。


 やはり魔力に関しては、いつも操っている紗良に軍配が上がる模様である。その直撃を受けた敵の群れは、戦闘前に哀れに数を減らして行った。

 そこからの来栖家チームの狩りも、統率が取れていて見事なモノ。機動力の弱いルルンバちゃんの元にも、ツグミやコロ助が敵を誘って手柄を譲っている。


 それはレイジーも同じで、再び茶々丸とペアを組んでの敵の数減らしは見事と言う他ない。レイジーの『魔炎』なら一気の殲滅せんめつも可能なのに、それを敢えて封印してるし。

 それは魔力の節約なのか、経験値を均等に稼ぐと言う目的を意識しての事なのか。どちらにしても、賢過ぎるリーダー犬には違いない。


 つまり今回は、無理して戦線を構築する事も無く討伐は終了しそう。ハスキー達の学習能力の高さもそうだが、数度目の同じ敵との対応は既に慣れたモノ。

 チームとしての完成度も、随分と上がって来ている模様で何よりだ。それよりこのフロア、倒した後の魔石を拾うのが凄く大変と文句をブー垂れる末妹。


 そこはツグミも積極的に手伝って、何とかさっきより短時間で対応出来た。ただしこの後の移動に関しては、やっぱり簡単に短縮とは行かない様子。

 周囲に拡がる雪景色を眺めて、この後も移動かとゲンナリする護人である。ところが子供達は違うようで、オーロラが綺麗とかあれはダイアモンドダストじゃないのかなと景色を眺めてはしゃいでいる。


 特に撮影役の香多奈は、自分のスマホを持って大張り切りしている。再びルルンバちゃんに搭乗して、さあ行くぞと気勢も高く号令を掛けて。

 それに反応して、再出発するハスキー軍団もまだまだ元気。このフロアのパターンが前の層と一緒なら、まぁ少しは時間節約が出来るだろう。

 そう期待する護人が、実は一番疲れていたりして。





 ――それでもやっぱり、周囲の見慣れぬ景色はとっても綺麗だったり。






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