第286話 昼と夜にも重要な会合を開く件



 その後にも協会本部長の葛西とは、色々と話を煮詰めて行った護人である。仮に、もうすぐ異世界チームと再び接触があった場合、どう対処すべきかなど割と重要な案件には違いないので。

 何しろ今度は、一緒に異界の使節団を連れて来るとの話である。その場合は、かなり向こうで地位の高い人物の可能性が出て来る。


 そんな使節団を、仮にも邪険には扱えないのは当然の話。本来ならば、時間も金も掛けて迎え入れる準備をすべき案件なのは確かである。

 とは言え政治家を始め、こちらの地位の高いとされる面々は既に力を失って久しい有り様。それはある意味自業自得で、対応力や指導力の欠如が原因だったのだが。


 “大変動”によって、経済的パイプがズタズタに切断されたのが後々まで響いたお陰で。結局は、広島の勢力地図はここに至るまで、分断されたままになっている次第である。

 今では大企業や探索者協会、小さな自治体が力を持つようになって現在に至る感じだろうか。生活の基盤は、以前とは大きく異なる勢力分布図になっているのだ。


 そんな中で、協会がこの話に飛びついたのは、ひとえに“日馬桜町”の立地にある。“魔境”とも称されるこの地に、飛び込む勇気は大企業には無かった模様。

 その辺は別に良いのだが、護人としてもその対応を丸投げされても困ってしまう。そんな訳で、秘書を置いて行こうかとの葛西の提案には1も2も無く賛成の素振り。

 これで再度の異界の接触にも、こちらが責任を負わなくて済む。


 そう内心で思わずホッとしたのも事実、何しろ来栖家で責任を負うには余りにも大きな案件である。町でやってる民泊移住とは、ある意味似ているとも言えるけど。

 そんなお気楽に異世界の住人を、空き家にご招待するのもちょっと違うと思う護人。そう提案する協会本部から差し出されたのは、口約束だけでは無かった模様。

 何とアイテム類も、“春の異変”に向けて融通してくれるとの事。


「正直、この町に対してはもっと手厚く厚遇すべきだと、個人的には思っているんですがね。こちらも瀬戸内全域の変動に備えて、人手不足は否めないので。

 こちらのアイテムは、それに対するお詫びの意味も含んでいます……遠慮なく収めて貰って下さい。それから例の予知の“喰らうモノ”の攻略には、島根のA級チームの『ライオン丸』の協力を、既にこちらで取り付けております。

 恐らく来月辺りから、こちらを拠点に活動し始めるでしょう。そちらとも連絡を取り合って、来たるべき事態に取り組んで貰えれば」

「おおっ、既にそこまで手回しして貰っているとは……恐れ入ります、こちらはギルドを作ったとは言え、そんな政治的な案件はまるで素人でして。

 異世界チームの受け入れサポートと、春先に向けての警戒態勢の強化、手伝って貰えて本当に助かります。正直、この町も人手が足りているとはいい難い状況ではありますので。

 A級チームの加勢は、頼もしい報告で他の連中も喜ぶでしょう」


 子供達はそうで無い可能性が高いけど、町の治安の向上には間違いなくプラスに働く筈。葛西もそれを聞いて、恩が売れたぞと嬉しそうな表情に。

 どうも協会のトップとは言え、腹芸やポーカーフェイスは得意では無さそうな人物らしい。まぁ、相手をしている護人としてはその方が信頼出来る気もするけど。


 ちなみに葛西が差し出したアイテムは、なかなかに豪華な品々だった。まずは『鑑定プレート(魔素)』だが、これは立派な魔法アイテムである。

 これは文字通り、薄くてポケットに入るサイズのプレートで、周囲の魔素濃度を測れる優れモノ。これさえあれば、車のバッテリ―サイズの魔素鑑定装置を持ち歩かないで済むのだ。


 それから宝珠《防御の陣》に加えて、魔玉の各種詰め合わせ。更には『強化の巻物』の攻撃と防御と、耐性アップを2枚ずつと種類も豊富な融通である。

 ひょっとして協会って、かなり儲けているのかなと護人は内心秘かに思ったりもしたけど。そんな相手からならば、貰える物は遠慮なく頂けると言うモノ。

 取り敢えずにこやかにお礼を言って、この話は一件落着。


 そのあとは、異世界交流が始まったとしての相手の要求をどこまで呑むかとか。相手の要求は、例えばどんなモノが考えられるかとか。

 護人は思い出しながら、連中の情報を公開して行く。異世界人も、スキル書やオーブ珠は使えるけど効果は薄いと言ってたとか。スマホやこちらの技術には、かなりカルチャーショックを受けてたとか。


 短い間での交流で、感じた出来事を思い出しつつ相手に語って行き。ついでに警告と言うか、鬼のお節介は人類にとって必ずしも攻撃が目的ではないと口を滑らせてしまう。

 過去には探索者が手を出して、鬼に返り討ちになったなんて話を耳にしたの事もあって。そんな被害を無くす意味での、口添えをすべきかなと考えた護人である。


 それが通じたのかは不明だが、葛西の口からは考慮に入れておくとの返事が。これでだいたい、護人の言いたい事は報告し終わった形になった。

 そろそろ末妹の香多奈が、学校を終えて電話を掛けて来る頃合いだ。もうすぐ春休みの香多奈は、最近は家の中でも手の付けられないテンションの高さである。


 それでも仲の良い6年生が卒業して行くのは、やっぱりアンニュイな気分になるようで。そんな少女も、4月からは新6年生である。

 護人としては、時の流れの速さを感じずにはいられない。




 そのあとは無事に協会を去る事の出来た護人は、これまた何事もなく香多奈を拾って家へと戻る。それから最近はサボり気味だった裏庭の特訓を、子供達と数時間こなして汗を流す。

 頭の中ではすっかり確定となっている、“春先の異変”に向けての対策の一環だ。ちなみにサボり気味だったのは、他の用事が色々と立て込んでいた為。


 凛香チームやゼミ生チームは、相変わらずの生活リズムのよう。つまりは凛香チームは、週末には大抵どこかのダンジョンへと探索に赴いており。

 最近はすっかり自信もついて、D級からC級への昇格も見えて来たとの事。逆にゼミ生チームは、どうやら秘密の研究やら論文作成が毎日忙しい様子。

 自警団との合同探索くらいしか、探索活動は行っていないとの事である。


 最近は周囲の頑張りに危機感を覚えて、特訓には欠かさず参加はしている美登利と大地ではあるけれど。実戦で言うと、凛香チームには遠く及ばない感じである。

 そんな特訓の終わりに、護人は子供達&ギルドの面々に今日の会合結果を打ち明ける。つまりは、異世界交流は協会本部預かりとなったモノの、接待はこちらで行う感じになりそうだと。


 ついては、凛香チームとゼミ生チームにも協力をお願いしたいとの申し出に。凛香と美登利は、気安く任せておいてと返事をくれた。

 ただまぁ、異世界チームのお世話を頼まれても、言葉が通じないので出来る事も少ない。とは言え、快くお手伝いを引き受けてくれたお隣さんには感謝である。


 そのお礼にと、前回の“ナタリーダンジョン”でゲットした缶詰やタオル類を配ってみたり。後はさり気なく、今日の会合で貰った『強化の巻物』や魔玉を、公平にチームで分配する。

 さすがに『鑑定プレート(魔素)』や宝珠は分ける事は出来ないが、虹色の果実なら分けても良いかも。前回2つドロップしたけど、毎回チーム内で誰が食べるか揉めるのだ。


 ペット達は欲しがらないし、家族内でも欲しいと言う声は上がらないのだ。逆に譲り合っての、食べる人が決まらないパターンが毎度である。

 それなら今回の分の2個くらいは、お隣さんにお裾分けしようと言う事になった。貴重なアイテムには違いないが、実はこの果実は味が薄くて余り美味しくないのだ。

 梨をうんと薄くした味で、子供達にも人気は無いと言う。


 そんな訳で、ゼミ生チームと凛香チームに1個ずつの融通。それから『強化の巻物』と魔玉も、適当かつ公平に分配してこの話は終了に。

 問題は、残った2つの魔法アイテム……『鑑定プレート(魔素)』は、チームで使うから良いとして。宝珠《防御の陣》を誰が使うかを来栖家チームで話し合う。


 その間に、妖精ちゃんがお隣さんチームへ『強化の巻物』での強化施行を執り行ってくれた。香多奈のお願いなら、大抵は素直に聞き届けてくれる小さな淑女は本当に有り難い。

 そんな中での話し合いだが、このいかにも前衛向きのスキルの取得先の決定は難航した。護人には『硬化』スキルがあるし、姫香も『圧縮』スキルで防御は代用出来る。


 それじゃあペット勢かなと、香多奈はルルンバちゃんを推しにあげるけど。痛覚の無い彼にこのスキルは、果たして順当なのかが判断出来ない。

 ペット勢で前衛的な動きが出来ると言えば、後はコロ助くらいしかいないけれど。どちらに与えるのが得策か、少々悩ましい所ではある。

 香多奈は速攻で、それじゃあコロ助にあげようと考えを翻意する。


「だってコロ助は、家族で一番スキルの数が少ないんだよっ!? そんなの可哀想じゃん、もっとパワーアップしてバンバン前衛で活躍して貰わなきゃ!

 最近はツグミより影が薄いって、動画のコメントにも書かれてるしっ!」

「余計なお世話よ、ツグミが影が薄いのは控えめな性格だからだよっ!」


 そんな恒例の姉妹喧嘩を挟みながらも、何とかめでたくコロ助が新スキルを取得の運びに。皆から祝われて、当のコロ助も超嬉しそうに尻尾を振り回している。

 そんな夕方過ぎの、厩舎裏の特訓場だった――




 その夜、子供達が2階でようやく寝静まった頃。護人は1人リビングで、習慣では無い缶ビールを飲んでいた。身体は疲れている筈なのに,寝付けない為の行動だ。

 そんな夜はたまにあって、決まって慣れない晩酌をするのが常なのだが。いつも付き合ってくれるミケは、今夜は子供達の寝室におもむいている様子。


 ミケも歳なので、最近は夜更かしもしないのかも知れない。その代わり、何故か妖精ちゃんがテーブルまで降りて来て、用意していた摘まみの類いを物色している。

 護人は何となく、異世界チームの到達が遅れているねと世間話を持ち掛ける。スキルを取得して会話が成立するようになってはいたけど、彼女とサシで話すのは滅多にないのだ。

 掴みどころのない、小さな淑女はそんな話に乗って来てくれた。


「向こうの都合ナド知らン、まぁ裏切られタ時の対処法はヨク考えておく事ダ。何しろ向こうの情勢ハ、王が変わる度にコロッと変わるからナ。

 何か知りたい事があるナラ、今のウチに質問してオケ? 今夜は気分がイイかラ、特別に親切ニ応えてヤル」

「それはご親切に……向こうの世界って、どんな常識なんだろう? あっちにもダンジョンがあって、それが通路になって繋がったとムッターシャは言ってたけど」


 それはある意味正しいらしく、つまりはダンジョンは次元の狭間に生存する特殊生物らしい。それが5年前の“大変動”で、こちらと異世界とが重なった際に、新たな狩場を得たらしく。

 とは言え大抵のダンジョン生物は、魔素さえあれば生存は可能な訳で。更にはある意味不死に近いため、体内の侵入者を積極的に殺害する機能は低いそうだ。


 そんな魔素を喰って成長するダンジョンは、向こうの世界でも新種扱いだったそうな。魔石の扱いや研究も、こちらの世界と似たり寄ったりな感じらしい。

 ただし、魔力や武器の扱いは向こうの方が歴史は長く。妖魔の類いも普通に生息しているので、近接戦闘の技術はこちらとは及ばないレベルだろうとの事である。

 それはもちろん、魔法に関しても同じ事が言える訳で。


「喧嘩をしたラ負けるカラ、なるべく仲良くシロ? 特に“喰らうモノ”の出現は、コチラの世界にとったラ脅威以外のナニモノでも無いカラナ!

 奴には我ら妖精族も恨みがアル、始末するのにハ協力してヤル」

「それは助かるけど、そんな危険なダンジョン……俺らの手に、果たして負えるのかな? それを含めて、異世界チームには早く戻って来て欲しいものだけど」


 そんな護人の呟きに、そんな弱気でどうすると小さな淑女はお怒りの様子。チーズの欠片を両手に持っていても、不思議と威厳があるように見えるのは幻か。

 或いは酔っているのかもと、護人はらちも無い思考にふけりながら。この世界は一体どうなってしまうんだろうねと、本心からの心配事を漏らしてしまう。


 妖精ちゃんの返事は、ある意味予想の範疇はんちゅうだった。小さな肩をすくめつつ、そんなのお前らの努力次第だろうと。つまりは、どちらの目も出る確率は半々って事だ。

 ある意味、それはとっても有り難い事実なのかも。





 ――それなら自らの努力で、良い目を出す確率を上げるのみだ。






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