第285話 辺鄙な田舎町に協会本部長が訪れる件
2月も下旬を迎えた平日、協会の仁志支部長から明日の午後空いているかとの問い合わせの電話が来栖家に来た。どうやら異世界交流の件で、本部からお偉いさんが来るらしい。
その応対をとの事なのだが、ハッキリ言って気の乗らない護人である。それは子供達も同様らしく、一緒について行くと言う声はゼロとの結果に。
その気持ちは分かるし、護人はそれじゃあ自分だけで行って来るねと気持ちを切り替える。予定としてはお昼に出発して、協会と熊爺の所に寄って様子を窺う感じ。
そして帰りに学校終わりの香多奈を、植松の爺婆の所で拾って戻れば良いだろう。そんな予定を立てて、護人はお供のレイジーと共に愛車に乗り込む。
2月後半の天候は、まだ寒いながらも日が照ってポカポカしている。
見送りに出てくれた姫香とツグミと茶々丸に、香多奈を拾って帰るよと言い残していざ出発。仔ヤギ姿の茶々丸が、自分も行くんだと車に乗り込もうとするのはいつもの事。
姫香に止められて、ちょっと不服そうにメェーと鳴く茶々丸は可愛いけど。偉い人との会合に、まさか仔ヤギを連れて行く訳には行かない。
「協会の能見さんと、後は熊爺にもよろしく言っといて、護人叔父さん。子供達が手に負えなかったら、いつでも根性を叩き直しに行ってあげるよって。
ついでに探索者の適性も、一応見てあげるから」
「ああ、スキルを覚えてる子が2人混じってるって言ってたかな? 非常時には頼もしいかもだけど、果たして探索者の道は選ぶかは不明だな。
取り敢えず、姫香の言葉は伝えておくよ」
そんなやり取りをした後に、ランクルで出発する護人。協会と約束した時間にはまだ間があるので、先に熊爺の所に寄る算段である。
いきなり子供が5人も増えて、熊爺も恐らく苦労をしているに違いない。姫香と香多奈を引き取った、自身の経験に照らし合わせて束の間思い出に浸る護人である。
あの頃は、山の上の来栖邸に引っ越したばかりで、生まれ育った実家とは言え何もかも手探り状態だった。その時の状況よりは、今の熊爺の方が余裕はあるとは思われるけど。
性格も知らない多感な子供の受け入れは、言う程に簡単ではない。従業員とも違うのだ、朝起きて夜眠るまで一緒の建物で生活しなければならない訳である。
歳に似合わぬ気苦労を、背負い込んだ熊爺には少しでも協力するつもりの護人。そんな爺様の邸宅だが、傍から見ればいつも通りの静寂に包まれていた。
家畜の発するのんびりした鳴き声と、近くの山から響いて来る木枯らしの音。人の気配がしないのは、田舎では珍しくも無い訳だが。
果たして、5人の子供は
一緒に車から降りたレイジーが、こっちから人の気配がと勝手口の方向へ護人を
そこには母屋とは別に、小さな小屋と言うか納屋が連なって建っていた。そこでは熊爺が、鶏の解体を子供達の前で披露している最中だった。
いきなり実践とは、何とも熊爺らしいと護人の感想。
若い頃から害獣駆除で、山の主として名を馳せていた熊爺である。肉の解体施設や保管小屋を持っているのは、田舎でもこの家くらいだろう。
熱心にその手並みを眺めていた子供たちが、まずは近付いて来たレイジーに気付いた様子。わっ、でっかい犬と驚いた声を出し、作業中の熊爺が顔を上げた。
「ようっ、護人……こっちの様子を見に来たか、お嬢ちゃんたちは一緒じゃ無いのかの? 出来れば一緒にお茶でも飲んで、この子たちの友達になって欲しいんじゃが」
「ああっ、今日はこの後に用事があったんで、軽く様子を窺いに寄っただけなんです。改めてまた今度、皆でお邪魔させて貰いますよ。
そうですね、週末の青空市の時にでも顔合わせしましょうか」
それはいいねと、何となく以前より和やかな雰囲気の熊爺を観察しつつ。新参者の子供達も、おっかなびっくりレイジーを撫でたり妙に荒んだ子はいないみたい。
その点は安心出来るが、問題は他にもたくさんある。例えば来栖家のお隣の凛香チームみたいに、子供達の学力が一定のレベルに達していない点だとか。
そんな素養の不足した状態で、小学校に入れても授業について行けないのは明らかである。凛香チームの面々は、その点を補うために毎日ゼミ生塾に面倒になっているのだ。
この子たちはどうするべきかは、熊爺も今の所決めかねているみたい。一番下の子は12歳程度らしく、全員揃って文字の読み書きも満足に出来ないそう。
そんな訳で、受け入れてから今日まで、空いた時間は自宅で色んな勉強に充てているみたいである。今もそんな実戦勉強の時間には違いなく、子供達も素直に従ってくれているとの事。
そこはやはり、毎日のきちんとした食事や寝床の提供によるものが大きいみたい。それからその内の1人の子供が、肉体に“変異”の及んだ小型犬を抱きかかえて来た。
哀れなその姿だが、どうやら獰猛化には至ってない様子。
そして不思議と、他の犬の様に“高レベル護衛犬”レイジーを怖がる素振りもない。レイジーも敵意は抱いてない様子で、何となく周囲に漂うホンワカした雰囲気。
この調子なら、姫香や香多奈とも上手く馴染めるかも。心配していた状況には程遠く、環境の変化は移住して来た子供達には良い方に作用している模様である。
そんな結論に至って、一気に肩の力が抜ける護人だった。
それから再び車を飛ばして、護人は既に馴染みとなった協会の建物前へ。そこの駐車場には、見慣れない装甲の分厚い大型車両が停めてあるのが見て取れた。
どうやら今日の懇談相手は、既にこの町へと乗り込んでいるらしい。広島の協会のトップのお偉方らしいけど、護人としては関心は薄い。
対応としては、仁志支部長に伝えた報告を、改めてもう1度し直すだけである。特別に大事にしたくもないし、向こうから変な仕事を振られても物凄く困る。
そんな事態にならなければ良いなぁと思いつつ、レイジーと共に車を降りる。するとすぐさま仁志支部長が建物から出て来て、護人をお出迎えの構え。
向こうもどうやら、こちらを待ち構えていた様子だ。
「護人さん、お待ちしておりました……本部長がお待ちかねです、他の用事が無ければすぐにでもお会い出来ますがどうでしょう?」
「ああ、こちらもそのつもりで来たんで……何だレイジー、お前も建物に入りたいのかい?」
仁志と喋りながら、協会の建物前まで来た護人だったのだけれど。いつもは駐車場で待つ姿勢のレイジーが、珍しく建物の扉前まで付いて来て中を窺っている。
仁志もそんな護衛犬の態度に戸惑っているが、護人は扉越しの雰囲気で何となく察する事が出来た。つまりは、建物内に見知らぬ実力者が居座っているのだ。
それでレイジーがピリついていて、本来の護衛任務を全うしようとしているっぽい。こればかりはどう仕様も無いので、護人は相棒の同席を願い出る事に。
仁志に何とかそれを承認して貰って、いつもの換金ブースへと足を向ける。本来は密談すべき内容なのだが、この協会支部にはそんな洒落たスペースが無いのだから仕方がない。
そして始まる、狭いブースでの束の間の挨拶合戦。
護人も作ったばかりのギルド名刺を渡して、相手をそっと盗み見る。向こうは3名いて、その中央の男が本部長の
元自衛隊員で、噂ではA級の甲斐谷の上司だったとの噂も。隊員の酷い
もっとも協会の基礎の運営方法は、頭の良い誰かがネットに流していたらしく。各地で同じシステムによる探索者支援機関が、ほぼ同時期に立ち上がったそうだ。
だからどの都道府県で活躍しようが、魔石の買い取り額や強さのランクはほぼ一緒となっている。親しい県同士では、交流すらある機関がそんな感じで誕生したとの話である。
とは言え、やはり1から始めるのはリスクもあっただろうし、その苦労は想像せずとも分かる。目の前の男は、そんな苦労が白髪や風貌に現れていた。
向こうも抜け目なく、護人とその護衛犬の強さや性格を分析している様子が窺える。ちなみにその後方には、秘書らしき女性と護衛らしき若い男が1名ずつ。
レイジーが警戒しているのは、恐らく葛西とその護衛役だろうか。
「お初にお目にかかります、私は広島市の協会本部長の葛西……後ろに控えているのは、秘書の
話の間、彼らの同席はご
「来栖です、この日馬桜町でギルド『日馬割』を経営しております。こちらも、護衛犬のレイジーの同席をご容赦願えればと。
話と言うのは、例の異世界探索者との遭遇の件ですかね?」
いきなりの核心と言うか、とにかく話を素早く付けて香多奈を迎えに行かないと。まだ学校が終わるまで間があるが、この手の話は大抵が長引くのが常なのだ。
葛西と名乗った男は、護人よりは幾分か年長のようだった。元自衛官と言われれば、確かにそんな雰囲気は感じられる……それは甲斐谷にもあった、強者と言うか暴力の空気を
話を急かすつもりは無いんですがと、意外にも柔和な本部長の葛西。しかしそこから始まる、何故か協会内のいざこざや愚痴の嵐と来たら。
後ろに控える秘書の土屋も、少し呆れた表情を浮かべている。ちなみに護衛と紹介された風間は、レイジー相手にバチバチと火花を散らしている。
協会と言うのは、当然ながら政府非公認の事業と言うか組織である。探索者の全員が従う必要は無いが、安全を考えると探索者として活動する為の制度は必要だ。
そんな弱者救済の非常措置が、今までまかりなりにも機能して来たのは。協会で働くスタッフたちの、血と汗と涙の
しかし、そんなシステムを批難する輩も少なくないようで。
「こちらの苦労も知らずに、問題ばかり起こす探索者も多くてね。それの処理に時間を取られるとか、本当に勘弁して欲しいよ。
この町は平和で良いね、引っ越して来たいくらいだ」
「本部長、
そうだったかねと、とぼけた葛西の返事は果たして本心からか否かは置いといて。秘書の土屋のナイスフォローによって、ようやく護人のターンが訪れた。
そんな訳で能見さんも合流して、アップしなかった異世界チームの映った動画の提示から。向こうの接触してきた理由とか、一晩泊めての感想とか。
次にいつ接触があるかは不明だが、2週間で戻って来るとの約束を向こうは口にしていた。既にその時期は過ぎたけど、彼らが戻って来る気配は未だに無い。
だからと言って、葛西たちがずっとこの地に留まるのは不可能である。一応協会の繋ぎ役をこの町に残しておく手もあるが、春も近いので人手は向こうも
“春の異変”では、瀬戸内海の地域全域が荒れるとの予知内容である。この山間の日馬桜町も大変だが、海側も同じく大変には違いなく。
それに加えて、三原の“ダン団”が協会にちょっかいを掛けて来ているそうな。厄介な事態に巻き込まれて、広島市の本部は最近ずっと大変なのだとか。
何でそんな事にと、護人も思わず呟くも。
「それはもっともな反応だよね、向こうの活動に我々は一切邪魔も関与もしていないんだから。ところが、虐めの構図と同じ理論が働いてるのかな。
要するに、団体が纏まるには共通の敵を作るのが手っ取り早いってね。そんな感じで、ウチの協会が標的になってるんだろうと推測されるがな」
「なるほど、それは大変ですね……」
「向こうは妙ちくりんな理論や新法律を勝手に作り上げて、こっちの運営が違法だとか触れ回っているらしくてね。能力的にも、向こうの抱える探索者の方が強いって豪語してる始末さ。
お陰でこちらも、対策としてA級の上にS級を作ろうかと言う話になってるんだ。例えば、A級ダンジョン連続踏破の甲斐谷チームとかが、今の所は候補に挙がってるかな。
もちろん、あなた方来栖家チームをA級に推薦するのも
そう言う葛西は、チラリと護人の側に身を寄せているレイジーに視線を落とす。まるでご機嫌伺いだけど、強者の圧はずっと感じていた模様である。
だからと言って、さすがにペット達を探索者登録は難しい。その手の前例を作ると、楽をしようとする探索者達がペットをダンジョンへと連れ込む恐れが。
その結果、“変質”で狂暴化したペットに逆に襲われる事件も起きているそうで。それは別に来栖家チームのせいでは無いけれど、遠巻きな一因には違いない。
葛西としては、その強力な来栖家チームのペット勢を考慮に入れて、チームのランクを一段上げましょうと提案したのだが。どうも向こうは、その手のサービスは遠慮願いたい模様である。
ハッキリと断られて、その取引は残念な結果に。
――それでもやり手の葛西は、別の手段でのチーム
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