第247話 風変わりなダンジョン内ダンジョンを発見する件



 今から速攻で探索モードに移行しそうな子供達を宥め、取り敢えず2層の本道まで戻る来栖家チーム。何しろ今は、ルルンバちゃんの座席に和香と穂積もいるのだ。

 それから護人が、もう隠し事は無いねとレイジーに問うてみた所。レイジーとその子供たちは、いかにも渋々な動きで隣の支道へと入ろうとする。


 それってどういう意味と、驚き顔の面々は慌ててハスキー軍団の後を追って。その隣の小部屋にも、下へと続く立派な階段が口を開けているのを発見して騒然とする。

 これにはさすがにビックリ顔の一行、って言うかこの件はいかにも不自然だ。これが1ヵ所ならば、ただの偶然かなって思いもするけれど。

 2ヵ所となると、誰かの思惑が絡んでいる可能性が。


「護人叔父さん、言いたくないけどさ……このダンジョンの中、一応5層まで全部調べた方が良いんじゃないかな?」

「いや、まさかこれ以上は……そうだな、悪いけど紗良は一応地図を作成しておいてくれ」

「わかりました、護人さん」


 地図なら私たちが描くよと、ビップ席で事の成り行きを眺めていた和香が仕事頂戴と立候補。これを了承して、2層の最後の支道のチェックを行う来栖家チーム。

 そしてやっぱり、割と新しいダンジョン入り口を発見に至って。1年足らずで20以上のダンジョンに潜っていると、パッと見で新造ダンジョンか古参ダンジョンかの見分けもつくように。


 それに加えて、ついこの前に訓練でこのダンジョンに入った事もあるのだ。こんな大きな入り口を、見逃すってのも考えにくい事態でもあるし。

 つまりこの異変は、つい最近起こったと考えるのが妥当である。そう話し合いながら、一行は3層へと降りて行って同じ感じで支道のチェックを3回ほど繰り返す。

 そしてこの層でも、新たに2個の入り口を発見してしまった。


 本当に凄い事になっている、ここまで来ると笑えないと言うか、脱力して膝から崩れてしまいそうな感情に襲われる護人。ハスキー達も、何と言うか申し訳なさそう。

 ただまぁ、彼女達にダンジョンを招き寄せる力など無い筈だ。そう信じたいけど、確信は全く無い訳で。香多奈がメッとコロ助を叱っているが、反面その表情は楽しそう。


 近くに新たに楽しめるスポットが出来たとか、そんな感じなのがちょっと怖い。護人の視線に気づいたのか、香多奈も何となくバツの悪そうな表情に。

 それからハッと気づいたように、叔父さん鍵だよと言い放った。それに驚いたのは、護人だけでなく姫香や紗良もそう。何を突然口走ってるのと、末妹を眺める一同だけど。

 真っ先に鍵と言う言葉に思い至ったのは、長女の紗良だった。


「ああっ、そう言えば“樹上型ダンジョン”で回収した『鍵の魔方陣』って鍵型のアイテムが行方不明になってて。てっきり香多奈ちゃんが遊び用に持ち出したと思ってたけど、ひょっとしたら勝手に使われてこんな事になっちゃったとか?

 って、誰が使ったのかが、それじゃあ分からないかな……」

「紗良お姉ちゃん、鋭いっ! ハスキー達は、それが使われる一部始終を見てたっポイよ。あれを発見した場所は、別名を“鬼のダンジョン”って言ってたじゃん?

 つまりは、多分そう言う事だよっ」

「えっ、じゃあ鬼がやって来て、こんな辺鄙な場所にわざわざ新しいダンジョンを開通したっての?

 目的は何よ、ひょっとして単なる嫌がらせ?」


 目的までは知らないよと、自分は単なるハスキー達の代弁者だと述べる香多奈。モヤッとするが、取り敢えずは経緯は何となく理解は出来た。

 そしてその後の探索で、4層にも1つだけダンジョン入り口を発見に至って。5層は中ボス部屋まで押し入って、隅々まで捜索したが通常の階段しか見当たらず。


 つまり新たに生えたダンジョン入り口は、2層×3個に3層×2個、それから4層×1個の合計6個となる訳だ。迷惑この上ないが、ハスキー達はどうもそれらを夜間特訓に利用しているっポイ。

 それは別に構わないのだが、新たにオーバーフローなどの心配をせねばならなくなった護人。隣人も増えたし、この近辺の保安はしっかりしておきたい所である。


 それにしても、元の“鼠ダンジョン”の廃れ具合は可哀想になるレベル。まるで養分を吸い取られたかのように、出て来るモンスターも1層に2~5匹が精々と言う。

 中ボスも覇気がなく、危うく姫香1人で退治してしまう所だった。ひょっとして、この元のダンジョンコアを破壊すれば全て片付くかもと思った護人だったけど。

 素人が下手な事をして、不味い事態に陥らないとも限らないし。


 そんな訳で、今日の所は大人しく引き上げる事に。その頃には凛香チームも戻って来ており、事の顛末を聞いて目を丸くしていた。

 お陰で、和香と穂積をダンジョンに連れて行った事は有耶無耶に。何にしろ、新たな対策を練るのに頭が痛い護人である。解決策が、或いは向こうから来ないモノかと思いもしたが。

 或いはその思考が、その夜の結果を招いたのかも――




 その夜は、昼間の騒動もあってすぐに睡眠状態へと突入した護人だったのだけど。ぐっすり眠りこけている夜中に、まさかミケによって叩き起こされるとは。

 しかも開け放たれた部屋の入り口には、壁を這い回る大きな影が。驚いて灯りをつけると、ただの薔薇のマントだった。いやしかし、夜中に乱入されたのは初である。


 つまり異変は、現在進行中らしい……護人は慌ててパジャマの上から上着を羽織り、薔薇のマントに武器を出してくれるようにお願いした。

 それに快く応じる薔薇のマント、それから主を護るように首元に素早く巻き付いての臨戦態勢。ミケが廊下を先導して、こっちだよと護人を促している。

 無人の筈のリビングは、外からの灯りで物の輪郭が分かる程。


「ミケ、どこ行った……うおっ、誰だ?」


 外からの灯りは青白く幽鬼を思わせたが、そこにいたのは3体の年齢のバラバラな鬼たちだった。驚く護人に、和服姿の老人の鬼が何事か話し掛ける。

 それを囲うようにハスキー達の姿を見掛けた護人は、取り敢えずの安全を確認して。勇気を振り絞って縁側のガラス戸を開け放って、鬼たちと対峙する。


 1月の冷たい空気と、魔気とでも言い表そうか……人間にはとても放てないオーラを纏った鬼と、至近距離で顔合わせする護人は生きた心地もしない。

 取り敢えず、ハスキー達を信じての行動だったのだが。生憎と、向こうの言葉が分からないのに気付いて。間の悪い思いをしていたら、薔薇のマントか宝珠を取り出してくれた。

 どうやら勝手に、《異世界語》の宝珠を空間収納に仕舞い込んでいた模様だ。


 束の間考えて、それを使用に踏み切る護人。承認の光が、周囲の闇を一瞬だけ追い払ってくれた。それに少しだけ勇気を貰った護人は、改めて鬼たちを眺めてみる。

 中央の老人は、髪も髭も白髪で青白い肌をしていた。その隣の若い女は、見事な黒髪だがその長い髪は生き物のように波打っている。


 そして子供は、何と言うか青白い光を放ってにこやかにこちらを仰ぎ見ている。全員が和服姿で、女性の和服は特に派手で目立っていた。

 そしてこれまた、全員が額から角を生やしていて。


「鬼……ええっと、たった今言葉の理解出来る宝珠を使用した。こっちの言葉は、あなたたちに通じているかな?

 鍵の魔方陣で、ダンジョン内ダンジョンを作ったのはあなたたち?」

「左様、この賢い犬達と同様に存分に活用してくれ。夜分の面会恐れ入るが、この犬達に釈明を頼まれてな……我々は君たちとずっと近い存在だ、少なくとも異界の住人より」


 なるほど、まずは《異世界語》の効能だけど。発音とかいうレベルでは無く、脳で直接やり取りする感じっぽい。慣れないと相当な違和感だけど、言葉は確かに通じてくれる。

 細かいニュアンスは、多々若干の齟齬そごが出るみたいだけど。何とかコミュニケーションが取れる事に、ホッと安堵のため息をつく護人。


 そして相手か好意からそうした事を知って、何ともやり切れない表情に。ただし、向こうの戦闘力も定かでないのに、余計なお世話だこの野郎とは言い難い。

 護人は次いで、相手の発した異界の住人について質問してみた。それからハスキー達の事を叱るつもりも無い事を、一応は改めて表明しておく。

 それを聞いて、明らかにホッとした顔付きのレイジー達。


「我々の住まう世界は、お主たちの現世とは表裏一体で、近しいことわりで結ばれておる。ここに新たに、界層のズレによって別の世界が接触した。

 今でこそ、ダンジョンが通路となっての接触のみだが……いつ大事になるやら、どこの誰が突然敵となって現世が荒れるかやらは、判断が全くつかぬ状態だ。

 こちらも対応が急がれておる、この先何が起こるや見当もつかぬでな」

「つまり、あなたたちの目的はこちらの治安維持って事なのか?」


 鬼の老人は肯定の頷き、それからチラッと護人の背後を窺う仕草。護人も気になって振り返ってみると、何と子供たちが全員パジャマ姿でこちらを窺っていた。

 姫香も紗良も、手には武器を構えて勇ましい限りだが。香多奈に関しては、いつの間にかいなくなっていたミケを抱っこしている。どうやらミケが、家族を起こして回ったらしい。


 それは良いのだが、争い事は不味い……今の所、話は通じていて向こうも戦う気は全く無さげだし。護人はゼスチャーで、平気だから武器を置けのサインを送る。

 薔薇のマントも、どうやら相手に戦う意思が無いのを知って今は大人しい限り。そしてこの一風変わった集会に、何故か妖精ちゃんも加わって来て。

 カオス度的には、一気に膨れ上がる気配。


 小さな淑女は、自分のお気に入りの金の王冠を手に子供の鬼と戯れていた。それを頭に乗せて貰って、上機嫌の小鬼である。香多奈もその子相手に、は~いと呑気に挨拶を交わしている。

 向こうも上機嫌に、末妹に手を振り返して。思えばあの“樹上型ダンジョン”で、彼らの審査に引っ掛かったのかもと、今更ながらに思い至る護人。


 とにかく彼らが言うには、異界同士が接触を果たして良い結果を招いた世界戦はほぼ無いそうな。全部とまでは言わないが、大抵は侵略するかされるかで悲惨な結果で終結するそう。

 ただし、今回に限っては両方の世界が疲弊しているので、いきなり全面戦争は無いだろうと老人の鬼の言葉。それを有り難いと思えば良いのか、微妙な所ではあるけど。

 とにかく、鬼たちは彼らのルールでこちらの世界の手助けをする気のよう。


「まぁ、話の分かる隣人がいてくれるのは心強いよ……今後も良いお付き合いを望みたい所だけど、あのダンジョンはちょっと。

 近くには戦えない子供もいるし、オーバーフロー騒動が怖いかな?」

「心配はいらぬ、あれらのダンジョンはゼロ層フロアを含んでおるでな……あれで生まれたモンスター達は、ゼロ層フロアより上には出て行けぬようになっておる」


 何とも行き届いた安全規制に、思わずお礼を言ってしまう護人である。それからこの鬼たちが、ダンジョンすら手懐ける能力を有する事も知ってしまい。

 そんな者達が、何故に自分達みたいな者に便宜べんぎを図るのかがどうしても気になって。そこの所を問うてみた所、意外な返答がもたらされた。

 それは、後ろで姉たちに翻訳していた香多奈もビックリの発言。


「神々はこの現世に、直接の手助けは決してせぬのは分かっておろう。力が強過ぎるゆえ、過度のお節介は破壊しかもたらさぬ事を分かっておるからだ。

 我々も神に倣って、メシアを育てる作業をこの世のあちこちで行っておる。見込みのある者達には試練を与え、万一の変動にも生き延びる強さをつけて貰っておる。

 何しろこの地は、異界に最も接して居る事だしな」

「あ、やっぱり……?」


 間の抜けた相槌は、後ろの姫香から。妹の通訳の言葉に、うっかりと本音が漏れてしまったようだが。護人としても、心の中ではさすが“魔境”と同意の頷き。

 裏庭のカオスは、今や仔ヤギの茶々丸まで加わって酷い有り様。小鬼と茶々丸が跳ねるように鬼ごっこを繰り広げており、角を持つモノ同士で気が合うのかも?


 それに参加していた妖精ちゃんが、ようやくこちらに戻って来た。それから何事も無かったかのように、護人と老人鬼の会話に加わる素振り。

 ってか、まさか妖精ちゃんが鬼たちと面識があったとは驚きである。ひょっとして、彼らの故郷での知り合いレベルなのかも知れない。

 そう思うと、何となく奇妙な気分になってしまう。


「そうネ、鬼たちの造ったあのダンジョン……アレはとっても良く出来てたワ。それじゃあワタシもお題を出しテ、家族の強化に一肌脱ごうかしらネ。

 アレの2層と3層の、合計5つのダンジョン。それらをクリアしたら、アナタ達お待ちかねのダンジョン封印の仕方を教えてア・ゲ・ル♪」





 ――家族と鬼の見守る中、小さな淑女は元気にそう言い放った。







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