第234話 1月の青空市が終わってホッとする件



 何だかんだで町への来客が多かった、1月の青空市と“とんど祭り”の行事が終わって。その無事な終了を、自治会や協会の仁志たちはとても喜んでいたのだが。

 実はまだ完全に、手放しで喜べる状態ではない様子で。翌日も、この日馬桜町に居座っている探索チームが1組。しかもA級との触れ込みで、お隣の島根県のチームらしい。


 香多奈が来栖家のブースに連れて来たこの厄介者、護人は協会へと完全に預けてしまったのだが。その後再び訪れて来て、それから“巫女姫”八神の衝撃の発言に結びついて。

 そこで聞いてはいけない、予知的なキーワードを幾つか耳にする破目に。


 それはともかく、今は護人と子供たちはお客さんを駅へと送り届けて来た所。涙の別れとはさすがにならず、また今度お互い遊びに行き来しようねとの約束と共に。

 尾道の陽菜と因島のみっちゃん、それから南安佐区の玲於奈は、お昼の電車に乗って帰って行ったのだった。賑やかな日々は終わり、これから再び日常の日々が。

 来る筈だったのに、何故か協会からの呼び出しが。


「昨日の島根のチームの件かな……香多奈がウチに変なの連れて来るから、また護人叔父さんが厄介事を抱えちゃったよ」

「何でよっ、お姉ちゃん……怪しい人がいたら、付いて行かずに大人に知らせろっていつも言ってる癖に! 私たちはそうしただけだもん、悪くないもんっ!」

「まぁ、まだ厄介事って決まった訳じゃ……ただ、十中八九あの島根チーム絡みだろうなぁ」


 護人の口から出るのも、愚痴染みた湿ったため息のみと言う。駅までの車内は、犬達も含めてぎゅうぎゅうの満杯状態だったと言うのに。

 やはりお客が3人もいなくなると、何となくなモノ悲しさも否定し切れない感じで。車内を流れるBGMも、『バンプオブチキン』の『K』なんかが流れちゃって。


 これは古い名曲なのだが、歌詞の中で黒猫が死んでしまうシーンが出て来るので。毎回その節で、家族揃ってしんみりしてしまう困った事態になってしまうのだ。

 来栖家にはお年を召したミケもいるので、余計に感情移入してしまうと言う。そんな空気のまま、護人の運転する車は協会の敷地内へと滑り込んで行く。

 そこには例のチームの、キャンピングカーも停泊中で。


「何だ、来栖家も揃って協会に用事なのか。こっちも昨日から大変だったぜ、電車で来て終電を逃したって来訪客が何組かいてさ。

 こんな田舎に、宿泊施設なんかねえっての……結局は、自治会長の家に泊めたりとかの対応で、俺たちも今日まで狩り出される始末さ」

「宿も無い田舎で悪かったわね、用事が済んだら帰りなさいよ。あっ、美玖は残ってていいわよ……後で一緒に、今年最初の女子チームの探索動画を観ようっ!」


 相変わらず男には冷たい姫香に、林田兄もタジタジである。その後ろにいた妹の美玖は、昨日からの激務が本当に大変そうだったようで。

 疲れた顔で、こっちも色々と大変だったんだよと愚痴を聞いて貰いたそう。観念した兄のれんは、肩を竦めて夕方には帰って来いよと伝言をして去って行った。


 それにしても、まさか終電に乗り遅れる来訪客がいたとは知らなかった護人。この時代、電車の本数は本当に少なくって。広島行きだと、確か8時台が最終だった筈。

 それは確かに、油断したら乗り遅れるのも仕方がない。町に来る来訪客の大半が車を足にしているので、大方周囲がのんびりしているのに釣られたのだろう。

 まぁ、しっかり周知をしてなかった自治会の落ち度でもあるとも言える。


 何しろ“とんど祭り”の予定が押して、点火が30分伸びてしまった上に。ぜんざいの無料配布なんてしてしまったせいで、お客が途切れる事無く一か所に集中して。

 上条とか下条地区とか、合計で4ヵ所で行ったにも関わらず。その流れを捌き切れずに、混乱は夜遅くまで続いてしまったみたいである。


 その人混みと格闘していた美玖が、こんなにぐったりしているのも頷けると言うモノ。逆に来栖家とそのお客は、参加組だったために書初めを焼いたりお正月飾りを焼いたり。

 更には持参したお餅やミカンを焼いて食べたり、暗くなるまで大いに楽しんだのだった。美玖は結局、ぜんざいどころか昨日は夕食も食べれなかったそうな。

 それは可哀想と、林田妹に同情する子供たち。


「酷いっ、それはブラックだよ……峯岸のおっちゃんに抗議しなきゃ、そう言えば凛香チームのお手伝い班も、昨日の夜中には会って無いよね?

 向こうも案外、同じ目に遭ってるんじゃないかな、護人叔父さん?」

「あっちは未成年だし、そこまで酷い労働はさせて無いと思うけどな……ちょっと電話してみなさい、姫香。何なら協会の用事は後回しで、車を廻して回収してやらないと」


 凛香チームの保護者を自認する護人や姫香は、凛香たちが過剰な労働に晒されてないか本気で心配する素振り。そこに協会の建物から、仁志支部長が出て来て挨拶。

 ついでに昨日見掛けた、島根チームの面々も騒ぎを感じて出て来ていた。それを無視して姫香の電話には、ちゃんと凛香は出てくれた様子で。


 昨日は何とか、9時過ぎには全員家へと戻れたとの報告に。それなら良かったと、取り敢えずは自治会長への文句と殴り込みは回避されそうな雰囲気。

 美玖に関しては、宿泊の準備が整うまで兄妹で手伝わされたそうだけど。イベントにはイレギュラーもつきものだよねぇと、どこか悟ったような疲れた物言い。

 それより後ろの人達は誰と、こちらは島根チームと初対面らしい。


「何だっけ、確か『ライオン丸』とかってふざけた名前の島根のチームだよ。リーダーの人がA級ランカーなんだっけ、あんまり強そうには見えないけど」

「おいおい、見縊みくびって貰っちゃ困るぜお嬢ちゃん……これでも戦闘力じゃ、あの『反逆同盟』の甲斐谷にも引けを取らないと自負してるからな。

 ただあの異常なスキル所有量とか、そんなので有名になった奴とは一緒にして欲しくないね。島根じゃオーバーフロー騒動への貢献度で、俺らを知らない人はいない程だからな!」


 昨日はブース前で対面して、ビビって無かったっけとの姫香の混ぜっ返しに。アレは予知の内容に驚いただけだと反論する勝柴かつしばである。

 その遣り取りを聞いて、昨日の“巫女姫”八神の予知の言葉を思い出した護人。確かにアレには驚いたし、また厄介な事に巻き込まれる予感がヒシヒシ。


 甲斐谷チームのいつもの面々は、あの後は普通に買い物ととんどを楽しんで帰って行ったようだ。つまりこの島根チームに、特にリアクションを示さなかったって事。

 それでも予知の重さは変わっておらず、恐らくは今年の春先に“大変動”並みの異変が起きるかもとの言葉に。それは誰だって、驚くし不安になる筈である。

 もし回避出来る手段があるなら、聞いておきたい所でもある。


 そんな話をしながら、一行は揃って建物内へと移動する。ハスキー軍団も今回は、何だか胡乱な連中がいると警戒して家族から離れたがらない素振り。

 それを見て、島根チームの向井や神辺かんなべが、思わずひえっと小さな叫びをあげる。結局は全員で建物に入って、小さなブースに席を並べて腰掛ける。自然と島根チーム『ライオン丸』と来栖家チームが、テーブル越しに顔を見合わす形に。


 その隣でやや緊張気味の仁志と能見さんが、話を振って島根チームの来訪理由を説明する。つまりは春先の予知に関して、島根チームのリーダー勝柴も何か勘付いていて。

 たびたび悪夢を見るので、その正体を確かめてみようと。偶然に来栖家チームが回収した魔法アイテム『予知の鏡』を動画で観て、それを目当てに来てみたらしい。

 この真冬にご苦労な事だと、護人なども思うのだが。


 子供達も思ったようで、忙しい青空市の時期に来て協会を煩わせなくてもと批難口調の姫香。こっちだって娯楽は欲しいわいと、向こうも何故か喧嘩口調に。

 それを諫めるのは、毎度の護人の役割で。そのアイテムどうしたっけと、管理を任せている紗良に訊ねると。協会に売っちゃった筈と、思い出しつつ長女の弁。


「ああっ、そうだったかな……ウチでは使えないからって、協会に使って貰おうと売った記憶が確かにあるな。ってか、それじゃあウチがここにいる理由が分からないな」

「いえいえ、そう言わず……同じ高ランクのチーム同士、親交を温めつつ予知の内容対策なども話し合って頂ければと。

 何しろこちらのチーム『ライオン丸』さんは、中国地方でも屈指の実力の持ち主ですし」

「そうなんだ、甲斐谷さんのチームとどっちが強いの?」


 香多奈の屈託のない言葉に、再び場の空気にピキッと緊張が走る。姫香は紗良と一緒に、彼らの過去の探索動画を今更ながらチェック中と言う。

 それを見るに、確かに戦闘能力は折り紙付きみたい。編集でぼかして全ての実力を晒している訳では無いが、強敵モンスターを苦も無く倒す能力は確かに甲斐谷クラスと言えるかも。


 A級ランクは伊達では無く、勝柴の代名詞となった《光剣》はどんな敵をも切り裂く能力みたい。他のメンバーも曲者揃いで、特にヒーラー向井は動画の中でもチームのかなめの動きを示している。

 確かに凄いねと話し合ってる姉妹の横で、護人と仁志は確かに対策は必要と真面目な会話。そんな訳で、具体的にと重要そうなキーワードを上げて行く2人。

 勝柴もそれに加わって、有事への備えに参加する構え。


「まずは“アビス”と“浮遊大陸”でしたっけ、それが瀬戸内海に出現するって。それから西広島に関係して来るのが、確か“喰らうモノ”って名前だった様な」

「瀬戸内海って言っても広いよな……まぁ、日本海程じゃ無いけど。海に穴が開く現象が“アビス”で、“浮遊大陸”は瀬戸内海のどの島より大きい印象があったな。

 これは俺の夢の中で、見た判断でしか無いけど」

「その現象を防ぐ手立てがあるか、その辺が知りたい所ではありますね。それよりも“喰らうモノ”は、話の流れで行くとこの近辺に誕生する新造ダンジョンじゃないですかね?

 他のとどう違うのか……そもそも、最初から名前がついてるダンジョンなんて初では?」


 確かにそんなダンジョンは聞いた事も無く、仁志の心配もごもっとも。困った時は妖精ちゃんだと、香多奈は大人しく出された和菓子をついばんでいた飛翔体に話を向ける。

 その存在は、もちろん島根チームの面々も最初から気付いていたのだが。ツッコんだら負けだとでも思っているのか、敢えて無視していた雰囲気。


 話を振られた妖精ちゃんは、ソイツは異界でも有名な大喰らいだなと答えてくれた。ただし彼女の知る限り、ダンジョンとは無縁の存在だったぞと不思議顔に。

 ソイツがダンジョンの主になっちゃったのかなと、香多奈の言葉は推測の域を出ないけれど。そうなったら最悪だなと、超A級ダンジョンの誕生を匂わす小さな淑女。

 それは楽しそうじゃんと、逆に闘志を燃やすA級ランカーの勝柴。


 向こうは他人事だけど、地元にそんな強力なダンジョンなど生えて欲しくない来栖家の面々。こちらの予知こそ出来れば阻止したいが、未来を捻じ曲げる事は可能なのかどうか。

 それは無理でも、準備期間で備える事は出来る訳だし。そう思うと、予知もあながち無力と言う訳でも無いのかも。“三段峡ダンジョン”のオーバーフローも、一応は阻止出来たのだし。


 向こうのチームも、その話の流れには一応乗っかってくれそう。春先の予知が片付くまで、広島市かこの町に滞在して備えようかと、メンバー同士で話し合っている。

 この町にA級クラスのダンジョンが生まれたら、探索も手伝ってやるよと言質を貰って。それは頼もしいが、こちらも備えないと他人任せは怖過ぎる。

 年明け早々、急に忙しい切迫感に見舞われる護人である。


「そっちの地元は良いんですか、勝柴さん……我が町的には助かりますが、留守の期間が長いとB級チームともなると色々弊害が生まれるんじゃ?」

「なぁに、ウチの地元は後輩が順調に育って来てるし、高ランクのダンジョンも実は少ないからな。逆に俺らが荒らし回ったら、後輩たちの儲けが減るって気を使ってたんだ。

 だから最近は、俺らの探索は高ランクのダンジョン限定だぜ」

「それは凄いな、そこまで探索者の役割が整備されてるなんて……後輩の育成も、君たちがある程度は手掛けたりしてるのかい?」


 驚き顔の護人の質問に、柴崎や向井は気を良くした感じでまぁねと喋り始める。ギルドとまでは行かないが、向こうはチーム同士の横の繋がりは太いようで。

 年上や高ランクの探索者が、自然に新人の指導やサポートに当たる流れが出来ているそうな。仁志支部長もその話には、感心して聞き耳を立てる素振り。


 香多奈も同じく、最初はどこのやさぐれ者かと思って身構えていたようなのだが。この人たちは良い探索者だねと、ハスキー達にも太鼓判を押す仕草。

 それを聞いて、安心したのかハスキー軍団は建物の外へと出て行ってしまった。見送った能見さんは、ちゃんと会話が出来ている両者に感心し切り。

 島根チームの面々も、どことなく安堵した表情に。


 それからは和やかな会話が続き、一応は名刺交換までこぎつける事が出来た。香多奈が護人のスマホを横取りして、いつもの動画撮影からインタビューまで敢行して。

 島根のチームと仲良くなったよと、いつぞやの“八代姉妹”の時のような遣り取り。向こうも子供の撮影には協力的で、賑やかに笑いながら妙なコメントを飛ばしている。

 つまり、慣れさえしてしまえば良い連中って事で。





 ――今後の付き合いも、そうであればと願う護人であった。









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