第233話 1月の青空市が段々と波乱含みになって行く件



 チーム『ジャミラ』に続いて、お昼前にギルド『羅漢』の雨宮ら若者数人が、来栖家ブースに訪れてくれて。先月は有難うと社交辞令を交えながら、買い物もして行ってくれた。

 何しろ彼らは、地元のオーバーフロー騒動がひと段落着いて、ボーナス支給もあったそうで。その還元もしたいのだと、お礼混じりの買い物出向らしい。


 実際、雨宮は『鬼殺しの鎧一式』と『重オーグ鉄の長斧』、それから『幸福のお福面』を購入してくれた。合計で百万円超えのお買い物で、何とも太っ腹には違いなく。

 とは言え向こうも、破邪効果の付与された『鬼殺しの鎧一式』の性能には満足げな表情。ちゃんとした全身鎧のひと揃えだし、デザインもやや武骨だが悪くない。

 姫香はこれが目玉商品の売れ残りだとは、間違っても口にせず。


 これは“鬼原ダンジョン”のドロップだから、去年の10月の回収品だ。なかなか買い手が付かずに余っていたけど、何にしろ売れてくれて良かった。

 『重オーグ鉄の長斧』は、魔法アイテムでこそ無いけど重厚で良い品である。協会の能見さんと相談した結果、15万円でも安い買い物だとの保証付き。


 ちなみに鎧一式は85万円で、お福面は8万円での販売価格である。幸福付与のお福面は、売れそうで売れなかったので買い手がついて姫香も一安心。

 雨宮はその後、後ろに控える護人と真面目な話をして行った模様。恐らくは、今後とも何かあったらよろしく的な顔繫ぎなのだろうけれども。

 来栖家チームも、そう考えると出世したモノだ。


 その後もポツポツと品物は売れて行き、探索者らしき客層もチラホラ。ただし売れるのは、銀のナイフや銀製の銛などの安物ばかりで。

 それからバケツや柄杓ひしゃくなどの日用品や、“三段峡ダンジョン”で回収したピッケルやザイル、登山用ヘルメットや懐中電灯などの用具くらい。



 そうこうしている間に、お昼が近くなって来て。何か買って来ようかって話を姫香たちがしていたら、紗良と陽菜が屋台の食べ物を色々と買い込んで戻って来た。

 さすが紗良姉さんと、絶賛の歓声が巻き起こる中。凛香チームもお昼を食べに集合して来て、場は一層のカオス状態に。護人がお金を取り出して、追加の買い足しを子供達に指示する。


 それからテーブルが足りないからと、交替での昼食を提案して来た。ついでにキャンピングカーのテーブルも使うかと、場の取りまとめに奔走していると。

 その努力を無駄にすべく、香多奈と年少組が戻って来た。しかも遠方からのお客さんを連れて来たとの言葉で、それは全くの本当だった。

 島根の出雲市からのお客との話で、しかもA級ランカーが混じっているらしい。


「えっ、出雲って島根県の出雲大社のある所? そこってA級ランカーいたんだ、紗良姉さん知ってた?」

「ええっと、動画は幾つか見た事ある気がするけど……どうだったかな、あまり覚えてないかも。ごめんなさい、随分前に1度観ただけだから」

「何かね、叔父さんに話があるらしいから連れて来たっ! 島根からわざわざ、この寒い時期にキャンピングカーに乗って来たんだって。

 またたくさんのチームで、大きなダンジョンに潜るのかなぁっ!?」


 それならお断りしたい所だが、是非にと言われると断れない性格の護人。こんなお昼時に迷惑だとも言えず、取り敢えずようこそいらっしゃいと声を掛けると。

 向こうもかなり戸惑った様子で、まずは近付いて来たレイジーにビビる素振り。何しろ誰だお前ら的な目付きの彼女、つまりは割と敵意剥き出しだったので。


 これこれと宥めながら、これは自分のせいもあるなと反省する護人である。犬は主人の反応を見て、客の態度を決める事が間々あるのだ。

 取り敢えずは島根からのお客を自分のキャンピングカーに招き、姫香に協会の仁志を呼んで来てくれるように頼んで。後の仕切りと皆の食事を紗良に頼んで、護人はお客さんの話とやらを聞く事に。

 厄介な話でなければ良いがと、内心で願いながら。


「……この猫も凄い眼力だね、さすが“魔境”と名高い地域だよな、リーダー。ウチの地元の出雲地方なんて、地域でたった3つしかダンジョンが無かったってのに。

 この地区は、20以上もあるって噂でしょ……?」

「たった3つとは羨ましい、さすが神々の集まる地ですね。そんな地区で、よくA級までランクを上げられたモノです。

 そちらの方が、ある意味凄い事なのでは?」

「いやいや、島根の他の周辺エリアは、割とダンジョンが多くて大変でね……更に山間の方は、御多分に漏れず大規模ダンジョンが多くって。

 こっちは割と初期から仲間と探索チームを組んで、ほぼ1日おきにダンジョン参りで経験を積んで行ってね。お陰で俺がA級、チームはB級ランクに認定された次第なんだよ。

 お宅らはたった半年ちょっとでB級認定でしょ、そっちの方が凄いって!」


 発言の後半は、護人に寄り添うレイジーとミケを見ながらの勝柴である。彼について来たのは、仲間のヒーラー向井と一番年下の神辺かんなべ修一である。

 彼らは押し並べて、ペットの圧力に圧されていたのだけれど。リーダーと言うか家主の護人は、かなり柔らかい性格でその点にひたすら感謝しつつ。


 この地に来たメインの目的を、何とか切り出す事に成功する勝柴。つまりは予知能力持ちの探索者を探して、はるばるこの地までやって来た的な。

 勝柴自身には、そっち系の能力は無い筈なのに。時折予知じゃ無いのかなって悪夢にうなされて、目覚める事が年末近くから多くなったのだそうで。

 それについて、何か心当たりは無いかなぁって問い掛けに。


 護人にしてみれば、ウチに来られても畑違いですと返すしか無く。そもそも、いい年齢の大人に悪夢を見るんですと相談されても、積極的に原因を解明する気には全くならない。

 そう言えば、いつも青空市に来てくれるギルド『羅漢』のメンバーに、そっち系のスキル所持者がいたっけと。思い出した護人は、扉を開けて外のメンバーに問うてみる。


 まだ姫香がお遣いから戻って無かったが、怜央奈が彼らの来訪を覚えていた。それによると、1時間近く前に買い物に寄って今はどこにいるか不明との事。

 ひょっとしたら、午後からの“とんど祭り”に参加するため、まだ近くにいるかも知れない。ちなみに今日は、甲斐谷チームはまだ見ていないそう。

 こちらも、今日の参加は不明との事。


「甲斐谷さんのラインなら知ってるから、どこにいるか確かめてみよっか? いつもは一緒に遊びに来るからって、車に乗せて貰ってるんだけど。

 今回は先にお泊りしてたから、向こうの予定は分からないや」

「おお、そっか……まぁ、今回は“巫女姫”の八神さんに用があるんだけどな。どうもあの島根チーム、最近怖い予知を見るって件で相談しに来たらしい」

「ああ、そっかぁ……そう言えば、そんな話を耳にした気もするかなぁ? “もみのき”と“三段峡”が片付いたばかりなのに、また嫌な予知を見たとか見ないとか」


 そうらしい、何とも世知辛い世の中である……今回も、水際で防ぐ事が可能なら良いのだけれど。そんな事を考えてると、姫香が仁志を伴って戻って来た。

 そして大物ランカーの突然の襲来に、思い切り驚いてる支部長だったり。可哀想だと思いつつ、護人は彼にこのチームを丸投げする事に。


 何しろこちらは、まだ昼飯も食べていないのだ。知り合いでも無いチームの相談事は、優先順位的にはずっと低い位置にあるのは当然の結果だ。

 姫香にお遣いのお礼を言って、紗良に皆の食事の進行度を聞いて。局地的に忙しない状況だけど、何とか切り抜けられそうで何よりである。

 暫く後には、食事を終えた姫香と怜央奈とみっちゃんが遊びに出掛けて行った。


 彼女達にお小遣いを持たせて、それからようやく自分の昼食を取り始める護人。ここからの店番は、紗良と陽菜が担うようで2人とも気合充分だ。

 屋台巡りも楽しめたようで、その戦利品がブースの机の下に置かれている。今回も自分の物から他の人への贈り物まで、紗良も陽菜も買い物を楽しんで来た模様だ。


 ブースに寄ってくれた客だが、お馴染みのニコルが昼食後すぐに顔を見せた。そして何故か、木のブーメランと鉄の矢弾を数十本購入して行って。

 矢弾は護人も使うのだけど、最近は余って来たので売る事にしたのだが。ボウガンだけでなく、弓矢を扱う探索者もいるようで需要は割と高そうだ。

 みっちゃんも使っていたし、矢弾のストックは必須でもある。


 それから一般のお客に、薪3束とテント用品一式、それから『魔法の水筒』が売れて行った。これは保温&保冷効果が抜群の魔法アイテムなのだが、魔法瓶でも代用が利くので。

 正直微妙だなと思ってたけど、何とか買い手が付いた様子。他にも金持ち風の中年夫婦が、日本画やら高級そうな壺やらをまとめ買いしてくれた。


 これで随分商品もさばけて行った……と思われたが、まだまだ品物はいっぱいあると言う。特にスキル書などは、売れ残りが雪だるま式に増えて何と15冊もあるのだ。

 ここまで増えたら値崩れしそうなモノだが、人気のスキルは依然高値で取引されるそう。来栖家でも鑑定の書が余って来たので、スキル書を鑑定して並べるのも良いかも。

 そんな事を話し合いながら、紗良と陽菜はのんびり売り子を続ける。


「今日は早めに店仕舞いかなぁ……とんどに参加するのなら、遅くても2時半にはお店を閉めなきゃ。そこの所はどうしましょうか、護人さん?」

「そうだなぁ……とんどは何か所かで一斉に始めるそうだから、人が多過ぎて火に近寄れないって事態にはならないと思うけど。

 点火に間に合うようにするには、早めに店仕舞いしなきゃだな」


 そんな相談をしていると、前回辺りから懇意にしている企業が買い取り品のお伺いに訪れてくれた。嬉しい事には違いないので、遠慮なく一般向けでない品物を売りに出す事に。

 例えば、こちらで価値のつけにくい宝飾品や金貨の類いとか、今回は大判小判も混じっているし。それから毒薬など厄介なモノから、ミスリルの延べ棒やオリハル鉱石とか。


 素材で言えば飛竜の革や骨もあるし、今回はワイバーンの宝飾品も結構ある。最初にこやかだったバイヤーさんも、この辺りで顔が引きつり始めて来て。

 観賞用の日本刀はまだしも、魔法のアイテムの『天狗のお面』は激怒&ステアップ効果と厄介なので売る事に。ただし金銭的には高値が付くとの事で、代金の支払いは振り込みで良いかと泣かれてしまった。

 どうやら今回も、数百万達成コースとなったらしい。


 当然それで構わないと話す護人だったが、ブースにも馴染みの来客があった模様で。岩国チームのヘンリーや鈴木が、お祭り参加ついでに訪れてくれたらしい。

 それから当然のように、買い物に走り出すお金持ちチーム。ヘンリーは耐性アップ効果の『魔除けのかんざし』を、奥さんへのプレゼントに購入するそうだ。


 鈴木は安寧効果の『安寧のキセル』を購入、2万円をポンッと簡単に支払ってくれる。それから元米兵の探索者ギルも、『五里霧中』と達筆で書かれた掛け軸を5千円で購入してくれた。

 彼によると、漢字はアメージングらしい。


 負けずにヘンリーも日本画の巻物を購入、日本びいきの外人さんは見ていて和む。そんなやり取りをしていると、ようやく甲斐谷チームがやって来た。

 一緒に姫香と怜央奈がいるので、他で見掛けて連れて来たらしい。そして甲斐谷は、ブースに寄るのを避けてた訳じゃないよと、言い訳を始める素振り。


 どうやら捕まった際に、怜央奈辺りにやいのと言われたみたいである。それに付け入るように、是非買い物をして行ってくださいと満面の笑顔の紗良である。

 それを見て、隣の陽菜は割と本気で慄いているけど。接客とは、時には身内にも笑顔で牙を剥くモノだと、内心で理解に至った瞬間だったのかも。

 そして甲斐谷は、結局オーブ珠2個を即金で購入。


 一緒に来ていた椎名なんかは、楽しそうに紗良とお喋りしながらギターとアンプをセットで購入。それから重オーグ鉄の槍も、予備に欲しいと買い取ってくれた。

 “巫女姫”の八神も、香炉や宝石箱など綺麗な小物数点を購入。その目はかなり真剣で、買い物に妥協は許さないと言う構えはさすが女性である。


 そんな八神に、護人はお昼に遭遇した島根チームの予知について相談してみた。隣の姫香や怜央奈も、興味深そうに彼女が何を話すか耳をそばだてている。

 護人が勝柴から聞いたキーワードは、火山が大噴火を起こす前みたいな焦燥感だとか。地球に巨大な穴が開くイメージと、空に浮遊する巨大な物体。

 とにかく近い将来、ここの近辺に何かが出現するそうな?


 その話を聞き終えた八神は、少なくとも全く顔色を変えなかった。隣の甲斐谷や椎名の方が、慌てたように多少表情を崩したと言うのに。

 その様子に、護人は彼らチーム員は何らかの情報を共有していると察したのだけど。それをこちらが知り得て良いのか、その点は判然とせず躊躇っていると。


 巫女姫”八神は、そんな事などお構いなしに一行に語り始めた。まるでそれが自分の義務のように、そして知ったからにはそれを阻止する事はこちらの義務のように。

 ただし、発された単語は聞き慣れない類いのモノだった。





「それは“アビス”と“喰らうモノ”の事かしら……“アビス”は少なくとも、西広島とは関係ないかも。これが開くのは、恐らく瀬戸内海のどこかの筈だから。

 ただし“喰らうモノ”は、恐らくこの近辺の新造ダンジョンだと思われるわ。後は“浮遊する巨大なモノ”だけど、こればっかりは私も見切る事は不可能だったわ。

 何しろ相手は、瀬戸内海に浮かぶどの島より大きいから」







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