第232話 とんどと一緒に新年最初の青空市が行われる件



 年明け最初の青空市は、やや変則で第二日曜日に開催される事となった。それと言うのも西広島近辺の地方の田舎には、“とんど祭り”と言う風習があって。

 それを同じ日に行って、秋祭りの時のように今回の青空市の客寄せに使おうって腹らしい。つまりは前回の成功に味を占めた、自治会の戦略的なアレだ。


 まぁ、年明け早々の日曜日に青空市を開くのも何となく忙しないし。来栖家としては、その報告には了解と返すしかない。ただし、香多奈は子供会で事前準備に狩り出されて。

 とんどの準備にと、竹を切って運んだりとお手伝いを昨日から頑張っていた模様。小学生は大忙しだったけど、護人も自治会で招集されて大変だった。

 お陰で前日には、巨大なとんどが完成していて。


 普段なら午前中に作って、燃やすのはその日の夕方からなのだけれど。あまり時間を遅くすると、電車で来たお客が終電を逃す恐れがあるので。

 お昼の3時からとんどに火をつけて、お餅の配布などをするとの話。それだけでも楽しそうで、集客効果は期待出来そうではある。

 ただし、その配布するお餅をつくのがこれまた大変で。


 自治会でも大わらわで、護人も手伝いに奔走させられた結果。前日はかなりの時間を、準備に狩り出される事となって。その代わり、当日は販売ブースの方にいて良い事に。

 当日まで支度を手伝わされるのは、子供達だけでブースを任せるのが不安な護人的にNGだったので。妥協案としての、こちらの我が儘が通った感じで何よりだった。


 何しろ今回も、年頃の女子チームばかりで危なっかしい事この上ない。手伝いにと参加している陽菜や怜央奈やみっちゃんは、姫香より年上だが紗良より年下なのだ。

 つまり全員が未成年で、妙な探索者崩れに絡まれたりしたらと思うと。過去にあった事なので、どうしても保護者の護人としても敏感になってしまう。

 そんな状況で、1月の青空市は始まるのだった。




「ああっ、やっぱり寒いっスねぇ……グランドの方がまだ温かいのかな? そんなに変わらないか、でも吹きっ晒しのこの場所はどうなんスかっ!?」

「秋祭りからこの場所だけど、立地的には悪くないわよ、みっちゃん。グランドに入る客も出て行く客も、必ず通る場所だからね。

 ただまぁ、確かに吹きっ晒しの場所だわよね」

「みっちゃんは島国育ちだから、きっと寒いのに弱いんだよ……ほらっ、ハスキー達を抱いて暖を取ればいいよ」


 怜央奈の入れ知恵に、ご主人の近くにいたツグミを思わず抱きしめるみっちゃん。確かに暖かい、そんな女性群を尻目に人の流れは段々と増えて来て。

 開始時間と共に、声を張り上げるまでもなくブースに群がる客の群れ。今は冬なので新鮮な野菜こそ無いが、植松の婆の漬物は割と豊富に揃えている。


 それから干し柿の残りとか切り干し大根とか、そんなモノを販売する予定だったのだが。食料目当てのお客の群れは、何でも良いとばかりに購入して行って。

 気付けばブースの上の売り物は、綺麗サッパリ無くなっている始末。


「……凄いな、紗良姉と姫香の所のブースは相変わらずの売れ行きだったな。この後はどうするんだっけ、引き続き手伝えばいいのか?」

「ここからはお客もぐっと減るから、交替で休憩を取りながらで大丈夫だよ、陽菜。みんなも色んな出店を見て買い物とかして回りたいでしょ?」

「それもそうっスね、でも私らの戦利品が売れる所も見たいし……悩ましいっ!」


 みんなで潜った“配送センターダンジョン”の回収品は、実はそんなに多くは無いのだが。自らゲットした品物を、直接売るってのが興味深いみっちゃんは悩み模様。

 陽菜はあっさり、それじゃあ私は紗良姉を護衛して先に出店を見て回ると立候補。相変わらずのアクティブ脳で、予定を決めて行くのは助かる。


 怜央奈は迷った末、姫香と一緒に回ると先に店番を買って出てくれた。香多奈も毎度の如く、護人にお小遣いを貰って和香と穂積と一緒に飛び出して行った。

 コロ助と飛行モードのルルンバちゃんが、その護衛にと追従する。お供役はこれで完璧だろうが、家に置いて行かれた茶々丸と萌はちょっと哀れかも。

 まぁ、この両者はおいそれと人目に晒す事は出来ないけど。


 とにかく仲良く出掛けて行ったお買い物組を見送って、姫香と怜央奈とみっちゃんはブースの飾りつけを頑張っている。今回は何しろ、12月分のアイテムが豊富だ。

 大規模ダンジョンを2つ制覇した上、“日本家屋ダンジョン”でも出物は割と豊富だったし。女子チーム5人で潜った戦利品は、それに較べればオマケ程度かも。


 それでも目立つ所に置いて、売れてアピールに余念の無いみっちゃん。怜央奈も楽しそうに、持ち前の愛想を振りまいて集客に貢献してくれている。

 その点は凄いなと、素直に感心する姫香である。お陰で釣れた中年のおっちゃんや若者連中が、早くも結構な数ブース前にたかって来ている。

 その人混みが、更に人を呼ぶ好循環で。


 お昼まではかなり良い流れ、中年のおっちゃん達は剪定ばさみやノコギリ、万年筆やお盆を買って行き。お茶セットや急須、レターセットなどもすぐに消える結果に。

 この辺は“日本家屋ダンジョン”の回収品で、買い手は微妙かなと思っていた十手や豪華な文箱も若者が買って行ってくれた。文箱など、1万円とか高価な値付けだったのに。


 その売れ行きに、怜央奈とみっちゃんは大わらわで接客に当たっている。それから自分達が“配送センターダンジョン”で回収した品物も、おばちゃん達が次々と購入に至って。

 特にカップ麺ケースや料理酒、塩の袋やビールケースやお醤油ケースはあっという間に消え去った。業者の人も混じっていたようで、買い方に容赦がない。

 定期購入を提案されて、みっちゃんがあたふたする場面も。


 それはさておき、変わったお客も今回はチラホラ。学校の先生の集団で、“もみのき森林公園ダンジョン”で回収したボール類やラケットを纏め買いしたのは体育の先生か。

 トランペットやクラリネット、楽譜数冊を買い取ってくれたのは音楽の先生かも知れない。地元の学校なら顔見知りだが、どうも彼らは物資を求めて遠出して来たっポイ。


 世間話をしながら、どうやら保険の先生が消毒液やマスクやガーゼ類、耳かきや爪切りを購入。他にも彫刻刀セットやガラス細工、木彫りの梟なども売れて行った。

 そのお隣では、洗濯籠やら洗剤セットやタオル類が、おばちゃん達に捕獲されて行く。こういう品は近所のスーパーより、やや安く出してるので人気とは言え。

 まだお昼前なのに、かなり好調な来栖家ブースである。


「今年の初売りだけあって、お客さんも多いし調子はいいねっ♪ このまま全部売っちゃおうねっ、姫ちゃんっ!」

「うん、調子はいいよねっ……ってか、配送センターダンジョンの回収品はもう全部売れちゃったよ、怜央奈。そろそろ、探索関係の装備品とかも売れて欲しいけど」

「えっ、もう全部売れちゃったっスか、姫ちゃんっ!? 接客慣れてないからワタワタしてるうちに、どんどん物が売れちゃってますねっ!」


 相変わらずかしましい売り子さん達だが、ようやく来栖家ブースの前も落ち着きを取り戻し。何しろ残った販売物は、装備品やら“日本家屋ダンジョン”の芸術品などばかり。

 一般客が購入するには、敷居の高いモノばかりとなって。当然ながら、冷やかしに覗く目ばかりが増える破目に。それでも交代時間まで、気は抜かないよと意気の高い娘さん達。


 そこにようやく、いつもの常連さんの探索者チームの佐久間がやって来た。今回もチーム員が揃い踏みで、賑やかに新年の挨拶と自己紹介などを踏まえながら。

 怜央奈はともかく、みっちゃんが因島の探索者だと聞いて盛り上がる一行。向こうの様子はどんなとか、情報交換が交わされる中に買い物の手も緩めない面々。

 特に後衛らしき若者は、今回もエーテルお願いと割と真剣。


 それから前衛の髭の大柄な男性が、硬化ポーションと『将軍の兜』を見初めた様子。今年初の大物買いだと、勇猛効果の付与された頭装備を個人購入する模様。

 その横で、MP回復ポーション1000mlとエーテル1100mlを購入してホクホク顔の若者。そんな中、チームリーダーの佐久間は何故か千両箱に惹かれた様子で。


 姫香が中身は入って無いよとの言葉にも、そのがっしりした造りが気に入ったとの事で。それなら3千円でいいよとのやり取りで、佐久間は大喜びで千両箱(中身無し)をゲット。

 そう言えばこの人物、ソフビ人形など変わり物を良く購入してくれるお得意さんだ。ひょっとしたら、そんな彼の宝物入れになるのかも知れない。

 何にしろ、とっても幸せそうなチーム『ジャミラ』の佐久間だった。




 その頃、香多奈と年少組の和香と穂積は友達と合流して、会場の端っこで遊んでいた。この辺は屋台の端っこで、まぁお客の流れは少ないが割と自由で。

 さっきから、コロ助やルルンバちゃんに芸をさせて、お客からおひねりを貰おうとしていたのだが。世知辛い世の中、そんなに上手くは行かないのが分かっただけ。


 実際、コロ助はともかく自律して動くルルンバちゃんは凄く珍しいのだが。トリックの種は幾らでも思い浮かぶので、感心する大人はほぼいない有り様。

 逆に賢いコロ助は人気ではあるのだが、所詮は犬でしか無く。こんな事なら茶々丸と萌を連れて来るんだったと、良く分からない思考の少女である。

 そんな香多奈を、和香と穂積は呆れて見ているけど。


 リンカやキヨちゃん辺りは、渋いお財布事情の大人に文句を言う始末。この辺は、恐らく育って来た環境の違いなのかも。そんな屋台の端っこに、突然の異変が訪れて。

 と言っても、大した事も無く……ただ単に、迷い込んだキャンピングカーが右往左往していたのだ。どうやら、駐車場のスペース確保に失敗した模様。


 こんな車はたまに存在していて、自治会のお手伝いの林田兄妹や凛香チームが対応するのだが。今はどちらも近くにいないようで、運転手も途方に暮れている様子。

 それにしても立派な装甲のキャンピングカーだなと、家のと較べて香多奈が思っていると。物怖じしないリンカが近付いて行って、この先は入れないよと注意してくれた。

 それから、停めて良い空き地を説明し始める。


「どっから来たの、おっちゃん達は探索者?」

「リンカちゃん、車のナンバーは島根って書いてあるよ? お隣りさんだ、立派な装甲のキャンピングカーだよねっ!」


 普通に運転手に話し掛けてるリンカに、太一っちゃんが目敏くその発見を告げる。その通りだと車内から同意の声、体格の良い若者が自分は有名人だと言い出した。

 どうやら探索者チームらしいが、そこまで詳しい者はここにはおらず。逆に胡散臭い大人だとの空気で、問い詰め始める元気で生意気盛りなキッズ達。


 そもそも島根って、砂丘のある県だっけとリンカのとぼけた発言に。それは鳥取だよと、真面目なキヨちゃんが訂正する。山陰には違いないが、広島県民の意識はそんなモノ。

 そもそも、47番目に有名だとか自虐の本を出すほどの島根県である。影の薄さは自認しており、そこを突かれるととっても脆くて繊細らしく。

 とうとう、助手席の男も怒り出す始末。


「お前らっ、島根で超有名なチーム『ライオン丸』を知らねぇのかっ! 俺は中国地方でも数少ない、A級ランカーの勝柴かつしば様だぞっ!?」

「大将、子供に凄んじゃダメですよ……島根の影が薄いのは、今に始まった事じゃ無いでしょ?」

「A級ランカーだって怖くないもんね……ウチのチームもB級だし、コロ助やルルンバちゃんだっているもん!」


 何故か喧嘩模様になってるこの場の雰囲気に、あっと驚いた感じのキャンピングカーの運転手。大将この犬、例のチームの護衛犬だとの発言に勝柴も驚いている。

 そんじゃあ君んところの家族が、あのチーム『日馬割』なのかの問いに対して。香多奈は渋々頷いて、男のその発言を肯定する。


 それじゃあ君が、あの動画の撮影者かとの問いに対しても。少女はやや警戒するようにそうだけどと返して。叔父さんかお姉ちゃんを呼んで来た方が良くないと、和香が末妹に相談する素振り。

 変質者に思われたくないチーム『ライオン丸』の面々も、この辺からちょっと慎重になって来て。怪しい者では無いし、出来れば保護者との面談を望む的な返答に。

 それじゃあ叔父さんの所に連れて行こうかと、話は何とか纏まった。





 ――さてこの島根チーム、どんな波乱を持ち込むのやら?








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