第229話 女子チームで探索予定を立ててみる件



 幸いな事に、積雪での電車のダイヤの乱れも無く。予定通りの日時に、3人娘は無事に日馬桜町の駅に降り立つ事に。それを笑顔で迎える、紗良と姫香である。

 3人娘、広島市の怜央奈と尾道の陽菜、それから因島のみっちゃんも同じく笑顔で。特に陽菜とみっちゃんは夏以来だねと、お互いの健康を称え合う。


 何しろ皆が探索者と言う、割と危険な仕事を生業としているのだ。再び無事に会える確率も、実は割と奇跡だったりするのかも知れないし。

 そんな境遇を話し合いながら、一行は出迎えの車へと乗り込んで行く。


 来栖家の車を運転してたのは、自宅で暇をしていた護人である。姫香の運転を信用していない訳では無いが、余所様の年頃のお嬢さんを数日預かるのだ。

 下手に雪の積もる峠道で事故を起こして欲しくないので、運転手を買って出たのだが。かしましい女子たちのお喋りの奔流の中、護人は何とも肩身の狭い思いをしていたり。


 それは護衛について来たレイジーとツグミも一緒で、怜央奈に捕まって撫で回されている。すでに車内なので、逃げる事も叶わず大人しい両者だけど。

 久し振りの陽菜とみっちゃんは、募る話を紗良と姫香に話し始めて歯止めが効かない感じ。来栖家の活躍は動画で観て知っているが、それでも詳しい話も聞きたそうだし。

 そんな訳で、来栖邸に着いても女性陣のお喋りは止まらずの勢い。


「お邪魔しま~す、香多奈ちゃんお久し振り~!」

「明けましておめでとうでしょ、怜央奈ちゃんっ! ミケも待ってたよ、抱っこする?」

「やっぱり山の方は雪が凄いっスね、お家の周辺も積もってますけど……後で雪遊び、してもいいっスかね?」

「遊びもするけど特訓もするからね、みっちゃんっ! それから仕上げに、女子チームで地元のダンジョンに探索も行く予定だから。

 遊びと訓練の、気持ちの切り替えはしっかりやって行くよっ!」


 最年少なのにチームを仕切っている、頼もしい姫香にそれぞれが元気に返事を返す。何と言うか、早くも訓練合宿な感じの雰囲気ではあるけど。

 逆に紗良が寛いでねと、お母さんの気心で持て成すのは、さすがと言うか役割分担が良く出来ている。そんな訳で部屋に通されたお客の女子3人は、荷物を置いて一息ついて。


 2階からの景色を眺めたり、この後の予定を確認したり。タダ飯を食う気の無い女性陣は、厄介になる間は家事でも何でもやるよと意気は高い。

 それから姫香の、お隣さんが去年の秋に増えたとの言葉には。どんな人が空き家に入ったのと、興味津々な様子。後で引き合わすねと、向こうも探索チームなのを口にしつつ。

 訓練は一緒にしようねと、どんどん話を進める姫香。


 お正月はもう過ぎていて、おせちの残りも無い状況。カレーかおでんが良いかなと、早くも夕食の献立を考え始める紗良は通常運転っぽいのだが。

 手伝いますと挙手をするみっちゃんや怜央奈は、いつもやっているかは不明。とにかく一転して賑やかになった来栖邸、どこもかしこも騒がしい。


 観念したように、さっさと自室に籠もる護人はお正月に増えた体重を少々気にする素振り。子供たちが裏庭で訓練するなら、それに混ざろうかと思っていたのだが。

 あれほど騒がしくなると、それもはばかられてしまう。仕方ないので、なるべく気配を消して過ごそうと家長なりの気遣いに思いを馳せて。

 正月杉の喧騒に、何となくため息をつくのだった。




 この女子チームの突然の“お泊り会”の趣旨がそもそも曖昧で、切っ掛けは怜央奈ばっかりお泊りしてズルいのライン発言だった。それならお正月休みを利用して、泊りにおいでよと姫香の誘いの文句から。

 こうやって数日のお泊りが決定したので、そもそも目的も無いに等しいのだが。そこは姫香が張り切って、数日の特訓⇒締めに地元のダンジョン探索とメインを決定して。


 大まかな流れは決定したのだが、細部はその日のノリで決定すると言う。そんな訳で、1日が経った現在の女子チームは雪景色の中で大いにはしゃいでいた。

 昨日は結局夕食を大いに御馳走になって、お風呂を頂いて。さすがに全員で一緒には入れなかったので、仕方なく女子チームを2度に分けての入浴に。

 どちらも大いに盛り上がったのは、まぁ言うまでも無く。


 そして一夜明けての、早起きから家畜のお世話でお隣さんに挨拶して。凛香チームの年少組はともかく、年長組との相性はどうかなと思った姫香だったけど。

 特に揉める事も無く、普通に交流していてホッと安堵のため息をつく女子チームのリーダー。凛香や隼人は、彼女たちの腕前を気にしている風だったけど。


 陽菜やみっちゃんは、どうやら地元の探索者チームとして、彼らを立てる素振りなのが良かったのかも。まぁ、立場としたら確かに陽菜とみっちゃんの方が余所者ではある。

 なので、あまり出しゃばった態度は嫌われると気を使ったのだろう。さすが年上だが、そもそも喧嘩を売る理由も無い訳で。彼女たちは客人なのだから、それも当然か。

 お世話になる来栖家の人々の顔に、泥を塗るような行為には及ぶ筈も無い。


「だよね、正直ちょっと陽菜辺りは立場がどっちが上か的な雰囲気出すと思っちゃった。そこは素直にゴメン、私が侮ってたよ」

「フンっ、地元で頑張ってる年下の探索者に喧嘩を売る訳も無いだろう……まぁ、アレでも向こうの態度が悪かったらその限りでは無いがな。

 進んで家畜の手伝いもするし、みんないい子に見えたから自重したまでだ」

「そうだね……ここに来るまで苦労してる子達だから、良くしてあげてね。変質して不安定な子も混じってるから、そこは慎重に対応してあげてね」


 紗良の忠告に、真面目に頷く陽菜とみっちゃんだったけど。やってるのは雪原と化した田んぼでの凧揚げで、周囲には香多奈やハスキー犬達が燥ぎ回っている。

 先ほどまでは、ソリ遊びで嬌声を上げていた女子たちだったけど。一応真面目話には、真剣な顔も出来るのは大したモノかも知れない。


 現在ソリは年少組が使用中で、子供の嬌声が物凄いレベル。何しろハスキー軍団勢揃いで、お客さんのお持て成しに狩り出されているので。

 ソリを引くのも3頭で、何と言うか本格的だったりする。ただしロープなどの器具は即席なので、かなり危なっかしい遊びとなっているけど。

 しかもハスキー達も、遊びに夢中で理性がぶっ飛んでいたりして。


 香多奈達の造ったかまくらと屋台の広場前では、紗良がキャンプ道具でぜんざいを料理中。年少組は炎の使用を制限されていたけど、年長組だとこんな事も出来る。

 凧揚げも年少組と較べるとハイレベルで、凧の姿は視認出来るかって程に遥か遠くへ。姫香ももちろんだが、陽菜とみっちゃんも容赦がない。


 怜央奈はかまくらの隣で、ひたすらご機嫌に雪だるまを製作していた。時折ぜんざいの出来具合をチェックしに来て、紗良と笑い合っている。

 年少組のソリの上には萌も乗っかっていて、向こうは割とカオスな状況。茶々丸も仔ヤギ形態で、雪の上を駆け回ってハイ状態。

 それぞれが、雪の上での遊びを堪能し尽くしている様子で何より。


「香多奈ちゃんっ、お餅焼けて来たから護人さん呼んで来て~! お隣さんも近くにいたら、ぜんざいあるよって知らせていいからね~!」

「は~~いっ、レイジー母屋に向かって~~!!」

「きゃ~~っ!!」


 香多奈の言葉を完全に理解しているハスキー達は、母屋へ向かって猛然とダッシュ。その途中で振り落とされた子供たちは、それでも大笑いして雪の上を転げ回っている。

 お正月の喧騒は、そんな感じで暫くは途切れる事は無かった。




 フワッとした女子チームのお泊り会だけど、一応の計画は立ったみたいで。お泊り3日目の今日は裏庭の特訓を頑張って、明日が女子チームのみでの探索にお出掛け。

 それから日曜日に青空市でお手伝いと“とんど祭り”への参加、その翌日にお泊り回終了と言う流れに決定。前半は遊びモードだっただけに、意識をしっかり切り替えて。


 そんな意気込みで臨む、午後からの厩舎裏の訓練だったけど。実は午前にはお隣さんへと赴いて、小島博士のダンジョン講座を聞いていたりもして。

 割と来栖家の子供の日常をトレースしていて、お正月気分も段々と抜けて来た感じ。お客の3人娘も真面目に講座を受けて、それぞれに知識を深めていた様子。

 学ぶ意欲は、3人ともそれなりに持っているようである。


 何しろ学年は違えど、みんな既に探索者として就職しているようなもので。学校にも行ってないし、学ぶ機会と言うのは願っても得られないのだ。

 そう言う意味では、来栖家の立地はとても秀逸に感じられる不思議。自治会の民泊移住が、上手く行った良い例と捉えられる事が出来るかも知れない。


 そして午後の特訓には、当然の如く凛香チームの面々も参加していて。年少組もアスレチック遊具で、ハスキー達と燥ぎ回って体を動かしている。

 一方の年長組は、木製の武器を持って実践的な練習をしていたり。又は魔法系のスキルを、旨く発動出来るように特訓をしてみたり。

 もちろん、魔人ちゃんの理力の訓練も同時進行で行われている。


 最近めっきりと影の薄い魔人ちゃんだけど、もちろん訓練に手抜きは無い。見込みの在りそうな生徒をとっ捕まえて、身振り手振りで教えを授けている。

 難儀なのは、その言葉が香多奈にしか分からないって事だろうか。それでもここ最近の来栖家の躍進に、この鬼教師が一役買っているのは間違いのない事実。


 それが分かっているので、捕まったみっちゃんは真面目にその教えに従っている。香多奈も呼ばれて、魔人ちゃんの言葉を翻訳したり自分の《精霊召喚》の訓練をしてみたり。

 年少組は、本当は魔銃の射撃訓練をしてみたいと申し出ていたのだけれど。それはキッパリと護人に駄目だと言われて、割とションボリと他の事を始めていたり。

 だがそこは、甘い護人と言えども安全優先の方針で。


 そしてその想いは、実は紗良も強く持っていた。12月のレイド参加で、その感情はグッと強くなったのも確かで。このペースでダンジョンに潜ると、それこそ誰か死んでしまうと言う強迫感が芽生えてしまって。

 今までリーダーの護人は、過保護だなぁって思っていた紗良だったけれど。それは大きな間違い、今では姫香や香多奈の暴走を止めるのは自分の役割でもあると思う次第。


 とにかく“もみのき森林公園ダンジョン”で味わったような恐怖は、もう懲り懲りである。その為には新たな攻撃スキルも取得するし、自分で窮地を切り開く努力もする。

 そして宝珠で得た《氷雪》スキルが、チームを救う一助になると信じて。実は三段峡の宿でも、同じ冷気系の魔法使いの『ヘブンズドア』の鈴木と言う探索者に短期弟子入りも願い出ていたり。

 まぁ、たった半日ではさほどの成果も上がらなかったのだけど。


 意識の改革には役立ったし、その威力も目の当たりにする事が出来たし大収穫ではあったと思う。一緒に見学していた姫香や香多奈も、その威力には感心していたし。

 この力を身につければ、強敵と遭遇した際の生存率も上がるかも知れない。その想いを胸に、特訓を頑張ってスキルを習得する所存の紗良である。


 その他の陽菜とみっちゃんも、久々に戦っている姿を見たけどかなりの飛躍を見せていた。特に陽菜の接近戦と、みっちゃんの弓矢の腕前は以前よりずっと上手になっている。

 夏以降の探索で、実力をつけているこの両者。怜央奈もチームでの探索はこなしていたそうだし、ランクも順調に上がっているとの事。

 来栖家チーム程では無いが、D級からC級への昇格も近いそう。


「この薙刀なぎなたもいいな、冷気が籠っているのか……姫香、友達価格で買い取らせてくれ。明日の探索にも使いたいから」

「いいけど、明日の予定ダンジョンはゴーレムやロックがメインだよ? ハンマー系の方が良くない、陽菜?

 今なら強化の巻物も少し余ってるから、妖精ちゃんに強化して貰えるよ?」

「陽菜ちゃんは、武器フリークだから……色んな種類の武器を使えるようになるのが、ある意味目標なんスよね?」


 そうらしい、実際に武器の鍛錬をしている陽菜の目は生き生きとしている。既に初日に姫香の誘いに乗って、3人ともギルド『日馬割』に籍入れすると表明しているので。

 武器や強化アイテムの融通も、比較的に面目が立つと言うこの流れ。護人もその辺は好きにして良いと言ってくれてるし、女子チームの強化は先行きも明るい感じ。


 みっちゃんも、隠密の忍び服一式を見た途端に惚れ込んだようで買い取りたいと懇願する素振り。もう1種類、似たような上忍の忍者服は茶々丸の装備で大活躍していて。

 こっちは裸状態でも、一瞬で身に纏える《着脱》能力があるので。《変化》の後の裸の茶々丸には、どうしても必要になって来るらしい。

 ただし、忍び服も隠密やら敏捷アップやら性能はとても良い。


 そんなこんなで明日の探索への準備を整えながら、特訓に明け暮れている女子チーム。凛香チームの面々とも、手合わせしたりコミュニケーションを取り合ったり。

 和やかな雰囲気も、時折感じさせながら。





 ――数時間に及ぶ訓練は、そうやって過ぎて行った。







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