第228話 来栖家は新年を迎えても騒がしい件



「そうそう、報告が遅れたけどお宅の茶々丸がダンジョン探索について来てね……角でモンスターを倒して、何と言うか歴戦の勇者のようだったよ。

 ひょっとして、普段から敵を倒してレベルも高いんじゃないかね?」

「アレにはビックリしましたよ、来栖家の犬や猫が強いのは知ってましたけど。まさか仔ヤギまで強いとは、本当にこの地は“魔境”ですねっ!

 いえっ、全然悪い意味では無くって、ビックリ箱って意味なんですけど」


 そう語っているのは、小島博士とゼミ生の美登利だった。初耳だと言う風に驚く護人は、横目で子供達に知っているかとお伺いするのだけれど。

 紗良と姫香は、知らなかったと素直に認めて同じく驚き顔。ところが香多奈は、この前田んぼで遊んでた時に、スキル付与の魔法の品も使いこなしてたと新事実をブッ込んで来る。


 何ソレとの叱咤の言葉は、もちろん無断で魔法の品を持ち出した事も含めて。お怒りの姫香に、リビングでお雑煮を食べていた面々はまあまあと取り成す仕草。

 今はお正月の3日目で、新年の挨拶に協会のスタッフが来ると言うので。どうせなら皆で集まって、年末に大量についたお餅を消費しようと言う事になって。

 そうしてお隣さんまで交えての、昼食会となったのだが。


 西広島のお雑煮は、割とスタンダードと言うか。白菜やカマボコや椎茸や豚肉の入った、お蕎麦の汁でも行けるよねって感じのモノ。

 それを頂いているお客の群れは満足げで、すっかり遠慮も無くなっている始末。何度も御呼ばれしているせいで、すっかり家族的な雰囲気が出来上がってしまっていて。


 それはそれで、ギルド『日馬割』としては良い環境なのかも。最近は広島市から引っ越して来た凛香チームも、皆が揃ってお肉が付いて来て健康そうな顔立ちに。

 来栖家は過保護だなって思いも、多少は持っているかも知れないけれど。毎日の訓練や勉強会は、熱心に参加している凛香チームの面々である。

 そんな彼らも、今はすっかり出された食事に魅了されている。


「お雑煮だけじゃなくって、おせち料理の残りも食べてね、みんな。食べたカロリーは、午後からの特訓で消費すればいいから遠慮しないで」

「確かに寒いからって、家に閉じこもって食べてばかりじゃ太っちゃうな。ちょっと前までは、そんな心配する程食べる物なんて買えなかったのに」

「本当だよねぇ、贅沢な悩みだよっ!」


 感動する凛香チームは、お雑煮のお替わりの量も半端ではない。それを楽し気に眺める紗良は、まるでお母さん。周囲に目を配って、自分の食はあまり進んでいない感じ。

 そのリビングの一角では、お酒で盛り上がっている面々が。お昼過ぎにやって来た協会支部長の仁志と、職員の能見さんが御呼ばれの最中である。


 2人とも車で来たのだが、既にお酒が入っているのは姫香が送って行くよと言ったせい。隼人も車でついて行って、帰りは拾ってくれるそう。

 これで仁志が乗ってきた車も、山の上に置いて行かずに戻れると言う寸法。峠の道は相変わらずの積雪だが、追加の雪は降っていないので最悪って程でも無い。

 近辺は雪掻きもしているので、外での活動に不便も無い。


「いやしかし、新年の挨拶に伺ったのに御呼ばれして貰って申し訳ない。今年はこの町の協会も、こちらの要望が幾つか通って職員も増えてくれそうですよ!」

「そうですね、恐らくは武器やアイテム工房の職人さんは確保出来そうです。ベテランの職人は無理かもですが、それでもいるといないでは大違いですからね。

 今までいなかったせいで、来栖家チームにも苦労をお掛けして申し訳ない」


 能見さんにそう言われても、いまいちピンと来ていない護人や子供たち。探索者のスタンダードが分からないので、何が不便なのかも良く分かっていない。

 装備のメンテも、自分達でやるのが普通だと思っているし。農家の常識では、それを含めて仕事には違いなく。次に農具を使う時、土がついてたり錆びたりしてたら大クジくられる(こっぴどく叱られる)のだ。


 ただし、アイテム関係に詳しい職人さんが来ると聞いて紗良は嬉しそう。独自に果汁ポーションを造り出したり、そう言う面では試行錯誤を繰り返しているので。

 実は能見さんも、そっちの方面や魔法アイテム鑑定に詳しくなろうと独自で勉強しているそう。それを聞いて護人も感心し切り、将来のためになる勉強は本当に大切だと。

 是非とも子供達にもと、その教養を広めて欲しい模様。


「そうですね、探索者はハードで怪我もつきモノの仕事だから、そんなに長い期間続けるのは大変ですし。協会の職員に天下りするのも、前もって知識があった方が有利ですし。

 私で良ければ、子供達に基礎を教える事は可能ですよ」

「それはいいですね、週に1度くらい曜日を決めて勉強会やって貰えたら嬉しいな。ウチの子たちと『ユニコーン』の子供達とを生徒に迎えて。

 場所は協会でもいいし、お隣の勉強会で使用している教室用の家屋でもいいし」


 そんな感じでとんとん拍子で進む勉強会、それは自分達も参加したいねとゼミ生達も割と乗り気だったり。彼らも研究の取っ掛かりの知識には、割と貪欲みたい。

 ゼミ生達も、教授にならってほぼ全員がお酒をたしなんでいる様子。そして半数が撃沈模様だけど、変に絡んだり乱れていないのでその点は安心だ。


 大地などは、余程強いのか顔色も変わっていないし。その点陽気になっている美登利や、小島博士に関しては割と分かり易い酔い方かも。

 協会の2人は、御呼ばれの立場なのでお付き合い程度にしか嗜んでいないし。護人に関しても、元からそれ程にお酒が好きでは無いので。

 大人の飲み会は、安定して推移している感じだ。


 姫香も護人の隣で、お酌しながら目を光らせているので安心には違いない。そんな彼女は、ギルド運営に関しては今年も頑張ろうと言う気概に溢れていて。

 協会との連絡を密にして、ギルド『日馬割』の躍進を誓う1年にするぞと仁志支部長相手に口にしている。頑張ってとの仁志と能見さんの返事は、温かみに溢れていて。

 姫香のやる気を、いっそう搔き立てるのだった。




 そんな事をしている間に、香多奈の冬休みはあっという間に終わってしまった。短過ぎるよと文句を言いつつ、雪で閉じ込められるよりはマシとの末妹の感想。

 実際、年始参りの最中に降り出した雪は結構長く降り続けて。山の上の来栖家とお隣さんは、割と孤立する破目に陥ってしまった。

 その後の雪掻きは、ある意味壮絶を極め。


 大人も子供も関係なく、筋肉痛を覚悟の数時間の労働を強いられる破目に。まぁ、お正月は皆が食っちゃ寝してたので、労働は良かったのかも知れない。

 そのついでにと、厩舎裏の訓練場も同じく来栖家で雪掻きを行って。お正月の間サボっていた特訓を、そろそろ開始しようと姫香の提案。


 お正月の怠惰での、体重の推移が気になる紗良もそれに同意して。ついでに香多奈の小学校も3学期が始まったし、ゼミ生の勉強会も再び始めて貰う事に。

 かくして、非日常は退場していつもの日常が山の上の来栖家にも戻って来た。


「電車の便も雪でストップしてないかな、護人叔父さん? 明日の午後に、友達が泊まりに来るって話してあったよね……今月の青空市の次の日まで滞在予定だけど、構わないよね?」

「それは一向に構わないよ、広島市と尾道と因島の娘だろう? こっちで遊びに出掛ける予定を組むつもりなら、早めに知らせるようにな、姫香」


 5~6日の滞在だが、予定と呼べるモノは実はあまり無かったりして。怜央奈が青空市に来るついでに、しょっちゅう来栖邸に泊まるのを知った陽菜とみっちゃんが。

 それはずるい自分達もと、お正月の特別企画として勢いで立案しただけの計画で。まぁ、年頃の娘さん達だし集まってワイワイ騒ぐだけで楽しいのだろう。


 それでも1回くらい、研修旅行チームで探索したいねとは姫香の言葉。紗良もここ半年での自分の成長を、友達に見て貰いたいと言う思いは少しだけある。

 そんな訳で、香多奈が小学校に出掛けた時間で色々と話し合う姉妹だったり。日常は戻ったけど、春の訪れに関してはまだまだ先の話である。

 特にこの山の上では、5月近くまで積雪が残ってる事態もあり得る。


「どこが良いかな、探索に行くダンジョン……香多奈に知れたら、きっとむくれるだろうなぁ。でもさすがに未成年チームに、お子様同伴は不味いよね、護人叔父さん?」

「そうだな、さすがに不味いな……まぁ、香多奈が拗ねたらこっちで何とかするよ」


 そんな訳で、かなりの確率で拗ねる末妹の案件は護人が担う事に決定。ようやく形になった裏庭を眺めながら、器具を片付けつつそんな会話を交わして。

 何にしろ、これでお客を迎え入れる態勢は整えられた。また雪がたくさん降ると、元の木阿弥となってしまうけど。取り敢えず1週間はもってと、姫香の切実な願い。


 紗良は呑気に、お隣さんの方も片付いたみたいと報告して来た。向こうは人数は多いけど、大半が雪掻きに慣れない都会育ちだったりするので。

 しかも半数は子供、遠くから眺めても雪だるまが目立ってそびえ立っている。まぁ、来栖家の玄関前にも、立派な奴が何体かその威容を誇っているのだけれど。

 こちらはお正月に製作した、姫香と香多奈の集大成である。


 ハスキー達も雪に負けずに元気だけど、残念ながら雪掻きの戦力にはならず。以前にレイジーに『魔炎』で手伝って貰ったけど、溶けた雪が寒さで再び凍結したて大変だったので。

 この手段は、もう少し気候が温かくなるまでは封印となった次第。何しろ凍結した路面は、雪の積雪より質が悪い事が間々あるのだ。

 そんな訳で、来栖家にもスリップでお尻を打った者が数名。


「そうだ、とんどで書初めを焼く行事があるけど……勉強会のついでに、『ユニコーン』の子供達にも書初めをして貰ったらどうだい、紗良?

 家に確か、書道道具があった筈だから後で出しておこう」

「あっ、それはいいですね護人さんっ。半紙も足りてるようなら、私たちも書こうね姫香ちゃん」

「へえっ、とんど祭りってそんな事をするんだ、知らなかった」


 “とんど祭り”で書初めを燃やすと、火のついた半紙は燃焼での上昇気流で天へと舞って行く。高く上がると字が上手くなると言う、良く分からない風習なのだけど。

 そんなので字が上手くなったら世話無いよねと、姫香は何となく懐疑的な様子。後は正月飾りを焼いたり、とんどの火に当たったら1年間無病息災だったり。


 竹の焼き炭を持って帰って飾っておけば、家に蛇が寄り付かないとか。とんどの火で焼いたお餅は、残さず食べないといけないとか。

 色々と言い伝えはあるが、全部風習だと言えばそれまでだ。これも日馬桜町では、“大変動”からこっち5年間の間廃れていた地域行事である。

 復活を喜んでいる地域の人も、少なからず存在している筈。


「確か香多奈の小学校が、とんどの飾りを手伝わされるんだっけ? 大変そうだよね、まぁ子供達はイベントあるぞって楽しみにしてるっぽいけど」

「そうだな、竹を切って運ぶだけだし、そんな大変って程でも無いだろ。今回の青空市の屋台も、お年玉貰った子供たちが燥ぎ回るだろうし。

 少なくとも、年末より盛り上がるんじゃないかな?」


 そうかも知れないですねと、紗良も護人の話に追従して。来栖家の子供達も、お正月の3日の日に地元の大蔵神社に年始参りにお参りして。

 その帰りに、植松の爺婆の家へ年始の挨拶に伺ったのだけど。そこで子供たちは、お楽しみのお年玉を貰って大燥ぎしたのだった。


 いや、正確には大燥ぎしたのは香多奈のみだったのだけれど。そこで食べたぜんざいは、思わず護人もお替わりをしたほど美味しかった。

 そんな訳で、午後からの特訓は護人も参加して、もう少し身体を動かす予定。お正月についたぜい肉は、どうにも半日の雪掻きでは落ちてくれない模様。

 何にしろ、雪降りの後に辛い思いをするのも田舎の日常。





 ――日常が戻った事は、果たして喜ぶべきか悲しむべきか?







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