第227話 来栖家に新年と新しい命がやって来る件



 年の瀬も迫った来栖邸とそのご近所だが、クリスマス会から何かとごたついていた。その主な原因は、突然かえった異界のオレンジ色の卵にあるのだが。

 その場に居合わせた全員が、興味津々にその異界生物の誕生を見学しに行ったのだけれど。案の定と言うか、生まれて来たのはドラゴンの子供だった。


 歓喜したのは香多奈だけ、他のみんなは何とも微妙な表情で。これって普通の農家が、育てて良い生物なのかなと首を傾げている。

 小島博士は研究材料が増えたなと、やや嬉しそうな顔付きだけど。少女を護るように、ミケがすかさずブロックに入る。その瞳に見据えられ、博士も詳しい調査を断念。

 何しろ、以前にこっぴどくヤられた前科があるので。


 そんな愛情深いミケも、新たな仲間に興味は無い様子。少し臭いを嗅いだだけで、後は好きにしてくれとその場を離れて行くのだった。

 これには香多奈も少々ガッカリ、母親役を担ってくれると思ってたのに。まぁ、生まれたドラゴンは既にミケより少し大きいので、それもちょっと無理があるかも。


 そんな事を考えながら、取り敢えずクリスマス会は無事に終わりを迎えて。お隣さんは帰路について、残されたのは来栖家の人々+生まれ立ての仔ドラゴン。

 どうしたモノかと考え込む護人と、この子を家の中で飼って良いかとお伺いを立てる末妹。壁際の薔薇のマントは、派手に反対の票を投じている模様。

 ただまぁ、言葉の発せられない彼の意見は誰もまともに取り合わないけど。


 今回も同様で、護人は大きくなるまでの条件で室内での飼育を許可する。ハスキー軍団くらいに育ったら、問答無用で外での飼育に切り替えるとの注釈で。

 そんな現在は、一夜明けた年末の忙しい時期。とは言え、農家に関しては至って平穏で、香多奈も冬休みに入っていて気楽なモノだけど。


 現在は姉たちと、一夜明けての仔ドラゴンの育成チェック中。妖精ちゃんと魔人ちゃんも交えての、餌のやり方とか育成計画を聞き出す気満々の少女である。

 それよりアンタ、さっさと名前を決めなさいよと姫香が末妹にせっついて来る。それを受けて、香多奈も自信満々に“ガオガオちゃん”が良いだろうと口にする。

 それには優しい紗良も、かなり微妙な表情に。


「そう……ね、良いと思うけど“妖精ちゃん”や“魔人ちゃん”と被っちゃわないかな? もっとほら、コロ助とか茶々丸みたいな和風な名前の方が良くないかなぁ?」

「そうかな、それじゃあ……“源太”とかはどう?」

「アンタは名前をつけるセンスが壊滅的に無いよね……それよりこの仔ドラゴン、本当に雄なの?」


 姫香の悪口にムッとする香多奈だったけど、口喧嘩が封じられているのを思い出して反論はしない。妖精ちゃんにも、この子の性別はハッキリしないなと言われた少女は暫し熟考する。

 そして仕方なく、何とか第三案を捻り出す事に。


 そんな訳で、この仔ドラゴンの名前は、紗良のアドバイスも考慮して“もえ”に決定した。生まれた瞬間からかなり大きな、特徴のある仔ドラゴンだけど。

 中でも凄く目立つのは、額に燦然と輝く巨大な宝石だろうか。それを護るように突き出た角は、戦闘には有利かも知れないけれど。


 何と言うか、獰猛さの欠片も無く愛玩動物のような容姿なのは間違いない。垂れている耳は物を掴める機能があるし、太い後ろ脚は歩けるし走れもするようだ。

 基本は四本足での移動だけど、二本足でも安定するみたいで。何より知能は相当高いみたいで、生まれた時から香多奈の言葉を理解している感じを受ける。

 そんな萌は、現在は香多奈のお気に入りペットである。



 年越しの2日くらい前に、植松の爺婆が来栖家に訪れてくれた。用件はおせち料理作りの手伝いと、正月用のお餅を大量につくる事である。

 これにはお隣さんも参加しての、人手をとにかく集めての大作業に。手伝った家庭も自動的に分け前が貰えるのだから、凛香チームにもゼミ生達にも否は無い。


 そんな訳で、男性陣は餅つきに従事して、それから女性陣はおせち料理に取り掛かる事に。他にも巻き寿司や押し寿司、いなり寿司も割と大量に作る事に。

 それはもう、割と1日作業の大変な労働には違いなかったけれども。子供達も和気藹々と手伝って、植松の爺婆も楽しそうに指示の声を飛ばしている。

 どことなく若返ったかのような仕事振り、やはり若者に混じるのは良い事のよう。


 護人など、どちらのお手伝いも割と半端で寂しい思い。これだけ子供がいれば、まぁ人手は足りているのだから仕方が無いけど。

 仕方が無いので、各家庭の正月飾りの素材を集めたり作ったり。


 この作業は、元は年初めの正月はゆっくり仕事をせずにいようってのが始まりらしい。正月に忙しくすると、その1年が忙しくなってしまうとか何とか。

 良く分からないが、それでなくとも家畜を飼ってる農家は年中忙しいのだ。正月だからと家畜の世話をサボれる訳も無し、こんな通説に従うのは意味は無い気もする。


 それでも毎年の行事だし、お正月にお餅やお寿司やおせち料理が無いのはとっても寂しい。紗良や姫香も張り切っていて、その出来映えは今から楽しみかも。

 もっとも、年少組は途中から遊びの道具造りにシフトしてしまったけど。これはお餅つきが午後過ぎには終わってしまったせいでもあるのだが。

 植松の爺が、子供たちに良い所を見せようとしたから。


「叔父さん、見てっ……爺ちゃんに、雪ソリと凧を造って貰ったっ! 和香ちゃんと穂積ちゃんの分もあるよっ、今から上げるの楽しみっ!」

「良かったなぁ、香多奈……遊ぶ場所には、充分気を付けるんだぞ」


 今から遊びに飛び出しそうな子供達を、何とかお正月まで待ちなさいと宥めつつ。出来立ての餡餅を一緒に食べながら、ソリ造りで余った端材を指し示す子供たち。

 これで何か出来ないかなと、和香と穂積もすっかり田舎暮らしに染まっているのは良いけれど。護人としても、爺に負けずにちょっと存在感を示したい所。


 そこで、子供達と思わず大物の工作に耽ってみたり。家の中では、女性陣が懸命におせち料理作りを頑張っていると言うのに。

 仕舞いには、端材どころかしっかりした木材も持ち出しての力作を仕上げる事態に。造って貰った年少組は大喜び、それは何と言うか屋台みたいな野外食事施設だった。

 タイヤを付ければ、移動もちゃんと出来る優れモノ。


「凄いっ、叔父さんっ! これで明日から色んなものを売って稼げるよっ、麓まで持って降りれないかなぁ?」

「何を売ろうか、香多奈ちゃん……お餅をぜんざいにして売るとか、焼き芋とか?」

「いやいや、商売までしないように……この周辺を、ルルンバちゃんに引いて回って貰うくらいに留めておくれ」


 出来上がりを眺めて、思わずやり過ぎたとの感想に至る護人である。何しろその屋台モドキ、屋根も付いてるしカウンターも凄く立派だし。

 のぼりを付ければ、子供たちの言う通りにすぐにでも商売が成り立ちそう。もっとも、売るモノにもよるのだろうけれど。戻って来た植松の爺が、その出来映えに呆れた表情。


 それでも上機嫌の子供達を見ると、お客さん用の椅子も造ろうかと悪ノリを始め。結局、男集と言うモノは仕方のない生き物だったりするのかも。

 ――後で植松の婆が、両者を𠮟り付けたのは言うまでもない。




 そしてあっという間に世間は年末を迎え、そして新年へ。テレビ放送も無いこの時代、残念ながらお寺の鐘突き行事も行ってる地域はほぼ皆無となっている。

 だから新年と言っても、取り立てておめでたいと言う雰囲気も漂わず。どこの家庭も、精々が各々で年始の飾り付けをしたり鏡餅をお供えしたりのモノ。


 来栖家も、地元の神社へ初詣くらいはしようかとの話し合いはあったのだけど。前日に大雪が降って、峠の道がちょっと不穏な感じで。

 家のランドクルーザーでも、降りるのに苦労しそう。


 植松の爺婆も、車で上がって来るのは断念したと年末に電話して来た位である。お隣さんにしても、外出は控えてそれぞれ家で過ごすみたい。

 来栖家も、家族でゆっくり過ごすと通達しているので。


「それでも1日くらい、年始のお祝いをみんなでするのも良いのかな、護人叔父さん?」

「そうだなぁ、初詣も出来ないし家にいても退屈なだけだしな。もっとも子供たちは、朝から元気に雪の中を遊び回っているみたいだけど。

 ハスキー軍団がついてるから、まぁ遭難はしないと思いたいよな」

「この雪の量だから、洒落になってませんよね、本当に。子供の背丈だと、埋もれて自力じゃ脱出が無理って事態にもなっちゃうかも。

 私、後で見に行きますね?」


 呑気にリビングで寛ぎながら、護人と紗良と姫香の会話。暖房が程良く効いている室内は、外の白銀の世界の寒さを完全にシャットアウトしていて快適である。

 それでも心配なのは、末妹の香多奈を含めた年少組の動向である。朝から植松の爺と護人に造って貰った玩具を手に、飛ぶように雪の中へと駆け出して行ってしまった。


 取り敢えず、ハスキー軍団も楽し気について行ったから心配は無いと思いたい。しかし紗良の言う通り、護人も後で確認に行こうと心に決めて。

 今は暖かな室内に、思い切り寛いだ表情で和むのだった。



 そんな心配をされているとは露知らずな子供たち、気合いマックスではしゃぎ回っている。何しろこちらは、移動要塞の『秘密の屋台』を手に入れたのだ、つまり無敵である。

 それにおやつの焼き芋やら叔父さんのテントやら、遊び道具やらを詰め込んで。ルルンバちゃんに曳いて貰って、今は雪が降り積もった田んぼの真ん中に拠点を構えて。


 それからソリ遊びをしたり凧揚げをしたりと、たっぷり1時間以上は雪の中を遊びまくって。ソリ遊びではコロ助が大活躍、パワフルに子供たちが乗ったソリを曳きまくって。

 香多奈のスキルで巨大化すれば、3人が乗っても全然平気。むしろ勢いが良過ぎて、何度も振り落とされる子供たち。その度に笑いながら、懲りずに何度も挑戦している。

 爺のソリは大好評で、コロ助ももっと遊ぼうアピール。


 凧揚げも地味だが、それなりには楽しめた。何しろ来栖家の立地的に、ここより上の家屋は存在しない。つまり電線が無いので、空がとっても広い!

 和香と穂積はこの初めての遊びを、香多奈に教わりながら充分に満喫して。


 そのあと少し落ち着いて、今度はかまくら造りに挑戦し始める事にした子供たち。しかも本格仕様と言うか、屋台とテントで囲って中庭を造ってしまおうと画策していて。

 材料の雪なら、周囲に幾らでも積もっている。ここでもコロ助とルルンバちゃんは、お手伝いに大活躍。って言うか、子供達以上に楽しんでいる感も。


 その遊びの輪に、いつの間にやら茶々丸も加わって周囲を駆け回っている。仔ドラゴンの萌は、大きなバケットに入れられて売り物のように屋台の上に。

 そこから子供たちが燥いでいるのを眺めていて、自己主張は一切していない。新参者の産まれたてなのに、この大人しさもどうかなとは思うけど。

 特に不自由も無さそうだし、香多奈も手が掛からない仔だと喜んでいる。


「出来たっ、後は雪で囲いとか飾りとか色々つけようねっ! 香多奈ちゃん、まずはみんなでかまくらの中に入ってみようっ!」

「いいねっ、コロ助とルルンバちゃんのお陰で予定より凄く大きくなっちゃったけど。これって、中で立って移動出来るかもねっ!?」

「すごいなぁ、これを僕たちでつくったんだぁ……」


 感動して、自分の背丈より大きなかまくらを見上げる穂積。香多奈が早速中に入り込み、それにコロ助が続く。和香も負けずに、居住性のチェックを始めている。

 それからキャッキャと、子供たちのテンションは高めを継続しつつ。ルルンバちゃんと茶々丸が、強引に中に入って来そうになったので中での寛ぎを放棄して。


 今度は中庭の居住性を高めようと、叔父さんのテントを張ったり、雪で垣根や入り口を設えたり。やがて真ん中に、キャンプ用の椅子と机が出現して。

 そこで子供たちが寛ぎ始めると、自然とコロ助や茶々丸も集まって来る。ワイワイと騒ぎながら、おやつに持って来た焼き芋をキャンプ用のコンロで温め直して。

 暖を取りながら、お腹を満たす準備など。


 それと同時に、香多奈がこっそりと家から持ち出した魔法のアイテムの鑑定会。いや、性能は鑑定済みで既に分かっているけど、使った事の無い品も多くて。

 例えば『妖狐の尻尾』とか『変化のペンダント』とか、それから『巨人のリング』も面白いと思う。年少組の和香と穂積はスキル書を触らせて貰えないので、代わりにスキル付与された魔法のアイテムを弄ろうって話だ。


 特に穂積とか、いつか凛香チームに入るのだと探索者への憧れも強い。そんな訳で、このスキル付与された魔法の品にも興味は津々なのだけれど。

 《妖術》とか《変化》のスキルは、残念ながら和香と穂積には上手く使用出来ず。《巨大化》に至っては、全員が興味ないようでスルーされる破目に。

 仕舞いには、ルルンバちゃんの《念動》まで使わせて貰うのだけど。


 やっぱり駄目で、ションボリな和香と穂積だったり。香多奈もそんな2人を慰めながら、ちょっかいを掛けて来る茶々丸の角に何気なく『変化のペンダント』を引っ掛けてやる。

 すると驚きの反応が、何と魔法のアイテムをゲットした茶々丸が嬉しそうに首を振ったかと思ったら。ジッと穂積を見て、いきなりドロンと《変化》を敢行する。


 その化けた姿は穂積そのもの、ただし服は一切着ていないけど。それを見て驚いて絶叫する本物の穂積、何しろフリチンの自分が目の前に出現したのだ。

 実際は、茶々丸の角や毛並みなど、差異はちょっとだけ存在するのだけれど。これは凄いと、香多奈と和香は裸で直立する茶々丸(穂積?)をガン見する。

 穂積は慌てて、自分のマフラーで見えてはいけない場所を隠す。





 ――騒ぎの本人の茶々丸は、ひたすら新たな身体に興味津々の模様。







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