第224話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その10
小島博士の我が儘は、別に今に始まった事では無いのだけれど。最近はそれが“常軌を逸した”我が儘に昇格し、付き合うゼミ生達は大変な目に。
例えばどうしても来栖家所有の《異世界語》の宝珠が欲しいから、何とか持ち出せないモノかとか。さすがにそれは、明らかな犯罪行為なのでと諫める美登利なのだが。
それなら美登利が、護人と婚姻関係になれば良いのではとか言い出す始末。それにはさすがにゼミ生全員が呆れてしまって、来栖家にチクって家の出入り禁止を言い渡される寸前まで行く始末。
もっともその処置は、教授だけに限られたモノだったりして。他のゼミ生は、至って真面目に来栖家との関係を良好に育んでいる。
授業や研究、それから夕方の特訓全ての面に於いて。
何しろ来栖家は、この地で生きて行く上で大事なスポンサーでもあるのだ。変に関係を
それは定期的に行われるゼミ生のみの会合でも、しっかりと話し合われている。確かに小島博士について来て良かった、それは紛れもない本音である。
こんな実地で毎日研究に打ち込める場所は、今時足を棒にして探し回っても巡り合える事って無い。それをピンポイントに発見した教授の嗅覚は、まさに称賛に値するけど。
ただし、スポンサーに逃げられる我が儘な態度ってどうよ?
そんな真っ当な意見での小島博士への粛清は、主に親戚関係にもある美登利の役割だったりする。お陰でゼミ生のリーダー的な立場も、同じく担わされて困ってもいるけど。
他にも食事の支度やら家周りの家事やら細々とした事も、彼女に回って来てもう大変! 最近は4人での役割分担も、しっかりと確立出来てその点は凄く助かっているけど。
教授の世話だけは、相変わらず美登利の役割だったり。
「そんな訳で、宝珠の所有の件は諦める……卵も出入り禁止になるのは不味いから、キッパリ諦めるとして。いやしかし、ミケには参った、番犬ならぬ番猫っているんだねぇ?
これだけ私が譲ったんだから、ダンジョンに入ってスライムを捕まえる件は是非実行しよう!」
「な、何言ってるんですか教授……今は来栖家のみんなは遠征中で家にいないんですから。勝手なことしたら駄目ですよ、ダンジョンで怪我しても知りませんよっ?」
そんなの隣のお嬢ちゃんがいるじゃないかと、教授は痴れっとした表情で返して来る。確かに小鳩は、最近『風癒』と言うスキルを覚えはしたのだが。
そのスキルは飽くまで擦り傷や皮膚に出来たちょっとした傷で、深い傷となると塞ぐのが精一杯である。或いはもっと扱いが上手くなれば、効果も高まるのかも知れないが。
って言うか、教授の我が儘も恐らく来栖家がいない時を見計らってのモノなのだろう。大地が一応スライムを何に使うのかと、常識的な質問をして来るけど。
もちろん実験だよと、これまた澄まし顔での教授の返し。ダンジョンとモンスターは切っても切れない仲である、つまりダンジョン考察を深めるにはモンスターの知識も得るべし。
それには、比較的に捕獲し易いスライムが一番なのだ。
「まぁ、実際にそんな研究している研究室もあるらしいですけど……ウチみたいな弱小は、スライムを確保しても安全面に配慮出来ませんからね。
研究費はともかく、スタッフ数が圧倒的に足りませんよ?」
「やる前から諦めてどうする、三杉君? 確かに人手は無いし、費用も全く潤沢では無い……だが見ろ、すぐ側の敷地内にダンジョンがあるこの便利な立地を!
人手だって、お隣の子供達を
「それ以上は口にしないで下さい、教授! 分かりました、子供達に迷惑を掛ける位なら私と大地君でスライム確保に向かいます。
教授はここで、大人しく待ってて下さい」
美登利のその言葉に、今回はワシも同行するよと我が儘三昧な小島博士。それは止めて下さいと、お隣の凛香チームに応援を頼もうとした美登利だったけれども。
生憎と、お隣さんはこの雪の中家族で買い物に出掛けて留守の様子。最近は、隼人の車の運転技術の向上の度合いは、凄まじいモノがあって。
本人もそれを自覚していて、練習にと来栖家の車を借りて雪の中を運転して回っている。魔石が燃料のエンジンなので、幸いにして節約しないで大丈夫なのが有り難い。
それは別として、お隣の留守に途方に暮れるゼミ生チーム。
「この前読んだファンタジー小説に、スライムに糞尿やら残飯の処理を使ってるって記述があってね。もしかして、それが現代でも可能かも知れないと実験したくなったんだ。
そんな訳で、スライムを捕獲しに行こうじゃ無いか!」
「いやそれは、無茶と言うか無理ですよ!」
「ふむっ、坂井戸君……君には知らない内に、《予知》能力でも備わってしまったのかね?」
独特な教授の返しは、つまり結果はやってみるまでは分からないとの意味で。最近は、こんな異世界ジョークが小島博士の中で流行だったりする。
それは良いとして、家長の護人がいない時の蛮行はとても不味いには違いなく。逆に止められないために、今のこの時を選択したとも取れる策士の教授。
仕方無いと、スライムがいると分かっている“鶏兎ダンジョン”への探索準備を始めるゼミ生達。今回は探索経験の無い、三杉と坂井戸も鍬とシャベルを手に同行する事に。
素人が3人も同行など、とても褒められた事では無いのだが。素早く入って素早く出るには、これしか方法が無いとのゼミ生チームの話し合いの結果である。
そんな訳で、一部必死のダンジョン探索が開始されて。
“鶏兎ダンジョン”は、定期的なハスキー軍団の夜間特訓のせいで敵の数は極端に少ない。その代わり、支道の突き当りの部屋はハスキー達もスルーして進む事もあるらしく。
1層にはスライムの影は無かったけれども、2層の小部屋でようやく発見。明らかに安堵の表情を浮かべるゼミ生4人と、喜色満面の小島博士。
それでも相手は、こんなナリでもモンスターである。攻撃されない内に、素早く持参した容器に放り込んで動きを封じてしまわないと。
などと思っていると、背後からカッカッと何かを打ち鳴らす音が。それが段々と近付いて来て、今まで順調に戦闘をこなして来たゼミ生達をビビり上がらせる。
小島博士でさえ、何事だと生徒の背後で縮み上がる始末。
「おっ、落ち着いてみんな……これは、蹄の音? そんなモンスターが出るって報告、今までは無かった筈なんですが。
大地君、通路から部屋に出る前に始末しようっ!」
「わかった……!」
まだ若干硬い感じの大地の性格だが、最初のお試し探索から随分とほぐれて来た感じが。思えば、その時の探索もこの“鶏兎ダンジョン”だったっけと美登利。
このまま順調に、良き相棒に育って欲しいと願いつつ。
現状の緊張したこの小部屋の窮地を、救うべく動き出す2人の戦士の目の前に。出現したのは、何と小柄で愛くるしい白ヤギの子供だった。
赤い首輪に加えて、3色のミサンガ風の紐を首につけている。脱走癖が玉に瑕の、来栖家のペットの茶々丸だとこの時点で全員が気付いて脱力。
何とダンジョン探索までついて来るとは、恐るべし行動範囲。
だが一行が本当に驚いたのは、その次の瞬間の出来事だった。このヤンチャな闖入者が、メェーと可愛く鳴いたかと思ったら、角を振りかざして空間を一薙ぎ。
まだ子供なので、角などほぼ生えて無いと言うのに。その攻撃で、何と絶叫と共に空間から魔石が転がり落ちて来ると言う珍事が。
ってか、そこにシャドウがいたよと騒ぎ出す三杉は時既に遅い感じ。探索者として経験の浅い美登利と大地は、思いっ切り伏兵を見逃していた様子である。
それより今の茶々丸の動きは何事と、坂井戸は恐る恐る仔ヤギを撫でようと手を伸ばす。脱走常習者の茶々丸は、ゼミ生達とも既に顔馴染みの存在なのだ。
茶々丸は撫でられるまま、人慣れした感じでメェーとそれに応じる。
――転がる魔石を拾い、今の事象をどう解釈すべきか悩む美登利だった。
最近は年少組の和香と穂積が、明るくなったねと小鳩の言葉。小鳩は凛香チームではお母さん的な存在で、年少組の世話も一番焼いてくれている。
そんな少女の言葉だからこそ、その言葉には一定の重みがあって。そしてその理由は、高い確率で来栖家の末妹の香多奈と言う少女の恩恵だろう。
恩恵と言うか影響と言うか、ここ1ヶ月でがらりと生活環境が変わったにも関わらず。こんなに元気に順応してくれるなんて、思ってもみなかった年長組である。
逆に隼人や凛香の年長組の方が、日々の雑多な変化に対応出来ずに戸惑っている感じ。覚える事は多くて、例えばこちらの生活とか車の運転とか色々。
それらを毎日行われる、朝の授業や夕方の特訓の合間にこなさなければならず。実は探索には出掛けてないけど、結構忙しいと言う妙なサイクルに。
あと大変なのは、やはり新しく出来た人間関係だろうか。
例えばお隣の大学教授とゼミ生だが、教授を除けば穏やかで付き合いやすい性格をしているけど。言い換えれば勉強オタク、人生の熱意を研究に捧げているような人種である。
何と言うか話がかみ合わない事が多く、長く話していると疲れてしまう。そのトップが小島博士で、周囲の人間全てが自分の生徒と思い込んでる勘違い感が凄まじい。
そんな集団が隣にいるのは、果たして凛香や隼人にとって良い事なのか否か。まぁ、学力の向上の一点にとっては素晴らしい成果が得られるとは思われる。
年少組についても、それは喜ばしい環境には違いなく。
それから来栖家の面々だが、これは隣家チームにとっては一応スポンサーとなっている。この町の自治会に雇われている形の凛香チームだが、その辺は曖昧で。
とにかく生活の面倒を見てくれたり、訓練を施してくれたりと厚遇は受けているのだが。何と言うか個性の強い面々で、頼りにして良いのか不安になるレベル。
特に唯一の大人の、家長の護人と言う男は少々頼りない性格に思えてしまって。隼人が以前、訓練場で試すように喧嘩を吹っ掛けた事があったのだが。
血気盛んな隼人からすれば、本当に頼りに出来るのか試してみようとの軽い思い付きである。しかしその行動に反応したのは、護人本人より周囲の方が熾烈だった。
特にハスキー達の反応は、殺気交じりで命の危機を感じる程。
その後の姫香の忠告と言うか罵声が、可愛く感じたのだから不思議である。護人がハスキー達を止めてなかったら、腕の1本は失っていたかも知れないと隼人は思う。
実際後で調べたら、その程度は軽く出来る戦闘能力をハスキー軍団は備えていた。動画で何度も確認して、彼らの戦闘能力の高さは知っていたのだけれど。
見返す内に、来栖家の絆の強さも隼人は発見に至って。身を挺して主人を守るハスキー達や、前衛同士で庇い合う思い遣りの強さを観るにつけ。
いつしか隼人も、来栖家に対する認識を改める事に。
相変わらず、リーダーの凛香の
つまりは、この田舎暮らしの選択も悪くは無いって事になる。凛香自身も、頼れる大人が近くにいる事で、随分と肩の力を抜けるようになって来たし。
総じて、チーム『ユニコーン』にとっては利益しかない引っ越しだったと思う。今も和香が、友達の香多奈から借りた『巻貝の通信機』で、遠征先の少女とお喋りに興じている。
どうやら最初の“もみのき森林公園ダンジョン”は、何とか無事に探索終了に漕ぎつけたらしい。良かったねぇと喜ぶ和香と、僕も喋りたいと通信を変わって欲しい穂積。
何とも明るくなったモノだ、それを微笑ましく眺める年長者の面々。
――古い借家での夜は、こうして穏やかに更けて行くのだった。
広島市の協会に籍を置いて、活動しているチーム『反逆同盟』だけど。その中で唯一の女性と言えば、“巫女姫”の二つ名を持つ八神真穂子その人である。
チームでは回復や支援を担っていて、その他にも『予知』系のスキルを所有しているので有名で。ついこの間も、“もみのき森林公園ダンジョン”の出現も言い当てた。
その後処理をチームで担ったのは、まぁご愛敬と言う事で。実はあの遠征は、協会本部からの依頼でチーム『日馬割』のB級認定テストも兼ねていたのだった。
ランクの昇給は、魔石やポーションの販売実績に応じるのは良く知られているけれど。それだと不正も横行して、とにかくランクを上げてその恩恵に与ろうとする輩も出現する。
結果、実力不足の上位ランカーが出現するのは、互いにとって宜しくは無く。
そんな訳で、苦肉の策で出来上がったそのシステムではあるのだが。依頼を受ける方も、将来有望なチームと渡りをつける機会を貰えると思ったら悪くは無い訳で。
特にチーム『反逆同盟』は、ギルドも設立しておらず横の関係はやや弱かったりする。広島市内に限っては、信頼出来るチームやギルドは多いとは言え。
地区を跨いで活動するには、横の繋がりは意外と大事で。
そんな思いで引き受けた、今回の遠征レイドは何とか無事に終了を迎え。懸念だったチーム『日馬割』との繋がりも、何とか今後も継続して持てそう。
それが一番の今回の報酬かもと、真穂子は考えながら自室でレポート作成業務に励む。遠征後はその報告レポートに時間を取られて、割と大変だったけど。
その疲れのせいか、真穂子は我知らず自室でついぼーっと時間を過ごしてしまっていた。何しろ怒涛の遠征レイドからこっち、チームの雑務処理は彼女がほぼ1人で担っていたのだ。
それがチーム『反逆同盟』の普通の日常なので、真穂子は特に何とも思わないが。知らずにスキルが発動するとは、まさか思ってもいない事態だった。
確かに疲れている時に暴走し易い、『予知』スキルの特性は良く知ってるけど。
それは精神が肉体を離れて、遠くのビジョンを覗きに行く感覚に似ていた。視点は思う侭に移動して、自由この上ないのだがその自由さが少し怖い感じ。
慣れていない人間は、特にそう思うだろう。真穂子はこの感覚に陥るのが、既に三桁に達していて全然平気だけど。ただし、そこで視た景色には思わず度肝を抜かれてしまった。
恐らく近しい未来で、オーバーフロー騒動など比では無い厄災が。
――それは海と空とに、同時に大穴が開くイメージだった。
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