第206話 真冬の弾丸ツアーが開催される件



 頼まれたら嫌だと断れないのが、護人の弱みには間違いはなく。そしてそれを後押しする、子供たちの遊びに行きたいと言うノリはもう何と言うか。

 家畜の世話もお隣さんがやってくれると言う、後押しも最近は割と完璧で。そんな訳で強豪チームの合同レイドが、こんな真冬の年の瀬に開催されたのだった。


 参加チームは、広島市からA級甲斐谷チーム『反逆同盟』と、ギルド『ヘリオン』から結城翔馬チーム。地元吉和のギルド『羅漢』から、ギルマスの森末チームと雨宮チーム。

 それからどう言う伝手を使ったのか、岩国からヘンリー所属のチーム『ヘブンズドア』が参加を打診して来た。雪で移動が大変な時に、本当に有り難い。

 少なくとも地元の森末ギルマスは、挨拶でそう述べていて。


 実際、来栖家チームも山道を縫っての移動は大変だった。そこは予算が付いたのか、主要道路の雪掻きはきっちりと行われていたけど。

 山道のドライブは、一歩間違うと山を削って出来た崖に激突するか、川を望む崖下にダイブするかの二択になってしまう。それを比較的暖かい海側の街から登って来るのは、それはもう大変で。


 冬の山道に慣れている護人でさえ、四駆でも何でもないキャンピングカーでの雪道の遠征は遠慮したい。家の自家用車のランドクルーザーは四駆なので、本当はそちらで移動したかったのだが。

 子供たちは移動中も寛げる、キャンピングカーの方が断然良いらしく。何しろ大型犬のハスキーが3匹も随伴するのだ、そこは譲れないと我が儘放題。

 そんな訳で、冬の山道を2時間かけての移動ミッション。


「いや、魔石エンジンに変えて良かったなぁ……装甲も増やしたし、これで何とか冬道にも対応出来そうだ」

「凄いよね、魔石エンジン……パワーが違うし静かだし、さすが地元の眞知田マチダの技術だよね、護人叔父さんっ!」


 そんな賑やかな道中、幸い護人は地元でも有名な『もみのき森林公園』への道順は何度か通った事があって。何とか無事に、現地へと到着する事が出来た。

 そこには既に、他のチームは全員集合を果たしていて。ダムダンジョンでも見た軍隊用のテントが、公園の入り口に張られているのを姫香が発見。


 そこで始まる挨拶合戦、前回の大規模レイドと違ってほのぼのとした雰囲気である。実力チームも揃ってるし、事前に顔見知りだと言うのも大きいかも。

 来栖家チームに子供が混じっていても、逆に気遣うように席に案内してくれる始末。最初のミーティングにも、どうやら子供参加で大丈夫な感じらしい。

 他のチームも全員参加で、テント内はかなり手狭だけど。


 しかもハスキー達も、遠慮なく家族の側に陣取っての護衛任務。知らない猛者の多いこの場所は、危険だとリーダー犬のレイジーが判断したせいかも知れない。

 それでも主人の護人が、のんびりと会話をする姿を見るに至って。ハスキー軍団の緊張も、徐々にほぐれて行っている様子。それを感じて、実はホスト側の雨宮あたりは明らかにホッとしていたり。


 何しろ野生の圧力は、裸でモンスターと同じ檻に放り込まれるがごとしで。下手な動きをしたらタダじゃおかねぇぞ的なオーラが、主にレイジーからダダ洩れだったのだ。

 そしてそれは、紗良に抱っこされているミケも同じ事。ウチの子達に無礼を働いたら、切り刻むぞ的な視線を時折周囲に飛ばしていて。

 実はそのピリピリした雰囲気、護人も感じ取っていて。


 何しろまずはA級ランカーの甲斐谷だ、彼のオーラが滅茶苦茶強いと言うか。存在感だけで一般探索者の3人分、いやそれ以上かも。視覚的にも、倍の体格じゃないかと錯覚する程。

 青空市で会った時にはそれ程には感じなかったのだが、探索を前にすると別人だ。彼も威圧を振り撒いている訳では無いのだろうが、すぐ目の前に推定A級ダンジョンがある現状で。

 早々に戦闘モードに入るのは、ある意味仕方の無い事か。


 そしてヘンリーの岩国チームの、ギルと紹介された黒人の若い探索者。この人物も結構な力を備えているようで、何より甲斐谷を相当に意識している様子。

 余計なオーラを発しているお陰で、場の中央で火花が散っている気がする。感覚の鋭いペット達が、ここで一戦始まるのかと勘違いしても仕方がないのかも?



「ええっと、まずは実力のあるチームにお集まりいただいて、本当に感謝しています。本来ならちゃんとした施設にお招きすべきなんですが、オーバーフロー騒動も収まっていない状況が続いてまして。

 こんな場所で一夜を明かして頂くのは恐縮なんですが、事態はかなり切迫しております。ゲートから出て来たモンスターは、中型の蜘蛛やオーク兵士の団体まで混じってまして。

 これらによる、住民の被害も既に発生している次第でして」

「この状況に不満は無いよ、突入は予定通りに明日の朝って事で?」

「はい、ここにいる6チームで予定通りに。ウチのギルド『羅漢』の半数は、地上の待機と警護で手一杯の状況でして。甲斐谷さんの『反逆同盟』には、出来ればダンジョンボス撃破まで担って頂けたらと。

 新造ダンジョンですから、階層は深くて5~7層だと推測しています」


 手元に配られた指令書には、今回の大規模作戦の概要が割と細かく書かれてあったけど。それでも各チーム員の、所持スキルまでは触れられていない始末。

 やはり探査者は、同業から狙われる事態にも敏感のようである。全ての情報を公開したら、狙われた場合丸裸に等しくなってしまうので。


 個人情報は、なるべく秘匿する傾向にあるようだ。護人も同じく、何しろ狙われた経験も豊富にあるし。子供達を守ろうと思ったら、ペット達の情報すら隠したくなってしまう。

 それでもその後の細かい打ち合わせで、隣に座るヘンリーから彼らのチームの事情は少々聞き出す事に成功した。リーダーは日本人の、鈴木という30代の人物らしい。

 ヘンリーとは義理の兄、それが縁でのチーム結成との事。


 チーム名は『ヘブンズドア』で、日本人が3人で元米軍が3人の混成部隊だそうで。探索歴はやっぱり長くて、4年以上のベテランだとの事。

 自衛隊出身で活躍著しい甲斐谷チームには、やはり日頃から刺激を受けている様子。今回のレイド参加には、そう言う面も少なからずあるようなのだけど。

 面倒は起こして欲しくないなと、正直な護人の胸中である。


 向こうでは、甲斐谷とギルド『羅漢』のギルマス森末が話し合っているけど。傍目で見ても、森末ですらランク的に2つくらいは劣る感じが見て取れる。

 これはひょっとして、護人の《心眼》スキルの効果なのかも。


「護人叔父さん、ミケもレイジーも威圧感ハンパ無くて大変だよっ! 他チームのみんなが探索を前にして緊張してるから、それが移ってるんだと思う。

 粗相しない内に、キャンピングカーに戻ろうよ」

「それがいいよ、叔父さん……特にミケが髭ピンピンだよっ、いつ雷落としても不思議じゃ無い位なんだからっ!

 あとここ寒いっ、おうちに戻って温もりたいっ!」


 軍用テントに暖房器具はあったが、換気も考慮されてそれ程に機能はしていなかった。ぎゅうぎゅうの状態だったので、護人はそれ程に寒さを感じなかったのだが。

 隅っこの香多奈は寒かったようで、コロ助を暖房代わりに抱きついている始末。それは悪かったねと謝って、護人は失礼の無い様に拠点に戻る事を森末に告げる。


 それを聞いて、子供たちは早々にテントの外へと大移動。とにかくハスキー達を自由にと、ついでに散歩をさせて来るねと面倒見の良い姫香の言葉に。

 ミケが寛げるように、私はキャンピングカーの暖房を入れといてあげると末妹の返し。どっちも一応は、ペット想いの言葉には違いなく。

 そんな来栖家チームに、他のチームも案外と暖かい言葉で送り出してくれ。


 前回とまるで違う雰囲気のレイド参加に、護人も取り敢えずはひと安心。外ではギルド『羅漢』のサポートスタッフが詰めていて、テントを貸しましょうかと尋ねて来るけど。

 自前のがあるのでと断って、念の為にと今夜のキャンプ位置の相談など。基本は敷地内ならどこでも良いが、ダンジョンゲート付近は安全は保障されないとの事。

 魔素の数値も思いっ切り高いので、護人としてもお断りだ。


 それから一応の参考程度にと、ギルド『羅漢』が突入した1層のデータ動画をメモリで渡された。それに礼を言って受け取る紗良、さすが来栖家の情報担当である。

 そして結構な積雪の中、本当にハスキー達と遊びだす姫香と。ミケを抱っこして、キャンピングカーに引っ込んで行く香多奈と言う構図。


 ここも積雪はそれなりにあるけど、ハスキー達はそれを物ともせずはしゃぎ回っている。しばらくそれを眺めていた護人と紗良だけど、紗良は寒さに負けて車内へと戻って行き。

 結局は、護人だけが野外でハスキー達と姫香が遊ぶ姿を監視する事に。そしてぼんやり眺めながら思うのは、姫香と香多奈の昔の思い出や、明日からの探索業についてなど様々な思惑。

 そしてこの春からの、思わぬ探索者デビューからの一連の流れ。


 全く予期していなかった、裏庭に突如出現したダンジョンへの対策から探索チームを家族で組む事になって。いつの間にやら、この年末にはA級チームと肩を並べて探索するまでに上り詰めるとは。

 実力的には釣り合ってなどいないと護人は思っているが、何と言うかあっという間感は物凄い。割に合っているかと尋ねられたら、その点はかなり微妙ではあるモノの。


 地元の日馬桜町の探索者不足とか、地域貢献に関して言えば仕方のない部分も多く存在するのは確か。その部分と、子供達とハスキー軍団が楽しんでいる点においては、合致しているのかも知れない。

 多少は歪な、需要と供給になってしまってはいるけど。


 それでも儲けに関しては、周囲が言うように豪運に恵まれているとは護人も思う。探索者登録の恩恵で、免税も大きく関与はしているけれども。

 スキル書やオーブ珠や魔法のアイテムの売り上げで、探索に赴く度に大きく黒字を計上して。つい最近では国産の高級車が買えるほどの取り引きもしたばかりである。

 ただまぁ、それに比例して面倒も増えた気もする護人である。


「護人叔父さんっ、もう少し奥までハスキー達と探索して来るねっ! 寒いから車の中で待ってていいよ、風邪ひくといけないからっ!」

「分ったよ姫香、あまり遠くに行かないようにな」


 面倒の1つは、やたらと強いチームに顔を覚えられた事だろうか。お陰でこんな冬場の雪の中、A級ダンジョンなんて物騒な場所に赴く破目に。

 ハスキー達は降り積もった雪を物ともせず、木立の奥へと楽しそうに突進して行っている。後を追う姫香は大変そう、それでも楽しそうに笑いながら追い駆けっこに興じている。


 車の中では、紗良が夕食の支度に取り掛かっていた。香多奈も殊勲にも、そのお手伝いを頑張っている。子供達を見ていると、探索ついででも色んな経験は大事だなとか思うけど。

 探索本番に関しては、たった1つしか無い命を懸けての苦行に他ならず。やっぱりなんだかなぁと、苦々しく思ってしまう護人である。

 恐らくこの悩みは、探索に関わる限り消えてなくならないのだろう。


「今夜は鶏肉のカレーだって、叔父さんっ! ところで姫香お姉ちゃんは、まだハスキー達の散歩をしてるのっ?

 この大雪の積もる中で、凄い根性だねぇ」

「まぁね、ハスキー達もストレス溜まってたみたいだし……しかし山の中のウチの周辺も寒いと思ってたけど、この森林公園も寒いなぁ。

 後でギルド『羅漢』の人が、焚き木を配布するって言ってくれてたけど」


 それなら今夜はキャンプファイヤーが出来るねと、楽しそうな香多奈の一言。ミケに関しては、もう今夜は外に出ないぞとその瞳が訴えているけど。

 今もお気に入りのソファの上で、子供たちのブランケットを占領して見事に丸くなって省エネモード。その下を、ルルンバちゃんが暇そうにお掃除をして回っている。

 狭いキャンピングカーの中で、お掃除範囲もそんなに無いってのに。



 それからしばらく、来栖家の面々は思い思いの時間を過ごして。せっかくだからと、配布して貰った焚き木での火起こしから、野外でのキャンプを敢行する事に。

 冬のキャンプもおつなモノで、嫌な虫も寄って来ないし深々とした野外の雰囲気が味わえる。ようやく落ち着きを取り戻したハスキー達と、野外のベース基地で一息つきながら。


 夕食を家族で楽しんで、今はコーヒーを飲んだりひっそりとお喋りを楽しむ一行である。紗良はスマホ動画での、情報収集に余念がない様子だけど。

 それを左右から覗き込む姫香と香多奈は、どちらかと言えば純粋に動画を楽しんでいる感じ。パチパチと薪の燃える音が、夕闇を迎えた木立へと吸い込まれて行く。

 雪の中のキャンプを楽しみながら、各々でリラックスした時間を過ごし。





 ――明日の本番に向け、ゆっくりと英気を養うのだった。









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