第205話 冬の遠征準備に追われる件



 冬の遠征参加が決まって、来栖家も少々慌しくなって来た。そんな中で朗報としては、改造に出していたキャンピングカーが無事に戻って来た事だろうか。

 それにはオーナーの護人も大喜び、姫香に手伝って貰って自家用車で取りに赴いて。そして今回施した装甲とエンジンのパワーアップに、物凄く満足そうな表情に。


 これでまかりなりにも、この車で探索に出掛けても安心出来るようになった。今回参加の吉和は、まぁ距離的に近いと言えばそうなのだけれど。

 それでも遠征には違いなく、この新しい装いのキャンピングカーは、頼りになる相棒に格上げだ。それを嬉しそうに眺める護人を見て、姫香も何故か上機嫌に。

 探索で儲かって良かったねと、まるで自分の手柄のよう。


 まぁ、その部分も大きいかもなと護人も半分は譲歩する。ギルド云々の話し合いはまだ決着していないけど、手広くやって周囲に笑顔が増えるのは良い事だ。

 ついでにと、護人は早川モータースに中古の四駆を注文する。お隣の2家族用に、クリスマスプレゼントのサプライズ予定の品である。


 今は両者の買い出しは、来栖家の買い物に便乗しているのだけれど。それも大変だし、田舎暮らしに自家用車は無くては困る。最近は探索での儲けも半端では無いし、こんな融通も苦では無くなっている。

 何しろ今回の遠征でも、家の留守をお隣さんに頼む事になるのは決定事項だ。家畜や温室のお世話は、アレで何日も続けると結構大変でもある。

 そんな訳で、こんな形でのサプライズを考えている護人だったり。


「これで遠征準備はオッケーかな、護人叔父さん? 後はお隣さんに家畜の世話を頼めば、安心して出掛けられるねっ!」

「う~ん、子供たちの冬服は足りてたかな、姫香? 一緒に買いに出掛ければ良かったな、紗良たちは何してるんだっけ?」

「妖精ちゃんと、溜まった強化の巻物を使い切ってるよ。甲斐谷さんにも貰ったし、前のドロップで使って無かったのもあるし。

 やっぱり護人叔父さんが、宝珠を使った方がいいと思うよ、私的には」


 甲斐谷チームが融通した《耐性上昇》だが、家族の誰が使うかで数日揉めていて。安全の為に子供たちの誰かにと願う護人と、チームの盾役のリーダーに使って欲しい子供達と。

 そんな訳で、ずっと使用者不定のままの宝珠問題だったり。しかしこれも、子供たちの勢力の強さをかんがみるに、結局は護人が押されて決着がつきそうだ。


 そんな気配を感じて、唸り声で姫香の言葉に応える護人である。そう言えば、ようやくこの前四葉ワークスから、“キャンピングカーダンジョン”で入手した『鉄鉱プレート』3枚の鑑定結果が届いたのだが。

 どうやら『重オーグ鉄』と言う異界の鉄だったらしく、合計で3百万以上の買値を言い渡されてしまった。特性は鉄と同じく錆びやすくはあるが、鉄より硬質で比較的に加工は容易との事で。

 レア合金として、重宝して買い手も多いのだとの事。


 あんなクソ重い合金、手元に持っていても仕方が無いので。潔く売り払ってしまって、この件は子供たちには内緒にしておく事に決定の運びに。

 とりわけ姫香とか、何で3枚しか持ち帰らなかったのと悔やみまくるに違いなく。精神衛生的に宜しくないので、聞かれたらそこそこの値段で売れた事にしておいて。


 他の情報は、キッパリと闇に葬り去る事にした護人だったり。そんな事情はともかく、護人は新たに生まれ変わったキャンピングカーに乗ってエンジン始動。

 束の間、魔石エンジンの軽やかで力強い律動を楽しみつつ。姫香の運転する愛車の後について、家方面への田舎道を軽快に進んで行く。

 さすがにこの辺りは、雪は積もっていなくて大いに助かる。


 そして無事に新生キャンピングカーは、植松の爺婆の敷地へと到着した。冬の間は、峠道の上り下りが積雪で心配なので、ここに置かせて貰う予定。

 それから学校終わりの香多奈を拾って、植松の爺婆とちょっと話し込んで。姫香の運転していたランドクルーザーの運転を交代して、山頂の来栖邸へと車を走らせる。


 行きと違って車内は超賑やか、ハスキー軍団も3匹揃うと結構真ん中の席はギチギチ。それに文句を言うでなく、楽しそうなのは香多奈の通常運転ではあるけども。

 学校であった事を元気に話しつつ、3匹の犬達とコミュニケーションをとる末妹はとっても嬉しそう。車を走らせる護人は、昨日から降り続いた積雪で運転は大変そう。

 毎年の恒例ながらも、山間田舎の冬は大変だ。




 家に戻って行ったのは、まずは降り積もった雪の除雪作業。今から使う厩舎裏の訓練場は、ちゃんと除雪をしないと使えないのでまずはそこから。

 ここでも大活躍を見せるのは、やっぱりルルンバちゃんだった。率先してアームを振るい、下部に取り付けて貰った排土板で積もった雪を掻き分けて行く。


 集まった凛香チームの子供達も、手伝ったりコクピットに乗っかったりと楽しそう。屋根の上はレイジーがしてくれたりと、姫香は大助かりではあるのだが。

 何と言うか、山の上の一軒家が異次元染みて来ているのには少し違和感が。


「レイジー、やり過ぎて屋根を痛めたらダメだからね。炎の威力はちゃんと調整してね、それから雪を落とす場所に人や物が無いかのチェックも。

 雪下ろしは甘く見たら、人死にが出るんだからね!」

「姫香お姉ちゃんも、1回屋根から落ちて酷い目に遭った事あるもんね……」

「へえっ、そうなんだ……怪我とかしなかった、大丈夫?」


 大昔の心配を今されてもと、戸惑う姫香はともかくとして。訓練場の整備は、概ね整った感じで年少組が走り回っていたり。凛香と隼人も、早速木剣での打ち合いを始めている。

 年少組も、香多奈が持って来た手裏剣を手に、特訓と言うより遊びに近い投擲練習。この手裏剣は“日本庭園ダンジョン”で入手した、ヤモリ獣人のドロップ品だ。


 ちなみに他の酒樽やら味噌樽に関しても、来栖家で使う分とお隣さんに分ける分で分配は済ませている。醤油なんかは、物凄く美登利や小鳩に喜ばれる始末。

 まぁ、毎日お料理で消費するモノは喜ばれて当然ではある。その以前の“パチンコダンジョン”で回収した、お菓子やら高級缶詰セットもとっくの昔に消費済みで。

 稼ぐ分から消費する、正しいサイクルなのかどうかは不明だけれど。


 まぁ、育ち盛りの子供がいる家庭では、至極当然のカロリー摂取量なのだろう。その分は夕方の特訓でしっかり消費しているし、健全には違いなく。

 この日も雪掻きに少々時間を取られたが、全員が満足の行く訓練をする事が出来た。最近の魔人ちゃんだが、小型サイズでの召喚には文句を言いつつも。


 自分の弟子が増えた事には、いたく満足しているみたいで。特訓にもここ最近は、凄く熱が入って良い感じ。お陰で、チーム(ギルド?)の戦力の底上げも上々だ。

 護人に関して言えば、こうなってしまった以上はお隣さんの面倒を見る事にある程度の覚悟は定まった感はある。つまりは、ある程度は探索で稼いで貯えを作って貰って。

 その後は、田舎に順応して何かの分野で貢献して貰えればと。


 土地はある程度余っているのだから、田んぼや畑をやるのも良いし。新しく家を建てる場所もあるので、新婚さんが出来てもある程度は対応は出来る。

 護人も峰岸自治会長の、この田舎町に新しい夫婦と赤ん坊を望む気持ちは良く分かる。自分の生まれ育った町が、廃れて行く姿を見るのは誰だって嫌なのだ。


 護人も貢献したい気持ちはあるが、まずは姫香と香多奈の姉妹である。今年に入って紗良まで預かる事となって、この3姉妹が片付かない事には自分の番は無いだろう。

 何しろ年頃の娘の父親役なのだ、自分の勝手で母親が新しく出来ましたってのは筋が通らない。と言うか、今まで何とか築いて来た程良い関係が壊れるのが怖過ぎる。

 護人の家族への気遣いは、繊細で本物なのだ。



 そんな遠征レイド前の特訓だが、出発の前日の日までしっかりと行われて。もっとも香多奈や年少組は、手裏剣で遊んだり雪だるまの製作に追われていたけれど。

 ちなみに前の探索で入手した『妖狐の尻尾』や『変化のペンダント』も、子供達が遊びで使っていたのだが。誰にも全く反応せず、残念な結果に。

 護人も真面目に参加して、課題だった『硬化』と『掘削』の基本スキルを念入りに特訓する事に。ドッペルゲンガー戦で、基本の大事さを嫌と言う程に知ったためだ。


 姫香も良く分からない《舞姫》や《豪風》はともかく、『圧縮』や『旋回』のスキルを磨く事に専念していて。特殊スキルは嵌まれば強いが、如何いかんせん発動するかどうかがあやふやな点が処置に困る。

 その為の特訓もしているが、一向に発動の回数は増えずで苛立ちばかりが募る破目に。護人の《奥の手》は、どうやら特殊な例の模様である。

 何しろこれは、護人が最初に覚えた相性バッチリの特殊スキルなのだ。


「やっぱり相性チェックで覚えたスキルの中でも、身体に馴染んてるとか何かの理由で相性の順位付けみたいなのあるよねぇ?

 馴染むの時間掛かる奴も、出て来ても仕方ないっか」

「そうかもなぁ、俺も『掘削』が未だにスムーズに乗らない時あるからな。そう言う意味じゃあ《奥の手》の方が楽に操れる感じはあるし、やっぱり馴染んだ時間は関係あるかもな」

「それじゃあ私が《精霊召喚》を上手く使えないのも、仕方が無いって事だよね?」


 アンタのはただのサボりでしょと、遊び回ってるのを見事にいじられる末妹だけど。こたえた風もなく、ちゃんとお風呂場で練習してるもんと返している。

 そんなやり取りはともかく、遠征レイドの出発前までに宝珠《耐性上昇》は結局は護人が使用する事に決定して。何しろ前衛のかなめだからと、子供たちの意見に押された形で収まった感じ。


 魔玉と矢弾の差し入れのお陰で、そっち系の消耗品の補充もバッチリだ。逆に言えば、ここまで完璧な形で探索に出掛けるのも珍しいかも。

 紗良も果汁ポーションを作り置きして、そう言う点でも探索準備は完璧に近い。新造ダンジョンの“もみのき森林公園ダンジョン”の映像こそ無いが、老舗の“三段峡ダンジョン”の事前映像チェックも怠りなく視聴済み。

 諸々の噂で、もみのきはA級で三段峡はB級認定のダンジョンなのだそう。


 チーム『日馬割』的には、今までそんな高ランクのダンジョンに潜った事は無かった。あの凶悪な“弥栄ダムダンジョン”ですら、あれでC級だったのだ。

 あれは広域ダンジョンと、味方の筈のチーム内にも襲撃者がいたって点で、難易度が跳ね上がっていたとも言える。その点今回は、純粋な敵の強さでの高ランク認定なのだ。


 前準備はこれだけ念入りにやっても、やり過ぎでは無いと護人は思っている。訓練場での特訓も同様で、チームの戦力アップは何より重要なポイントかも。

 それに並行して、つい昨日の午後に家族分の冬服を購入しに出掛けたのだった。特に紗良の分は、冬の雪山へ遠征するには貧弱過ぎるので大量に。

 香多奈もモコモコの冬服を買って貰って、超ご機嫌だった。



 協会からも甲斐谷のチームからも、あれから頻繁に連絡は入って来ていて。総合すると、金曜の夕方過ぎにもみのき森林公園前に集合すれば良いらしい。

 そこでオーバーフローに備えつつ1泊して、次の土曜日の午前中に新造ダンジョンへと突入。出来ればここは、ダンジョンコアを破壊するつもりで潜るそうだ。

 もっともその任務は、A級の甲斐谷チームが担うそうだが。


 来栖家チームは万一の保険と言うか、間引きをメインに探索してくれれば良いと言われている。つまり甲斐谷チームが、コアを壊せなかった時に備えての動きらしい。

 それから“三段峡ダンジョン”は、日曜の休みを挟んで月曜に突入予定との事。なかなかにハードな日程だが、香多奈もまだ冬休み前だし長々と休めないので丁度良い。


 探索終わりの土曜と日曜の宿泊先は、向こうの自治体が用意してくれるそうだ。間の主要道路に除雪機を出したりと、さすがに向こうの自治体も協力的だとの説明を受け。

 それゃそうだろうなぁと、他人事のように納得する護人である。





 ――何にしろ、望まぬメインイベントまであと1日と少し。









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