第204話 困惑しながら年末の予定を立てる件
昨日の初となる3チーム合同探索だったが、どのチームも怪我も無く間引きをこなせて何よりだった。何となくギルドの長にされてしまった、護人もこの報告にはホッと一息。
両チームとも、7層までの攻略を3時間程度でこなせたそうで。実入りもまずまずと嬉しそう、これには毎日一緒に訓練した甲斐があったと姫香も大喜び。
報告を聞きながらの打ち上げも、大人数だけあって賑やかである。会場にと解放した来栖家のリビングも、すっかり見慣れた風景に。
あちこちで乾杯からのバカ騒ぎ、もっとも酒を飲むメンツは限られているけど。小島博士にも親戚の美登利の監視が付いて、破目も外せない境遇に押しやられている。
その点に関しては、場所を提供した来栖家的にも一安心かも。
「うん、本当に拠点をこっちに移して良かったよな。ダンジョンの数が多いのも、逆に言えば探索場所を選び放題って事だしな。
ライバルと同じダンジョンに入って、獲物を取り合って彷徨う事も無いからな」
「そうだね、隼人兄ちゃん……広島市は広域ダンジョンが多かったから、歩いて移動するだけでも大変だったもんね。
あと、来栖家から借りた武器や道具が便利過ぎるよね!」
その点は大いに同意する、リーダーの凛香だったり。何しろ“魔法のランプ”だけでも破格なのに、その他の優秀な武器や魔法のアイテムを無償で貸し与えてくれて。
中でも味方を強化する『打ち出の小槌』やら、敵を混乱させる『混迷の杖』やらは超便利。お陰で敵を倒す時間が短縮出来て、必然的に味方の損傷も少なくて済む好循環に。
それから過保護かって程に貸し出された、硬化ポーションや中級エリクサーや上級ポーション等の薬品類もあった。いや、恐らくリーダーの護人と言う人物は、確実に過保護なのだろう。
それは100%の確率で、言い切れる凛香である。
そしてゼミ生と林田兄妹との混成チームにも、同じ位の厚遇な武具と薬品の融通はあったそうな。美登利からも事情を聞いて、100%の確率は200%に上昇。
朗らかに武具の貸与を知らせて来る美登利だが、そんな厚遇は普通のギルドではまず有り得ない。探索者は実力主義なのだ、他人にかまけ過ぎると自分が命を落とす。
ある意味そんな競争意識の中で過ごして来た凛香だが、この片田舎のギルドは全くそうではない様子。嬉しくはあるのだが、気を抜かないようにするのが大変かも。
そんな複雑な思いの中、祝勝会を過ごす凛香であった。
その後の協会への報告は、待ち時間が掛からないようにとチーム別々にする事に。何しろ日馬桜町の協会の職員は、たった3人で業務を回しているのだ。
そんな訳で、来栖家の車を借りてまずはゼミ生チームと隣家チームが、午前中に報告に赴いて。日曜日の午後に、来栖家チームは愛車のランドクルーザーで麓の協会へ。
そこで待ってましたと、仁志支部長と能見さんの歓待を受ける子供たち。すっかり仲良しなのは良いけど、ある程度の報告は他チームから届いていた様子で。
まずは無事な10層クリア、おめでとうございますの挨拶が。
「いやいや、なかなかに手強かったですけどね……妙な仕掛けも多かったですし、強敵の不意打ちなんかもありましたから。
ダンジョンのランクって、全く当てにはなりませんね」
「魔素の濃度の関係もありますからね、そこは一概には言えませんけど。取り敢えずは無事に戻ってくれて何よりです、あの場所は随分と探索間隔が空いていたみたいなので」
「それでは、換金の魔石とポーションをお預かりしますね。うわっ、今回は中位サイズの魔結晶も売って頂けるんですか……これだけで、軽く百万円を超えますね」
恐ろしい言葉を呟きながら、能見さんは換金のためにと奥へ引っ込んで行く。確かに今回は魔結晶(中)の出が多かったし、強化の巻物用に使用する以外は売り払う事にしたのだが。
ちょっと逸ったかも知れないと、護人は束の間の後悔。子供たちは気にせずに、動画チェックへと移行しているけど。そして自分たちの活躍を、画面の中で再チェックしている。
それは全然構わないけど、改めて動画を観ると本当に美しい庭園である。そして土足で家屋に押し入る来栖家チームが、何とも盗賊染みて見えて酷い。
そこは換金して素早く戻って来た能見さんも、激しく同意。ただし色んな待ち伏せの仕掛けには、一々肝を冷やして叫んでくれるので面白いかも。
結果を知っている筈の子供達も、一緒になって叫び声をあげてるし。
「うわっ、待ち伏せの多い家屋の仕掛けは厄介ですね……ベテランチームでも、もっと被害が出ても不思議じゃないですよ」
「いえい買い
そんな実力も無いのに、本当に困ってるんですよ」
「でも確かに冬場だからって、ダンジョンの活動は治まってはくれないもんねぇ。だから地域貢献に今回の依頼受けたけど、もっと上の要求されちゃうとはねぇ。
護人叔父さんも、もうすっかり有名人だよ!」
いかにも嬉しそうにそう言う姫香だけど、実は彼女も今回の換金でB級へとうっかり昇格していたり。そして“もみのき”のオーバーフロー騒動は、協会からも是非にもお願いしたい案件でもある。
ちなみに今回の換金は、2百万にちょっと足りない程度となかなかの稼ぎ。午前中に報告に来た2チームに、大きく水を開ける物凄い稼ぎ頭ではある。
姫香がなおも、A級ってどんな存在なのか想像が付かないねと口にする。要するに、一緒に探索に同行して、甲斐谷の戦い振りを見てみたいとの催促らしい。
とことん渋る護人だが、どうやらこのまま子供達に押し切られそうな勢い。温泉宿に泊めてくれるって言ってたよと、どこから聞いたのか末妹も超乗り気だったり。
紗良もそれは楽しそうと、冬の宿泊に呑気な追従振り。
多少は保護者の護人に同情する仁志だが、近場の吉和の騒動はなるべく早く収まってくれるに限る。そんな話をしてる間にも、画面はどんどん進んで今は蔵の中を映している。
その場面に、思い出したように紗良が今回のお土産を取り出して。能見さんへと、タッパーとボトル瓶に小分けにしたお味噌と醬油をプレゼント。
自炊している能見さんは大喜び、ダンジョン産ですとの注釈にも構わない様子で。そんな感じでの動画チェックも終わり、動画依頼もいつも通りに受けて貰えて。
後は妖精ちゃんが魔法アイテムだと断じた品を、鑑定の書で性能チェックなど。今回は魔法アイテムは少な目だったけど、最後に金箱も出たし良品は多いかも。
【将軍の兜】装備効果:勇猛効果・中
【魔除けのかんざし】使用効果:耐性up・小
【安寧のキセル】使用効果:安寧効果・小
【靈氣の薙刀】装備効果:冷刃攻撃・中
【強化の巻物】使用効果:防具強化(青の魔石使用)
【上忍の忍者服】装備効果:隠密&敏捷up&投擲up・大
【アルドの苗】育成効果:アルドの実収穫・中
【妖狐の尻尾】装備効果:装備者に《妖術》付与
【変化のペンダント】装備効果:装備者に《変化》付与
【知識の宝珠】使用効果:使用者はスキル《異世界語》を習得
宝珠は何と、《異世界語》を覚える事が可能になるらしい。妖精ちゃんと会話が可能な香多奈には不要だが、積極的に欲しがる者は来栖家には特におらず。
紗良が取得すれば便利かなって程度、それより小島博士が物凄く欲しがる気がして仕方がない。取り敢えずは、欲しい者が現れるまでは放置する事に。
他にも虹色の果実が2個ほど回収出来たので、誰が食べるか簡単に話し合う。興味を示さないミケとルルンバちゃんは除外して、前回食べた護人もパスをしたので。
HPやMPを増やす目的で、後衛の紗良と香多奈が今回は食べる事に。
そして今回ゲットしたスキル書3枚と、オーブ珠1個の相性チェックは昨日全員で実施済み。結果は全て空振りで、さすがにみんな既に幾つもスキルを所持済みなだけはある。
そう簡単に、新しいスキルを覚えるのは困難になって来ているとも言えるかも。取り敢えず強くなるには、レベルアップとか所持スキルとの親和性を上げるのが近道な気が。
それよりも、金箱から出た『妖狐の尻尾』と『変化のペンダント』が酷い。久々にスキル付きの魔法アイテムで、しかも付いてるのが《妖術》と《変化》と言う。
こんなの使いこなす者がいたら、宝珠と同じ価値を有するアイテムって事になる。来栖家では紗良の持つ『遠見』や、ルルンバちゃんの《念動》に該当するだろうか。
使いこなす事が出来たら、結構凄いかも?
そんな事を思うが、速攻で子供の遊び道具になる気がしてならない護人である。それはともかく、今回も何とか無事に終われてよかった。
そう思って帰ろうとしたら、仁志から年末の薬品融通のお願いが。どうやらこの協会の発展のために、もう少しノルマをこなしたいらしい。
そう言われたら、無碍にも断れない護人である。紗良と相談して、初級エリクサー600mlと解毒ポーション500mlと中級エリクサー500mlもついでに売る事に。
何しろ来栖家で探索者登録している3人が、全員ともB級に上がってしまったのだ。怖いものはもう何も無い、いや……A級になったらと思うと、凄く怖いけど。
あの甲斐谷でも4年掛かったのだ、そんな奇跡は無いと信じたい護人であった。
そして案の定、例の宝珠の話をしたら暴走し始める小島博士である。うっかり話を漏らしてしまったのは香多奈で、妖精ちゃんの通訳にうんざりしての事なので。
そこは強く叱れないと言うか、気持ちはよく分かる姫香。何しろこの教授の熱心さと言うか執念は、偉大を通り越して呆れ返るレベル。
そんなら宝珠で《異世界語》を覚えて、妖精ちゃんと勝手に喋ってよとは、末妹の偽らざる本音だったに違いない。そして交渉は護人の元へ、面倒に思いつつ相手をするも。
さすがにお隣さんでも、百万円以上するお宝をタダで差し上げる訳にも行かない。そう言うと困った顔の小島博士、それじゃあ美登利を嫁に差し出そうかと言い出す始末。
さすがにそれは、何の解決にもなっていない。
ってか脱力して呆れ返った護人は、何とか別の案を捻り出そうと必死に頭を働かせる。その間にも、教授はダンジョンにも入ってみたいんじゃがと我が儘放題。
この行為はさすがにゼミ生にも止められていて、だから来栖家に頼もうと思ったお茶目な教授である。この頃には、脱力と言うか立ち眩みを起こしそうになっている護人。
駄目ですと、力なく言葉を返すので精いっぱい。
ところで紗良とゼミ生達の研究は、どんどん良い方向に実を結んで絶好調の様子。温室での苗の育成も、さすがにダンジョン産の植物だけあって。
苗の半分が、既に人間の身長程に育って小さな実の収穫も可能になって来た。新しい種類の木の実こそ無いものの、ルキルの実やアガーの実、チムソーの実やキャザムの実などが収穫出来るまでになっていて。
これには紗良も大興奮、温室を作って貰った甲斐もあったと言うモノだ。ついでに果実ポーションの種類も2種類ほど増え、これで戦闘に幅が出るかも知れない。
ちなみに増えたのはレムザの果汁ポーション(魔力&魔法防御)と、チムソーの果汁ポーション(HP50%上昇)の2つ。効果は両方、1時間となかなかの効果である。
ゆくゆくは、お隣さんチームへの融通も可能になるかも。
学業で言えば、子供達を集めての毎日の授業は概ね好評である。これは保護者の護人ももちろんだけど、凛香や隼人たちも勉強の時間が楽しみだそうで。
紗良や姫香も日課になっていた午前中の勉強を、専門の学生に見て貰えるようになったのは非常に大きく。特に紗良などは、教える側から教わる方へ変わったのだ。
本当は大学進学を願っていた紗良にとっては、専門分野まで自宅で学べる機会が得られて夢のよう。しかもこんな片田舎で、研究まで取り組める環境を持てるとは。
午後の訓練は大変だが、最近は人数も増えて楽しさも増えて来た。紗良より小さな子だって頑張っているので、下手に気を抜けないってのもあるけど。
とにかく、探索も研究も充実している年末だったり。
――新年もこのまま、勢い良く迎えたいと願う紗良だった。
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