第203話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その9



 12月の夜の来栖邸、家族の面々は既にぐっすりと夢の中である。朝が早い農家だけあって、深夜12時となると起きているの者は誰もいない。

 ハスキー軍団も人間たちと生活を合わせているので、夜は大抵睡眠時間となっている。たまに訓練でダンジョンに突入もするが、行われるのはほんの1時間程度の探索で。


 夜中は大事な休息時間、それでも異変があれば耳の良さですぐに察知出来る。そんな彼女たちの耳が、その夜に限って妙な気配を感じ取った。

 それが人気のない来栖邸のリビングだと気付き、レイジー達は不審に思って裏庭へと集まって来た。縁側から覗くリビング内だが、何やら発光する物体が宙に浮いている。

 その正体が分からず、戸惑うハスキー達。


 それは大きな鍵の形をしていて、緑色に発光していた。そんな目立つモノが宙に浮いているのだが、咎める人物はその場には誰もいないと言う。

 それが自然現象なのかも分からないハスキー軍団、戸惑いながら成り行きを見守るのみ。ダンジョン産のアイテムなんて、言ってみればどれも規格外。

 それならば、こんな事態もありえるかなって感じ。


 ご主人に知らせるべきか迷うレイジーの前で、ソイツは呑気に移動を始めた。勝手に開く縁側のドア、宙に浮いたまま30センチはある鍵は滑空を始める。

 それはハスキー軍団が見守る中、裏庭を横切って畑の方向へと進んで行く。それに何となくついて行くレイジー達、せめてこの事の成り行きは見届けようと言う意気込みか。


 ソイツの行き先は、途中で何となく見当はついた。ってか、その方向には敷地内ダンジョンくらいしか目立つ施設は存在しないし。

 ただし、そのダンジョンの前に人影を見付けて、ハスキー軍団は一気に警戒心を上げる。それは3体の鬼たちで、その内の子供の鬼がハスキー達に元気に挨拶。

 その行為に、一気に毒気を抜かれるレイジー達。


 普通なら、彼女たちは敷地内への侵入者に対して吠え立てる筈である。ところが今回は、何の反応も起こさなかった。ましてや鬼はモンスター、人類の天敵だと言うのに。

 立派な角を持つ和服姿の老人姿の鬼と、小さな2本角を持つ妙齢の着物姿の女性の鬼。2体の鬼は、ダンジョンの入り口前で何やら相談をしている様子。


 その間にも、浮遊する鍵は光を放ちながらダンジョンの中へと吸い込まれて行った。子供の鬼が追い掛けようとするのを、仲間の鬼が押し留め。

 その瞬間、緑色の発光が一際大きくなった。同じくそれを見守るハスキー軍団、その表情はどこか満足そう。例えるなら、工事終わったなぁって感じ?

 さしずめ、鬼たちは依頼を頼んであった作業員と言う感じだろうか。


 要するに、前から頼んであったダンジョンの改修工事が、今夜ようやく終わったという感じ。あの鍵はそう言う性質のモノで、夜中の特訓にこのダンジョンでは、ハスキー達も物足りなくなっていたのは確かなので。

 ご主人の代わりに、その工事を手掛けておくのはとても良い事だ。これでわざわざ車に揺られて、遠くまで行く必要はなくなると言うモノ。


 何しろここは山奥で、住むには良いけど出掛けるのはとても大変なのだ。冬になって雪が積もればなおの事、レイジーにとっては冬篭りの前準備に過ぎない。

 背後に気配を感じて振り向くと、ルルンバちゃんが何事かとドローン形態で飛んで来ていた。何故かついでに茶々丸もいて、キラキラと目を輝かせている。

 何にせよ、これで新たな夜の特訓の目処がついた。


 ――そして気が付けば、鬼たちの姿はどこにも見えなくなっていた。











 広島県に一番多く県境を接しているのは、実は山口県でも岡山県でも無く島根県である。だからと言って、それじゃあ島根に遊びに行こうかと思う広島県人は少ない。

 皆無ではないが、まぁ少ない……島根と鳥取の正しい位置を覚えている者も、ハッキリ言えば少ないかも知れない。何しろ向こうは山陰だしと、思ってる者は多い気もする。


 これは別に差別とかそんな話ではなく、とにかく山越えの快適な道路がほぼ無い為の悲劇なのだ。不便だから行かない、単純な話だがこれに尽きる。

 そんな島根が擁するA級ランカーの勝柴かつしばだが、最近は嫌な予感に悩まされていた。つまり睡眠が浅く、予知なのかと悩む映像を頻繁に見る破目に。

 それは巨大な熱量を誇る何かが、地面から噴き出すような感覚で。


「何かこう……予防法は無いもんかね、安眠の為に予知夢をカットする的な? 他の予言持ちの探索者はどうしてるのかな、近くに確かいただろう?

 いや、俺の睡眠妨害が予知夢と決まった訳じゃ無いけどさ」

「予知夢じゃないって、否定から入っても話は解決しないでしょ、リーダー? それならそもそも、予知夢持ちの探索者を探す意味もなくなる訳だし?

 予言で有名なのは、確か『反逆同盟』の“巫女姫”かな?」


 それを聞いて、勝柴はちょっと嫌な顔付きに。『反逆同盟』には同じA級ランカーの甲斐谷がいた筈で、のうのうとツラを合わせるのも気不味い気がする。

 勝柴が所属する『ライオン丸』は、男ばかりのむさ苦しいB級ランクの探索チームである。しかも平均年齢は30後半と、本当に張りとか艶が無い。


 まぁ、男所帯にあっても困るけど……などと思いながら、勝柴は協会の受付け嬢をチラッと見た。彼女はチームで一番若い、29歳の神辺かんなべに口説かれつつ、職務を真面目にこなしていたのだが。

 勝柴の視線の意図を悟って、検索から返答を1分でこなしてくれた。


「島根に有名な予言スキルの遣い手は、残念ながら見当たりませんね。一番近いのは、西広島の吉和のギルド『羅漢』に在籍している、高坂ツグムというC級ランカーでしょうか。

 彼は『予知夢』スキル持ちなので、勝柴様の症状に近いかも知れませんね。まぁ、協会の情報では吉和は現在オーバーフロー騒動で大変みたいなんですが。

 12月には、『反逆同盟』も対処に乗り込むと言う噂もありますね」

「何だそりゃ、物凄く都合いいじゃん大将! ずっと悪い夢に悩まされてんだろ、雪に閉じ込められない内に、中国山地を超える算段でもするかい?

 それとも遠回りして、浜田自動車を使おうか?」


 神辺修一が、明るい口調でそう提案して来る。探索が無い日は、こうやって女の子目当てに協会に入り浸っている『ライオン丸』のチーム員だけど。

 情報の収集には好都合で、確かに今後の予定を立てるのに便利には違いなく。同じく目的もなくその場に居合わせた、向井と言う名のB級ヒーラーがある動画を差し出した。


 B級以上の名が売れてるチームには、大抵は回復職が含まれる事が多い。それだけ希少な回復スキル持ちの向井だが、性格は寡黙で仲間からはムッツリで知られている。

 とは言え、大事な仲間の行動に勝柴もすぐに反応して。その動画内容が、何と言うか破天荒過ぎて絶句してしまう。いや、内容と言うかチーム員や武器の選択など何もかもが規格外で。

 ただし、確かにその少女は予言っぽい事を口にはしていた。


「これは……確かに12層に何かあるって予言して、その通りにレア種には出遭ってるけど。それが偶然じゃないかって、チーム員も疑ってるじゃん?

 これはさすがに、子供の口から出まかせって奴じゃないの、向井?」

「“八代三姉妹”の動画から飛んで、偶然可愛い娘がいる動画だって見始めたんだけどさ。このチームも、西広島がメインの活動地域らしいね。

 しかも半年ちょっとで、リーダーがB級ランカーだってさ。まぁ、犬猫同伴の変わったチームってのは、一瞬だけ横に置いとくとして。

 多分この後衛の娘、どっちか回復職だと思う」


 へえっと、それは凄いねと楽しそうに会話に割って入る修一。受付けから戻って来て、一緒に動画を観始めるとはよほど興味が湧いたらしい。

 そして爆笑、確かに初期の頃のこのチームは酷い……武器は鍬やシャベルだし、ペット同伴どころかお掃除AIロボを探索に連れ回しているし。


 しかも撮影しているのは、声の質から明らかに子供である。世も末だなと思う勝柴だが、確かに現在は世紀末もドン引きな野良モンスターが表を跋扈ばっこする時代だ。

 子供が手に職をつけて、何が悪いんだって感じ。自分で武器を持たなければ、有事の際には誰も助けてくれない。何故ならみんな、自分の事で精一杯だから。

 警察サービスが無料で受けれる時代は、とうに終わりを迎えている。


 そう思ったら、途端にこのチームに関する興味が芽生えて来た勝柴である。彼自身、A級ランカーに上がるまでに4年も掛かったのだ。

 半年ちょっとでB級に上がったリーダーと言う人物に、会ってみたい気も。


「ははぁ、リーダーでもある保護者の人は、地域貢献で精一杯って感じなのか。ところが子供たちが好奇心旺盛で、あちこちのダンジョンに潜ってみたいって感じ?」

「そうみたい……ここの地元で青空市ってのを、月1でやってるみたいでさ。そこでの売り物を、ダンジョンで入手したいってスタンスみたいよ?」

「ってか、このチーム……何気にハーレムパーティじゃん!」


 ――問題なのはそこなのかと、思わずツッコむ勝柴だった。









 年少組3人での最近の遊びは、香多奈発案の隠れ家造りだった。これには和香と穂積も大興奮、何しろ自分達だけの秘密の居城が持てるのだ。

 この年少組3人だが、出会いからあっという間に仲良くなって。香多奈が学校から戻って来たら、こうやって3人で抜け出す事もしょっちゅうである。


 もっとも、厩舎裏での特訓の参加も捨て難いイベントで。年少組の将来の夢は、やはり立派な探索者になる事である。有名とかそんなのはどうでもよく、今のチームに必要とされる存在になるのが目標で。

 その為には、やはり放課後の特訓参加は真面目にすべきとの思いも当然あって。それでもこうして3人で抜け出すのも、楽しくて誘われたらつい乗ってしまう。

 そんな感じで、3人は家の裏山に今日も登って。


 自称“野外訓練”を実施中で、訓練の割には楽しそうだけど。その裏山は頂上まで歩いて2分で辿り着く低さで、おまけに頂上が丁度禿げあがったように草木が生えていない。

 香多奈のお気に入りの遊び場で、いつかここに拠点を作ってやろうと画策していたのだが。冬になってしまったので、廃材での隠れ家造りは断念。

 その代わり、叔父にテント等を借りての簡易キャンプごっこである。


「この絨毯、すっごく温かい! ナニこれ香多奈ちゃん、魔法のアイテム!?」

「そうだよ、ダンジョンで回収した奴を内緒で持って来た! あとこっちの茶釜ちゃがまは火が無くてもお湯が沸く奴ね、この柄杓ひしゃくは幾らでも水が湧き出るの。

 これで今から、ココアを作ってみんなで飲もうっ!」


 威勢の良い香多奈の言葉は、ある意味色々と吹っ切っていたためだ。黙って持ち出した事が家族にバレると、まず間違いなく怒られる。

 叔父の護人なら軽く叱られる程度だが、姉の姫香に見付かったら折檻フルコースは間違いない。何しろ今回は、自衛のためにと『カボチャの杖』まで持って来てしまったのだ。


 この杖には炎の魔法が籠められており、結構な勢いで火の玉を吐き出す。こんな裏山に野良の心配は無いだろうし、護衛ならコロ助だけで良かったかも。

 今更ながら激しく後悔する香多奈だが、友達2人の前では弱音は吐けない。この2人も現在悩みを抱えているそうで、今日はその打ち明け大会みたいな集まりなのだ。

 その為に、禿げ山のてっぺんに苦労してテントを張ったのだ。


 その所要時間30分、苦労した分テントは立派に地面にくっ付いた。失敗すると、冬のからっ風で飛んで行ってしまうのだ。その周りを、コロ助と何故か茶々丸が駆け回っていて。

 楽しそうで良いのだが、茶々丸はまた脱走している。それを告げるべく、香多奈は『巻貝の通信機』を使用。これも訓練のうち、例えばダンジョンで逸れた時の想定とか。


「紗良お姉ちゃん、聞こえますか~? 今3人で裏山の秘密の拠点にいるんだけど、茶々丸もついて来てます、ドウゾ?」

『は~い、了解……山から下りる時に、一緒に連れて帰って下さい、どうぞ!』


 了解と返して、何とも優秀な魔法アイテムの使用訓練は終了。この通信機は、ダンジョン内でも使える優れモノで今後は活躍しそうなアイテムである。

 ただし、1セットしか無いので誰が持つかが悩ましい所。もっと沢山あれば、全員に配るのにねぇとは紗良の言葉。香多奈も同じ意見、頑張ればもっと集まらないかなと思う。


 そんな事をしている内に、茶釜でお湯は沸いてくれた。それを知って、テキパキと3人分のカップにココアの準備を始める和香。家でいつもやってるだけあって、手慣れた動作である。

 それから3人で、家から持参したおやつを食べながらのお茶会など。これまた家からついて来た妖精ちゃんも、これには積極的に参加を決め込んで。

 香多奈に給仕を押し付けて、優雅にクッキーに噛り付いている。


「それで、2人の悩みは何だっけ……和香ちゃんはこの間、『遠見』のスキルを覚えたんだよね? それで怒られたんだっけ、でも覚えたモノは仕方無いよねぇ?」

「うん、そうなんだけど……そんな事しても、探索には連れて行かないってお姉ちゃんが」

「凛香お姉ちゃん、怒ると凄く怖いんだ……僕の、探索者になるって話も反対されてるし。隼人兄ちゃんだって、変質のハンデあるのに探索者をやってるのに。

 大人ってズルいよね、こっちの言葉を聞いてくれなくてさ」


 実際は凛香は15歳で、和香と穂積とは3~4歳しか年は離れてないのだが。家族の長としての決定権は握っていて、年少組はそれには決して逆らえない。

 穂積に関して言えば、こちらに越して来てから発作の類いは一度も起きておらず。何が良かったのかは不明だが、変質の症状も快方へと向かって来ている感じがする。


 とは言え、いきなり探索者デビューなんて実力も無いのはよく分かっている両者。まずは香多奈みたいに、撮影役とか荷物持ちに連れて行ってくれとの交渉も。

 無碍に断られて、現在に至る感じ。


「やっぱり泣き落としが一番じゃないかな、私もそれで叔父さんを落としたし! あとはやっぱり、訓練して少しは活躍出来るようにならなきゃね。

 私はコロ助とミケさんが護衛してくれたから、そんな危険じゃ無かったし」

「あぁ、コロ助ちゃんは強いよねぇ! 香多奈ちゃんもスキルたくさん持ってるんでしょ? いいなぁ、役に立つスキルと専属の護衛がいるのは大きいよねぇ?」


 そうなのだろうかと香多奈は考える、和香は素直に羨ましがっているけど。香多奈の持つスキルの内2つは、いつの間にか覚えたと言う奇妙な経緯だったりする。

 《精霊召喚》スキルの作用のせいか、たまに風とか水の囁き声とか聞こえるし。人間離れして行くのは良い事なのかなと、ちょっと不安な少女ではある。


 そんな友達の悩みも知らず、和香は絨毯の上の卵を見つめ。これも育ったら、香多奈ちゃんの専属になるのかなととことん羨ましそうな声音である。

 “弥栄ダムダンジョン”で拾った卵だが、まだ孵る気配はない。そんな訳で、何となくあちこち連れ回している香多奈だが、それが良いかどうかはまた別の話。

 取り敢えずは、年少組の策略練りは続く。


 結果、凛香お姉ちゃんも家族なんだから、いつか分かってくれるとの香多奈の言葉に。それまでに秘密の特訓で実力をつけようと、年少組の誓いは燃え上がる。

 有無を言わさぬ実力をつけるのは難しいが、役に立つと分かれば同行くらいは認めて貰える筈。そこを目指して、年少組でこっそり頑張ろう。

 そんな決意表明に、割り込む影が1つ。


「ああっ、茶々丸……角でテントに穴開けないでっ!」





 ――良く晴れた冬の夕暮れに、少女の怒声がこだました。










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