第201話 数々の仕掛けを超えて10層ボスに挑む件



 よく見たら、鎧武者では無く鎧兜を着込んだヤモリ獣人だったと言うオチ。但し体格は今までの奴らと較べようもなく大きく、2メートル程度の巨体である。

 そいつは手に薙刀を持ち、何故か従者に1メートルサイズの日本人形を従えていた。てっきり1対1かと思っていた姫香は、心中でずるいなぁと呟くも。


 鍬を構えて、先手必勝の『身体強化』からの撃ち込みモード。向こうも構えるが、心配なのは背後から何の音も聞こえて来ない事。

 恐らく家族は心配して、自分の名前を連呼していると考えていたのだが。よほど防音機能が優れているのか、つまりは加勢は期待出来ないって事である。

 コイツ等を倒したら、部屋は解放されると信じたい姫香はチョー頑張る。


「一気に行くよ、とりゃあっ!」


 景気づけに叫びつつ、『旋回』込みの横薙ぎで敵へと踊り掛かる彼女だけど。敵の鎧武者も、装備は充実していて技能も確かな様子で侮れない。

 手に持つ薙刀で斬撃を払って、逆に姫香は押され気味。しかも1メートルの日本人形、無表情のまま浮き上がってサポートに髪の毛を伸ばして掴みかかって来ている。


 それに捕まる訳には行かない、慌てて回避しながら執拗に追い駆けて来る奴は切り飛ばして。続く薙刀の突きも、軽い身のこなしで転がって避ける姫香。

 ちょっと不味い、戦況が受けばかりになって来ている。


 その時空間に異変が起きた、ってか姫香の影が徐々に形を取り始めた。驚く姫香だが、すぐその正体に見当がついて笑顔に。ツグミだ、相棒が影を渡って参戦して来たのだ。

 閉鎖空間だと言うのに、何と言うチート……いや、相棒思いな護衛犬だろうか。ツグミの影はそのまま膨張を続けて、彼女より大きな犬の姿を形作り始める。


 ツグミも段々と《闇操》に慣れて来たようだ、その影は銀の狼の毛皮を纏っていかにも強そう。それで敵の大将の鎧武者を抑えにかかり、勢いもこちらに優勢に。

 何しろ数的優位の現象が逆転したのだ、相棒の参戦に姫香のテンションは一気に上昇。ツグミに声掛けしたあと、姫香は必殺の『旋回』からの《豪風》の下準備へと移行。

 それを邪魔するように、何故か顔を怒りモードにした日本人形が割って入る。


 かなり怖いそれを視認する姫香だが、今更回転の勢いは止まらない。ってか知らぬ間にマントの裾が日本人形の伸ばした髪やら何やらをズタズタに切り裂いて行っている。

 まるで凶悪な刃物付きの独楽のような状態の姫香、恐らくその症状は《豪風》のせいなのだろう。そして悲鳴も何も無く、日本人形は撃破されて行った。

 気を良くした姫香は、その勢いのまま鎧武者へと攻撃の手を伸ばす。


 タイミングもバッチリ、ツグミのサポートで闇の狼は弾けたように拡散して消えて行く。ただしその一部は、鎧武者の顔に張り付いて視界を一瞬奪い去っており。

 その隙を突いての姫香の旋回斬りが、見事に敵の急所に吸い込まれて行き。脅威の4回転半スピン、最後の方は《舞姫》効果も乗ってた気もする。

 使った本人の姫香は、全く気付いていないようだけど。


「姫香お姉ちゃん、良かった……無事だったよ、叔父さんっ!」

「あっ、みんな……!」


 鎧武者が魔石に変わって行ったその瞬間、あれだけ他者の侵入を拒んでいた障子が開いてくれた。それを知って、怒涛の如く部屋へと雪崩れ込む護人たち。

 そして姫香の無事を知って、思わず全員で安どのため息。


「いや、何をやってもたった1枚の障子が開いてくれなくてな。ダンジョンの仕掛けって怖いな、ツグミが機転を利かせてくれて多少は安心出来たけど。

 中では何があったんだ、姫香?」

「普通に戦闘だったよ、護人叔父さん……鎧武者と日本人形のペアだったから、ツグミが来てくれて大助かりだったよ!

 心配掛けてごめんなさい、でも香多奈とかが引っ掛かるよりは良かったよね?」


 自分の失敗をポジティブに変換する姫香だが、確かにその通りかも。怪我がないか心配する紗良に大丈夫と返答しつつ、姫香は連中のドロップを確保する。

 鎧武者は立派な薙刀と魔石(中)を、日本人形は魔石(小)を1個のみだった。ソロで対する仕掛けにしては、結構ハードルと言うか殺意は高い気もするけど。


 来栖家チーム的には、気を付ける以上の事は何も出来ないのも事実。そんな訳で、妙な仕掛けが無いか一層注意しながら家屋内を進んで行くのだけど。

 それ以上は無かったようで、ヤモリ獣人が散発的に仕掛けて来る程度。たまに妖怪も出て来るが、驚かし役と言った感じのスパイスな感じ。

 一行はそれらを退けつつ、10層への階段前へと到着する。



 それから休憩を挟んで、10層へ侵入を果たす来栖家チーム。毎度の庭の端に出たけど、今回は厄介な中ボス的なモンスターはいなかったようで一安心。

 待ち伏せタイプの大カマキリや大鯉を退治して、お庭の掃討は10分余りで終了の運びに。蔵の方まで確認したけど、今回は扉も開かないし宝箱の設置も見当たらない。


 そんな訳で、一行は一段と用心が必要な家屋の探索へと移行する事に。戦闘は護人とレイジーが担って、後方の警備はルルンバちゃんとコロ助に頼んで。

 万一、分断の仕掛けが作動しても良い様にとの配慮だったのだが。今回はその手の罠は、どの部屋にも無かったようで道のりは順調に過ぎて行き。

 わずか5分で、中ボスの間へと到達する始末。


「あれっ、この層は敵も少なかったし罠も無かったね、護人叔父さん。助ける準備してたのに、ちょっとガッカリだよっ」

「ガッカリって、そんな感じで使っていいのかなぁ?」


 後ろで悩む香多奈だが、その通りだと護人も思う。とにかく短い休憩と作戦会議を挟み、いよいよ最後の戦いへと挑む来栖家チームである。

 作戦はもちろん速攻だが、敵の種類が分からないと何とも。一番良いのは巨体で動作の鈍い敵だが、家屋ステージには似つかわしくないかも。

 などと想像しつつ、護人は戦闘開始と障子を開け放つ。


「わっ、何だろう……大っきなキツネがいるよっ! 尻尾がいっぱいあるね、ミケさん負けるなっ!」

「何で尻尾の数で、ミケと競わせようとしてんのよ、香多奈。それよりコイツ素ばしっこい、金のシャベルが外れちゃった!

 スピードタイプのボスみたい、要注意だよ護人叔父さんっ!」

「分かった、俺の盾でボスを煽るから雑魚から倒して行ってくれ!」


 中ボスの部屋にいたのは、4本の尾を持つ大キツネとその従者たちだった。周囲には3つの狐火が飛んでいて、前衛には装備の硬そうなタヌキ獣人が半ダースで固めている。

 ハスキー軍団も勇ましく突っ込むが、10層のボスの従者だけあって瞬殺とは行かなそう。護人も自分の役目を果たそうと、翡翠水晶の大盾の《敵煽》と言うスキルを発動させる。


 これは文字通り、特定または周囲の敵のヘイトを自分に向ける技である。効果は覿面てきめんにあった模様で、大狐の鋭い眼光がぎゅんっと護人に向けられる。

 そして狐火の炎弾攻撃と、本体の噛み付き攻撃がほぼ同時にやって来た。慌てず大盾で防ぎながら、人間より大きな中ボスを根性で押し返す護人。

 間違っても後ろには通さない、その信念のもった盾役振りである。


 一方の姫香たちは、これも体格の良いタヌキ獣人の振るう棘付きのフレイルに苦戦していた。ミケの最初のヤンチャで何とか一角は崩せたけど、その後粘られて数を減らせず。

 とにかく防御が硬い、立派な鎧と盾は伊達では無い感じ。何しろレイジーの『魔炎』にすら耐えるのだ、もちろん姫香の鍬の一撃も弾き返されてしまう。


 ここはもう一度、ミケさんに頑張って貰うしかないかなぁと。戦況を見つめつつ、適当に『応援』を飛ばしていた香多奈であるが。

 ボスを相手にしていた護人の戦況に、変化を感じて慌ててそちらを注視する。見ると3つの狐火が大狐へと変化して、次々と護人へと襲い掛かっていて。

 ビックリした香多奈は、思わずコロ助とルルンバちゃんに出動要請。


「叔父さんがピンチだよっ、助けてあげて2人ともっ!」


 香多奈の声に素早く反応する1匹と1機、突然増えた大狐にそれぞれ突撃を掛けるけれど。どちらも幻影だったようで、ポンッと言う感じで攻撃された大狐は姿を消して行く。

 唖然とする両者に、不意に出現した狐火の炎弾攻撃が。それをモロに喰らうコロ助とルルンバちゃん、相手はかなりの巧者の様子だ。


 それどころか、フリーの大狐の1匹が後ろで叫ぶ香多奈に目をつけた模様。ひとっ跳びで距離を詰めての噛み付き攻撃、それに驚いて悲鳴を上げる少女。

 慌てる護人と姫香だが、救いの手はすぐ側から差し伸べられた。紗良の《結界》が上手い事発動してくれたようで、奇襲を掛けた大狐は見えない壁に激突したかと思ったら。

 ポンッと狐火に戻って、その場で恨めしそうに揺れるのみ。


 それを好機と捉えた妖精ちゃんが、香多奈に水の爆破石を投げちゃえと指示を出す。反撃の気配を感じた狐火は、その場から炎弾攻撃を繰り出すも。

 紗良の展開した《結界》は強固で、その攻撃を全く意に介さない優秀振り。そしてようやく水の爆破石を取り出した香多奈、さっと姉に視線を送っての見事な上手投げ。


 紗良との呼吸もバッチリ、その瞬間に《結界》を解除して2人は爆破に備えて身を伏せる。1メートル先の狐火の破砕音は、むしろ慎ましやかなポンッと言う音だった。

 そして宙から落ちて来る、小さな魔石が1つ。



 一方の、タヌキ獣人の防御力に苦しんでいた姫香たちだが。短気な姫香は、腹を立てての実力行使に打って出て。『旋回』と『身体強化』込みのスピンアタック、物理で押し切る作戦に。

 ところがこれが功を奏して、勢いに抗えずバタバタと倒れて行く重装備の敵の群れ。その機を逃さず、レイジーとツグミは倒れた獣人の喉元へ噛みついての止め刺し。


 何と言う事は無い、転がしてしまえば自重で上手く起き上がれないと言う弱点持ちの敵だった。ようやく護衛を片付けた姫香とハスキー達は、勇んで護人の援護へと向かう。

 迎撃態勢は整ったが、どっこい4尾の大狐も手強かった。何しろその速度と来たら、ハスキー軍団にも引けを取らない旋回速度である。

 姫香の鍬も、レイジーの噛み付き攻撃も空振りして。


「コイツ、やっぱり素早いよっ……くそっ、当たれっ!」

「慌てるな姫香っ、こっちで何とか取り押さえる……防御を固めつつ囲い込もう、火炎攻撃に気を付けて!」


 大柄な体格の癖に素早い動きの4尾の大狐、その動きに翻弄されてる姫香はプッツン直前の苛立ち模様。レイジーも同じく、しかも相手は火炎系の属性で『魔炎』も余り効果無し。

 ルルンバちゃんの鞭攻撃も、ひらりと躱しての前脚の叩き落としの反撃に。それをモロに喰らった空中の雄は、敢え無く戦線離脱の憂き目に。


 その隙に斬り掛かる姫香と、四腕を発動して掴みかかる護人は両方完全に躱されて。反撃の炎のブレスは、何とかマントと『圧縮』スキルで防ぐ事に成功した2人。

 その火炎を割って、果敢に突進したレイジーだがここでも幻影が邪魔をする。狐火の分身が、いつの間にか2体も出現しており。ツグミの『隠密』からの奇襲も、これに阻まれる結果に。

 地味にピンチなのかなと、前衛陣が不安に思い始めた頃。


 網膜にダメージが入る程の閃光が、敵の中ボスに向けて浴びせられた。ミケの『雷槌』での横槍らしいが、その威力は過去最高かも?

 ってか、中ボスの4尾の大狐は、その一撃で完全ノックダウン。堂々と獲物を横取りしたミケだが、我関せずと紗良の首に顔をうずめて休憩モード。

 呆れる家族たちだが、まぁそれもミケ特性だと割り切って。


 何しろ家族で最年長のミケのやる事に、誰も文句を言えないのは確か。愛されているとも言えるけど、戦闘が無事に終わったのを感謝しなければ。

 中ボスの撃破と同時に、幻影も綺麗に消滅してくれた。そしてドロップを確認する香多奈、魔石(中)に加えてスキル書も1枚落ちてくれていた。


 そして板の間の中ボスの部屋の端っこには、何と金の宝箱が! 発見した姫香と香多奈は、大喜びで手を取り合って踊り出す始末。

 それはともかく、さすが金の宝箱の中身は豪華だった。まずは魔結晶(中)が7個に強化の巻物が3冊、それからオーブ珠が1個に鑑定の書(上級)が3枚。


 薬品は3種で、中級エリクサー500mlにエーテル600mlに上級ポーション800mlが陶器のポットに入っていた。それを嬉しそうに、持ち込んだ瓶に回収して行く紗良。

 それから真っ黒の忍者服っぽい装備、あとは狐の尻尾装備と緑の葉っぱを模ったペンダントが1つずつ。金の宝箱にしては質素かなと、香多奈は愚痴モードだけど。

 妖精ちゃんは、どうもそうではない様子。





 ――小さな淑女は、楽しそうに戦利品を眺めて飛翔するのだった。







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