第197話 自治会依頼で日本家屋ダンジョンに潜る件



 12月の最初の週末、例によって自治会依頼が来栖家チームに舞い込んで来た。今回は林田兄妹チーム+自警団チームは“学校前ダンジョン”に、それから凛香チームは“峠の入り口ダンジョン”に割り当てられたらしい。

 どちらも定期的に間引きは為されていて、それ程に魔素濃度は高まっていないそうなのだが。人通りの多さを鑑みて、やはり半年以上の放置は望ましく無いらしい。


 それでも心配な護人は、チーム『ユニコーン』に魔人ちゃんの護衛を付ける事に。最近は戦闘での活躍が無い魔人ちゃんも、この提案は大歓迎の模様で。

 何しろ凛香チームの後衛は、13歳と14歳である。過保護にもなろうと言うモノ、それを言うと前衛のキッズも年齢は大して変わらないのだが。


 そんな訳で、来栖家チームの月に1度の自治会依頼は“日本家屋ダンジョン”と言う場所らしい。中条地区の隅っこに建つ、割と大きなこの日本家屋だけど。

 住民が居なくなって久しいのは、もちろんダンジョンが生えて来たからに外ならない。立派なお家なのに勿体無いねとは、その家の門構えを見た香多奈の感想である。

 今回もキャンピングカーを走らせての出動、ちなみに家から15分の距離。


 ここの情報だが、実は意外と少なくて自警団チームの間引きもお座なりな感じ。彼らも専属探索者では無いので、そこはまぁ仕方の無い部分もあるけれど。

 そんな訳で5層までの情報しか無いし、突入前の魔素濃度の計測もバッチリ高い。取り敢えずは10層までの間引きを目標に、潜る事には決まったのだが。


 前情報では、結構クセの強い獣人も多いみたいで注意は必要な感じ。無理せず行こうとリーダーの護人は口にするが、子供達やハスキー軍団の気概は相変わらず高い。

 これは今回も、手綱を取るのが大変そうな探索業になりそう。



 ダンジョンの入り口は、立派な構えの門を潜ったすぐ左側に存在した。それ程には大きくないけど、その向こうの立派な庭との対比が何だか寂しい感じ。

 その庭も今は荒れ放題で、落ち葉が庭や大きな池に積もって見る影もない。母屋や離れの損壊はそれ程に目立たないけど、それも恐らくは時間の問題だろう。


 そして今回のルルンバちゃんだが、入り口の狭さと内部構造から今回は飛行ドローン形態での参加に。一応はキャンピングカーのカーゴ車に、小型ショベルも載せて来たのだけど。

 どうやっても、ダンジョンの入り口は潜れない模様で断念する事に。戦力ダウンは否めないが、家屋内探索にも及ぶので仕方が無いとも。


 そうして入ったダンジョン内だが、外のうらびれた感じとは違って綺麗に整えられた日本庭園がお出迎え。一応は空も窺えるので、フィールド型ダンジョンに分類されるのかもだけど。

 探索するのは、庭を別にすると家屋内みたいでかなり風変りには違いない。ただし開かない扉も多いみたいで、そこまで複雑な構造では無い感じ。

 探索時間の縮小に、そこだけは有り難い。


「うわぁ、中は綺麗なんだねぇ……紅葉とか咲いちゃって、池も大きいし。それで、このダンジョンはどこを探索すればいいのかな?」

「家の中に階段がある事が多いみたいね、後は蔵の裏とか? 宝物も、探せば多いのかも知れないけど……ヤモリ型の獣人が、不意を突いて襲って来るから要注意ね!」


 香多奈の質問に、予習を念入りにこなして来た紗良が答える。情報こそ少なかったけど、家の構造とか庭の広さとか、一応は頭の中に仕舞い込んであるのだ。

 そしてこんな平和そうな風景の中にも、お邪魔なモンスターは普通に出現して来て。小柄だが棍棒や竹槍で武装しているヤモリ獣人や、大イタチやら大コウモリの群れが、定期的に襲い掛かって来て。


 それをいとも簡単に撃退して行くハスキー軍団、護人と姫香もお手伝い程度に戦闘に参加して行く。そして不用意に池に近付いた途端に、大鯉の襲撃に遭う後衛の香多奈。

 抜群の運動神経のお陰で避けれたが、思わず肝を冷やしてしまった。大鯉はコロ助の『牙突』で瞬殺されたが、どうやら不意打ちはこのダンジョンの一定パターンらしい。

 罠もたまにあるらしいとは、情報担当の紗良の弁。


 ここの庭は割と広くて、お洒落な小路も通っている。視界に入るモンスターは倒し終わっているが、探索的にはどうやら家屋へと入って行くのが本当らしい。

 少し遠くに建つ蔵の裏を確認に行ったハスキー達は、速攻で帰って来て何も無かったよと報告して来る。それなら家屋の探索かなと、雨戸の開け放たれた縁側から立派な日本家屋へと入って行く一行。


 ここも当然土足で、何となく全員で背徳感を共有しつつ。ハスキー軍団も居心地は悪そう、それでも敵が出て来たら真っ先に立ち向かっていくその勇姿。

 出て来たのもヤモリ獣人で、小柄ながらも素早い動きでこちらを翻弄して来るのだが。ハスキー軍団も素早さなら負けない、簡単に捕獲して連携プレイで敵を倒して行く。

 広い和室は、そんな騒動にもよく耐えてくれている。


 屋内に関しては、ほとんどが10畳以上の和室で騒ぎ回っても支障はない。部屋の間は襖や障子で仕切られていたり、何も無く続きの間になっていたり。

 柱も立派だし、モンスターが出て来なければダンジョンの中だと忘れてしまいそう。敵の数は思った程多くなくて、たまに不意打ちの大ヤモリの落下が怖い位だ。


 似たような部屋の間取りだけど、微妙に違うし部屋数も外見とは全く違ってやたらと多い。これは階段を探すのは苦労するかなと思ったが、10部屋目で先行していたツグミが発見。

 宝物の類いは無かったので、そのまま2層へと下って行く事に。


「わっ、家の中にいた筈なのに庭から出て来ちゃった……ここはどこ?」

「ふむっ、これは蔵の裏側じゃ無いか? 思いっ切り敷地の端だな、取り敢えずは庭に出ようか。待ち伏せタイプのモンスターには、みんな充分に注意するように」


 は~いと元気な子供たちの返事、ハスキー達は先行して偵察に出向いている。それを何となく眺めていた一行、そして急な襲撃が先頭のレイジーを襲うのを見てビックリ!

 それは庭の木に潜んでいた、木の枝に擬態した大カマキリだった。慌てて避けるレイジーと、驚きながら反撃するツグミ。そこにルルンバちゃんの新兵器である、竜髭の鞭が勢いよく振るわれる。


 特訓の甲斐あってか、その鞭先の勢いは剣や刃物のモノと遜色ない感じ。ってか、それを受けた大カマキリの最大の武器である手の鎌が、完全に消失している。

 怒りのレイジーも大カマキリに反撃して、哀れな敵は初撃だけで退散の憂き目に。ただしそれを喰らったレイジーは、首筋から派手な出血をしており。

 慌てて紗良が、治療に駆けつける破目に。


「うわ~っ、レイジーでも気付けなかったんだ……ちょっと油断のならないダンジョンかもね、護人叔父さん。難易度はD級くらいって聞いたけど、絶対にもっとあるよ!」

「そうかもねぇ、それにしても残念だなぁ……ハスキー達の戦闘ベストが覆っていない場所、どうしても防御が弱くなっちゃう。

 人間の防具と違って、こっちは胴体しか覆えてないからなぁ」


 それは仕方が無いと、護人は戦闘ベスト製作者の紗良を慰めながらも。確かにハスキー軍団はその攻撃能力こそ際立ってるが、防御力は意外と弱い。

 コロ助やツグミは何度も大怪我を追っていて、紗良や薬品が無かったならと思うとゾッとする。それでも探索には喜んでついて来る、ハスキー達の存在はチームに無くてはならないモノには違いなく。


 幸い、治療を受けたレイジーは平気そうな顔で探索に復帰してくれた。そして庭の敵を片付けて、日本家屋手前の縁側でチームが追い付くのを待ち構えている。

 その元気な姿に、ホッと胸を撫で下ろす護人。


 そして2層の家探し……と言うか室内探索で、やっぱり待ち伏せ系の罠が発動。天井の板が急に外れたと思ったら、そこから大イタチが一気に3匹も落ちて来たのだ。

 最初に襲われたのは、その間下に置かれていた家具に興味を持った香多奈だった。それは小さな古い和風の箪笥タンスで、いかにも中に何か入ってそう。


「わわっ、助けて叔父さんっ!」

「うおっ、香多奈……こっちに転がって来て!」


 慌てまくる来栖家チーム、そもそも香多奈が油断して前に出たのが悪いのだが。その危機に一番最初に反応したのは、香多奈の護衛犬のコロ助で。

 何故か救助専門のスキルと成り下がった《韋駄天》でご主人を素早く救助。敵の牙は的を失って、近くにいた姫香とツグミに向かう。


 それを喰らってしまった両者だが、幸いにも急所は逸れていたようで。姫香が大きな叫び声をあげるも、すぐに反撃に転じて全然元気な様子。

 ツグミもすかさず『影縛』を展開して、無礼な大イタチを捕獲に掛かる。その隙を突いてのルルンバちゃんの魔銃攻撃がヒット、3匹いた敵が1匹2匹と数を減らして行く。

 そして最後の落下イタチは、しっかり末妹をガードした護人が止めを刺して。


 危うく大事になりかけた不意打ち攻撃に、今度は香多奈もしっかり反省。もう勝手はしませんと、護人の後ろから出て来ようとしなくなる始末。

 呆れた様子の姫香が、代わりにとタンスの中のチェックを行って。そこから無事に鑑定の書を3枚と、ポーション300mlの確保に成功する。

 ちなみにポーションだが、蓋付きの茶碗の中に入っていた。


 紗良がきっちり回収瓶に移し替えて、尚も探索は続いて行く。この頃には、全員が不意打ちの怖さを共有していて。ハスキー共々、慎重に畳の上を進む破目に。

 そしてその隣の部屋で、床の間の壁に掛かっている掛け軸と、その下に置かれてある日本画を発見。これは何の罠だろうねと、子供たちが言い出すのも当然かも。


 ただし、値打ち物としても回収しないのも手ではある……とは言え、期待の視線が背中に刺さる中、それを無視するのも難しく。護人は諦めのため息と共に、それらを回収に向かう。

 側を飛行するルルンバちゃんがとっても頼もしいが、結局は罠の類いは無かった模様で。ちなみに掛け軸には、“絶体絶命”と見事な筆遣いで書かれていた。

 嫌な言葉だが、紗良は持って帰る事にした模様。


「今回も家捜しシリーズですね、まぁダンジョン相手に遠慮しても仕方が無いし。貰えるモノは遠慮なく持って帰りましょう、青空市を盛り上げるためにも!」

「さすが紗良姉さんっ、良い事言うよねっ! 次回は年末だもんね、豊かに年を越す為にも探索とドロップ品の回収頑張って行こうっ!」


 それを聞いた香多奈も、オーっと元気に相槌を打って。子供たちの意気は、ここに来て不意打ちの怖さを凌駕して盛り上がりを見せている様子。

 ご主人たちの盛り上がりに呼応して、ハスキー軍団も勢いを得たように先行して行って。この層のヤモリ獣人は侍のような兜を被っていたが、武器は相変わらずの竹槍で。


 そいつ等をサクッと倒して行って、やっぱり10部屋目辺りで次の層への階段を発見。そこを降りて行くと、今度出て来た場所もやっぱり庭の端っこだった。

 ただし今度は、蔵とは真逆の玄関側である。そして玄関前を通ったら、香多奈が妙な点に気付いて声を上げた。何とこの敷地の立派な門が、ワープ通路になっている。

 つまりは、ひょっとしてショートカットで地上に戻れる?


「おおっ、それは便利だな……帰りの移動時間を気にしなくて済むから、助かる仕掛けではあるなぁ。でもこれ前からあったのかな、事前報告には無かった気がするけど」

「無かったのなら、最近出来たのかも知れないね、護人叔父さん。ダンジョンって成長すると、こんな便利機能も取り入れるらしいから」


 小島博士の勉強会で、ダンジョン知識も最近は増えている姫香だったり。取り敢えず、ワープ魔方陣に多少の不信感を持つ来栖家チームだが、戻り時間の短縮は素直に有り難い。

 今回も10階層まで潜る予定生で、10層にもこれがあったら使う方向で話はまとまって。そして待ち伏せの大鯉や大カマキリに注意しつつ、庭から探索を開始するメンバーたち。


 護人や姫香も敵の殲滅を手伝って、5分足らずで庭のモンスターは全滅。どこからか飛んで来る大コウモリの数が微妙に増えていたが、その他は変化も無く順調に探索は続く。

 ハスキー達の報告によると、庭に変わった点は無いとの事。それじゃあ家屋の探索に移行しようと、縁側から護人が侵入しようとした途端に。

 長い板張り廊下の端から、3本の矢が真っ直ぐ飛んで来る仕掛けが。


 慌てて転がるように後ろに避ける護人と、それを受け止めようと必死な姫香。それを見越したかのように、天井板を開け放って大イタチと忍者衣装のヤモリ獣人が飛び出て来る。

 その数は合計で8匹程度、慌てて対応するハスキー軍団だったけど。ミケが怒りの本気モード、ピキッと固まるヤモリ獣人数匹と、『雷槌』に撃ちひしがれる大イタチの群れ。


 護人と姫香が何とか体勢を立て直す前に、勝敗は既に決していた。残りの敵はレイジーに焼き払われ、何だか申し訳なく縁側に佇む2人である。

 香多奈がこれで全員、待ち伏せに引っ掛かったのかなぁと呑気な呟き。





 ――そんな結束いらないけどねと、内心で呟き返す護人だった。








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