第196話 年末の来栖家が例年になく慌しい件
12月最初の週末の青空市で降り始めた雪は、そこから降ったり止んだりを繰り返し。気付けばいつの間にか、山深いこの町は一面の銀世界に。
毎年の事なので、来栖家も抜かりはない。万一に備えて、キャンピングカーは麓の植松夫婦の敷地に停めさせて貰って。あの厄介な峠道は、四駆でないと冬の往来は無理!
他にも冬支度に関しては進行中なのだが、予期しなかった事態に来栖家は見舞われて。何と紗良が風邪でダウン、青空市での野外活動の無理が祟ったらしい。
その看護に奔走する姫香だが、本人は午前中の授業をサボれてちょっぴり嬉しそう。それより紗良がいないと、途端に来栖家の食事事情が貧困に。
護人と姫香も頑張るが、紗良ほどの手際はどうしても発揮出来ずで。
解熱ポーションは飲ませたのだが、アレは発熱の辛さを和らげるもので風邪のウィルスには効果は無い。それなら中級エリクサーをと、大袈裟に騒ぎ立てる家族の面々である。
結局は本人にも気を遣わせて、何とか1日で回復するから寝かせておいてと。部屋を追い出されてしまって、反省しきりの護人と姫香である。
そんな訳で、別方面で頑張る事は幾らでもあると。家の前の雪掻きをしたり、滋養の付く食べ物をおかゆにぶち込んでみたり。香多奈は呆れながら、ダメな大人たちを冷ややかに見守るのみ。
それより香多奈には、別に張り切る行事が待ち受けていた。小学校でクリスマス会があるのだが、そこで演劇とかも披露する予定なのだ。
今年の6月の劇は、あらぬ事態で尻切れトンボだったので。
今度は頑張ろうと、同級生の間で意気は高かったりして。香多奈もモチロン、なかなか重要な役どころを仰せつかって張り切って練習に励んでいる。
今回はお隣さんも全員で見に来てくれるそうで、年少組の和香と穂積も応援してくれている。練習にも付き合ってくれて、一緒に学校に通えばいいのにと思うのだが。
そこは大人の世界のアレコレで、難しい部分があるみたい。和香と穂積の学力も、学校にずっと通っていないせいで小学校1年のレベルも怪しいそうで。
そうなってしまうと、ゼミ生の個人塾通いの方がまだマシなのかも知れない。本人たちにも学習意欲はあるみたいで、はやく香多奈ちゃんに追いつくねと言ってくれてるし。
そうなったらまた、楽しみが増えるなぁと香多奈は今からワクワク状態。
そんな混乱が続く来栖邸だけど、冬支度は順調に進んでいた。愛用のキャンピングカーだが、魔石仕様のエンジンにこの際取り換える事に決定して。
早川モータースに預けて、改良が終わって戻って来ても、植松の爺婆の敷地に置かせて貰う状況は変わらずなのは悲しいけど。
その間は、四駆のランドクルーザーが大活躍する予定である。家族4人に大型犬3匹での乗車は、実はわりと手狭だったりするのだけれど。
安全には替えられず、雪解けまではじっと我慢の来栖家である。そして一晩で、何とか紗良の容態も回復を見せてくれて。これには、介護していた姫香も大喜び。
これにより、来栖家の家事の詰まりも解消される見込み。
家畜の冬越えの支度も、何とか間に合って去年よりむしろ管理状況は良くなっている。来栖家の厩舎には子牛こそいないが、子ヤギはいるので対策は立てないと。
とは言え、その当の茶々丸が、冬でも平気に脱走しまくっているのだが。白い雪の上に点々と付く、ヤギの
家畜当番の香多奈はプリプリして、毎回この厄介者を捉えて小屋に戻すを繰り返している。今年は魔石発電機のお陰で、ヒーターも入って厩舎内の方が快適な筈なのに。
何故に雪の積もってる、野外に脱出するのか訳が分からない。
しかも毎回不思議に思うのが、隙間も無さそうな扉の閉まっている状況でも脱出するその手腕である。香多奈でなくても頭を
そんな来栖家の周辺だが、今年は冬も賑やかになりそう。何しろ、お隣さんが一気に増えたので、遊ぶ相手も事欠かないと言う状況である。
特に年少組は、香多奈に引き連れられて毎日雪の中で大はしゃぎな有り様。一度積もると、山の上の雪はなかなかに溶けてくれないので。
それを利用して、雪だるまを作ったりソリ遊びをしたり。
特にハスキー軍団が曳いてくれるソリは、スピード満点でとっても面白い。下手すれば、3人乗ってもパワフルに曳いてくれるハスキー軍団である。
向こうもとっても楽しそうで、特にコロ助の
そんな来栖家に突然のお客が訪れたのは、12月の青空市から5日後の週末近くだった。雪深い来栖邸まで、わざわざ車を走らせて登って来たのは。
何とA級ランカーの甲斐谷で、この間の椎名と“巫女姫”八神も一緒である。同じ車に、何故か仁志支部長と能見さんも同乗しているカオス振りで。
前もっての電話連絡が無ければ、相当なパニックに陥っていただろうけど。連絡を貰っても、それなりに緊張を
護人にしてみれば、会合の内容は既に見当がついているのだが。青空市でも催促された、“もみのき森林公園ダンジョン”と“三段峡ダンジョン”のはしごの件だろう。
前情報では、既に参加チームは8割が決定済みらしい。
もちろん甲斐谷の『反逆同盟』も参加するし、弟分のギルド『ヘリオン』から結城翔馬チームも参加を決め込んでいるそう。地元の吉和のギルド『羅漢』からも、もちろん何チームかの参加は決まっているし。
そう説明する仁志支部長は、A級ランカーを目の前に緊張気味な様子。能見さんも同様で、来栖家のリビングに通されてから口数も少なく視線が浮ついている。
あるいは単に、それは妖精ちゃんを視線が追いかけているだけかもだけど。紗良がお茶の準備に忙しくしてる間も、緊張した仁志の説明は止まらず。
甲斐谷は今回も、大量のお菓子をお土産に持参して来ていた。まずは子供の気持ちを射止めようとの、その作戦は実は概ね当たっているのだけれど。
すかさず釣れた香多奈が、お返しに自分の宝物を披露している。
「それでねっ、これがダムダンジョンの12層でゲットした卵なんだ♪ 能見さんは何が産まれて来ると思う? 私は多分、オレンジ色のアヒルじゃ無いのかなぁって思うんだけど。
今の所はね、ドラゴンが7票くらいで一番人気かなぁ?」
「あら、そうなんだぁ……でもドラコンが産まれて来たら、育てるのは大変なんじゃない?」
「あの、それより……壁を這ってる、あの赤い薔薇は何なんでしょう?」
見慣れない壁を這う赤い薔薇を見て、完全に引いている“巫女姫”八神だったり。それを無視して、ミケが部屋を渡って護人へと近付いて行く。
それを姫香がインターセプト、そして澄まし顔で護人の隣に着席。
「もしドラゴンが産まれても、ウチの敷地にはダンジョンが3つもあるから、そこで放し飼いでもすればいいんじゃないかな? 後は人間に馴れてくれるかだよね、刷り込みってドラゴンのヒナにも通用するのかな?
まぁ、近所に大学の教授も越して来たし、その辺はデータ取りながら頑張るよ」
「そ、そうですか……来栖家チームは、本当に相変わらず破天荒ですねっ! それで、12月のA級ダンジョン合同レイドの件なんですが……」
「参加チームが信用出来るのは分かりましたが、我々の実力がそれに足りてるとは思えません。西広島の治安維持に貢献したい思いはあっても、そちらの期待には沿えないかと。
今週末には、自治会依頼で1件既に潜る先が決まってますし」
それは本当で、護人は地元優先を引き合いに出して穏便に断ろうと、脳をフル回転させて断りの台詞を紡ぎ出す作業。とにかく信頼出来るチーム同士でも、A級ダンジョンなんて危ない場所に突入などしたくない。
子供達も、先約があるなら仕方ないねぇと、護人の誘導にまんまと乗ってくれてる様子。吉和のチームの突入は、既に2回も失敗してると聞き及んでいるし。
危険は周知の事実なだけに、冬のこんな時期に遠征などしたくはない。仁志支部長は、吉和も安芸太田町も今回は除雪車を総動員してA級ランカーの到来を待ち
更には宿泊先も、ダンジョンを抱える町が噂の温泉宿を貸し切りにして歓迎するそうで。それを聞いていた子供達、段々と風向きが怪しくなって来て。
それは凄いねと、冬のお出掛けも満更でも無さそうな雰囲気に。
「温泉に冬の宿かぁ、ちょっといいかも……でも香多奈は小学校でクリスマス会とかあるから、この時期に旅行で学校休んだりは出来ないよね?」
「何でよっ、お姉ちゃんっ……吉和なんてすぐ近くなんだから、土日の休みを使ったら学校休まなくっても平気だよ!
みんなが行くんなら、私だって行くもんねっ!」
何故か行くのを前提で話が進んで、内心で焦る護人である。A級ランカーの影響力は、今の時代では市長や県議員より強いですからと仁志支部長の言葉。
護人さんも、近い将来そうなる既定に乗っているから、今から対応に慣れておいた方がと。良く分からない説明を受けたが、それに姫香がいたく感心して。
将来有名になった時のために、そういう扱いに慣れておくのは大切かもと。今回の遠征は、A級ランカーの強さや立ち振る舞いを観察するために、参加すべしと言い切る姫香。
それに何故か紗良まで感心して、温泉宿は別にしても建設的な意見かもと、妹の意見の肩を持つ始末。毎度のパターンに、護人は既に諦めの心境。
いや、素直に受けてた方がまだダメージも少なかったかも?
了承の雰囲気を感じて、甲斐谷がすかさず持参して来た準備報酬を魔法の鞄から取り出して行く。魔玉のセットを2ダースに矢弾を5ダース、強化の巻物(防御)を4本とそれに対応した魔石を4つ。
それから何と宝珠《耐性上昇》まで用意されていて、これには子供達もビックリ。仁志支部長と能見さんは、防御系のスキルは比較的よく出回りますよねと呑気だけど。
タダで貰えるとなると、逆に怪しんでしまうお年頃だったりする来栖家の面々である。護人はほら見ろと言う表情、上手い話には裏があるのだ。
今回の話も、餌をちらつかせての大変な労働が待ち構えているに違いない。
ただし最後に貰えたプレゼントは、子供達全員がほっこりした。甲斐谷が鞄から出したのは、1メートル級の“もみの木”で。本物の木に見えるが、どうも魔法の品らしい。
それは大きな鉢に植えられていて、甲斐谷がどこかを触るとあっという間にクリスマスツリーに変身した。飾りが一瞬で出現して、イルミネーションが点滅し始める。
その光景に、子供達から思わず歓声が上がる。
「うわっ、凄い綺麗……ええっ、これも貰えるんだ、嬉しいなっ! あっ、宝珠は誰が使うのっ、叔父さんっ!?」
「うわぁ、“もみのき森林公園ダンジョン”に誘うのに、もみの木のツリー持って来るなんて。やけに洒落が効いてるなぁ、誰が考えたの?」
「いや、そんな意図はまるで無かったんだが……ただまぁ、冬の遠征の為に向こうもなけなしの予算を組んでくれたんだ。こちらとしても、最高の結果を約束したいじゃないか。
その為には、最強のチーム編成で臨むのがマナーじゃないかなと」
A級ランカーのあけすけな本音を聞いて、感心し切りの姫香であったけど。そこまで持ち上げられて、逆に気持ちが悪い護人だったり。
その後は計画は確定となって、日程決めから各種細かい段取りがあっという間に決まって行って。そこはさすが、仕事の出来る能見さんの手腕は素晴らしい。
護人の代わりにと、マネージャー役の紗良が全てを肩代わりして話を聞いてくれて。それによって、準備報酬のアイテムも来栖家の物だと確定した模様。
子供たちはお土産のお菓子を食べながら、誰が使おうかと盛り上がっている。妖精ちゃんもお菓子を一緒に食べながら、何故か偉そうにアドバイスを飛ばしている。
いつもの来栖家の日常を、甲斐谷たちは不思議そうに見守っている。
護人は姫香の膝から移動して来たミケを、優しく撫でながらひたすら平静を保つ努力に忙しい。無理やりに割り込んだ年末の行事は、まさにそう言うレベルである。
子供たちは呑気で、むしろ楽しそうなのはアレだけど。恐らく相当厄介な案件として、今後の来栖家チームの動向を左右する事になるに違いない。
って言うか、将来のA級ランカーとして扱われて、呼吸が止まりそうになった気もする護人。本人が望まない所で、事態は思いがけぬスピードで進行中らしい。
それが本気で恨めしい、来栖家の家長の護人である。
――子供達の声が騒がしい中、護人の心中以外は至って平和な来栖家だった。
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