第187話 香多奈の誕生日会が盛大に行われる件



 香多奈の最近の日課だが、家に戻ってから1度は卵のチェックが追加されていて。ダムダンジョンの12層で回収されたソレは、相変わらず孵る気配はない。

 これには香多奈も悩みまくりで、獣医の孝明先生に相談したり護人の元に運び込んで来たり。2人の大人は、ダンジョン産のこの卵にはコメントの返しようもなく。


 困った護人は、温めてはいるんだから後は歌でも歌ってあげたらと苦し紛れのアドバイス。それを真に受けて、香多奈は毎日1曲はソロコンサートを披露する事に。

 今日は叔父さんの懐かしCD集の中から、浜田省吾の曲を選んだみたい。『SWEET LITTLE DARLIN’』と渋いバラードの選曲に、しかし卵は無反応。

 ちなみに浜田省吾は、広島の竹原出身のシンガーソングライターだ。


 過激な歌詞の曲も多いので、護人はまだバラードで良かったと内心で冷や汗を拭う思い。ちなみに先日の歌は、スピッツの『名前をつけてやる』だった。

 スピッツは広島とは関係ないけど、浜ショーと事務所が一緒である。護人もお気に入りのアルバムが多く、姫香や香多奈も何度もリビングで聴いているバンドである。


 そんな「生まれて来たら、素敵な名前をつけてあげるよ」との香多奈の想いは、残念ながら卵には聞き届けて貰えなかった模様。そもそも香多奈のネーミングセンスは、ちょっとアレだと家族間では共有の認識ではあるけど。

 11月に入っての香多奈の機嫌の良さは、もちろん隣家に同年代の友達が越して来た事に由来しているけど。もう1つ加えるに、自分の誕生日会が近いのを知っているからに他ならない。

 ケーキに誕生日プレゼント、今から楽しみで仕方無い香多奈であった。



 先週末の間引き依頼で潜った“神社ダンジョン”の回収品だが、数が多くて整頓が大変だった。しかも結局は、凄い性能の『魔断ちの神剣』と『清浄の赤袴』は持ち主不在で家にストックと言う有り様で。

 護人も武器の持ち替えを、姫香に提案されたのだけれど。子供達と違って、手に馴染んだ得物をホイホイ交換などちょっと無理な相談で。

 何より『掘削』スキルが、使えなくなるのが痛過ぎる。


 そう言うと、姫香は簡単に自分の提案を取り下げてしまった。そんな彼女も、特に武器を交換しようとは思っていない様子。

 やはり命を預ける得物は、信用第一に限ると考えた模様。彼女の鍬も強化が何段階も進んでいて、しかも『旋回』に相性が物凄く良いのだ。


 それから秘薬素材や薬品系も、売らずに家にストックしておく事に決定して。秘薬素材など、何気に既に3種類目である。薬品にしても、高級品のストックが増えて来ており。

 販売すれば、それだけでひと財産出来そう。


 まともに探索に使えるのは、『鳥居の結界』くらいのモノだろうか。こちらは探索中の休憩に、確かに有り難い魔法アイテムだろう。

 それからルルンバちゃんが、ドローン形態時に『龍の髭鞭』が武器として欲しいと言うので。これはどうやらドローン形態とも相性が良く、鞭と魔銃の二刀流と言うAIマシンが完成してしまった。


 殺戮ロボとは程遠いが、『器用度上昇』スキルで両方の武器の威力は結構凄い命中率に。訓練所でも、見る見るうちに腕を上げて行くルルンバちゃんなのであった。

 これでドローン形態での戦力不足も、多少は緩和されるかも。


 それから魔石使用で保温効果を発揮する『温暖の絨毯』は、来栖家の冬場で役に立ってくれそう。いざとなれば、お隣さんにも貸す予定……あっちは冬対策が、かなり遅れてそうなので。

 山の冬を舐めてはいけない、特に来栖邸は麓よりさらに山奥なのだ。下手をしたら積雪で閉じ込められるレベル、今年も既に初雪は迎えているのだけれど。

 喜んでいるのは、子供だけと言う切実な問題であったり。


 後は『大麻おおあさ』だが、これも微妙な魔法アイテムである。呪いを解けるそうだが、幸運招来の効果もあるそうだし。結局は家のストックになりそう、使うかどうかは不明のままで。

 一緒に回収したお餅は、既にお隣さんにも配られて来栖家でも美味しく頂いた。封印効果のお札も回収したけど、何を封印するかが不明のままストック行きに。


 それから割と大量に出た強化素材だが、任せられた紗良は全部ハスキー軍団の装備ベストへ使用する事に。全耐性強化の巻物は、3本あるので問題無かったけど。

 魔結晶も使っての、かなりの強化に成功。そして『子天狗の羽根』と2つ出た縫い込み硬石の両方を、レイジーの戦闘ベストに使用する事に。

 これで回避&防御力が上がってくれた計算になる。


 それから大鶴が落とした『聖鶴の羽根』はツグミに、大亀が落とした『聖大亀の甲羅』はコロ助の戦闘ベストに縫い込む事に。装備に聖属性がついてどうなるかは不明だが、ゴーストや死霊系に耐性が付くって感じなのだろう。

 エースのレイジーにちょっと不利だが、彼女の爆発的な攻撃能力を知ってるとそうは思わない不思議。とにかくこれで、魔法アイテムと強化の問題は片付いた。

 後は次の探索で、その成果を示すのみ――




 神崎姉妹の引っ越し後だが、美玖が何度かお邪魔していたらしい。そして伝言で、新居に遊びに来て欲しいと他の探索者メンバーに言っているそうで。

 それを聞いた姫香は即行動、自分の運転で紗良と凛香を引き連れて、午後に麓まで降り立って。凛香も最近は、自動車の運転練習をしているのでそのついでも兼ねての行動だ。


 何しろ来栖家の周辺だと、農道ばかりで練習もあまり現実的ではないのだ。麓へ下る道は細い峠道で逆に危険だし、麓で練習が一番である。

 そうしてしばらく練習をしていたら、香多奈が小学校を終えて連絡をして来たので。植松の爺婆の家まで拾いに行って、そこから真っ直ぐ神崎姉妹&夫婦の新居へ。

 まぁ、新居と言ってもかなりボロっちいのだが。


「まぁ、広さは申し分ないよね……旦那が最近、日曜大工に嵌まっちゃってるからさ。見てくれはともかく、住み心地はそんなに悪くは無いわね」

「うわ~っ、お姉ちゃん……お腹がはち切れそうだよっ」


 ビックリして神崎姉のお腹を凝視する香多奈、今日は新居と新入りの犬を見に来た筈なのに。話題は既に、産まれて来る赤ん坊オンリーに。

 神崎姉妹&旦那さんが移住した農家は、庭付き一戸建てだがかなり古かった。但し納屋も駐車場も、広い庭には小さな池もあって景観は悪くは無い。

 場所も中条地区の外れで、春には美玖と一緒に農地を借りて何かを植える算段をつけているとの事で。おおむね引っ越し先には、満足している様子で何よりだ。


 ペットの犬も、普通の柴犬を最初に飼い始めたのはともかくとして。護人の友人のドックトレーナーの綾瀬から、立派な護衛犬を1匹買い取って。

 将来的には、産まれて来る子供のパートナーになって貰う予定らしい。


 そしてやっぱり、神崎家のその若いシェパードと柴犬は、来栖家のハスキー軍団とは友達になるのを拒否。思い切りビビる姿は、ちょっと可哀想になって来る。

 そんな事は関係なく、家の中では女性たちの歓談が続いている様子。神崎姉は引っ越した事を子供達に詫びているが、姫香は特に気にしてなどおらず。


 その後に入って来た、個性的なメンバーと上手くやっていると自画自賛。凛香は微妙な表情だが、それは喜び半分戸惑い半分と言った所だろうか。

 そして遠慮なくお腹を撫でている末妹に、凛香ちゃんも触らせて貰いなよと場所を譲られて。改めて命の重みに触れた事で、物凄い感銘を受けている様子である。

 それはもう、探索より大事なのは案外コッチかもと思う程度には。


「そりゃそうだよ、私たちが探索で間引きを頑張ってるのは、全部次の世代に平和を繋げるためだもんね! 日馬桜町にも、いっぱい子供が増えるといいよねぇ」

「そうねぇ、妹の恋歌れんかにも一足早い春が来たから、また来年もおめでたが続くかもよっ? あの娘も結婚願望が強いから、意外と入籍まで早い気がするな。

 相手知ってるかな、ホラ……自警団の消防士さんの若いハンサムさん?」

「ああっ、多分向井むかいさんかなぁ……田舎に似合わない、ハンサムなお兄さんだよね」


 酷い言い方だが、姫香も今はこの場にいない神崎妹の恋愛には祝福ムード。何しろ彼女は、一時期隣人の立場を利用して、護人に猛烈アピールをしていたのだ。

 ライバルが減ったと顔には出さないが喜んでいる姫香だが、実は紗良から見ればモロバレで。ブレないなぁとか感心しながら、妹の恋の行方を見守る姉である。


 そして話は、姫香の創設するギルドの話へと移行して。神崎姉も、私たちもモチロン入るわよと軽い返事で決まってしまって。美玖も兄妹で入るし、人数だけは立派なギルドの様相を呈して来た。後はギルド名を決めて、護人にリーダーを就任して貰うだけ。

 実はそれが一番難しいかもと、紗良だけが理解しているのだった――





 そして11月の中旬の週末、来栖家では香多奈のお誕生日会が盛大に行われていた。やっぱりサプライズ系の企画は無く、ちょっと規模の大きなお食事会みたいな感じ。

 凛香チームや小島博士とゼミ生達も参加してるので、人数だけは多いけど。お昼の食卓を飾るのは、お握りやお稲荷や唐揚げや卵料理、自家製ケーキにフルーツポンチと豪華絢爛ごうかけんらん


 せめて飾りつけだけはと、凛香チームの面々は事前の準備とかを大いに手伝ってくれて。料理の方も、小鳩や美登利が絶賛協力体制を敷いての食事会である。

 お陰で会場となった来栖家のリビングは、色紙の飾りでパーティの雰囲気で浮き上がっている感じすら受ける。それを喜んでいる香多奈は、年相応なのかも。

 そんな和気藹々とした感じで、パーティは進んで行く。


 定番の誕生日ソングを皆で歌ったり、プレゼントを貰ったり。そんなパーティの進行中に、何故か香多奈と紗良からサプライズが発表されると言う。

 騒然とする会場だが、何人かは前もって知らされていた感じ。


「ええっと、チーム『ユニコーン』の隼人君と穂積君、それから小島教授ゼミの坂井戸さん。お誕生日席に移動して下さい、みなさんお誕生日近いので一緒に祝っちゃいます!

 他の人たちは、拍手で盛り上げて下さいね~♪」

「お誕生日おめでと~~!」


 良く分からない盛り上がりの中、乞われるままお誕生日席に歩み寄る3名。戸惑い顔の隼人と坂井戸だが、穂積は今日の主役の1人になれて少し嬉しそう。

 それから紗良の主導で、再度のお誕生日ソングからのおめでとうコール。それが3人分、くどい程の繰り返しで徐々に盛り上がって行くパーティ会場である。


 そして歌の名前読み上げの場面で、護人と凛香と小島博士がそれぞれプレゼントを手渡して行く追加サプライズ。ビックリ顔を見れて、企画した香多奈も楽しそう。

 逆に穂積などは、ビックリし過ぎて泣き出しそうだけど。香多奈にフォローされて隣の席に腰掛け、プレゼントの包装を解きながら嬉しさで爆発しそうな表情である。

 隼人と坂井戸も、それぞれ戸惑いながらそれに倣って。


 穂積へのプレゼントは、新しい服とか教材セットとかお洒落な長靴とか色々。一方の隼人と坂井戸は、もう少し実用的なお洒落な作業服や余所行きの服や帽子、紗良の編んだマフラーなどが入っていて。

 美少女の手編みと聞いて、興奮している坂井戸はともかくとして。サプライズは概ね成功の様子で、企画した香多奈と紗良もホッとしている様子である。


 ちなみに香多奈も、家族とお隣さんからエプロンや縫いぐるみ、服や運動シューズや教材セットなどを貰って大喜びの様子。ちなみにエプロンは、姉の姫香のお手製らしい。

 紗良に習って、制作に1か月かかった大作である。


 実はそれを知っていた香多奈は、姉に対して念入りにありがとうのお礼の言葉。照れる姫香だが、その表情は満更でも無い様子。

 その間もパーティは大盛況で、テーブルの上の料理は凄い速さで減って行く。慌てて追加で簡単なモノを作りに席を外す紗良と小鳩、裏方は大忙しだ。


 お酒が入っているのは、小島博士の周辺一部のみだけど。騒がしさはどこも一緒で、和香や譲司は末弟のお祝いの席に、良かったねと本気で涙ぐんていたり。

 それにしても香多奈の優しさを、保護者の護人は本気で感心していた。自分1人のお祝いの場を、他の人にも分けてあげられる度量の大きさは将来大物の予感。

 いや、それは保護者の色眼鏡なのかも知れないけど。


 会場はその後も騒がしい程に盛り上がって、歌や芸を披露する者も出始める始末。特にルルンバちゃんやミケのスキル芸は、観客から大ウケを勝ち取っていた。

 時間が経つにつれて、会場は段々と穏やかな雰囲気に移行して行って。食事もデザートが配られて、子供たちはお手製のケーキとフルーツポンチに興味を移行している。

 そんなお誕生日会が終わるのは、もう少し先の様子。





 ――そうして11月の午後は、和やかに過ぎて行くのだった。





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