第172話 己の分身と戦う破目に陥る件
香多奈の『声援』と姫香の『身体強化』スキルを加えても、何とこの大きな宝箱は数センチしか動かない強固振りを示し。護人も勿論手伝うが、結果はほぼ変わらずの状態である。
そこで色々と調べてみたら、どうやらこの宝箱の内装に仕掛けが施されていて。内ポケットの袋の中に、A4サイズの分厚い金属の板が何枚も入っているのを発見!
つまりこれを取り除いて行けば、宝箱自体の重さは軽くなるって寸法である。ただし、この得体の知れない金属板の重さも伊達では無さそうで。
1枚でもつま先に落としたら、打撲では済みそうにない重量。
「これ、何の金属だろうね護人叔父さん……何枚か持って帰ってみようか、ひょっとしたら高値で売れるかもしれないし」
「そうだなぁ……でもこんなに重かったら、武器にしろ防具にしろ扱い辛そうではあるかな?
まぁ姫香の好きにしなさい、持ち損なって怪我しないようにな」
そんな訳で、3枚ほど慎重に持ち帰る事にした姫香である。香多奈に至っては、そんなモノまでがめつく持って帰らなくてもと目先の謎解きに全力集中しているけど。
謎解きと言うか、もはやパズルみたいなモノかも知れない。結局は残りの金属板を蓋の空いた部分に放り込んで、その重みで箱の底が後ろに引っ繰り返るかどうかを試す事に。
そう思って部屋内を眺めてみたら、重りになりそうな小型の家電が結構置かれてあった。最終的にはロープまで利用して、何とか宝箱を引き倒す事に成功。
10分以上粘った甲斐あって、その底の部分にきっちり床収納の扉が。
それを見て抱き合って喜ぶ子供達である、ぽっかり空いた四角い穴の中にはちゃんとアイテムの類いが見て取れて。箱が倒れたり罠があっては危ないからと、護人が取り出し役で次々に後ろの床に品々を置いて行く。
まず出て来たのは、何と煌めく宝珠が2個と豪華な宝石の散りばめられた剣が一振り。それから特大サイズの魔結晶が1ダースに虹色の種が5粒ほど。
残りは割と大物で、水晶の嵌まった大盾とランドセルサイズの発電機の様な物体が1つずつ。これで全部で、何と言うか本当に得をしたのかと言われればちょっと微妙かも。
まぁ宝珠×2個の時点で、凄い儲けには違いないのだけれど。そっと触ろうとする末妹の頭を、容赦なく
紗良に早く鞄に隠すように、何となくお願いしてしまう護人である。
転がって行こうとする宝珠に、ミケまで反応してたのでこの決断は正しかったのだろう。まぁ、香多奈よりミケの方が被害は少なくて済むかもだが。
誰でもスキルを覚えられる珠って、考えてみれば相当物騒なモノかも。それより新しい盾を眺めながら、交換してみようかなとか悩む護人。
ちなみに全部鞄に仕舞い込んだ紗良は、魔結晶の値段を全て覚えているので顔が真っ青である。魔結晶(大)の値段が1つ50万円程度、魔結晶(特大)だと1個で100万円近くになる筈。
それが1ダースって、考えただけで足が震えてしまいそう。
姫香や香多奈はその点は
早く日常に戻りたいと、探索再開をリーダーに提案すると。既に3時間を過ぎている事に気付いて、大慌ての護人。休憩もそこそこに、チーム前進の号令を掛ける。
大儲けでウキウキ模様の姫香と香多奈は、それに元気に返事して。
8層の残りは何の波乱も無く、9層も途中までは前と同じパターンの道のり。イミテーターとシャドウのコンビ襲撃に、たまに大ゴキブリやスライムが加わって。
やはり一番きついのは、マジックブックの魔法攻撃だろうか。姫香も随分と、『圧縮』スキルでの防御が上手くなったとは言え。毎度先手を取られるストレスは、ちょっとキツイ。
それ以上に物議を醸したのは、人形イミテーターの襲撃の後の処理だった。そいつは無事に殴られて昇天したのだが、ドロップに魔石(小)と可愛いフランス人形が混じっていて。
これを持って帰るべきか、例えば売っても果たして大丈夫なのかとの議論には。誰も平気でしょと答える者はなく、敢え無くその部屋に置いて行く事に。
やはり持ち帰った人形が、人を襲い始めると洒落にならないので。
まぁそんな事は有り得ないとは思うけど、絶対に無いかと問われれば自信が無くなる。ダンジョンの常識なんて、それこそ日々更新されて行ってるのだから。
それに回収品なら、台所の戸棚を開いて幾らでも手に入る。現に追加でパスタや小麦粉、再びの缶詰やカップ麺やレトルト食品を入手した。
そしてトラップBoxからも、安定の鑑定の書を1枚ゲット。ミケが毎回警告を発してくれるので、コイツに騙された事は幸いにも無い来栖家チームである。
そんなこんなで9層も突破、一行は少々の期待を込めて10層へと到着する。新造ダンジョンなら、そろそろ最深層であってもおかしくない筈。
そして突入から3時間半、ようやく10層のボス部屋の扉前へ。
「ここで終わりならいいなぁ、もうお昼だしお腹空いちゃったよ……!」
「そうだな、青空市の販売ブースも他の人に任せっ放しだしな。どの道この部屋をクリアしたら、1度地上に報告に戻らなきゃな」
「今日もお祭りは盛況かなぁ、何にしろ探索でたくさんアイテムを回収出来たよね! これなら戻っても、売る物に困る事は無さそうだね、紗良姉さん」
姫香の言葉に、そうだねと優しく言葉を返す紗良だけど。回収した中身をそのまま見せれば、恐らく大事になりそうなのは内緒である。
その辺は、恐らくだが護人も気付いている筈。仁志支部長や能見さんも口が堅いので、あの人たちまでならバレても全然平気だろうけど。
それ以上になると、人の口に戸は立てられぬで、どんどん拡散して変な噂になってしまう気が。心配性かもしれないが、そうなってしまって後悔しても遅いのは事実。
来栖家の面々は基本お人好しなので、そう言った点は自分がしっかりしなければ。そう気合いを入れ直し、ボス前の作戦に耳を澄ます紗良である。
今回はゴースト対策で、遠隔速攻は無しで行くらしい。
その代わり、レイジーに
それは来栖邸の裏庭に下げてあって、中身は蟲に特効の薬剤が入っていたりする。でもまぁ、確かにもう1つ予備があれば、紗良かルルンバちゃんに持たせてあげられたかも。
ちなみに香多奈には、どちらかに譲り渡す気は全く無い様子。護人はため息をついて、戻ったら屋台で水鉄砲を買い足す予定を脳内リストに書き足しておく。
とにかく準備と作戦は整った、護人は勢い良く木製の扉を開けて戦闘でボス部屋へと踊り込む。意に反して、そこにはボスモンスターの影は一切なかった。
あるのは全面に貼られた、昏い輝きの巨大な鏡のみ。
「あれっ、ボスがいないね……ダンジョンコアも階段も無いのは何でだろう?」
「叔父さんっ、そこに足のマークが描いてあるよっ? ホラっ、鏡の前!」
姫香の指摘通り、20畳程度の照明の暗い部屋の中には下への階段もダンジョンコアのどちらも無かった。そして香多奈の言う通りに、揃えられた足のマークが鏡の前に描かれている。
小首を傾げつつ、子供達を入り口に待機させて護人は1人で前へと進み出る。そして何事も起きないまま、結局は足のマークまで辿り着く結果に。
それ以上のアクションは、結構勇気のいる事だけど。何も起きないのは、時間が惜しいばかりで進展もない。結果、護人は慎重に足のマークに、自らの足を揃えて立ってみる事に。
それへのリアクションは、これ以上ない位に熾烈だった。
全面に貼られた鏡が全て割れて、いきなり部屋の大きさが2倍になったのは良いけれど。奥に隠された部屋から、推定ボスモンスター達が溢れ出て来て。
ってか、護人の前のモンスターは驚きの護人自身の姿をしていた。武器も装備も全て一緒、ただし白目は無く瞳は昏く墨に塗られた様。
他にも何と、5層であれだけ
他のチーム員のサポートには、ちょっと手を貸せそうもない。
その旨を伝えて、後方の指示は姫香に一任する護人。その間にも、自身のそっくりさんから鋭いシャベルの突きが何度も放たれている。
盾で受けるが、どうやら『掘削』スキルが効いているのか盾ごと掘り進める力強さ。しかもこちらの攻撃は、『硬化』スキルでさほどのダメージにならないと言う。
完全にスキルを使いこなす、護人の上位互換かと見紛うドッペルゲンガー。ただし特殊スキルのコピーは出来ないようで、こちらが発動した四腕には無反応である。
つまりは薔薇のマントの能力も、完全にはコピーに至っていない模様。それがこちらの唯一のアドバンテージ、何しろ向こうの洗練された動きはこちらより確実に一枚
体力や気力も、間違いなく上な気がする
一方の姫香たちだが、やっぱり回避特化のパンプキン軍団に苦戦していた。しかも今回は攻撃力を持つゴーストまで混じっていて、その対応にてんてこ舞いの有り様。
闇雲に斬り付ける姫香の攻撃は、ヒラヒラと闘牛士のように回避するパンプキン軍団。そして思い付いたように、懐からマジックブックを召喚したり、魔玉を放り投げて来たり。
姫香のワントップの形を取っているので、幸いにも後衛に被害は無いけど。見守る紗良や香多奈は、いつ姫香が被弾するかと気が気ではない。
幸い、ハスキー達のサポートで一番の難敵のゴーストを足止め出来ているけど。レイジーの所持する焔の魔剣も、ゴースト相手では必殺にならないのが痛い所。
そんな感じで、戦況は膠着状態にあったのだが。
今回もやっぱり、それを崩したのはツグミの『隠密』からの襲撃だった。それによって、1匹を床に叩き落として捕獲に成功。すかさず走り寄った香多奈が、水鉄砲でキルマークを見事に上げる。
怒りの形相で、仲間の敵を取ろうとタゲを移すパンプキンズに対し。護衛のコロ助が、《韋駄天》を発動して少女の素早い救助を成し遂げる。
そこに護人の声掛けと共に、姫香の足元に転がって来る塩入り瓶。アッと思って拾い上げる姫香は、それの蓋を勢い良く開け放ち。
獲物が目の前から消えて戸惑っているカボチャ頭共へと、味付けにと塩を勢い良く降り掛ける。中身を半分近くぶち撒けてしまったが、その効果は絶大だった。
何と瞬時に腐り果て……いや、浄化して魔石へと変わって行く推定ボス達。
その頃苦戦していたかに見えたレイジーだったけど、このゴーストとも3度目の戦闘である。いい加減に、向こうのパターンや攻撃手段を覚えてしまった。
しかも後方から、ミケのサポート魔法が飛んで来て。ルルンバちゃんも接近戦を挑んでいて、向こうは気が散って仕方が無い様子なのが手に取るようにわかる。
つまりコイツは、やたらと人間っぽい思考の持ち主なのだ。そして魔法も使うようだが、その腕前はミケやレイジーの方が数段上である。
それに気付いて、やっぱりムキになる未熟なゴースト。向こうの得意の接近戦を挑んで来る気配もない。もっともルルンバちゃん相手なら、生気を吸い取る事も無駄なのだが。
そして何度目かの遣り取りで、レイジーは相手の核となる存在を感知。
それは奴の喉元にあって、ルルンバちゃんのドローンのプロペラ旋回で、白霧が拡散されるたびにチラリとだけ窺えるレベル。それでも百戦錬磨のレイジーには、充分過ぎるヒントだった。
何度目かのミケの落雷に、ダメージを蓄積して苛立つゴースト。お得意の絶叫(ミケやレイジーにはさほど効果無し)のモーションに入った途端、隠された弱点は浮き彫りに。
与えられた焔の魔剣は、既に自分の牙と言っても良いレベルの馴染みよう。その一撃で、長く感じた戦いはようやくの終焉を迎えて。
チラリと窺ったミケからは、お褒めの視線を確実に感じたレイジーだった。
そして大ボスをソロで相手取る護人、自分の懐にある塩入り瓶の存在に気付いたのは良いのだが。それを下手に姫香にパスしたツケは、意外と大きかった。
無理な体勢でシャベルの突きを受け、とうとう愛用の盾が壊れる破目に。愛用と言っても、まだ1か月ちょっとしか使っていなかったのだけど。
後悔しても既に遅いと、四腕でとにかく殴り掛かるも。相手は物凄くタフで、しかも『硬化』スキルが本当に厄介と言う他なく。スキルの有用性を、嫌と言う程思い知らされる護人である。
戻ったら子供たちの特訓に、しばらく混ぜて貰うかと考えつつ。この硬い敵をどう始末するかと、思考に耽りながら同じく『硬化』スキルで相手のシャベル攻撃を防ぐ護人。
ただし、向こうの『掘削』の程度も、全く侮れない酷いレベル。
考えてみれば、シャベルと言う武器にこれ程似合うスキルも無いかも。その有用性を、身をもって体感するのはアレだけど。俺ってひょっとして強いんじゃと、思考は思わず変な方向へ。
そして後方からは、やったーと姫香の勝利を感じさせる叫び声が。それならこのまま持久戦に持ち込めば、全員でコイツをボコってお終いに出来るかも。
いや待て、でもコイツは自分そっくりだぞと思い悩む護人。
それはそれで、自分が殴られる姿を傍から眺める構図がちょっと情けない。そこで頭をフル回転させて、次善策をはじき出そうととにかく頑張ってみる。
結局は、以前の戦闘中に一度だけ成功した《奥の手》での切断術、これに賭けるしかないと思い至って。あの時の気持ちを思い出しつつ、戦闘に集中して行く護人。
向こうの自分は、業を煮やしたのか突きの合間に薙ぎ技を加えて来るようになって来た。それも鋭い威力で、確実に自分より何らかの闘技の下地が垣間見えるドッペル
こちらもシャベルでいなし、『硬化』で防御しつつの《奥の手》での反撃。いや、薔薇のマントの殴りがより熾烈に、ってかムキになってきた気が。
仕舞いには、必殺の棘を
――恐るべし薔薇のマントの格闘能力、まさかそれが止めの一撃になるとは。
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