第168話 子供同士で親交を深めながら町中を探索する件



「おっ、ようやく子供神輿が出て来たぞ……のっけから元気だな、香多奈はどこだ? いやしかし、こんな所にまで人だかりが出来るとはなぁ」

「和香と穂積も、ちゃんと紐を持たせて貰ってるっ! 良かったぁ、引っ越ししてすぐにお友達が出来るなんて、本当に奇跡だよっ!

 あとは穂積の体調が、最後まで持てばいいんだけど……」


 撮影に忙しい護人の隣で、キッズの心配をしているのは小鳩である。どうしても2人が心配だからと、多少無理を言って護人にくっ付いて来たのだけれど。

 元気に2人が地元の子供達に混じっているのを見て、その心配も杞憂だったと安心した素振り。わっしょいの掛け声と共に、子供神輿は町中へと進んで行く。


 恐らくこのまま進んで、駅前を抜けて下条地区へ一度向かうのだろう。それからUターンして、上条地区に戻って来る予定だった筈。

 何だかんだで1時間とちょっと、町のあちこちで元気な掛け声を発して回って。それから4時くらいに解散すると、香多奈は言っていた気がする。

 護人もある程度ついて行って、その勇姿を画面に収めるつもり。


 小鳩もどうやら、途中までは一緒に行動するようだ。ほんの2歳ほどしか年は離れてないのに、すっかり保護者の顔付きはアレとして。

 その気持ちは良く分かる、護人も似たような体験をして来たのだし。例えば5年前の、姫香と香多奈がこの町に自分を頼って来た時のことを思い出しながら。


 ――今や元気いっぱいの、末妹の撮影に思い切り力を注ぐのだった。




 販売ブースの売れ行きはひと段落を見せて、あれから売れた大物と言えばキャンプ用具とテント位のモノ。それから木製の大たらいと、漆塗りのお重が全部はけたのは意外だったけど。

 スキル書やら魔法の装備品と言った目玉商品は、ピタリと売れなくなってしまった。何しろ探索者のお客が来ない、それが唯一無二の大きな理由には違いなく。


 交代して店番に戻った姫香は、時折やって来る近所のおばちゃんの声援に笑顔で返答するのを繰り返す。差し入れは今回も多大で、隣の凛香はビックリした顔を浮かべていて。

 姫香はこれが、地域密着型の探索者の姿だよと良く分からない威張り方。


 紗良は現在休憩中で、丁度近くを通りかかった慎吾と譲司を捕まえて、姫香に教えられた古着市へと向かった様子。姫香が作業用の古着を買ったと言ったので、キッズにも自分のお小遣いで買い与えるつもりらしい。

 そんな所は凄いなぁと、素直に感心する姫香と凛香である。ちなみに凛香は、さっきの自由時間は隼人と100円ショップ的なブースに入り浸っていたらしい。


 何しろ新居には、足りないものがまだまだ多いらしく。魔法の鞄など1つも持っていない凛香チーム、引っ越しで持って行くのを諦めた日用品も多いのだ。

 時間があれば、姫香が魔法の鞄を持って往復するって手もあるのだが。凛香の住んでた地域は、治安も余り宜しくなかったそうで。

 1週間も留守にすれば、家捜しの対象になっているかもとの事。


「うわぁ、広島市内の治安って、今はそんな感じなんだ……凄い所に住んでたんだね、凛香って」

「まぁな、こんな田舎だが引っ越して来て本当に良かったと思っている」


 簡潔な受け答えだが、凛香の言葉には普段は滅多に見せない感情が確かに籠っていた。それを多少なりとも感じ取って、姫香は隣に座る少女の背中をポンポンと2回、優しく叩く。

 店番についてもうすぐ1時間、あと少しで再び交代の時間である。



 頑張って町中を練り歩く香多奈とキッズの撮影を、途中で林田兄にバトンタッチして。護人と林田兄は、あれから割と交流を持つようになって今に至っており。

 こんな無茶なお願いも、割と頼める間柄になっていて。ってか、別に最後まで子供神輿の行進を撮影する必要性も無かったりするのだが。


 来年もあるとは限らないし、子供の記録はキッチリ残しておきたい欲望が働いた結果である。そんな訳で、後を二十歳になったばかりのれんに託して青空市に戻る護人。

 結構長い時間、販売ブースを空けてしまっていたので、向こうもそれなりに心配である。本当は、ゼミ生の2人がもう少し信頼出来れば良いのだが。

 実際は、そうも行かずで護人が駆け回る破目に。


 そしてその選択が、間違って無かったのは販売ブースに戻って来てすぐに判明。何と2メートル近い外人が、売り場の前で姫香と何やら揉めていて。

 思わず顔色を変えて、姫香の名を呼んでダッシュで近寄る護人。ところが姫香当人も、ゼミ生2人も深刻そうな顔をしておらず、護人の姿を見てお帰りと明るい笑顔。


「……あれっ、何か揉めてたんじゃないのかい、姫香?」

「あっ、この外人さん? 違うよ、お祭りがあるのを聞いて遊びに来たそうだけど。護人叔父さんに話があるって、ちょっと待って貰ってたの」

「こんにチハ、オひさしブリ」


 お久し振りと話し掛けられた護人は、どこかで会ったかなと心中模索。姫香が大規模レイドに参加してたんだってと、援護射撃でようやく得心がいったようで。

 それと共に嫌な記憶も思い出すが、向こうもそれは分かっているみたいで。同郷の者が大変な失礼をしたと、たどたどしい日本で謝って来る始末。


 同郷と言うか、どうやら彼らは同じ米軍基地の仲間であったらしい。身を持ち崩した話はどこでも聞くが、中にはこんな礼節を持ち合わせている人物もいるようだ。

 取り敢えず、変な難癖をつけに来たのではないと知って、ホッと胸を撫で下ろす護人。それならば多少なりともお持て成しをと、奥のテーブルにお招きして。

 それから片言の日本語で、お互いの境遇やら探索状況やらを話し合って。


 彼はヘンリーと言う元米兵で、日本人の奥さんと家庭を築いて日本語を覚えたらしい。探索歴は5年で、現在はB級で岩国近辺で活動をしているとの事。

 チームには日本人もいるそうで、本人も日本びいきな所が散見する。現に先ほど購入したのは、漆塗りのお椀やお箸を2つセットで、それからお重や達磨落としのオモチャやクマの木彫りなどなど。


 それから探索用にと、95万円の値を付けた『羅刹の剣』を購入してくれて。姫香も思わずおまけにと、綺麗なかんざしを奥さんにドウゾとつけてしまった。

 ヘンリーもそれを喜んでくれて、また来月アソビに来まスと気の良い素振り。姫香もまたねと、外人さんに対しても特段のアレルギーも見せていない感じ。

 青空市の1日目のブースは、こうして波乱も無く過ぎて行くのだった。




 大声を発しながら、町中を神輿を担いで練り歩く事1時間とちょっと。4時前には学校に戻って、先生に褒められてご褒美を配られて解散の流れに。

 予定通りにお菓子の詰め合わせを貰って、子供たちのテンションは相当に高い。突然参加の和香と穂積の分もちゃんとあって、その点は香多奈も一安心である。


 そして法被を脱ぎ去った子供たちは、ご機嫌に学校から散って行き。香多奈も友達と一緒に、遊びの続きだと立てた予定の再チェック。

 新入りの和香と穂積を引き連れて、町の案内とかをする予定だったけれど。考えてみれば、田舎のこの町に改めて案内する程の建築物やら名所は存在しない。

 田舎有る有るだ、寂れた景色くらいしか褒める所が無いと言う。


「えっと、でもね……駅前の雑貨屋さんは、今も頑張ってお菓子とか入荷してくれてるし。近くの山のハイキングコースは、凄い歩き甲斐があるし?」

「そうそう、大蔵神社も立派だよ……昔はあそこで、神楽とかやってたみたいだけど。今年は人がたくさん集まるから、この小学校の校庭を使うらしいね?」

「あぁ、神楽の舞台出来てたねぇ……放課後に作ってたけど、グランド使えなくて迷惑だったよ。そんじゃ、来週からまたグランドで遊べるんだ?」


 ワイワイと話し合いながら、2人を案内する場所を決める香多奈とその友達ズ。具体的には、キヨちゃんとリンカと太一が残って学校の石垣に腰掛けて談笑中。

 和香はお菓子の詰め合わせを眺めながら、この上なく幸せそうな表情。穂積はコロ助を撫でながら、何とか芸をさせようと奮闘中である。


 コロ助は子供の相手は慣れているが、命令は割と無視。彼の中では、群れの中心は護人であり母親のレイジーなのだ。香多奈や子供たちは、護衛の対象でしかない。

 結局子供たちの話し合いは、近い大蔵神社にもう一度行ってみようと決定した。その方向から祭囃子が聞こえて来ているし、ひょっとしたら練習風景とか見学出来るかも知れない。

 煌びやかな衣装の舞いは、子供も夢中になるレベル。


 その後に、再び青空市に訪れるのも悪くは無いかもと話し合いつつ。今日は6時くらいまで、食べ物屋中心に屋台をやっている所もあるそうだ。

 明日もあるけど、お小遣いを貰っている子供たちは無敵状態だ。そもそもお金の使い処は、こんなご時世でそんなに無いのが現状で。

 使命感に似た感情が、子供達を突き動かしていたり。


 神社は特に山の上にある訳でもなく、それでもこんもりした針葉樹に覆われて境内も本殿も外からは窺い辛い。細い山道を除いて、そこに近付くには1本しか道は無いのだが。

 神社に近付くその道は、ちゃんと舗装されているがそれ程に広くはない。町のどこにでもある、山の中を縫って通るくねくね道の1つなのだが。

 そこを歩いていた子供たちは、何故か違和感を覚え始め。


 最初にそれを感じたのは、先頭を元気に歩いていたリンカだった。ほんの1時間前に、子供神輿を担いでこの道を通った時には感じなかった違和感。

 それは大蔵神社の玉垣に、ぴったりとくっ付くように駐車されていたキャンピングカーだった。今時の車にしては、装甲もされてないし一見貧弱に見えるけど。


 何となく威圧感と言うか圧迫感を感じて、思わずリンカは足を止めてしまった。釣られて、後ろを歩いていた子供達も停止してビックリした顔でその車を眺める。

 とは言え、青空市のある日は割と町の至る所で違法駐車の車は見掛けはするし。何しろ町の指定した駐車場では、収まらない程の車での来訪者がやって来るのだ。

 この車も、そんな連中の暴挙と断じても良い筈なのに。


「……さっき通った時、こんな車置かれてなかったよな?」

「キャンピングカーって、香多奈ちゃんの家のとも違うよね? それより何であの車、扉が開きっぱなしなのかなぁ?」


 確かにどこか不気味で、近寄りがたい雰囲気を放出しているキャンピングカー。横に位置した扉は、何故か開きっ放しである。

 子供たちが恐る恐る窺うも、薄暗くて中は良く見えない。


 香多奈的には、キャンピングカーってのはキャンプ好きとか、探索者チームが仕事の都合上使う印象である。姉たちのブース目当てで、この時期にやって来ても不思議は無いのだが。

 ただし、こんな不穏なオーラを放っている探索者の車と言うのも、考えてみれば不自然かも。試しに運転席の方を覗いてみるが、そこにもやっぱり人影は無し。


 天井から釣らされている、パンプキンヘッドの飾りが目を惹く程度だろうか。そう言えば、先月の今頃が丁度ハロウィンだったっけと、香多奈は何となく思い起こす。

 こんな田舎町では、当然そんな洒落た行事は流行っても無かったけど。学校の行事で、ちょっとだけ仮装の真似事をして楽しんだのだ。

 そして最終的には、先生にお菓子を貰ってはしゃぐと言う子供騙し。


「……ちょっとだけ入ってみようか、太一っちゃん? ひょっとして、中で人とか死んでたら自警団の人呼ばなきゃだし!」

「えっ、僕が入るの……? ってか、中で人が死んでるのっ!?」

「ひえっ、それって一大事じゃん……誰か大人を呼ばないとっ!」


 物騒な事を口にするリンカだが、その顔色は皆と同じく真剣だ。何となくだが事件性の匂いを、子供なりに感じ取っているのかも知れない。

 そこからは、誰が誰と入るかで事態は紛糾し始めて。キヨちゃんは大人を呼ぼうの一点張りで、和香と穂積は何とか扉の向こうが見えないかその場で奮闘中。


 ここは自分の出番かなと、変な度胸を持ち合わせている香多奈が、まさに口を開こうとしたその瞬間。どこからかドングリが飛んで来て、少女の頭に命中した。

 ビックリして振り返ると、キャンピングカーの角から顔を覗かせたいつかの鬼の子が、顔の前で小さくバツ印を作ってこっちを見ている。

 その瞬間、少女の頭の中に稲妻のように閃きが。


「みんなっ、聞いて……このキャンピングカー、ダンジョン化してるっ!」





 ――ええっと驚く子供たちの声が、近くの境内にまで響き渡った。






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