第169話 所在不明のキャンピングカーダンジョンに突入する件



 その日は発見した子供たちに、事の顛末を聞き出して終了……とは行かず、この所在不明の確定ダンジョンの処遇をどうするかで大人たちで揉めに揉め。

 何しろこんな動き回るダンジョンの話など、協会勤めの仁志や能見さんでも聞いた事が無い。ヤバい案件には間違いなく、取り扱いの方法も未知の分野に当て嵌まり。


 取り敢えずの魔素鑑定では、結構な高い数値をはじき出す始末。とは言え、それじゃあすぐさま間引きに入ろうなんて、モノ好きがこの近辺にいる筈も無く。

 何しろ間が悪い事に、町は外部のお客さんを招き入れてのお祭りの最中である。ここでオーバーフロー騒動など起こしたら、“魔境”日馬桜町の印象はあっという間に世間に知れ渡ってしまう。

 そんな訳で、折衷案が自警団の団長の細見から。


「夜中の見張りをウチの自警団で立てるから、済まんが護人……明日の朝一で、この“キャンピングカーダンジョン”の間引きに当たってくれないか?

 協会と話し合って依頼の形を作るから、特別手当を受け取れると思う。町のお祭りの最中だから、なるべく穏便に事を進めたいんだが」

「はぁ、まあ……どうだろう、紗良に姫香? 明日も青空市のブースを借りてると思うけど、その前に一仕事ダンジョンに潜るってのは可能かな?

 これも治安維持の、案件になっちゃうんだろうけど……」

「良いんじゃないかな、今日の青空市ではかなり儲かったし。町の安全の為なら仕方が無いよね、私は探索にウチのチームで潜るのに賛成だよっ!」


 何で私には訊かないのよと、ヒートアップしている香多奈はともかくとして。確かにお客がたくさん訪れて来るお祭りの最中に、得体の知れないダンジョンの放置は怖いですねと。

 紗良も快く了承の言葉を放ち、これで明日の朝からのチーム探索は決定した。明らかにホッとした表情の自治会長や仁志支部長、細見団長は少しだけ申し訳なさそうな顔だったが。


 これでブースに置けるアイテムの補充が出来るねと、呑気な言葉で嬉しそうな姫香と香多奈。どの位深いのかなぁと、早くも明日潜るダンジョンに興味津々の有り様である。

 情報が全く無いダンジョンは、前知識が無くて怖いねぇと紗良は口にするけど。前の“樹上型ダンジョン”も平気だったし大丈夫と、変な自信満々の姫香である。

 とにかく明日も、予定外に忙しくなりそうな雰囲気。




 そして翌朝の割と早い時間、朝の8時に来栖家チームはキャンピングカーを走らせて、神社の境内近くへとやって来た。田舎の神社には、専用の駐車場なんて洒落たモノは存在せず。

 近くに路駐して、同じくバリバリ路駐している噂の“キャンピングカーダンジョン”へと進み寄る。子供たちは元気に見えるが、実は連日の疲労でコンディションはあまり良くない。


 何しろあの“弥栄ダムダンジョン”の顛末から、僅か1週間しか経ってないのだ。しかもその間も、お祭りの準備やら青空市への参加準備やらで奔走しまくっていて。

 香多奈など、昨日は子供神輿を担いで半日の間町の中を練り歩いていたのだ。これで疲れてないと言えば、超人奇人の類いになってしまう。

 実際、今日も寝起きは結構辛かった末妹である。


 それでも探索に同行するのは、やっぱり家族と一緒が良いからに他ならない。仲間外れなど言語道断、いざとなったらコロ助やミケさんにサポートを頼む気満々の少女である。

 そしてそれは、実は護人や紗良も同じ事だったり。勢いで受けてしまった探索だが、データの無いダンジョンは予想外に神経を遣うのも確かで。


 前回の“樹上型ダンジョン”は10層で終わってくれたが、今回はどうなる事やら。そう言えば、予兆も無く急に出現するのって、あの時に似てるよねと姫香が口にすると。

 そう言えば、昨日この車の側で鬼の子に会ったよと、香多奈の爆弾発言。


「はああっ、アンタそう言う大事な事を何で内緒にしてんのよっ!? まさか他にも、隠し事とか内緒にしてる事は無いでしょうねっ、香多奈!?」

「なっ、無いよっ……会ったって言っても、ちょっと見ただけだから! 話しもしなかったし、すぐに消えちゃったから大丈夫……?」


 何が大丈夫なのよと、妹を盛大に叱り飛ばす姫香である。ちなみにこの娘だけは、連日の忙しさなど気に掛けてないように元気だったり。

 ハスキー達も普通に元気、ミケもマイペースで疲労の影は感じない。とは言えミケはご老体なので、本当は無理をさせたくない護人なのだけど。


 彼女はそうは思っていないようで、保護者然とした雰囲気で紗良の肩の上に乗っかっている。そこは既に探索中のミケの定位置で、後方からしっかり家族の動きを見守るのが彼女の役目。

 そして疲労とは無関係のルルンバちゃんだが、今回は残念ながら飛行ドローン形態での参加である。何しろキャンピングカーの扉は、人が並んで通り抜けれない狭さ。

 さすがに小型ショベルや乗用草刈り機では、中には入れない。


 なおも香多奈は姉からお説教を喰らいながら、一行は風変わりダンジョンの前へ。そこには見張り役の自警団員2名と、細見団長が探索着で待っていた。

 どうやら念の為の後詰め要員に、わざわざ出張ってくれているみたい。護人的には、自分より年上の存在が現場にいるのは頼もしい限りで。


 軽く挨拶からの打ち合わせを少々、護人の方からは3時間程度で一度探索を終えて戻ると口にして。そうすれば、昼から青空市にも出席が出来るし、神楽にも余裕で間に合う筈だ。

 詰め込み過ぎなスケジュールな気もするけど、予定外の探索などが入るのが悪いのだ。こっちは出来る範囲で、対応するしかないではないか。

 そんな自棄っばちの感情で、挑む11月初っ端のダンジョンアタック。




 そして狭い入り口を、入った感想も何と言うか凄かった。4畳程度の狭いリビングが拡がるのは、まぁキャンピングカー自体が狭い構造なので仕方が無いけど。

 雑多な荷物が置かれていて、生活感が割と凄い。とは言え、大半はゴミや役に立たない物ばかりなのだが。そこに来栖家チームの、4人と4匹+1機が入り込むと既に手狭な状況に。


 さすがの香多奈も、ここを家探ししようとは言い出さない有り様である。服とか雑誌などは、探せば売れそうな物は紛れてはいそうだけれど。

 それより、敵の気配を探そうとハスキー軍団が活動を開始する。雑多な室内だが、何となく妙な気配はあちこちから漂って来ている気もして。

 子供達も、薄暗い室内を伺いながら探索の準備。


「……アレッ、そこのソファが今ちょっと動いた気がするね。何だろう、気のせいかな?」

「どこ、香多奈……うあっ、何ナニなにっ……!?」

「きゃっ……!?」


 突然、信じられない現象が起こった。あれほどに手狭だと思われていたキャンピングカーの室内が、急に歪んで膨張し始めたのだ。

 子供たちは慌てつつ、しゃがみ込んだり周囲の者にしがみ付いたり。ハスキー軍団もそれなりに慌てているようで、四肢でしっかり踏ん張って辺りを警戒している。


 その空間膨張現象だが、ほんの数秒で収まってくれた様子。慌てて周囲を確認する護人だが、ダンジョンの出入り口は相変わらず後ろにあってまずは一安心。

 これで退路を断たれてしまったら、いきなり途方に暮れる事態になってしまう。そして肝心の室内だが、何と広さが数倍に……ざっと見て、20畳程度の室内に家具がポツポツ。

 そして突然、ソファが動き出して襲い掛かって来た!


 驚きながらも、前に出て盾で防御する護人。コロ助が『牙突』を発動させて、ソファはあっという間に穴だらけに。その攻撃で、呆気無くソファだったモノは魔石に変わって行った。

 アレはモンスターだったのかなと、疑問を呈する香多奈だが。恐らくイミテーター的な魔物じゃ無いかなぁと、物知りな紗良が答えを口にしてくれた。


 それじゃあ周囲の家具とか、気を付けないとねと姫香は気を引き締めよう発言。何しろ気配に敏感な、ハスキー軍団も先手を取れなかったのだ。

 以前に遭遇した、段ボールとか宝箱のイミテーターも、そう言えば擬態能力は高かった気が。アレはミケしか見破れなかったよねぇと、香多奈の発言で全員の視線がミケに集中。

 当のミケは、紗良の肩の上でのんびり顔を洗顔中。


「……ミケさん、この部屋の中にはもう敵はいないかな?」

「ミャー」


 通訳の香多奈がはあっと納得したように、家具のシンクの辺りを指差した。何が動き出すのと、ビクビクしながら近寄って行く姫香だが。

 シンクの中に2匹のスライムを発見して、ホッと肩の力を抜いたその瞬間。側に置かれていた包丁が、急に飛び上がって襲い掛かって来た。


 慌ててカバーに入る護人と、ミケの『雷槌』の炸裂はほぼ同時。幸いにも包丁イミテーターは、姫香に命中する前に無事お亡くなりに。

 その後に、ミケに護衛して貰いながら紗良と香多奈で仲良くスライムの撃破に成功。嬉しそうに魔石を回収する末妹を、頑張ったなと言う表情で見守るミケである。

 相変わらず、母性本能とか庇護欲は強いミケさんである。


 そしてこの風変わりなダンジョンの構造だが、他にもちゃんと部屋は存在していた。部屋の構造とか家具の設置は微妙に違っているが、広さは膨張した20畳ほどで変わりなし。

 手狭感はあるが、キャンピングカーの構造に慣れてる来栖家に戸惑いはない。そしてイミテーターの存在に注意しながら、あちこちと探索を続ける一行。


 出て来たのは、大ゴキブリが3匹と椅子のイミテーターが2脚だった。椅子の体当たりを盾で受けた護人は、結構な衝撃によろけそうになったけど。

 あらかじめミケの注意を香多奈越しに聞いていて、見当がついていたのが大きかった。大ゴキブリも気持ち悪さを除けば雑魚である、それ程の脅威は無い。

 とか思っていたら、突然ゴーストが出現して一行の度肝を抜く!


 それは苦悶の表情の、半透明の霧のような存在だった。完全に意表を突かれた一行だが、当然の如く武器の攻撃は全く効果が無かった。

 いや、来栖家チームの武器は魔法強化されているので、それはあり得ない筈なのだが。向こうの攻撃は冷気を周囲に放ち、絶叫で後衛をダウンに追い込む凄まじさ。


 1層でこのレベルとか有り得ないと、四腕を振るいながら護人の怒りの反撃も。超接近戦を挑んで来るゴーストには、効果があるのか分からない程。

 そこまで密着されては、さすがのレイジーやミケも魔法での支援は難しい。それでもミケの《刹刃》だけは、ちょっとずつダメージを加えて行っている様子。

 その隙を見逃さず、護人は姫香を抱き寄せてマントの下に隠れる事に成功。


「レイジー、ミケっ……頼むっ!!」


 それからチームのダブルエースに丸投げの指示、ある意味潔い連係プレーだけど。その意図を汲み取った2匹は、必殺の魔法攻撃を護人の頭上に漂う白い霧へと浴びせ掛ける。

 まずはミケの『雷槌』が、まるで帯電した網状の組紐のように周囲の空気ごと焦がしに掛かって。危うく巻き込まれそうになったルルンバちゃんは、慌てて低空飛行モードに。


 絶叫を上げて拡散して行きそうになるゴーストだが、それを許すレイジーでは無い。滅多に使わない炎の剣を牙の端から具現化させて、その一刀でゴーストを瞬時に両断。

 物凄い力技だが、2匹も確実に成長をしている様子である。そしてマントの真上から落ちて来る魔石、何と驚きのテニスボールサイズである。

 1層から出て来る敵では、間違っても無い破格の魔石サイズ。


「……えっ、幽霊は死んじゃったの? まだ耳が痛いし、頭がクラクラするよ……叔父さんとお姉ちゃん、大丈夫だった?」

「こっちは大丈夫、とは言いきれないかな……生気吸われたみたいで、力が入んないや。護人叔父さんはどんな感じ、うわっ……落ちてる魔石がレア種サイズだよっ!」

「こっちも力が入らないな、あのゴーストの特殊スキルか何か喰らったらしい。何で1層の初っ端に、そんなレア種クラスの敵が出て来るんだ?」


 その問いの答えは誰も知らず、暫くは立て直しの休憩へと時間を費やして。混乱を沈めつつ、果たして今のイレギュラーはどんな意味があるのかを話し合う。

 エースの2匹も、MP回復ポーションを飲んでの回復作業。護人も果たしてこのまま進んで良いのか、家族会議に持ち込んで子供たちの意見を伺ってみるけど。


 香多奈が思い付いた表情で、鞄の中から『ポンプ式液剤銃』を取り出す。これは企業から買った、子供でも取り扱えるオモチャの水鉄砲の様なタイプなのだが。

 中身は空で、本当は蟲タイプのモンスターに特効がある液剤が一緒に売られているのだが。香多奈が思い付いたのは、この中に“浄化ポーション”を注入して、ゴーストに対処しようって事らしい。

 なるほど、良いアイデアだねと姉の姫香はその案に賛同の構え。


「私も武器を変えようかな……こんな室内じゃ長物は振り回しにくいし、さっきのゴーストにも効き目は無かったし。

 紗良姉さん、何か良い代わりの武器無いかな?」

「えっとね……鬼原ダンジョンで“桃木剣”の材料を入手したんだけど、それはまだ材料のままかな。破邪の巻物も入手してて、それを試しに家にあった白木の木刀に込めてみたの。

 そっちは多分成功してるから、ゴーストにも効果はある……筈?」

「自信は無いのか、でも今の武器よりはいいかも知れないな。白木の木刀なら、練習で何度も振るってるから勝手も分かってるだろ、姫香」


 護人の後押しで、そうだねと武器チェンジの踏ん切りがついた様子の姫香である。そんな訳で紗良から白木の木刀を手渡して貰って、試しに何度か振るってみる。

 そして思わず風の刃を飛ばして、驚いた香多奈から顰蹙ひんしゅくを喰らう始末。ゴメンと謝りながらも、感触は悪くなさそうで表情は明るい姫香である。

 そんな訳で、自然と探索は続ける事に決定して。





 ――未だに1層と言う事実に、改めて驚くメンバー達だった。





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