第167話 秋祭りと青空市が意外と盛り上がっている件



「あっ、食事中だったか……済まんな、本当はもっと早く来る予定だったんだが。怜央奈から聞いていると思うが、ちょっとだけ内密な話があって。

 もう少し後にまた来ようか……あっ、これは差し入れだ」

「あっ、どうも……自分はもう食事は終わったんで、中で話しましょうか? 良ければこちらにどうぞ、コーヒーでもお出ししますよ」


 護人がそう言うと、紗良も立ち上がってキャンピングカーに入って行った。恐らくお茶の準備をしてくれているのだろう、本当に気の利く娘である。

 香多奈は受け取った袋の中身が気になるようで、早速取り出して眺めている。どうやら有名なお菓子屋さんの詰め合わせらしい、この時代に潰れなかったのは僥倖ぎょうこうと言うしかない。


 人数がずいぶん増えたなと、過去にもお邪魔した甲斐谷は傍目からも凄いオーラを纏っている感じ。その側に立つ若い男の方が、体格は数段立派なのだが。

 プロレスラーかと見紛うその男、キャンピングカーの入り口にもつっかえそうに。名前を椎名しいな燿平ようへいと紹介されたが、チームではその体格を生かして盾役らしい。

 さもありなん、いやアタッカーとしても活躍はしそうだが。


 それから対極なのが、後ろに付き従う小柄な女性だった。黒髪を長く伸ばした清楚な印象で、八神やがみ真穂子まほこと自己紹介では名乗っていたけど。

 食事中の怜央奈が、彼女は“巫女姫”としてのあだ名の方が有名だよと注釈を飛ばしてくれて。なるほど、予言とか癒し系のスキル持ちで広島市でも有名なB級探索者らしい。


 そんな有名探索者3名と、手狭なキャンピングカー内のリビングで対峙する護人。早くも逃げ出したい気持ちで一杯である、紗良はお茶の手配を終えて早々に退出してしまったし。

 ただし、不穏な空気を感じてかレイジーとミケが側を固めてくれているのが本当に心強い。戦う訳では無いのだが、心理的な圧は幾分か緩和されている現状である。

 もっとも、当の甲斐谷は割と下手な態度を示しているのだが。


「ええっと、実は大変切り出しにくい案件なんだけど……言ったら協会本部の情報漏洩とか、そんな感じに騒がれる危険性がある問題でね。

 内密にってのは、そんな意味を含んでいて……必要以上に警戒させてしまって、本当に申し訳ない! そんな用件なんだが、ホラ……そちらのドロップ品を、この町の協会でオンライン鑑定した件なんだけど。

 その中に鎧セットがあった筈なんだが、それを是非ともウチで買い取りたくて」

「はぁ……そんな事なら、全然構いませんけど?」


 話している内に、向こうがやたらと恐縮している理由が何となく理解出来た護人。どうやら協会のオンライン鑑定の結果は、個人情報で絶対に護られるべき案件であるらしく。

 それはそうだ、ドロップ品の価値が外部にバレたら、そのチームの資産まで丸裸にされてしまう。結果、悪漢チームに闇討ちでもされたら、目も当てられない事態になるだろうし。


 話は分かったが、どうやらA級ランカーともなると、多少は欲しいアイテムの情報も入手が可能みたいな模様。ただしそれは、やっぱり口に出すと裏の汚いやり方には違いなく。

 まずはその許しを乞おうと、こうやって下手に出ているらしい。護人は別に構いませんよと、内情を完全に理解して気の良い所を曝け出してしまう。

 何故って、A級ランカーと喧嘩をしても仕方が無いので。


 元々、護人が緩い類いの性格の持ち主って事も、多分に関係はしているのかも。膝に乗って完全に寛いでいる様子のミケを撫でながら、欲しいのは何ですかと水を向ける護人。

 それに明らかに安堵した表情の3名、よく見ると彼らは全員若く、明らかに護人より全員年下である。それで5年の探索歴って凄いなと、改めて感心する護人。


「いや、本当に有り難い……欲しいのは鎧のセットなんですが、鑑定結果では『鬼武者の鎧一式』と言う名前だった筈です。屈強と敵煽スキル付きで、盾役にはぜひ欲しい装備で。

 ひょっとしたら、自前で使うのかなぁとこちらに来るのも躊躇った次第で」

「いえ、鎧の類いはどうも苦手で……売るのは全く構いませんよ、魔法の鞄に入れっ放しの筈です。受け渡しは今で良いですかね、そちらの車まで運びましょうか?」

「いえっ、こちらも魔法の鞄を持って来てますので……それでお値段ですが、口止め料を込めてこの位で宜しいでしょうか?」


 初めて“巫女姫”が口を開いたら、どうやら値段交渉はこちらの女性が担当っぽい。華奢な手の指を1本立てて、多少緊張しつつの提示に護人は鷹揚に頷きを返すけど。

 百万円ならまずまずかなと、呑気な思考は数分後には崩される事に。


 ――“巫女姫” 真穂子が取り出したのは、百万円の束が10個だった。




 甲斐谷率いるチーム『反逆同盟』は、帰り際に水耐性の装備も買って行った模様。『トカゲ皮の下履き』と『巻貝の耳飾り』は、どちらも“弥栄ダムダンジョン”で入手した装備。

 そしてどちらも、水耐性がアップする装備品である。どうも広島市が現在、海からの野良の襲撃に苦労しているって噂は本当らしい。


 この2つも合計15万と、なかなかのお値段がするのだけれど。スパッと簡単に支払う能力は、さすがの有名探索者集団である。

 喜んでる子供達だが、護人は鎧が売れたと言う事実だけを公表する事に。相手のしたズルも売れた正確な値段も、子供たちの教育に悪いので黙っておく事にして。


 などと秘かに画策している内に、香多奈が小学校の集合の時間だと騒ぎ出した。今から法被に着替えて小学校に集合して、そこから1時間とちょっと町内を練り歩くらしい。

 もちろん護人はそれを撮影する予定だし、今日のお祭りのメインイベントである。子供神輿はそれ程には豪華では無いが、子供が発する『ワッショイ』の声は、きっと聞いた皆の心に元気を与える筈。

 ただし香多奈は、全く別の事を考えていたらしく。


「和香ちゃんと穂積ちゃんも、神輿に参加させて貰うように先生に頼んでたのっ! そしたら先生も、いいよって言ってくれてねっ。

 法被も余ってるから、貸してくれるって!」

「アンタって、たまに凄い行動力を発揮するよね……それじゃあ凛香、途中抜け出して子供神輿を担ぐ2人を応援してあげなよ。

 交代して見に行こう、どうせ午後はそんなにお客は来ないし」

「そうだね、ついでに色んな出店があるから覗いてみたいし。私と姫香ちゃん、どっちかがここにいる様に工夫して時間を作ろうっか?」


 護人も実は、護衛と言うか販売ブースに大人が1人もいなくなるのは不味いと思い至って。自分が抜けて撮影している間は、ゼミ生の大地と美登利にいて貰うように頼んであったり。

 2人とも探索者登録しているし、まかりなりにも荒事の心得も多少はあるし。短時間なら、このブースを任せても恐らく大丈夫だろう。


 何しろ、探索者の中には荒事を好む輩も少なからずいると言う事実を、つい先月身をもって知ったのだ。それに対する備えは、万全にしておきたいのは保護者として当然だ。

 スキル書1枚、30万円で売りに出している販売ブースだ。お金を貯め込んでいるぞと、悪企みを思い浮かべる連中がいても全く不思議ではない。

 この人混みは、全てが善人で形成されている事はまず無いのだから。


 とか考えている内に、香多奈は和香と穂積を連れて出掛けて行ってしまった。他の子供達も、どの順番で神輿を見学したり屋台に出掛けようかと話し込んでいる。

 護人もスマホでは無く、ちゃんとしたハンディカムを取り出して、事前準備を始める素振り。実は余り機械に詳しくないので、録画してたつもりが撮れてなかったうっかりが一番怖い。


 そこに姫香が近付いて来て、最初に休みが取れたよと嬉しそうに報告して来る。子供神輿が始まるまで、まだたっぷり1時間は暇があるので。

 その時間を利用して、ちょっと屋台を一緒に見て回ろうと誘われて。特に断る理由も無いので、ゼミ生の2人が来たら出掛ける事に。

 それを聞いて、とても嬉しそうな姫香である。



 そしてそれ程に間を置かずして、目立つ容貌の大地と美登利がブースに到着。聞いた話では、今まで林田兄妹と一緒に協会の青空市管理を手伝っていたらしい。

 一応青空市は、自治会の管理の立場を取っているのだが。企業参加など大物の出店に関しては、協会の伝手が無いとどうしても儘ならないので。


 それで実行委員会的な立場では、協会と自治会の共同管理となっていて。自治会の民泊移住で越して来て、協会にも所属している林田兄妹やゼミ生は、雑用を断れない立場である。

 神崎姉妹&旦那さんに関しては、神崎姉が身重なので事前準備のお手伝いのみで勘弁して貰えていたようで。その辺の事情は、来栖家の方にも流れて来ている。


 とにかくようやく市場を散策出来ると、盛り上がる子供たちの群れに。お小遣い渡すから大事に使うよう申し渡して、それなりに少なくないお金を渡して行く護人。

 新入りの凛香チームの面々は驚いているが、こんな出店ブースがこの町に集まるのも滅多に無い事である。引っ越ししたばかりなのだし、必要なモノはどんどん買い込んで欲しい。

 建前はそんな感じだけど、年に一度の祭りなのだから素直に楽しむべし!


 そう告げると、子供たちは口々に礼を言って拠点を飛び出してった。それを微笑みながら見守る美登利と、厳つい表情を崩さない大地。

 まぁ、その表情が用心棒的には役に立つだろうと、護人は彼等にこの持ち場を頼み込んで。ウキウキと楽しそうな姫香に手を引かれて、人混みの凄い市場へと突入して行く。


「どこから廻ろうか、護人叔父さん……何か噂では、別の探索者がブース借りて出店してるって聞いてるし。骨董品店とか、企業ブースも増えてるってね?

 1時間で廻れるかなぁ、今回は規模が全然違うよねっ!」

「さすがお祭り仕様だよな、ここまで日馬桜町に人が訪れるなんてなぁ……町興しは大成功だな、これでダンジョン事情が落ち着けば万々歳なんだが」


 そうは上手くは行かないよねと、あちこち出店を巡りながらお祭りの雰囲気を楽しむ2人である。それから今回は、古着市とか100円ショップ的なブースがあるのも発見して。

 これはぜひ、新入りキッズたちに知らせねばと使命感に燃える姫香である。それから企業ブースでは、修理工みたいな新参店舗と魔法アイテム専門店を発見。


 魔法アイテムと言っても、鑑定の書とか魔玉とか木の実とか、そんな感じの売値の安いアイテムが殆どだけど。魔玉に至っては、探索者カードが無いと購入出来ない仕様らしい。

 ちょっとだけ並べられている武器や装備品も、それ程性能の良い物は無い様子。少なくとも、来栖家が回収したドロップ品で賄える感じを受ける。

 無理やり買うとすれば、強化の巻物くらいだろうか。


 こちらも3枚しか置かれてなくて、しかも売値は40万円前後とお高い感じ。効果も防御アップ系で平凡だし、無理して買う必要も感じない。

 それより古着市で掘り出し物を探そうと、姫香の提案で来た道を戻っていく両者である。結局はここで残りの30分を費やして、買ったのは農作業用の汚れても良い服と言う。


 女子力はまだまだな姫香だけど、リミット間際にクレープ屋で護人にクレープを買って貰ってご満悦な少女。そのままブースに戻って、紗良と凛香と交替となって。

 護人に限っては、そろそろ香多奈の子供神輿が出発の時間だと、慌てて再び単独で飛び出て行ってしまった。引き続きゼミ生2人に留守を頼んで、ハンディカムを手に小学校方面へ。

 時間はもうすぐ2時、太陽は天の真上を少し過ぎた辺り。




「本当に良いのかな、私たちこの地区の学校にも通った事無いのに……」

「平気だよ、どうせ交代しながら担ぐんだし、小学校の生徒の数もここにいるので全員だし。先生も許可をくれたんだから、誰も文句は言わないよっ!

 ねっ、キヨちゃんにリンカちゃん?」

「そうだよ、男子なんか楽が出来るって喜んでるよ……えっと、香多奈ちゃん家の隣に越して来たんだっけ? あらためて宜しくね、さっきも一緒に遊んだけど」

「神輿担ぎが終わったら、またさっきのメンバーで集まって遊ぼうよ。今日は夕方6時くらいまで遊んでも、母ちゃんが良いって言ってたからさ。

 市場はもう見たから、今度は町の中とか案内するってのはどうかな?」


 それは良いねと、法被に着替えて気合十分の香多奈がすかさず同意。やや男勝りなリンカの提案に、和香と穂積はややおっかなビックリだけど。

 それはこの少女の名前が、自分達のリーダーと同じだからってのも少しある。反対にホンワカした雰囲気のキヨちゃんは、大きな団扇を持ってユラユラ揺れている。


 そして、終わったらお菓子の詰め合わせが貰えるよと、凄く嬉しそうに話題提供。そこに太一も近付いて来て、香多奈の側に座っているコロ助をモフり始める。

 太一っちゃんもおいでよと、子供たちの遊びの計画は容赦が無い。そこに先生の大きな号令が飛び交って、どうやら子供神輿が本番を迎える様子。

 すかさず和気藹々と喋っていた子供たちが、あらかじめ教えられていた配置につく。





 ――そして数年振りの秋祭りは、子供たちの声で始まりを告げられたのだった。






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