第148話 来栖家チームの最深層を更新する件



 9層の広場で大騒ぎの妖精ちゃん、どうやらその中央に咲いている桃の木から、待望の薬品の原材料が採れるらしい。それを回収しようと、現在桃の木と交渉中の小さな淑女である。

 それを生温かい目で見守る来栖家の面々、それが可能なのかもただの人間たる身では理解も及ばず。ところが可憐に咲く桃の木から、ポロっと桃の実が続けて転がり落ちて来て。


 それには、胡乱うろんな目で眺めていた姫香たちもビックリ。香多奈も慌てて、転がり寄って来た桃の実を拾い上げている。それはふっくら美味しそうだが、食べては駄目らしい。

 妖精ちゃんはナニやら激しく喋り立てており、桃の実は尚も続けて転がり落ちて来る。その回収作業について、香多奈に何度も注意を飛ばすチビ淑女。

 何と言うか、普段の食いしん坊キャラからは想像出来ない対応振り。


 そして集まった桃の実は2ダース程度、最後に大振りの枝がポロリと零れ落ちて来た。それは破邪の効果があるぞと、満足そうに妖精ちゃんが解説してくれて。

 ヤレヤレ、私の今日の仕事は終わったわぃと、香多奈の肩に戻って行く妖精ちゃんだけど。何か凄い材料を入手したかもと、紗良は鞄に仕舞い込みながら興奮模様。


 それはともかく、この層はこれ以上の敵は出て来ない模様。少し歩くと、次の層への階段が大きく口を空けていた。次は10層だから、ボス確定ステージである。

 ここのダンジョンは、報告によると最深到達層が21層らしい。もっと深いのが確認されているので、割と老舗のダンジョンだと思われる。

 突入してもう少しで3時間だが、子供たちはもう少し潜りたい素振り。


「まぁ、とにかく中ボスで手古摺てこずらなければ、もう少しだけ潜ってみようか。妖精ちゃんも収穫に満足してるみたいだし、あんまり深く潜る意味はもう無いかもだけど。

 最初の約束だし、もう少し頑張ってみよう」

「は~い、まだ夕方までにも時間はあるし、体力的には全然平気だよっ! 紗良姉さんと香多奈も、まだ大丈夫だよねっ?」

「うん、特訓の成果も出てるのかなぁ? 体力はまだ平気、もうちょっと頑張ろう!」


 紗良に続いて香多奈も元気な返事、MP回復の休憩を挟んで皆で連なって10層へと降りて行く。そこも餓鬼や瘴気、赤鬼や青鬼の団体様がハッスルしてのお出迎え。

 それを蹴散らして進んで行くと、やがて巨大な木の門が出現して。



 間違いなく中ボスの部屋だが、城の門の様な構えに中にいる敵を思わず想像してしまう面々。強い敵がいそうだねと、姫香さえ気を引き締めての作戦チェック。

 とは言え、来栖家チームの中ボスへ挑む作戦はほぼ毎回決まっている。姫香の速攻に加えて、ミケとレイジーの魔法解禁の速攻作戦は本当に強力なので。


 強い敵にまごついて、こちらの被害を大きくしたくないのは本音には違いなく。そんな訳で、皆が配置についたのを確認して護人が大扉を強く押して行く。

 それに反応して、開く扉……護人の力とは関係なく、まるで自動ドアのように勝手に開いたその先には。人の2倍近い体躯の、白い着物を着た鬼が奥に控えて待ち受けていた。

 仮面の様なその鬼の顔を見て、あれは夜叉かなぁと紗良の推測の言葉。


「仏教なんかでは鬼神として名高いよね、日本では般若とか夜叉面とかで有名だけど。多分だけど、物凄く強いんじゃないかなぁ?」

「なるほど、あっ……左右にまた鬼女と羅刹が控えているねっ。うわっ、赤鬼と青鬼を召喚されちゃった、取り敢えずボスに攻撃するっ!

 お願い、当たって~~っ!!


 姫香の願いと共に放たれた金のシャベルだが、敢え無く護衛の羅刹の大剣で撃ち落とされる破目に。続く銀のシャベルも、本人が避けての空振りに。

 コイツ等は確かに強いぞと、皆が気を引き締めての合戦の始まりである。赤鬼と青鬼の数も、恐らく合計で30体以上……寺の本堂の様な場所での、死闘の幕が切って落とされ。


 姫香の速攻失敗を挽回しようと、レイジーの『魔炎』が右辺で派手に炸裂する。その反対側では、ルルンバちゃんの特攻とミケの『雷槌』の極悪なペアリングが。

 どちらも敵にとっては大災難には違いなく、大半の敵は斬り結ぶ事も無く魔石へと変わって行く。そんな中、宙を飛ぶように接近する鬼女と羅刹の2体の強敵。

 それを前の層と同じく、護人と姫香が完全にブロック。


 雑魚の殲滅に奔走するミケとレイジーだったけど、ミケの方は早々に魔力が尽きてしまった様子。それでも左辺の鬼たちは壊滅状態で、さすが来栖家のエースである。

 ところが、雑魚を討伐して空間が拓けた事で敵のボスも動き始める事に。それをブロックに動いたのは、後衛に控えていたルルンバちゃんである。

 巨大な2体は、講堂の中央で激しく衝突する。


 そしてそれに参戦するコロ助、『牙突』が夜叉の肩口に穴を開ける。相手に表情の変化は無し、逆に蜘蛛糸の放射で絡め捕られるコロ助。

 呆気なく戦況を逆転されて、数的優位を無にされたルルンバちゃんだが、そこは『馬力上昇』全開で踏ん張りに掛かる。何しろ自分が負けたら、もう後衛との壁になる役目の者がいないのだ。


 時折ネイルガンでの攻撃を挟むが、相手は全く怯んだ様子を見せない。チェーンソー攻撃も空中浮遊で躱されるし、全く以て嫌な敵である。

 それでも、死力を尽くしてその場に留まるルルンバちゃん。香多奈からの『応援』が飛んで来て、さらに馬力は2割増しの上昇を見せる。

 アームの攻撃はガードされるし、長丁場になると思われたその時。


 左右から同時に援軍が、まずは鬼女を倒した姫香とツグミのペアが死角から斬り掛かる。それすら避ける夜叉の身体能力はさすがだが、その反対からも疾風はやてのような加勢が。

 レイジーが首筋に噛み付いて来て、更には護人のシャベル投擲が夜叉の太腿に突き刺さる。空中で大きく態勢を崩した敵に、続けざまにツグミの噛み付き攻撃が。


 それが武器を持つ腕に決まって、これで反撃を封じられた中ボスの夜叉。最後はルルンバちゃんのアームの一撃と、姫香の鍬の一撃のダブルパンチを身体に喰らって。

 ようやく淡い光と共に、魔石へと還元されて行く。


「ふうっ、さすがに10層のボスだったね、護人叔父さん。凄く強かったし、1対1じゃあ勝てなかったかも知れないね?

 頑張ったね、ルルンバちゃん……偉いよっ!」

「本当だな、こっちもレイジーのサポートがあって助かったよ。これはちょっと、この次の層に潜るかは考え物だなぁ……」

「ええっ、もう少しだけ潜ろうよ、叔父さんっ! なんかね、凄いお宝がこの下で待ってる気がするの、本当だよっ!?」


 香多奈の予感が当たるかどうかはさておいて、中ボスのドロップは凄かった。魔石(中)が1個に鬼女と羅刹からも魔石(小)が1個ずつ。

 それからスキル書が何と2枚、夜叉と鬼女から1枚ずつ回収出来た。更に夜叉からは朱塗りの薙刀が、羅刹からは腕輪がそれぞれドロップ。


 講堂の奥に置かれた宝箱からは、日本刀や兜やお守りが2種、魔結晶(中)が5個と薬品も3種類入っていてまずまずの当たり。何しろ、その内の1つは中級エリクサーだったし。

 他は陶器の徳利やら盃が数種類、それから何故か柳の釣り竿などの娯楽品も入ってたけど。よく見れば大振りな宝箱は銀色で、中身の充実さも頷けるかも。

 ところがこれでも、香多奈は満足しないと言う。


 ちなみに蜘蛛糸のようなモノで絡め捕られていたコロ助だが、夜叉の討伐で自由になっていた。アレを連発されてたら、数的有利を覆されて不味かったかも知れない。

 休憩を取りながら、そんな会話を家族で繰り広げていると。ハスキー達の怪我チェックを終えた紗良が、もう滞在3時間過ぎましたねと報告して来る。


 どう考えても帰り時なのだが、香多奈はあと2層だけ行こうと粘って来る。逆に2層奥に何があるのか気になった姫香が、末妹に質問攻め。

 ひょっとして、また変なスキルでも生えて来たんじゃと、どこかの核心を突くその問いに。香多奈は戸惑った表情で、そうなのかもとちょっと得意そう。

 いやいや、そんなの誰も望んでないぞと慌てる保護者が約1名。


「だって護人叔父さん、香多奈の称号に確か《奇人変人》みたいなのがあったじゃん。元からスキルも持ってたし、この子は時々予言めいた事を口にするしさ。

 今更新しいスキルを、勝手に覚えてても誰も驚かないよ?」

「いや、俺は驚くから……称号は確か《溢れる奇才》って感じじゃ無かったか? いや、それより……妖精ちゃん、どうなんだろう?

 本当に、そんな事が起こり得るのかな?」


 妖精ちゃんはフランクに宙で肩を竦め、物事は何だって可能性を秘めているよと意味深な発言。それを通訳した香多奈は、深い言葉だねぇと感心しているけど。

 果たして末妹の奇妙な直感を、真面目に捉えるか否かで家族の意見は真っ二つに。予定時間はオーバーするけど、ここは進んでみようの意見は姫香と香多奈から。


 一方の護人と紗良は、明日の本番を前に消耗すべきでは無いとの慎重な意見。明日は朝から、10チームによる大規模レイドが控えているのだ。

 それが分かっているのに、個人的なダンジョン探索で必要以上に疲れるのは如何いかがなモノか。至極真っ当で、大人な考えには違いないのだが。

 生憎と、年少2人組にはイマイチ響かなかった様子。


「そんなの、ここで凄い武器とかスキルをゲットした方が、明日の探索にも役立つに決まってるじゃん! 無かったら香多奈を折檻すればいいだけの話だよ、探索同行禁止とかさ?

 アンタもそれでいいよね、香多奈?」

「ヤダよっ、何で間違えただけでそんな酷い罰ゲーム受けなきゃなんないのよっ!? そんな事言うんだったら、コロ助とルルンバちゃんも行かないように引き止めるからねっ!」


 姉の意地悪発言に、コロ助とルルンバちゃんを人質を取ってまで抵抗する、割と酷い香多奈である。確かにこの末妹がいなければ、ペット達や妖精ちゃんとの意思疎通は難しくなる。

 って言うか、毎度の子供の我が儘に一度も勝った事の無い護人である。今回も結局は根負けして、それじゃああと2層だけとの条件で探索を続ける事に。


 勝利を勝ち取った香多奈は大喜び、お宝を絶対に見付けるぞとそのテンションは異様に高い。一方のコロ助とルルンバちゃんは、巻き添え喰って探索禁止にならずにホッとした雰囲気。

 彼らも人間と長く生活して来たせいで、その動作や思考は妙に人間寄りになっている気が。それより充分に休憩を取った一同は、ようやく動き出す運びに。

 それはチーム最深層となる、11層への道のりである。




 敵の配置とかまた変わるのかなと、思っていた一行の予測は大当たり。1~5層の雰囲気の遺跡が、再び姿を見せて来栖家チームを迎えてくれる。

 出て来る敵も、案の定のゴブリンと角を持つ犬の様なモンスターのセットで。勇んで突っ込んで行くハスキー軍団に、いいように蹴散らされて行く。


 11層と言っても、そこまで敵は強くなっていないみたい。その点は安心した護人だが、敵の数は割と多いみたい。しかもゴブリンの中に、弓持ちや魔法使いが混じり始めており。

 攻略はさすが最深層と思わせる程、厄介になって来たのは事実。その上、体格の良いホブゴブリンが、革鎧を纏って前線に出張って来ている。

 しかも武器には、割と上質なハンマーや斧を持ってらっしゃる。


「油断するなよ、姫香っ……雑魚も種類が豊富になってて、侮れないぞっ!」

「はいっ、護人叔父さん……ツグミっ、フォローお願いねっ!」


 もちろんツグミの『隠密』からのフォローは、姫香との相性抜群で執行された。彼女を襲おうとする後衛の動作は、実行に移される前にツグミに邪魔されて行き。

 慌てている間に姫香が距離を詰めて、『旋回』スキル込みで討伐されて行く。この新スキルだが、長時間の実戦で姫香も段々と慣れて来た様子。


 ルルンバちゃんも、突進からの『馬力上昇』効果が少しずつ浸透してきた気が。スキルと言うモノは、偶然に覚えられたからって自在に使いこなせるような便利さとは無縁で。

 ゆっくりとその身に浸透させ、頭で使い方を理解しないとなかなか瞬時に発動は難しいのだ。それを本能で理解している、ペット達は凄いとも言えるけど。

 その点、実戦の時間を多くとったのも、偶然とはいえ良い予行演習になったかも?





 ――かくして来栖家チームの実力は、徐々に高められて行くのだった。






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