第146話 鬼のダンジョンに何となく雰囲気で突入する件



 穂仁原おにわら町に存在する“鬼のダンジョン”は、小瀬川のすぐ側にその口を開けていた。この小瀬川は途中まで広島と山口の県境になっていて、遥か羅漢らかん高原の方から流れて来ている。

 明日の明朝に突入予定の“弥栄やさかダムダンジョン”の、さらに上流に小瀬川ダムなんてのも存在しており。そんな訳でこの川は両県にとって重要な水源には違いない。


 そんな小瀬川だけど、ここは既に下流で流れも緩やかである。一級河川だけあって、その幅も広いし立派な水量を誇っているけど。

 子供たちはそんな風景には割と無頓着で、探索の準備に余念が無い。特訓の成果を見せるぞと、テンションも高く準備体操などで体をほぐしている。

 ルルンバちゃんまで、アームを動かして不備が無いかチェックしている模様。


 久々の小型ショベル形態なので、その準備も大事には違いないのだろうけど。姫香もマントをばたつかせ、今回は怪我とかしないで終わるよと意気も高い。

 何となく雰囲気で、今回のこの探索を子供たちの我が儘で決定してしまったけれど。明日のレイドに備えて、軽くウォーミングアップ目的で探索に出向くのは、本当に必要なのか怪訝な心情の護人である。


 何しろ、前回の探索から2週間程度しか間は開いてないのだ。結局は、子供たちが宝珠とかレア級の魔法アイテムを、ゲットしたいと言う欲望に流された結果みたい。

 だとすると、今回の突入も5層辺りでお茶を濁す事は難しいかも知れない。護人は探索前から、既にグッタリと気力を消費した表情に。

 いや、ここまでの山道の運転も確かに神経を遣ったけれど。


 何しろ片側はほぼ切り立った崖で、覗き込めば深い渓谷である。しかも道幅も大して広くないし、そんな状況の道が延々と続いていたのだ。

 ダムが近くなると、長いトンネルが多くなって来てそこまで来ると道の幅も広くなるのだが。インフラ整備がお座なりな昨今だと、トンネル通過もちょっと怖い。

 そんな思いをして、はるばるやって来たのがこの現場である。


「叔父さんっ、突入前からそんなシケた顔してたら、ドロップ運も悪くなっちゃう! ほらっ、ミケさん抱いて元気出してっ!」

「ミケを抱いたら元気が出るかは不明だけど、確かに運は良くなりそうだよね。確かミケの運の値は、Bクラスとかだっけ?

 私もちょっと、撫でておこうかな?」


 良く分からない理論で、家族の間で福の神扱いされるミケだけど。本人は特に嫌がる感じも無く、子供達によるたらい回しに批難の声も上げない。

 基本的には自由奔放だが、ミケは抱っこされるのが大好きな猫なのだ。来栖家以外にはそうでも無いけど、基本的に人間に対する愛想は良い。


 対するハスキー軍団は、水辺に近寄ったり地面の匂いを嗅いだり、周辺の確認に余念が無い。そしてリーダーの潜るよの声に反応して、元気に走り寄って来て。

 来栖家チーム『日馬割』の、何度目かの探索開始である。


 入り口の大きさから、中には結構な大物がいる状況が確認出来る。お陰でルルンバちゃんの小型ショベルも、余裕で潜る事が出来て助かるけど。

 明日潜る予定の“弥栄ダムダンジョン”は、こんな大きさでは収まらないとの噂。話によると、探索にバギーや四駆の車を使う猛者もいるそうな。


 来栖家チーム的にも、実は後衛の紗良や香多奈は体力がある方では無いので。広域ダンジョンに向かうにあたって、そんな移動手段は実は欲しいかも?

 まぁ、いざとなれば小型ショベルに操縦席があるので、そこに座って移動も可能である。そんな感じで、事前に色々と考える事も多いけど。

 今はこの、鬼の棲まうダンジョンに全力で挑むのみ。



「わっ、遺跡型のダンジョンなんだ……ここの探索動画って、探してもあんまりアップされて無かったんだよね、紗良姉さん。

 情報不足だし、慎重に進まなきゃね?」

「そうだねぇ、鬼ばっかりが出て来るって情報はあるんだけど……入り口の魔素鑑定も高めだったし、気を付けて進もうね?」


 姫香の質問に、同意しながら注釈を付け足す情報収集役を自認する紗良。“鬼”と言う漢字の元の意味は、元々は“死者の魂”を示していたそうで。

 それが日本では“おん”が転じて姿の見えないモノ――つまりは、“人に災いをもたらす生き物”で初期の頃は定着していたそうである。


 それが段々と、日本の妖怪として書物に鬼が出て来るようになって来て。更には地獄の番人としてとか、昔話では英雄に退治される敵役として、その存在が重宝されるようになって来て。

 『桃太郎』や『一寸法師』などの物語は、日本人なら子供の頃からある程度慣れ親しんでいる。鬼=悪者の図式は、しっかり昔から刷り込まれてはいるのだけれど。

 ところが、陰陽師では“鬼”の見方がちょっと変わっていて。


 確かにあの有名な“安倍晴明”は、呪術を使って鬼を退治したそうなのだが。その呪術で呼び出した式神が、“鬼神”と呼ばれる存在なのだそうで。

 などと色々な情報が存在する中で、日本人の鬼に対する概念は結局は人それぞれなのかも知れないねと。そう紗良は締めくくるけど、確かにそうなのかも。


 香多奈に限っては、樹上型ダンジョンで遭遇した小鬼が一番のインパクトには違いなく。鬼と言えばあの子でイメージが固まっている少女は、また会えるかなと呑気な思考。

 もちろん、このダンジョンにいるかは全くの不明だけど。


 そんな鬼の棲まう遺跡型ダンジョンだが、お迎えしてくれたのは定番のゴブリンの群れ。確かにコイツ等は、小鬼と称される存在ではある。

 こんなストレートな仕掛けなのねと、驚くより呆れ顔の護人だったけれど。ハスキー軍団はいつも通りに、元気にその対応をしてくれている。


 久し振りだと張り切るルルンバちゃんや、護人や姫香の出る番は全く無し。ゴブリンは普通に雑魚の様で、手に持っているのは粗末な棍棒の類いのみだ。

 遺跡もそれ程に複雑な感じでも無さそうで、たまに突き当りの小部屋が存在する程度。今回の目的は10層以降だと明言する子供たち、小部屋は気になるようだが無視の方向で話はまとまっている様子。

 そして1層目は、何と10分程度で踏破が完了。


「何か久し振りに順調な探索だね、護人叔父さんっ! 目標は10層以降の予行演習なんだから、このペースで進もうねっ!」

「まぁ、ハスキー軍団も知らない間に成長してるみたいだしな。厄介な敵が出て来るまでは、こんな感じでいいかも知れないな。

 確かに本番は明日なんだし、みんなで無理せず進もう」


 護人ののんびりした口調に、は~いと元気に返事をする子供たち。ハスキー軍団も心得た模様で、2層も先行して進んでくれている。

 ただ1機、ルルンバちゃんだけは見せ場が欲しくて愚図っているみたいだけど。香多奈が要領良く宥めて、強い敵が出るまで我慢だよと励ましている。

 そんなこんなで、2層も軽く通り過ぎる事に成功。


 3層になって、ようやく敵に弓持ちやら斧持ちが混じって来た感じ。それから体格の良い奴も、数匹だが群れの中に混じっているのが見て取れるように。

 とは言え、ゴブリンが人間の子供サイズの体躯に対して、コイツ等はようやく人間サイズ。紗良の言葉だと、恐らくはホブゴブリンと言う名称の彼らも、ハスキー軍団にとっては雑魚扱いに過ぎず。


 さすがに少しは働かなきゃと、護人と姫香もこの層でようやく戦闘参加。ルルンバちゃんも何とか敵を相手出来て、機嫌は少し良くなった感じだろうか。

 遺跡もそんなに広くなくて、灯りもまずまずあるし罠や待ち伏せの危険は今の所無し。ただし、この層でようやく宝箱が設置されているのを発見した一行。

 そして警戒心バリバリのハスキー軍団、これは罠の可能性が大。


 ってか、バッチリ見破られていたミミックが盾を前に近付いて来た護人に反応して。そこから怒涛のボコ殴り、可愛そうな程に周囲を囲まれて哀れなミミックは2分で没。

 最後はルルンバちゃんのアームで粉砕され、箱の形状も保てない悲惨さである。そして残された中身が飛び出して、これは生き物なら内臓的なアレなのかねぇと香多奈の呟き。


 嫌な想像だが、中身は普通に凄かった……スキル書も1枚出て来たし、綺麗な宝飾品や銀貨の類いも見受けられ。香多奈は手に取って、鬼のコインかなぁとかつての“樹上型ダンジョン”の景品交換の仕様を指摘するけど。

 それとは全く違うようで、恐らくどこかの埋蔵品とかそんな感じの流用品っぽい。他は赤い爆破石が7個と、ポーション700ml&MP回復ポーション600mlが転がっていた。

 まずまずの当たりに、子供達も満足そうな笑み。


「それにしても、ルルンバちゃんが今回凄い張り切ってるなぁ……ガス抜きに、少し先行させてやるのがいいのかな?」

「新しいスキル覚えたから、使ってみたいんじゃないかな? 気持ちは分かるし、ハスキー軍団もカバーしてくれる筈だし良いんじゃない、護人叔父さん?」


 そんな訳で階段を降りで第4層は、ハスキー軍団と一緒に元気に先行するルルンバちゃんであった。はしゃぎ過ぎないでねーと、香多奈からのアドバイスは果たして届いているのやら?

 この層からゴブリンの魔法使いとか、槌持ちのホブゴブリンも出て来たみたいだけど。そこは来栖家チームは一枚上手で、前に出て来たルルンバちゃんを巧みに盾役に祀り上げるハスキー軍団。

 ってか、やっぱり護人や姫香は武器を振るう隙も無い有り様。


 さすがに5層はちゃんとしようねと話し合ってると、ルルンバちゃんがアームにズタ袋を入れて戦闘から戻って来た。その姿はどこか誇らしげで、凱旋して来た感が半端ない。

 それに気付いて、一頻ひとしきり彼を褒め称える姫香と香多奈である。紗良は戻って来た戦闘組に怪我が無いかのチェックに忙しく、護人はチームの柱として毅然とした態度を崩さない。


 そこら辺は役割分担、浮ついた感情のままの探索も危ないのは確かなので。褒める者がいれば、気を引き締める者も当然ながら必要には違いない。

 何て思惑はともかく、さっそく香多奈がズタ袋の中身チェック。鑑定の書が2枚とか木の実が3個は、まぁ普通ではあるけど。おまけに缶詰が、7個も出て来て末妹も仰天している。

 しかも肉魚果物と、種類は豊富で賞味期限内である。


「叔父さん、コレ何かなっ? クジラ肉の缶詰って書いてあるけど、そんなの無いよねっ!?」

「いや、昔は普通にあった筈だけど……何でどれも、賞味期限内なんだろうな?」

「凄いねぇ、ダンジョンのそう言う仕組みってどうなってるのかなぁ? ダンジョン内の1室に缶詰の製造工場があるかもって思うと、ちょっと笑っちゃうけどね」


 確かに面白いかもだが、姫香の冗談は洒落が効き過ぎて逆にシュールかも。そしてクジラ肉の缶詰は、護人も味の記憶は薄いけど存在をしていたのは確かである。

 他はありふれた肉や魚、桃缶などが数個ずつ。これを食すのもちょっと勇気が要るけど、今までの経験からまぁ毒では無いだろうなと護人は判断を下して。


 取り敢えず全部持って帰ろうと言うと、ハスキー達は喜ぶよと香多奈がニッコリ笑って返して来た。まぁ、貢献者の彼女たちが喜ぶなら、それも本望だろう。

 そんな感じで5層へ、一行はほぼ何の盛り上がりも無く到着する事となって。ここまで1時間掛かってないと言う、何ともスピード踏破には違いない。

 中ボス戦も恐らく、姫香の速攻が決まる予感がヒシヒシ。



 その予感はほぼ的中と言うか、敵の中ボスはオーガだったのだけれど。コイツも翻訳すると大鬼とか人食い鬼とか、3mを超す肉体は迫力は充分だけど。

 金のシャベルのスキル込みの投擲攻撃は、いとも簡単にその鬼の胸板に大穴を開けた。お供の敵は、ホブゴフ2匹とゴブリン10匹とほぼ問題無いレベル。


 実際、特攻掛けたハスキー軍団に、軽くあしらわれて殲滅させられて行っている。敵も斧やら槍やらで武装しているのだが、あんまり関係は無いみたい。

 遅れて前に出た、護人も実はあまり出番は無さそうな気配。まぁ、彼とルルンバちゃんの使命は後衛の護衛だと割り切って、通せんぼに徹するのみだ。

 そこに2投目を終えた、姫香も元気に合流して。


 護人の号令で、ラインを崩さずに前線を上げて行く構え。とは言え、2投目をほぼ同じ個所に受けたオーガは既に青息吐息で完全に戦力外。

 お供の雑魚たちも、ハスキー軍団にあっという間に数を減らされて良い調子。そして護人の率いるラインが、敵と接触する事態は1度も無く終わる破目に。

 雑魚はハスキー軍団に、ボスは結局そのまま死亡と言うオチ。





 ――かくして5層までの道のりを、最短で攻略する来栖家チームだった。





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