第145話 車中泊を前提に大規模探索へと出発する件



 10月の下旬に催される“弥栄ダムダンジョン”の、大規模レイドに参加するにあたってやるべき事がまだ少しあって。その中には、キャンピングカーの改造と言う大仕事も混じっていたり。

 しかも結構な大工事で、内容は追加のカーゴ車の取り付けと装甲の強化である。カーゴトレーラーはルルンバちゃん用で、既に随分前に発注自体はしてあって。

 後は馴染みの早川モータースに、取り付け作業をお願いするだけ。


 その前に、ちょっと協会へと寄り道をして、数日後に迫った遠征の最終チェックなど。どうも仁志支部長が、今回の子供連れの参加を気に掛けているようで。

 直接顔を合わせてからも、その対応についてくどい程の忠告を受けてしまった。仁志自身も、実は1度だけ大規模レイドに参加した事があるらしく。

 その時にやはり、ガラの悪いチームに絡まれた経験があるそうな。


「いえ、あれは絡まれたと言うか、明確に命を狙われたと言って良いでしょうかね。探索者の中には、楽に利益をあげるために同業者を狙う腐った輩も存在するんです。

 奴らは他人の命を何とも思っておらず、ある意味野良より厄介です」

「……つまり、同業者に対する対策も練っておけと?」


 そうらしい、特に女子供の混じっている来栖家チームは、傍から見たらカモにしか見えないと。幾らハスキー達が強くても、襲う者達はただの獣としか思わない筈。

 自ら隙を見せて襲われるのは、確実に損だしトラウマになる可能性も。護人も概ね同意見だが、強硬に反論する勢力が子供たちの中に約2名。


 つまりは絶対について行くからねって意見と、そんな奴らは返り討ちにしてやるとの勇ましい言葉が。紗良については、少々呆れた視線を妹たちに向けつつ無言を貫く構え。

 それでも準備や特訓を、毎日真面目にこなしている妹達を見捨てるのは可哀想と思ったのか。今回の遠征に向けての熱意を、大人たちに向けて発表し始める。

 特に山狩り参加後の、熱の入れ方は半端では無く。


 紗良自身も、予習に結構な時間を費やしてるので取り止めは勿体無い。お出掛け用の食料も買い込んでるし、装備品の強化もここまで頑張った。

 言い忘れていたが、前回ドロップした防御強化の巻物2枚を使用して。護人と姫香の新たな甲殻装備の胸当てを、それぞれ1段ずつ強化に至って。


 それを行ってくれた妖精ちゃんは、いつものようにやり遂げた表情。その後恒例の、甘味のおねだりはあったモノの。ここまで準備して、お流れはちょっと酷い。

 いやまぁ、遠征の話が流れても探索依頼は普通に自治会から来るだろうけど。何より数日前のキャンセルは、さすがに主催ギルドの『羅漢』も大いに困るだろう。

 何しろこちらには、『ユニコーン』の参加中止を呑んで貰った負い目もあるし。


 その言葉に、仁志支部長も説得を諦めた様子。まぁ、彼にしても説得と言うよりは強い忠告に近かったのだが。とにかく最年少の末妹は、顔を出さずに身を隠すのがベストかも。

 そのアドバイスを有り難く頂いて、一行は席を立ちあがる。他の探索者を警戒するとは嫌な話ではあるが、そう言う話もたまに耳にする。


 ってか、紗良と姫香は実際に広島市での研修旅行で、身を以て体験した事があると言う。未だに護人には内緒だが、確かにあの経験は怖かったなと紗良は思い出す。

 今回は保護者の護人やハスキー達がいるとは言え、探索中に襲われたらさすがに慌ててしまう。今回の遠征は、より気を引き締めて掛からないと。

 内心で紗良はそう思いつつ、協会を後にするのだった。





 来栖家一行はその足で、太鼓の音を聞きつけてお隣の集会所を覗いてみた。どうやら自治会の面々が、11月のお祭りで開催する神楽の練習をしていた様子。

 本番まであと2週間を切って、練習にも熱が籠っているみたいで。派手な衣装こそ着込んではいないが、それ故に各々の気迫が伝わって来る。


 神楽囃子ばやしを耳にすると、5年振りの感慨も手伝って思わず胸が熱くなる護人である。きっと自治会の面々もそうなのだろう、練習に熱が入るのも当然か。

 この激動を頑張って生き延びた、その集大成を神様にお披露目する。そんな思いも含まれているのかも、周囲の注目度も凄いと聞き及んでいるし。

 お祭り好きなのは、やはり日本人も一緒なのかも。


 何しろ他の街でも、今は廃れてしまってやってる地域はどこも無い有り様。日本人は信仰心が無いと言われているけど、命の危険と隣り合わせの昔の生活では、自然に対する畏れはあった。

 それは農業や狩猟、漁業に携わる民でも同じ事で。それが神様への信仰に繋がって、生活に根付いて行った訳だ。今回行われる収穫祭も同じで、豊作の感謝を天へと捧げる祭りに違いはない。

 その祭りを行う者も参加する人々も、信仰が無いとどうして言えよう?


 練習の風景を見ながら、香多奈も子供神輿を担ぐんだよとテンション高く喋っている。小学校から通達されたらしく、土曜日のお昼から町内を練り歩く予定らしい。

 法被はっぴは小学校で用意されるからねと、通達事項を忘れない末妹だけど。私もお祭りで着たいなぁと、何故か姫香の暴走が始まる気配。


 彼女も久し振りの町行事なので、ワクワクが止まらないみたいである。ハスキー達のも用意したいねぇと、紗良までが妙な具合に盛り上がってるし。

 そんな歓談をしながら、練習見学を途中で切り上げて再びキャンピングカーで移動を始める。用件は早川モータースに車を預けて、近場の大きなスーパーでのお買い物である。

 何しろ装甲パーツの取り付けだけでも、数時間掛かるそうで。


 追加のカーゴ車だけど、これはルルンバちゃんの小型ショベル搭載用である。夏場は後ろの扉を強引に開けての、締めきれないままロープで縛ってダンジョンに通っていたのだが。

 秋を過ぎて冬になると、さすがにその方法では車内が凍えて大変である。そして装甲の強化も、キャンピングカーでの遠征が多くなるに従って必要だと思い至って。


 幸いにも、探索での黒字が物凄い額になってるので、ここでお金を注ぎ込んでも手痛い出費とはならず。それは何よりなのだが、社長のおっちゃんにエンジン交換も提言されて。

 装甲にしてもカーゴ車にしても、結構な重量になってしまう。今のエンジンのパワーでは、今後きついそうで早急な再改造を勧められてしまった。

 もちろんエンジン交換に伴って、車のバランスの手直しも必要で。


「でも、それを怠ると急なエンジントラブルで、旅行先で泣く事になるかも知れんしなぁ。最新の魔石式エンジンとまでは言わんけど、パワーのある奴に載せ替えた方がええと思うで?

 それか、思い切って買い替えるとか……まぁ、改造ならナンボでも手伝っちゃるけどな。護人ちゃんも思い入れがあるじゃろうし、車自体はまだまだ丈夫で持つし。

 まぁ、時間取って考えてみんさい」





 そんな訳で、あっという間に遠征の日となって。ご機嫌な子供たちは、朝の早い時間から出発準備に忙しい。それに釣られて、ハスキー達もいつもの倍のテンションである。

 移動先と言うか目的地は、もちろん“弥栄ダムダンジョン”のある大竹市である。ただし集合時間は夕方なので、こんな朝早く出発する必要は無いのだけれど。


 まぁ、大竹市は南下すれば1時間も掛からず辿り着ける近場である。市内に辿り着くには、その倍は掛かるけど今回は山側のダムに用がある訳で。

 ところが護人が、せっかくだから集合時間まで海辺の観光でもしようかと提案した所。子供たちは悪乗りし始めて、事前の腕試しに大竹の別のダンジョンに潜りたいと言い始めて。

 常識派の紗良までが、近場のダンジョンのリサーチを始める始末。


 ちなみに今回の大規模レイドの詳細だが、夕方に目的地の弥栄ダムの管理所へと集合して。そこで一晩泊まって、明日の朝から10チームでの探索開始予定である。

 依頼は一応協会からと言う形で、ギルド『羅漢』からの共同戦線の提示依頼。取り仕切るのも同じく『羅漢』で、そのギルドが“もみのき森林公園ダンジョン”のオーバーフロー騒動で、参加が1チームに減ってしまったのはアレではあるが。


 そこは仕方が無いと言うか、その辺のごたごたは探索者的には批難も出来ない。日給は15万円+諸経費がチームに支払われ、参加チームの大半が複数年参加らしい。

 その点は信用出来るのか、今の時点では定かでは無いけど。とにかくレイド参加すら初めてのチーム『日馬割』としては、迷惑が掛からない程度に頑張るしかない。

 そんな勢いだけの、参加状況だったりするのだが。


「大竹のダンジョンだけど、山の中に“蛇喰磐じゃぐいいわダンジョン”ってのがあるねぇ……川遊びの出来るキャンプ場らしいけど、名前の由来は川の石が蛇が食べたみたいにボコボコだから?

 あんまり情報は無いけど、難易度はC級くらいって書き込みあるね」

「そこって、何か蛇がいっぱい出そうなダンジョンだね……」


 香多奈の一言で、そこは敢え無く却下の運びへ。ちなみに護人は、現在車が細い道に入っていて、運転に神経を取られて会話には参加せず。

 大竹に至るにはひたすら南下すれば良いのだが、小瀬川近くの道はやたらと険しい山道で。山側は切り立っていて落石が怖くて、川側も落ちたらただでは済まない断崖絶壁になっていて。


 そんな道を延々と下るのだが、愛車のキャンピングカーも後方にカーゴ車を取り付けて、操作性が随分変わっていると言う。当のルルンバちゃんはパーツを全て外して、車内のリビングで寛ぎ模様。

 それでも小型ショベルを同伴させる、必要性はあると信じて疑わない家族の面々である。これから向かうダンジョンの難易度は、恐らく子供達も肌で感じ取っているのだろう。

 それでも腕試しの意味は、さっぱり共感出来ない護人だけど。


「う~ん、それじゃあ……“鬼原ダンジョン”ってのが小瀬川の下流にあるねぇ。本当は穂仁原おにわらって書くらしいけど、ここも事前情報が余り無いね。

 大竹って小さい市だから、探索チームも有名なのが無いみたい?」

「そうなんだ、護人叔父さんはその辺の事情何か知ってる? 大竹行くのは初めてじゃ無いんでしょ?」

「うん、まぁ……とは言っても、俺も普段は通り抜ける位だしなぁ。知り合いは何人かいたな、そう言えば。大竹の人が遊びに行くのは、広島市内より圧倒的に岩国市の方が多いそうだよ。

 映画館とか本屋とか、昔は結構栄えてたそうだから」


 そう言えば、今回の参加チームにも岩国所属が幾つか混じっていたよねと。姫香は興味津々の様子だが、末妹の方はそうでも無さそうで。

 鬼原って、何か鬼が出そうなダンジョンだねぇとそっちの話に食い付いている。紗良はその言葉を拾って、鬼が出るか蛇が出るかとか盛り上がっている。


 紗良の追加情報によると、大竹市のダンジョン数は6つと平均的だそう。そして何故か、そのダンジョン情報に妖精ちゃんが興味を持つと言うイレギュラーが発生。

 数少ない“鬼原ダンジョン”のE-動画を眺めながら、ここに潜れば現在集めている薬品の材料が採れるかもと興奮模様で。それを聞いた紗良も、珍しくそこに1票を投じている。

 そうすると、姫香も香多奈も同意するのは時間の問題で。


 キャンピングカーは小瀬川ダムの真横を通り過ぎて、さらに南下を続けて行く。途中にやたらと長いトンネルが幾つか存在しており、この辺に来るとようやく道幅も広くなって来て。

 運転するのに神経を遣わずに済むのだが、やはり長い間放っておかれてる道路は危険も多く。更には野良モンスターの心配もあるしで、すれ違う車もほぼいない有り様だ。


 路面の状況も決して良いとは言えず、何度か停車して岩や枝を除去する作業を挟みつつ。そんな時はハスキー達も、作業車の護人の護衛にと一緒に降りて来てくれる。

 頼もしいには違いない、こんなVIP扱いの運転手などまずいないし。


 それはともかく、それ以外はとっても順調なドライブである。途中の11時くらいには、目的地を前にしてお腹が空いたと騒ぎ出す香多奈もいつも通りで。

 それじゃあ近くのドライブインで、食事をと思ってもこんな時代に営業している店舗もほぼ皆無。ただし事前準備が完璧な紗良が、ちゃんとお昼に摘まめるモノを用意してくれていた。


 さすが来栖家の母親役、わ~いと単純に喜ぶ香多奈だけれど。朝のランチ準備に一緒に頑張った、姫香も女子力はちょっとずつ上昇中である。

 そんな訳で、一行はドライブインの駐車場だけ借りて、ゆったりランチと洒落込んで。カーナビによると、目的のダンジョンももうすぐとの事である。

 しかしまぁ、観光のつもりがダンジョン探索だなんて。





 ――子供達の行動力に付き合うのも大変だと、ため息交じりの護人だった。







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