第144話 チーム強化をしつつ大規模レイドに備える件



 突然の大規模レイドの予定変更告知に、護人は束の間頭を抱える破目に。何しろ、町に引っ越して来る事が決定したチーム『ユニコーン』も、その枠から外して貰う予定だったのだ。

 って言うか、仁志の発言が本当なら未成年ばかりの凛香チームには、強引にでも欠席して欲しい所。それ位の我が儘なら、恐らくはまかり通るだろうと護人は予測。

 後でギルド『羅漢』に、連絡してみようと予定表にチェックを入れて。


 最近の姫香の気配りは嬉しいが、まだまだ現役を自認している護人である。探索業は積極的に関わろうとは思わないが、せめて地域貢献が出来る程度には行いたい。

 今月は自治会の依頼もクリアしたし、そう言う意味では気は楽だ。


 とは言え、厄介な題材となった大規模レイドが月末には控えているし。それについては、2週間後の土日を利用しての泊まり込みでのお出掛けとなる予定。

 何しろ“弥栄やさかダムダンジョン”の突入予定時間は、朝の8時からとなるそうで。しかも10チームで、半日に及ぶ探索業となるとの事。

 過酷なスケジュールだが、広域ダンジョンでは間々ある事みたい。



 そんな10月中旬を迎えた来栖邸、家業では大根やキャベツの収穫を始めて割と忙しい。午前中の早い時間は畑作業で、涼しくなった野外で汗を流して。

 最近はルルンバちゃんが畑でもお手伝いしてくれるので、かなり作業ははかどっている。これにはお手伝いの辻堂夫婦も大助かり、ただし彼に言葉が通じるとは未だ思っていない様子。


 そして来栖家の紗良と姫香だが、小島博士の勉強会が午前中に予定通り実施され始めて。暇なゼミ生から、色んな分野の学問を日々教わっているそうな。

 ゼミ生4人にもそれぞれ得意分野があるようで、教わる科目は数学だったり語学だったりと様々だ。ダンジョン学に関しては、小島博士が自ら教壇に立って熱弁している様だけど。

 いや、引っ越し先の一軒家には教壇なんて無いんだけど。


 まるで昔の時代の個人塾みたいだが、何故か全員このスタイルを気に入っており。取り立てて、部屋の改造とか教壇の発注とかの注文は無い様子。

 護人的には、その位なら日曜大工で作っても良いと思っていたのだが。とにかく勉強があまり好きではない姫香も、大人しく通ってくれている功績は凄く大きい。

 護人の中でも、この隣人に対する評価はうなぎ登りだったり。


 ただし、やはり姫香が一番熱心になるのは夕方の裏庭での特訓に他ならず。そう言えば、協会の報告と魔石&ポーション売りで、とうとう来栖家の全員がC級に上がってしまった。

 これはまぁ、仕方が無い事ではある……辞退する訳には行かないし、それなりのメリットもあるみたいだし。ただ、厄介な案件も以前以上に回って来そうな予感も。


 そんな事を考えながら、今日は護人も訓練に参加する事に。何しろ薔薇のマントがまたヤンチャをして、『棘のマント』を吸収してしまったのだ。

 その効果をチェックしてみなきゃと、姫香と香多奈に勧められたモノだから。仕方なく試してみた所、何と言うかえげつない効果が追加されていた。

 “棘放出”は、マントに30センチ程度の棘の山を生やす効果らしい。


 それで殴った古タイヤは、割と悲惨な形状に成り下がってしまった。訓練に参加していた新人ゼミ生2人も、その効果には口をつぐんで黙り込む始末で。

 そう言えば、引っ越してから彼らとのコミュニケーションもほぼ無い護人である。子供たちは、勉強やら特訓やら家の手伝いやらで、結構な時間を共有しているっぽいけど。


 さすがに数日前に、四葉ワークスの移動販売車が来て装備品を揃えてあげた件では礼を言われたけど。あの時は余り始めていた薬品やら回収品を、販売員の望むままに売ってしまっていたら。

 結構な額になってしまって、2名分の装備を買い揃えても黒字だったりして。まぁそれも別に良い、協会にばかり売って実績を伸ばしてしまったら、あっという間にB級に上がってしまう。

 実力も伴って無いのに進級など、護人の望むところでは全く無いし。


「すっごいね、護人叔父さん……私が貰おうと思ってたマントだけど、この威力なら納得かな? 私のは紗良姉さんが作ってくれたし、こっちの方が色が綺麗だもんね!

 あっ、ちなみに2人のも現在、紗良姉さんが鋭意製作中だって!」

「あぁ、それは……本当に有り難いです、ご厚意に甘えてばかりで。……それにしても、C級の探索者は全員がこんな物凄いパワーを持っているんですか?」


 2人のゼミ生の、比較的コミュ力のある方の美登利みどりが、戸惑いつつもそう返事して来た。姫香は明るく、護人叔父さんは特別だからねと大威張り。

 謙遜したい護人だが、何だか恐れられている感じを受けて少々ショックだったり。そんな護人と姫香の両者は、少しでも新装備に慣れておこうと、甲殻装備を全て着込んでの戦闘訓練中である。


 わざわざオーダーメイドに出しただけあって、その形状は以前よりスマートで凄く良い。パッと見には、革スーツの上からアメフトの防具を着込んだ感じ。

 肩周りとか胸周りを、守ってくれてる感は凄くあって良いのだが。大物モンスターに対したら、恐らくそれもあまり意味は無い気もする。

 それでもその新装備、姫香も気に入ってくれて何より。


 確かに長身の姫香が装着すると、格好良いと言うか勇ましい感じを受ける。香多奈もやたらと褒めるし、男前な姫香のハートにもヒットした模様で。

 何より姫香が嬉しいのは、恐らくは護人とお揃いって言う点だろう。それは良いのだが、他にもスキル書とオーブ珠で強化を果たした家族が2名もいると言う現実。


 “ペット達のお世話係”に任命された香多奈は、その件に関してはとっても真面目に受け取っているようで。大張り切りで、ルルンバちゃんの『馬力上昇』の能力を確かめていた。

 そしてその名の通りに、馬力が結構上がっている彼に感銘を受けた様子。これなら装備の中で戦闘面に不利なドローン形態でも、もう少し改良の余地があるかもと。

 相談された護人は、一緒になって部品選びを頑張る事に。


「これはくっ付けようよっ、叔父さん……だってルルンバちゃんの初期装備だもん! それからやっぱり、チェーンソーか削岩機での接近攻撃も捨てがたいかなぁ?」

「余り付け過ぎると、せっかくの機動力が無くなっちゃうぞ、香多奈。それから狭い場所に入れなくなったら、魔石拾いが難しくなる恐れもあるしな。

 ルルンバちゃんの飛行能力は、チームじゃ唯一無二だからな」


 それもそうだねと、自身の発想の豪華盛りを潔く引っ込める香多奈。その側ではドローン形態のルルンバちゃんが、心なしワクワクしながら経緯を見守っている。

 結局は取り付ける装備は、ネイルガンと削岩機の2つに決定。重さは不釣り合いだが、それを胴体の様な籠の内部の左右に取り付けてみると。


 ぱっと見が、何となくドローン部分が顔に見えて来る不思議。パイプで組んだ円形の枠が胴体で、マジックハンドが両手……の筈なのに、顔から伸びている不釣り合い振りがちょっとお茶目かも。

 香多奈の指示で、それを《合体》スキルで順次修正して行くルルンバちゃん。物凄く素直である、まるで聞き分けの良い弟と我が儘な姉みたいな立ち位置。

 それでも2人が楽しいのなら、護人が口出しする事は何もない。


 結果、ネイルガンに関しては体の枠の隙間から、前方向への射出が可能になったモノの。削岩機に関しては、上から押し付ける形でしかパワーが伝わらない事が判明。

 なのでドリルは下方向への取り付けとなって、やや歪な形状になってしまった。まだまだ改善の余地はあるけど、取り敢えずのパワーアップは終了の運びに。


 これで飛行モードでも、戦力として数えられる可能性が出て来た。いざとなれば、腕に魔銃を持たせてあげても良いのだし。それを躊躇ためらうのは、まぁ護人が銃と言う武器に抵抗があるからに過ぎないのだが。

 モンスターと戦うのに何を言ってんだと言う話だが、戦争映画やアクション映画で一番人を殺めるシーンで活躍するのが銃である。そして恐らく、人を殺めるのに一番抵抗が無いのも銃と言う武器だろう。

 子供の教育上において、あまり使っている所は見せたくない護人。


 とは言え、命には替えられないので、一応装備はさせてみる訳だけど。香多奈の銃の使用は、今の所は口を酸っぱくして反対している家長である。

 とにかくルルンバちゃんの装備改善は、こんな感じで無事に終了。



 ちなみにツグミの覚えた《闇操》だが、実はこれもなかなか発動が出来ない案件になりそう。姫香が幾らお願いしても、本人は戸惑うばかりで『影縛り』しか操れない様子だったり。

 レイジーの《狼帝》もそうだが、何かのきっかけが無いと難しいのかも知れない。明らかにガッカリする姫香に、真面目な性格のツグミも申し訳なさげな表情。

 情熱家の相棒を持つと大変だねぇと、それを見た香多奈はコロ助に呟く素振り。


 それから、前回の探索で入手したアイテムについてだけれど。まずは大当たりの『鑑定プレート:魔玉』だけど、普通に良品でこれは家使いにする事に決定した。

 これで鑑定プレートは『薬品』『木の実』『魔玉』と3つ目である、何とも運の良いモノだなとか思いつつ。魔玉も何気に、家の備品で貯まって来ている現状である。

 危ない品なので、一応管理はしっかりと護人の部屋で行っているけど。これ以上増えるなら、売り払うのも念頭に入れておく必要があるかも。

 それか、ルルンバちゃんの魔銃で使い切って貰うか。


 それは本末転倒なので、決してお勧めはしない護人だけれど。他の入手品として、また“山間ダンジョン”で苗の類いを入手してしまった。

 それから腐葉土も結構な量、一緒に回収出来たのだけど。これは畑に撒くとどうなるか分かったモノでは無いので、全てダンジョン産の苗や種で育てている植物に使う事に。


 お陰で育成状況も、寒くなって来た山頂にある来栖家の温室でも満足の行く結果に。しかも最近は、ゼミ生達が積極的に温室の世話を手伝ってくれていて。

 紗良も大助かりである、最近は錬金レシピに気になる記述も多く見付けるに至っているので。例えば『木の実をポーションみたいに薬品に加工する』術とか、『薬品の劣化防止』の瓶の作成術とか。

 本命は『魔素の順応力を高める』薬、これは小島博士と共同研究中の紗良である。


 何しろ博士の言葉によると、“変質”で病院にかかっている人口は推定5万人。ダンジョン増加で魔素の拡散が広まれば、その数は倍以上に跳ね上がると予想される。

 こちらに移住予定の『ユニコーン』のメンバーにも、2人ほど“変質”持ちがいるそうだし。治療の手掛かりはぜひとも欲しいのは、皆の願いでもある訳だ。


 最近は、そんな時間も取れるようになって、成長著しい紗良ではあるけど。探索同行は、是が非でも続ける予定みたいである。何しろ彼女も、来栖家の一員には違いないのだから。

 この温かい居場所は、絶対に譲りたくはない紗良である。



 “山間ダンジョン”で入手した品と言えば、今回は使えそうな魔法の装備も幾つか拾う事が出来た。今回は『若葉の指輪』と『蟹のブローチ』の2つが、良品でチームで分ける事に。

 話し合った結果、ツグミの装備が他のメンバーより劣るとの姫香の意見が出て。オート回復効果を持つ『若葉の指輪』は、ツグミが所有する事に決定。


 逆に切断効果がアップする『蟹のブローチ』は、誰が持つかで話し合いが紛糾。って言うか、切断系の武器を持つメンバーが、チームの中にいない気が。

 強いて言えば姫香なのだが、本人は耕すつもりで殴っているだけと言い切る始末。そんな訳で紆余曲折の末、チェーンソー攻撃が出来るルルンバちゃんが持つ事に。

 その報告に、本人も幸せそうなので良かったのだろう。


 残された問題は、『波動の木枝』と『大鹿の角』と言う魔法素材だろうか。上手く加工すれば、良い武器になったり既存の武器の強化にはなりそうなのだけど。

 強力な加工職人への伝手がある訳でも無いし、頼むとしてもその間は武器を手放す事になってしまう。今回の四葉ワークスさんは、甲殻装備を1週間で手掛けてくれたけど。


 職人2人がほぼ掛かりっ切りだったそうで、それであの速度での完成だったそうな。度々迷惑を掛けるのも悪いし、例え1週間でも愛用の武器や防具を手放すのもちょっと怖いし。

 そんな訳で、『オート回復付与』効果と『白雷放出』効果を持つ優秀な素材は、取り敢えずお蔵入りに。『波動の木枝』については、紗良がハスキー軍団の装備に付け足せないかを独自に研究中である。

 いや、この件もゼミ生達が興味津々に顔を突っ込んで来てるけど。


 どうも装備の加工に関しては、白髪で探索資格持ちの御園みその大地と、もう1人小太りの三杉みすぎが興味を持っている様子。ってか、借家の納屋に工房を作って、自分達専用の研究室にする入れ込み具合である。

 それから唯一の女性の美登利みどりと眼鏡のっぽの坂井戸は、ダンジョン産の植物の温室栽培に熱心だ。来栖家の敷地にお邪魔する率も自然と高くなって、今では朝早くの家畜の世話も手伝う始末。


 美登利の方は、卵や牛乳のお裾分けをタダで貰うのは気が引けると言う理由も大きいのだろうけれど。そんな訳で、徐々に新しいお隣さんとの距離も縮まって来ている今日この頃。

 ダンジョン産の蜂蜜も、お裾分けしたら小島博士に物凄く喜ばれてしまったし。どうやら博士は甘党らしい、最初のお土産のもみじ饅頭の量も、今思えば尋常では無かった。

 そんな意味では、やっぱり妖精ちゃんと気が合いそうな気も。





 ――そんな感じで、チーム強化も遠征への備えも、順調な日々なのであった。








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