第119話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その4



 広島市で活躍している有名な探索チーム『反逆同盟』だが、何もA級の甲斐谷だけが名前が売れている訳では無い。B級ランクの“巫女姫” 八神やがみ真穂子まほこも、予言の方面で名を轟かせており。

 その彼女も、西広島の“弥栄やさかダムダンジョン”のオーバーフローと、それに伴う大事件を予見したらしい。市内の協会は、ここ数日その話で持ち切りで。


 広島市もその予見されたダムからは遠いとは言え、廿日市はつかいち市とはお隣さんだ。ちなみに弥栄ダムがあるのは大竹市だが、山口県の岩国と接している小さな市なので。

 距離的にはJRの鈍行で1時間程度、近いとも言えないし遠過ぎると突き放す事も出来ない微妙な距離だ。広島市の協会としては、廿日市市のギルド『羅漢』からの要請もあるし。

 市内の探索チームに、一応は参加を募っている次第。


 その内容は、移動費用やらの諸経費+1日チームに15万円とまずまず。市内のダンジョンの間引きでは、魔石の買い取り費用にちょびっと上乗せが関の山だ。

 この良条件に、食い付かんばかりの少女が協会のロビーにいた。『ユニコーン』と言うチームを、若干15歳で率いている二ノ宮にのみや凛香りんかと言う少女である。

 とは言え、他のメンバーも似たような年齢なのだけど。


 一応申し込みに気持ちが傾いていると言うと、受付のお姉さんが参加予定チームの情報を流してくれた。くだんの『反逆同盟』も参加するかも知れないらしいし、安心度は高いとの事で。

 そのダンジョンは巨大過ぎて、大規模での探索隊を編成中なのだとか。その中に気になるチームを発見して、凛香は思わず受付のお姉さんに質問してしまう。


 この『日馬割』と言うチームは、田舎で活躍している地元探索オンリーのチームでは無いのかと。その素朴な問いには、ギルド『羅漢』のマスターが口説き落としたらしいよとの返答が。

 詳しい経緯は不明だが、向こうもモロに西広島のチームである。他人顔は出来ないんじゃないかと、お姉さんはそんな推測をしている模様。

 凛香はこのチームのE‐動画を、以前偶然に見た事があって。


 犬や猫を同伴させて、何やら楽しそうに探索していたのが印象に残っていたのだ。更にはスレ版で、子供を同伴させているんじゃないかと、ちょっとだけ炎上しそうになっていた筈。

 凛香はそれに対して、子供が探索して何が悪いと、思わず擁護ようごの意見を発してしまっていた。書き込みなどした事が無いのに、周囲の大人たちの反応に腹が立って。


 自分のチームは親無しの子供ばかりで、繋がりと言えば同じ集合住宅に住んでいたって程度だ。以前は3つ年上のリーダーがいたのだが、その男の子は探索で呆気無く命を落とした。

 かくして凛香にリーダーの座が回って来て、機能しない行政の救助政策の中で生き延びる為にと。放置された店舗や家屋に押し入って、食料や物資を得て命を繋ぐ日々を過ごして。

 たまに野良と遭遇して、命懸けの鬼ごっこを体験したりの日々。


 そうやってしぶとく生き永らえるも、状況はちっとも好転しなかった。元々都会に未練など無かったのだが、かと言って田舎に頼れる親族もいなかったので。

 荒廃して行く都会を眺めながら、その日暮らしで生き永らえていると。ダンジョンに入ってモンスターを倒せば、強い力を得られると言う噂を耳にして。


 しかも魔石とポーションが、換金率が高い儲けになるらしい。その頃の仲間はリーダーを含めて8人もいて、この人数なら何とか敵を倒せるんじゃないかと話は落ち着きを見せ。

 それが初代『ユニコーン』の、チーム結成秘話である。その時のリーダーは亡くなったし、“変質”で体調を崩したメンバーも2人いるけど。

 今は5人編成チームで、旨味のありそうな探索場所を探して潜る毎日である。


 夏には研修参加の話も来たが、同じ年代の子供達と仲良くお勉強なんて正直耐えられそうになかったので断った。自分たちが一番不幸だと言うつもりは無いが、恐らく格差は想像以上にある。

 それを改めて突き付けられるのに、凛香は耐えられそうになかったのだ。今も動画で確認したチームは、庭で花火やバーベキューを楽しんでとても幸せそう。

 周囲には豊かな緑が拡がり、頼もしそうな保護者までいる。


 自分たちは持たざる者の集合体集団だ、こんな楽園住まいの探索者チームとは立場が全く違う。そう思いながら、凛香は協会の喫茶ルームで尚もそのチームの動画を観賞する。

 探索者を続けるうえで、“強さ”は絶対に必要な能力である。ただし“探索を楽しむ能力”など、必要なのかと凛香は不思議に思う。

 多少の妬みは混じっているが、命の危険に対しての不真面目さが窺えてしまって。


 E‐動画の活動に関して言えば、凛香もその界隈ではちょっとした有名人である。少しでも食費の足しになればと、唯一持っていたスマホでの撮影を投稿した所。

 美人の探索者がいるぞと、オジサン探索者連中を中心に有名になって。それが話題となって、動画再生数が伸びて今では市内の有名チームの仲間入りを果たしている。


 もっとも、探索能力に関してはトップのチームに較べられる程の力を持たないけど。ただ単にアイドル的な立ち位置に押しやられただけ、それでも応援してくれる大人は少しずつ増えてくれて。

 それが欲しかった生活の助力になるとは、何とも皮肉な話ではあるけど。例の犬猫同伴の探索者チームに限っては、特に女の子の魅力で売り出すつもりは無い様子。

 それでも不思議な魅力で、結構なファンは付いているみたいだけれど。


 凛香も少しずつ興味が湧き始めて、最新の動画も観てみる事に。するとそのチームに弟子入りして、ましてや居候して修行に及んでいる同年代の女の子の姿が!

 思わずその行動力と、居候を受け入れる家族の懐の深さに声を失う凛香。世紀末とも言われるこの“大変動”以降のこの現代で、何と言う絆の物語だろう。


 にわかには信じ難いが、こんな人たちも未だにいると言う発見は、少女にとっては驚きだった。そして考える、これを直接確かめるにはどうすれば良いだろうかと。

 そう言えば、協会の受付のお姉さんも探索者同士の横の繋がりは大事だと、親身になって心配してくれていたっけ。アレは確か研修旅行の誘いの時だったか、その時は特に心には響かなかったけど。

 考え直してみると、幾つもあった筈の助言や未来の選択肢を、拒んでいたのは自分の依怙地いこじさだったのかも知れない。迷った結果、凛香はさっきの受付のお姉さんに訊ねる事に。

 すると、割と簡単にそのチームとの接触の手段が入手出来た。


「このチームの地元でね、毎月最初の日曜日に『青空市』が開催されるの。そこでこのチームは、毎回販売ブースを借りて探索で入手した品物とか売ってるそうよ?

 広島駅から電車で1本だから、市内からも行く人はいるみたいよね」

「そうだったのか、知らなかった……その町についてだけど、市内と違って食糧問題とか関係ない豊かな土地なのかな?」

「う~ん……市内に較べれば、田舎はどこも豊かには違いないけど。この日馬桜町はちょっと特別で、他からは“魔境”って呼ばれてる場所なのね!

 大きくは無い町なのに、ダンジョン数が25個もあるんですって!」


 ――それはビックリ、凛香の決意は一瞬にして揺らいでしまった。









 平成の大合併の前は、廿日市はつかいち市は人口こそ多かったモノの、面積的には全く大した事は無かった。それが佐伯町や吉和村を次々と吸収して、次第に大きくなって行き。

 挙句の果てには、カープ二軍寮のある大野町や、世界遺産“厳島いつくしま神社”の建つ宮島町を合併して行き。その面積と勢いは、お隣の広島市に迫る勢いとなっていた。

 いや、それはちょっと過度の誇張を含むけれども。


 そもそも人口では段違いに差を開けられてるし、吉和村を吸収したって人口の増加は微々たるモノだったりする。それが今や、“大変動”以降の人気物件になろうとは。

 誰も思わなかった事態だが、吉和への人口流入は一時期それは凄かった。そのせいでいさかいも起こったりはした時期もあったが、今はおおむね平和である。


 そんな経緯を持って面積を広げて行った廿日市市だったが、お隣の大竹市はそんな華やかさとは全く無縁で。平成の大合併で、ただし大きな夢だけは持っていた。

 何しろお隣は有名な宮島を有する大野町と、県は違えど岩国市が存在する。別県同士の合併も不可能じゃ無いよねと、どちらと合併しようかなと浮かれていた所。

 どちらからもそでにされると言う、悲しい経歴の持ち主なのだ。


 そんな市に超広域“弥栄ダムダンジョン”が出現しのは、果たして偶然か否かは不明だけれども。ギルド『羅漢』の高坂ツグムが予知したのだ、何らかの騒動は確実に起こると周囲は凄い騒ぎよう。

 そしてもう1つ、見逃せない予知の内容が“もみの木森林公園”の蜘蛛の女王出現である。ここにはダンジョンなど存在しないので、この予知は新造ダンジョン出現とも取れて。


 かなり厄介な部類に認定されて、挙句の果てに昼夜を問わずのパトロールが業務に組み込まれ。割を食ったのが下っ端の探索者や、元警察官や消防署員で構成された自警団である。

 彼らは元は市民を守ると言う任務を持ってたが、溢れる野良モンスターに対しては話が違うと職場を放棄して。結果、職を失って自警団に組み込まれた救われない者達である。

 ただし、人手不足の昨今ではそれなりに使い道もあるようで。


 それでもあふれ出る愚痴は、止められないのが人情と言うモノか。こうやって、敷地だけはやたらと広い夜の森林公園をパトロールさせられれば、確かに文句の一つも言いたくなる。

 若いからと言う理由だけで割り当てられた深夜の見回りに、しかし彼らは全く熱心では無かった。どちらも元警官で、手にはボウガンとなたを所持しており。


 それなりに物騒な体格と雰囲気、ただし醸し出しているのはヤル気の無さと、早く帰って寝たいと言う欲望のみ。それでもさすがに、その不審車を見逃す程にまなこは曇っていなかった様子。

 それは一般的な大きさのキャンピングカーで、音もなくゆっくりと動いていた。月明かりのお陰で、車上に座る3人の人影もバッチリ窺えて。

 思わず立ち止まって二度見するも、それは消えてはくれなかった。


「おっ、おい山田……アレって何に見える? 車の上の人影、角みたいなの生えてないか?」

「うん、何だ? それより運転席に人が居ねぇぞ、どうやって動いてるんだ?」


 キャンピングカーが静か過ぎるのは、ガソリン車じゃ無いからと思っていた井森だが。山田に言われて改めて運転席と助手席を見るも、確かに誰も乗っていない。

 どう言う事だと首を傾げるが、車の上の鬼の姿は見過ごせない。いわゆる野良モンスターだ、アレを放置するのは道義的にもとても無理な相談。


 車は尚もゆっくりと近付いて来ており、サイドの扉が開きっぱなしなのに気付く2人。その中は真っ暗で、奥の方から不穏で冷たいな空気を放っている。

 怖気づいてしまう2人だが、手に持つ重たい感触のボウガンに束の間勇気づけられて。即座に移動した木陰から、狙いをつけての狙撃へと移行する。

 敵は3体、その内の1体は子供のシルエット。


 そして恐らくは、若い女性と老人の姿をしていると、そこまで認知して山田の記憶は途絶えてしまった。若い女と目が合った気がしたが、それを確認する術は永遠に来ずの結果に。

 井森はもっと明確に、自分が殺される場面を自覚していた。放たれた矢弾は弾かれて、気が付いた瞬間には目の前に額に角を持つ老人が出現しており。

 心臓目掛けて、手刀を一突きされた感触が。


 ――彼らの死体が発見されるのは、翌朝になってからだった。









 元は宝石の形をしていた、意志を持つ向こうの世界の生命体はとても暇だった。ダンジョンが産み出す魔素を時折横取りしながら、自分と相性の良さそうな生命体が通り過ぎるのを待つ日々。

 今は立派な剣の形になっているが、その理由すら既に朧気おぼろげになっている始末で。時折訪れる野蛮な生命体に、妥協してついて行こうかなとくじけそうになりながらも。


 それでも我を通し続けているのは、まぁ幾つか理由が存在していて。1つは己に訪れた進化である、もう少し魔素を吸収すれば、自身での移動も可能になりそう。

 それからもう1つは、ある種の予感とでも言おうか。ダンジョンが活性化して来たこの時期は、確か知的生命体が大挙して押し寄せるシーズンでもある。

 つまりは、自分の噂を聞きつけたやからも、少なからずやって来る筈。


 それが恐らくは、最後の選り好みになるだろう。そこでの相性チェックが全滅なら、仕方が無いので自己進化にパワーを注ぐしかない。

 下手に変化すると元に戻るのも大変だし、手段としては取りたくは無いのだけれど。我が儘ばかりも言っていられない、何しろ待ってばかりは本当に暇なのだ。

 暇とはある種の悪である、ろくな考えが頭に浮かばない極限状態だ。





 異界の生命体はひたすら待つ、その出逢いが訪れる時を――







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