第120話 因島の民宿で、大宴会に移行する件



 夕方過ぎに、しまなみ海道を通って一行は因島へ。向島を経由して、割とあっという間の道中ではあるけど。みっちゃんの話では、向島のダンジョン数は2つで、因島は3つらしい。

 そして肝心の今夜泊まる宿だが、みっちゃんのお勧め……と言うよりは、手配してくれていて有り難い限り。しかも旅館で、ペットの連れ込みも可と言う至れり尽くせり振り。


 それには来栖家の面々も嬉しそうな表情に、何しろハスキー軍団もミケも家族の一員なので。しかしみっちゃんの顔色は冴えず、ちょっと申し訳なさそうな顔で。

 覚悟しといて下さいと、何だか不吉な物言いだったり。


「いえ、私の所属している因島の探索者チームなんですが……元はおっちゃん漁師率が多くて、私とか若者をまさに子供のように可愛がるんスよ。

 お世話になってるチームをお招きするって言ったら、おっちゃん連中がお持て成ししなきゃって張り切り出しちゃって。旅館を貸し切って、宴会お持て成しするって張り切ってるみたいで……。

 ちょっと、私にもどうなるか想像つかないっスね」

「それは凄いねぇ、海の幸とか食べさせて貰えるのかなぁ? 普段は全然食べないから、ちょっと楽しみだよねぇ、お姉ちゃん?」

「そうだねっ、地元のお店じゃ滅多にお魚とか買えないからね……ウチらの町って、山の中だもんねぇ」


 みっちゃんの申し訳なさそうな身内の行動申告に、愛されてるんだなぁと感じる面々だけど。歓迎されるなら嫌とは言えず、楽しみだなぁと香多奈の相槌に。

 珍しく空気を読んだ妹の台詞に、姫香も山の中の食糧事情を独白する。言葉通りに山の中のお店には、最近は滅多に海鮮の類いは並ばないのだ。


 そんな訳で、昨日も夕食は海鮮鍋を家族で堪能した来栖家である。今夜はお刺身とか食べたいねと、無邪気な香多奈の言葉に何故か反応するミケだったり。

 ミケさんも食べたいよねぇと、話題は夕食に何を食べるかで大盛り上がりを見せ。みっちゃんも島の食糧事情は、他の地域よりは断然安定していると判を押している。

 以前は柑橘類ばかりの土地も、今は野菜で賑わってるそうで。


 その代わり、昨今は海に漁に出るのは割と命懸けになってるそうだ。海に生息する野良モンスターは、割と狂暴だったり大型だったり遭遇すると大変なのだそうで。

 下手すると、大型の貨物船やタンカー船まで沈没に追い込まれるのが“大変動”以降の海洋事情である。近海での漁も大変には違いないが、みっちゃんによると最近は漁獲量も上昇の傾向にあるそうだ。

 どうやら人間の乱獲が無くなった為、海の資源が回復したっぽい。


「でも本当に、最近の船出事情も命懸けっスよ? 漁師のおっちゃん達は苦肉の策で、ダンジョンで強くなって海で遭遇するモンスターに、対抗するすべを編み出しましたけど。

 その中でも、私の持ってる『海賊』スキルとか『水中適応』や『水上歩行』スキルは、島暮らしの男集には垂涎すいぜんの的っスね。そのせいで私も、女ながらにチームに受け入れて貰えましたけど。

 漁の腕は確かなんで、新鮮なお魚は確保出来てると思うっス」

「それは楽しみだねぇ、昨日のお鍋も美味しかったけど」

「それより、ダンジョンによって出るスキル書って違って来るんだ? 出て来るモンスターが偏るのと一緒な感じなのかな、ちょっと面白いね」


 食べ物の話に反応する末妹と、スキル書の傾向について感心する姫香と言う構図に。動画などで勉強中の紗良も、さすがにそこまでのデータは無いねぇと残念そう。

 キャンピングカーの車内は、相変わらず女の子たちで占有してかしましい限り。運転中の護人は、しまなみ海道の景色を堪能しながら気儘に鼻歌を歌っている。


 ここもインフラ整備はとどこおっているので、スピードも出せないし運転に気は抜けないけれど。海側の道をドライブと言うのは、やはりテンションが自然と上がる。

 ただし向島を過ぎれば、すぐに因島のインターが見えて来る。みっちゃんの話では、今夜泊まる目的地の民宿はそこから近いらしい。


 先日泊まった宿も、海沿いで雰囲気があってまずまず良かった。ハスキー達とミケは敷地に入れて貰えなかったけど、車内泊に不自由も無かった様子で。

 しかも今夜の民宿には中庭があるそうで、ペットの同伴もオッケーして貰えた模様。ミケさん良かったねと、いつも一緒に寝ている香多奈も嬉しそう。

 そしてハスキー軍団のお庭番も、保安上とっても安心出来ると言う。


 嬉しいお知らせだが、みっちゃんの表情は一向に晴れないと言うか曇ったまま。どうやら島の漁師連合の歓待が、度を越してしまうのが心配なようで。

 夏の研修でとってもお世話になったと、うっかり口にしてしまったのが不味かったと本人は早くも反省モード。宴会は楽しみだよと、末妹などはとってもポジティブなのだけど。


 大橋を降りて島に到着しても、みっちゃんの心配は晴れる事は無かった。彼女の話によると、田舎町は“大変動”以降は移住者は多いそうだけど、島は仕事も無く不人気だそうで。

 いや、漁の仕事はあるのだが船も必要だしそんな簡単に就ける職ではない。交通の便も悪いし、元から土地が有限な島は他所からの移住には適していないので。

 因島の人口は、ガクッと増える事も減る事も無かったそうな。


 その代わり、地元民の結びつきは“大変動”以前よりは強くなっているとの事。お陰でみっちゃんなど年若い者は、必要以上に過保護に探索や漁では扱われる始末で。

 その事に不満を持ちつつも、自分はまだまだ青二才だと認めるみっちゃんはある意味立派である。自分の出来る事と出来ない事の見極めは、危険な探索業では生死を分かつ場合だってあるのだ。



 そんな事を話している間にも、皆が乗ったキャンピングカーは無事に目的地に到着した。ナビをしていたみっちゃんは、未だに晴れない表情だけど。

 そんな事は関係ナシに、元気に車を飛び出る香多奈とハスキー軍団である。なかなか立派な民宿がすぐ傍に建っていて、駐車場からは綺麗なビーチも窺える。


 そちらへダッシュで向かう香多奈達を、一応面倒見る為に姫香が後を追う事に。保護者の護人はチェックイン作業と、みっちゃんの言う漁師連合のお偉いさんに挨拶に向かう事に。

 挨拶の場面では、来栖家は控えめに言って大歓迎されている様子で。とにかく寛いで、そして楽しんで島で過ごして行って欲しいと、下にも置かない歓待ぶり。

 それから宴会の準備は、既に出来ていると座敷に案内する素振り。


「いえっ、その……子供たちが海を見たいそうで、海岸へ飛んで行ってしまって。それよりウチは護衛犬と猫を旅行に同伴させているんですが、庭に連れ込んでも大丈夫でしょうか?」

「ええっ、構いませんとも! このご時世ですからな、子供が大事なのはどの家庭でも一緒です。美智子から聞き及んでますが、相当お強い護衛犬なのだとか……?」


 それには愛想笑いで応じるしかない護人、対応してくれた代表の後ろには、10人近くの漁師のおっちゃんと思わしき人影が。彼らも宴会に参加するみたいで、何故か大いに盛り上がっている。

 これはみっちゃんも大変だなと、思い知らされたのはそれから約1時間後で。食事と称した宴会は、1階の大広間を貸し切りでのっけから凄まじい騒がしさ。


 漁師の代表は里田さとだと言う名前らしく、よく日に焼けた厳つい壮年の親父だった。酒も滅茶苦茶強いですとは、姫香たちと上座に座らされたみっちゃんの呟き。

 招待された来栖家の中では、酒を飲める年齢に達しているのが不幸にも護人のみ。早々に覚悟を決めた護人は、呆気無く漁師のおっちゃん連中主催の宴会の波にさらわれて行く。

 その騒動は、止む事も無く深夜遅くまで続き。


 幸いにも子供たちは、新鮮な海の幸を大いに楽しんだ模様で何よりである。庭に通されたハスキー軍団とミケも、その点は同じでその点は感謝だったのだが。

 滅多に食べられないお魚を食べさせて貰って、ペット達はテンション上昇している模様。香多奈も食べ切れない程の魚介類に、目を回しながらアレコレ質問を飛ばしている。


 それに律儀に答えて行くみっちゃん、これはサザエだアレはウニだとその姿はちょっと誇らしげ。香多奈の無知は、食卓に並ぶ品が全て山の生活では珍しいのだから仕方が無いとも。

 実際、紗良や姫香も感心しながらみっちゃんの説明を聞いている。


 それからしばらくして、食事を終えた子供たちは仲良く2階で就寝へ向かい。みっちゃんの先導だが、大人たちのバカ騒ぎに付き合ってられないとの思いなのだろう。

 口々に、残る護人にお休みの挨拶を行って宴会場を去って行く子供達。ちょっと気の毒そうな表情なのは、まぁ心の本音が溢れ出たのだろう。


 何しろ、家族の皆は護人がそんなにお酒をたしなまないのは知っているので。里田のおっちゃんと数人にガッツリ捕まった家長は、さながら子供たちの安眠の為の人身御供のようなモノ。

 それにはさすがのハスキー軍団も手出しは不可能、そして酔い潰れた護人は夢の中へ。結局その騒ぎは、主役がリタイアしても夜更けまで続くのだった。





 朝起きて昨夜の宴会場を伺ってみたら、まぁ死屍累々ししるいるいの酷い状況。護人も何年か振りの二日酔いで、足取りふらふら頭も重いと言う有り様である。

 泊まった旅館から外を覗くと、綺麗なビーチが眼前に広がっていた。朝日はとうに登っていて、秋の清々しい空気と潮騒の音が微妙にマッチしていて。


 旅行に来て良かったなと思いつつ、浜辺の散策に出るかと護人が思っていると。2階から姫香が、そして庭先からハスキー軍団が顔を出して来て。

 合流して朝の散歩と洒落込むけど、これが案外と楽しいと言うか。ほぼ会話は無いと言うのに、良い雰囲気のまま景色を堪能出来てしまった。

 戻ってみると、仲間外れの香多奈がおカンムリだったけど。


「2人ともずるいっ、散歩に行くなら誘ってよ! 何で置いてっちゃうの、私も行きたかったのにっ!」

「今から行っておいでよ、ハスキー達もちゃんと付いて来てくれるでしょ」


 朝からむくれる末妹だが、最終的に紗良が一緒に行く事で何とか話が付いて。お酒こそ飲まなかったけど、その匂いだけで酔ってしまった紗良は、今朝は布団から起き出すのも遅れてしまった模様。

 出発間際に、陽菜とみっちゃんも2人に合流して賑やかな散歩道中に。


 護人も姫香に勧められて、朝食前に試しに備蓄のポーションを飲んでみた所。驚いた事に、あれ程に重かった頭もスッキリ、二日酔いにも効くなんて何と言う効能かと驚くも。

 食べ過ぎとかにも普通に効くよと、勧めた姫香はあっけらかんとしている。特訓以外にも、薬品の効能の調査なんかも紗良を交えて結構取り組んているっぽい子供達。

 頼もしいと言うか、勉強熱心な心意気には頭が下がる思い。


 それからしばらくして、家族とゲスト陣が揃って今日の予定決めなど。香多奈の一押しは、尾道でも行ったダンジョン探索をここでもやりたいらしい。

 みっちゃんの話では、この宿屋から一番近いのは“しまなみビーチダンジョン”らしい。フィールド型ダンジョンで割と広域、浅層から普通に恐竜が出て来て難易度は高いそうだ。


 難易度の高さから、なかなか間引きも出来ずに探索間隔も空いている場所だそうで。そこに潜れば、確かに地元の住民的にも大助かりらしい。

 別に旅行先の土地の地域貢献まで配慮する訳では無いが、他のダンジョンは遠かったり水に浸かって移動が大変だったりするそうで。それなら近場で済ませようと、家族で意見が一致して。

 そんな訳で、宿での朝食後に探索の準備を全員で行う事に。


 今回も、ゲストとして陽菜とみっちゃんが参加を決め込む予定である。ルルンバちゃんも飛行ドローン形態での参加、その辺は替えが効かないので仕方が無い。

 せめて乗用草刈り機モードなら、前衛を任せられるのだが。無い物ねだりをしても無駄なので、情報収集などで補うしか無いだろう。


 そこはみっちゃんと紗良で、昨日の夜に寝る前話し合ったらしい。これもまぁ、末妹の香多奈の我が儘から始まった行動なのだけど。

 そんな訳で、事前準備はバッチリ……とまでは言わないが、子供たちの予習は是非とも生かさないと。そんな恐竜の出現する“しまなみビーチダンジョン”は宿から歩いて行ける距離。

 とは言え、ベースキャンプ的に車は側に置いておきたいので。


 護人のみキャンピングカーを運転して、駐車スペースに停めての準備。子供たちは宿で探索着に着替え済みで、準備万端で入り口で待ち受けている。

 その子供たちは皆が揃ってヤル気充分、護人も事前のポーションで何とか体調は持ち直している。ちなみに、考えると怖いのだが今夜も同じ宿に泊まる予定である。

 漁師のおっちゃん連中の、体調が夜まで戻らない事を切に願いつつ。





 ――さてと、気を取り直して探索に取り掛かる来栖家チームであった。







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