第102話 8月も粛々と終わって行く件
日馬桜町の自治総会みたいなのが、8月の終わりごろに行われた。全く本格的な総会では無くて、役員決めとかも新たにする事も無かったのだけど。
“大変動”以降の自治会の進行に関しては、総じてそんな感じで行われていて。特に町の住人からもクレームの類いは無し、峰岸自治会長がそのまま会長職を続行する事に決定して。
相変わらず人々は、生きて行くだけで割と精一杯。
そこに護人も参加して、色んな町内報告を聞くに及んで。来栖家チームの探索活動に関する報告もあったりして、彼も無関心ではいられない感じ。
今年の肝の、探索者の民宿誘致も今の所上手く行っている。何とここまで、2チーム5名の探索者が町への移住を決めるに至ったのだ。
これは前歴としては、物凄く誇れるレベル。
それが協会の支部誘致を招いて、それから毎月の青空市の開催にまで発展して。町の活性化に一役買ったとなると、自治会としても笑いが止まらない。
町民も皆が満足しているし、間違いなく“大変動”以降で一番町が盛り上がっているのだ。このままダンジョン民宿を続けて、町の治安と活性化の両立を図りたい。
峰岸自治会長は、そう締めて発言を終えたのだった。
そして自治会の方針としては、今後も探索者の民泊受け入れと青空市の毎月開催で、町を活性化して行く事で決定して。議会は滞りなく終わり、席を立って帰路につく町民たち。
そして何故か、峰岸自治会長に留まる様に言い渡される護人と言う構図に。どことなくデジャヴを覚えた護人は、嫌な予感に苛まれる破目に。
そして別室に通されて面会したのは、どこぞの研究機関との事。
「ええっと、こちらは広島大学の小島博士とそのゼミ生達だそうで……ダンジョン学の権威と言う話じゃったが、ワシには良く分からんのでな。
済まんが護人、相手をして貰えんか?」
「えっ、どう言う案件ですか……何の相手をすればいいんです、自治会長?」
峰岸も良く分からないらしい……彼も突然インタビューを申し込まれて、ダンジョンに詳しい者に渡りをつけてくれと言われ戸惑っている様子である。
その心当たりが護人で、小島と名乗った研究者もそれで満足したそう。何しろ彼がこの町に来たのは、来栖家チームのE‐動画を拝見した結果らしいのだ。
その当人に話を聞けるなら、それは満足すべき事。
「いやぁ、この町はとても興味深い……まずは他の町の倍以上のダンジョン数、何故にこんな偏りが出るのか? 現場に行って直に見なければ、正確なデータは決して得られないんですな。
現場ワークの大切さは、ゼミ生たちにも口を酸っぱくして諭してるんじゃが。まさかこの歳で、最前線の現場に出る事になるとはのぅ……。
そんな訳で、是非この目で妖精ちゃんとやらを拝見したいんじゃが?」
なるほど、広島大学の偉い教授の目的は異世界不思議生物らしい。動画に堂々と映している以上、いつかはこんな日が来るとは思っていた護人だったけれど。
早かったような、遅きに失したような不思議な気分。教授とやらはゼミ生だか助手だかを3人も引き連れており、どの時点で巻き込まれたのか、仁志支部長まで出張って来ていた。
確かにこれは、協会案件でもある気がするけど。
偉い教授はなおも、ダンジョンとは何なのかとの持論を延々と述べていた。生きている次元通路だとか、世界同士が衝突したエネルギーで産まれた副産物だとか色々。
知性があるらしいと言う見方が通説で、それは人間を招き寄せる特性を持っているとも言われている。要するに宝箱やドロップ品で、知的生命体を招き寄せて。
それから捕獲、或いは吸収するのだろうと。
なかなかに面白い仮説だが、護人にとってはどうでも良い事で。自分と家族の安全さえ確保出来れば、そこら辺は俗世的な考えの家長である。
ところが小島博士の研究は、魔素の秘密を解き明かす分野にも及んでいるらしく。その研究が進めば、魔素に
そう言われては、断る事も出来ない護人である。
「いやいや、ワシのモットーは危険な場所にも敢えて突っ込んで、真実を突き止めろじゃからな。ダンジョンにも潜った事はあるぞ、幸い魔素中りやら変質は起きなくて助かったが。
たった数年の研究では、まだまだ真相究明までは至らなくてなぁ。もっと経験と知識が必要じゃ、それから異界を良く知る者の存在……。
それがお主の、探索動画とやらに映っておったと言う訳じゃよ!」
「は、はぁ……」
「いやいや、向こうの世界からも未確認生物はやって来るんじゃなぁ。もちろんそれは、オーバーフロー騒動の事を言っておる訳ではないぞい?
案外ダンジョンとは、双方向性の通路なのかも知れんのぅ?」
「えっと、それじゃあ車を出しますよ?」
本当に良く喋る教授である、護人の認識はその一言に尽きた。彼らはやたらと装甲の派手な車をレンタルして来ており、それで来栖家までご一緒すると言う。
その目的は、もちろん妖精ちゃんへのインタビューである。彼女がこの酔狂な学者連中に対して、まともに相手をするかは不明ではあるが。
護人としては、送り届けて小さな淑女にお伺いするのみ。
――そんな訳で、奇妙な一団は山の頂にある来栖邸へと出発するのだった。
「ああっ、夏休みがもうすぐ終わっちゃう……今年もあんまり遊べなかったなぁ、半日キャンプに1度みんなで行ったっきりだよ。
でもまぁ、ダンジョン探索を2回行ったから良かったかな?」
「アンタ、1人で遊びに出歩く事もほとんど無かったもんね? 田舎あるあるだよ、こんな山の上に家があると出掛けるのが面倒臭くなっちゃうんだよね。
私もそうだったし……でもまぁ、家の手伝いと探索で稼げたし良かったでしょ?」
そうだね私は小金持ちだよと、大威張りの末妹の香多奈である。実際、家の手伝いと探索の報酬で、香多奈の預金通帳は夏の間も結構な額を加算されていて。
使い道も所詮は小学生、一度に使うのは精々がお小遣い上限の千円程度で。労働で稼いだ分は、護人が責任をもって管理してくれているのだ。
少女が夏休み中に使った最大の贅沢品は、姉へのプレゼント位のモノ。
それも終わって、あと数日で二学期が始まってしまう。まぁ、夏休みの宿題はすべて終えているので、慌てる事態は防げているけど。
自由研究の結果として、4羽のヒナの成長過程を日誌に記録して仕上げ済みである。我ながら良い出来だと香多奈は自画自賛、護人に手伝って貰ってヒナが過ごせる鳥小屋も作った。
後は大きくなったヒナたちの、処遇を決めるのみである。
そんな事を話していると、外で警護している犬達が騒がしくなった。来客らしいが、今日は林田妹の美玖が遊びにと言うか合同特訓に来る予定で。
姫香が早速、玄関へとお客さんを迎えに走って行く。キャンプ同行以来、こんな感じでの遣り取りはたまに行っている2人である。
香多奈も特訓開始だと、楽しそうに外へと出る準備。
今日は家長の護人が所用で出掛けているので、子供達だけでのお留守番である。そして出迎えた姫香に、美玖から手渡される誕生日プレゼント。
遅れてごめんねとの言葉と共に、すっかり友達な雰囲気である。人見知りの彼女にしては大進歩を遂げている、姫香はお礼を言いつつ護人に買って貰った名刺入れから名刺を取り出してそれを手渡す。
どうやら、美玖にちょっと自慢したくなったらしい。
「わあっ凄いね、探索者チームの名刺だぁ……いいなぁ、私も作ろうかな」
「えへへ、これは護人叔父さんにパートナーとして認めて貰った証拠だよっ! ますます頑張らなきゃね、護人叔父さんは心配性だから。
そんな訳で今日も特訓して、ガンガン実力をつけようねっ!」
そんな訳で賑やかな女子チームは、厩舎裏の秘密の訓練場へと集合する。香多奈は早速、孵ったヒナをお客さんに披露して自慢しているけど。
まだ小さいヒナ4匹は、護人と一緒に作った隔離小屋で元気に動き回っている。可愛いねぇと末妹と一緒にそれを観賞する美玖と、その隣で準備運動をしている姫香。
その手前では、紗良が魔法の装備を装着中。
“樹上型ダンジョン”で入手した、『鬼面』と『獣の尻尾』はどちらも身体能力アップ系の効果がある。探索中はこれを紗良が装備して、前回の反省としての動きの向上を目指す。
それがチーム内で出した答えだったが、毎日の特訓でも紗良は頑張っていた。護人とルルンバちゃんが作ってくれたアスレチックコースは、まだまだ発展途上ではあるものの。
運動能力の向上と遊び要素の目的には、ぴったりで侮れないレベル。
――そんな秘密の訓練場で、各々が特訓を始める子供達だった。
それぞれが暫く特訓し、香多奈がたまに姫香のスマホで撮影などしていると。そのスマホに、突然に叔父の護人からお客を連れて今から帰るのコールが。
それを姉たちに報せると、紗良が慌てて家の片付けとお持て成しの準備に戻って行った。どうやら大学の偉い研究者が、妖精ちゃんにインタビューをしたいとの事で。
それは凄いねと、余り事態を把握していない姫香の返事。
この不思議飛翔生物の存在は、別段世間に隠している訳でも無い。何しろモンスターが野良と化して生活を脅かしている現代で、脅威でも何でもないただの大喰らいと言うだけの存在なのだ。
動画でも特に伏せてないし、青空市ではサービス鑑定もして貰っていてその存在を知る者も多い。ただ、この小さな淑女に何が出来てどんな身分なのかを知る者は来栖家の中にもいない。
それはもちろん、唯一言葉の通じる香多奈を含めて。
偉い学者さんがインタビューをするのなら、自分達も拝聴しても良いかもねと姫香が言うと。面白そうだねと、訓練で流れた汗を拭いながら美玖が追従する。
どうせなら夕食ウチで食べて行きなよと、美玖を誘いながら2人も邸宅内へと入って行く。それに遅れて、スマホを弄りながら末妹の香多奈が後に続く。
それから10分後、来栖邸はお客を迎えて混迷模様に。
60歳も間近の小島博士は、来栖家に巣を構える妖精ちゃんとの
許可を得て、全てを撮影する助手たちをドン引きさせてからの質問攻めに。それは護人を筆頭に、唯一言葉の通じる香多奈に対して止め処なく続く有り様。
万一に備えてついて来た仁志支部長も、これには頭を抱えるしか無く。
助手たちの様子から、普段からこんな感じじゃ無いのかなと推測する護人だったけど。幸いな事に、香多奈も妖精ちゃんも小島博士のこのテンションに臆した様子もない様子。
インタビューは多岐に渡り、ダンジョンの正体から妖精ちゃんの元住んでいた世界についてなどなど。どうやらこちらの世界の“大変動”は、彼女の世界にも波乱を招いていたようで。
それは科学者たちの唱える、“2つの世界の衝突”説を肯定する内容でもあった。
「ふむぅ、ワシは世界は少しずつ重なり合って存在すると思っていたんじゃが。衝突したとなると、その考えは間違っておったのか?
いやしかし、世界の在りようは様々じゃとする考えも……」
「そんじゃ、妖精ちゃんの世界にもダンジョンが出来ちゃってるって事なの?」
香多奈の質問に軽く肩を竦め、穴はいっぱい開いたかなとフランクに返す妖精ちゃん。元々彼女の世界は、精神体の存在が大半を占める、ほぼ物質と言う概念の無い世界であるらしい。
それが今回の大騒動で、膨大なエネルギーが流れ込んで来て。それが魔素や魔石と言われる存在で、これのお陰で多くの精神体が肉体を纏う事となったらしい。
そしてこちらの世界の存在を知って、好き勝手してる者も多いのだとか。
妖精ちゃんもその1人で、香多奈と言う話の通じる相棒を得て、この来栖邸に厄介になる事にしたと言う経緯らしく。ってか、ここは最初から魔素も他より濃くて、居心地が良かったそうな。
まぁそうかも知れない、敷地内に3つもダンジョンが生えている事実に
何しろこちらの世界の住人は、これを浴びて体調不良を起こす者も多いのだ。
そこは妖精ちゃんも、実は良く分かっていないらしい。ただし、こちらの世界の者がこれを取り込むと、もちろん拒絶反応を起こす者も存在するのは知っていて。
探索者は、この余剰エネルギーをHPやMPに無意識に振り分ける事で、ダンジョンに適応するそうだ。その適応力が無い者も、当然ながら人類の中には何割か存在していて。
つまりはそう言う事らしい、進化の過程の振り落とし的な。
「ふむぅ、やはりそう言う話になってしまうか……切ないのぅ、何とか変質で体調を崩した者を、救う方法があれば教示願いたいんじゃが」
「ああっ、“魔素”の濃度を何とかコントロールする研究は、聞く所によると熱心になされているらしいですね。それが変質で体調を崩した患者さんの、救済になるんじゃないかとの期待はずっとあるんですが。
実はダンジョンで入手可能な品にも、それが可能な物は幾つか発見されてますね」
そう口を挟んだ仁志支部長だが、その数は少なく入手階層もかなり深いらしい。つまり医療の分野で実用化するにも、かなり難しいらしく。
来栖家チームが挑むにも、まだまだ実力不足は否めないと言う。買取価格も高いので、万人向けの治療にも適していないのが、今の所の現状っぽい。
世知辛いねぇと、香多奈の呟きはまさにその通り。
紗良がお客にと出したお茶に反応して、助手の1人が慌てた様子で礼を述べて。それから鞄からお土産ですと、もみじ饅頭の詰め合わせを取り出して渡して来た。
それに素早く反応する妖精ちゃん、彼女もこれは大好物なのである。好みも
そんな感じで、もう暫くは妖精主体のインタビューは続き。
――来栖邸の賑やかな来客騒動は、数時間に及んだのだった。
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