第101話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その3



 夏も半ばを過ぎたが、昼間はまだまだ暑さが厳しい感じ。太陽の照り付けは、山の上にある来栖邸でも麓とさほど大差は無かったりする。

 それでも日陰に入ると、過ごしやすさは随分と変わって来る。しかも犬用のプールには、毎日沢から引かれた冷たい水が蓄えられていて。

 護衛犬のハスキー軍団も、無事に夏を乗り切れそう。


 今日も無事に任務をこなした3匹は、夕食も食べ終えて満足に寛いでいた。とは言っても、邸宅の警護も彼女達のお仕事、完全に気は抜けないけど。

 一見怖そうな顔に見えるけど、ハスキー軍団は仕事に関してとても真面目である。ハスキー犬の特徴を知る者は、本来は割と間が抜けたのんびり特性を感付いてるかもだが。

 その仕事振りは統制が取れていて、一切の抜かりが無い。


 とは言え、ちゃんと睡眠時間は取ってるし、仕事に楽しみも見出している犬達である。そして最近彼女達がハマっているのは、実は自主鍛錬だったりする。

 各々が得たスキルと、それから“変質”で得た特性……これらを更に強化して、ご主人たちに連れて行って貰える探索でもっと活躍する。

 そんな計画に、実は適した立地に彼女たちの住まいはあるのだ。


 つまりは敷地内の3つのダンジョンだ、いや稼働しているのは今の所2つだけだけど。この前少人数でご主人と敷地内ダンジョンに潜った時に、これだ! とレイジーは閃いたのだ。

 邸宅の警護をサボる訳では無いが、野良や野生動物の心配はそれ程無い。彼女たちの縄張り意識は、変質してからも変化は無く。むしろ周囲に、それを無意識に知らしめる手段を得て。

 下手な連中は、来栖邸の敷地に近付く事は無くなっていた。


 邸宅内には先輩狩人のミケや自動稼働するロボもいるし、ご主事の警護には何の心配もない。だから眠る前のほんの1時間程度、自分達の鍛錬に敷地を留守にするのも悪くない筈。

 そんな訳で、レイジーは子供たちと狩りの鍛錬を日課にする事に。


 “狩り”とは本来、己の空腹を満たすための行為である。倒せば石っころになる連中を倒すのに、楽しい感情など本来は湧かない筈である。

 だがしかし、レイシーはそれに楽しみを見出していた。そもそも敷地内に勝手に、敵が居城を造り出しているのにも彼女は常々腹立たしく思っていたし。

 敵を倒せば腹は満たされないが、別の飢えが満たされる事に気付いたのだ。


 それはツグミとコロ助も同じらしい、そしてご主人に貰った“スキル”が、敵を倒す毎に強くなって行く感覚がとても楽しくて。真夜中の探索活動は、訓練と名を変えて毎晩行われる事に。

 潜るべき敵の居城は、ゴブリンの住まうダンジョンが圧倒的に多かった。ハスキー軍団にとって、ネズミの群れは物足りない雑魚に成り下がっていて。

 5層まで降りても、もはや30分掛からない有り様で。


 その点、ゴブリンは同じ雑魚でも攻撃方法が異なるし倒し甲斐があると言うモノ。弓矢や魔法を使う奴らとなると、鍛錬相手にはピッタリである。

 どうしてこの鍛錬を、もっと前から思い付かなかったのかとレイジーは調子に乗りつつ思ってしまう。特に自分の子供達にも、もっと経験を積ませてやらないと。

 それは親として、そしてリーダー犬としての責務でもある。


 ウチの群れのご主人護人は、とても立派に大きな群れを統率している。だけど優し過ぎるのが玉にきずで、下っ端の子供に至っては守られてばかりである。

 あれでは立派な戦士には育たないなと、彼女は不満に思いつつ5層の中ボス部屋を眺めやる。これはどうやら犬の肉球には反応しないようで、どう頑張っても開いてくれない。

 ハスキー軍団は諦めて、きびすを返して地上へと戻って行く。


 ここまで稼いだ魔石は、ほとんどツグミが『影縛り』で回収済みである。ご主人が褒めてくれる事は、率先して行う尽くす精神満載のハスキー達である。

 それも彼女たちの、活力に還元されて行くのだ。


 ――こうしてハスキー軍団は、主人の知らぬ間に経験値を蓄えて行くのだった。









 『探索者支援協会』日馬桜町支部に務める能見さんは、実は探索歴も少々持っている。仁志支部長程では無いが、“大変動”直後の変動の時期にダンジョンに入った経験があって。

 それも色々と不運が重なった末の行動で、積極的な決断では決してない。その頃大学3年生だった彼女だが、“大変動”のせいで学校が休校したまま、とんと再開しなかったのだ。

 そんな大学は、実は全国に結構たくさんあって。


 そんな訳で、就職も在学も出来ずに半端な感じで鳴動の時期を過ごした彼女は。生き抜くために自然と武器を取り、そしてそのまま探索者の道へと友達と踏み込んで行く事となって。

 この時期は、警察や自衛隊以外にもこんな活動をする者は結構多かった。何しろ誰しもが自衛のためにと武器を持っており、疑心暗鬼に自然と一般人も武器を持つ習慣が流行り出していて。

 世の不安から、意外と破壊活動が持てはやされた時代でもあったのだ。


 そしてダンジョン内に存在する宝箱、特に武器や防具の類いに加えてポーションの存在が、人々の探索心に火をつけたと言うか。後に魔石の有用性が確立されるまでは、ポーション目的のダンジョン突入がブームとなったのだった。

 何しろ即効性を有する回復薬である、それが割とダンジョン内の浅層で入手可能なのだ。人数を揃えて突入すれば、それ程にはモンスターの対処も大変では無いとも知れて来て。

 行政管理の探索者より、最初はそんなにわかの方が多かった程。


 しかしそれも、“変質”の存在や探索中の事故率の上昇で、あっという間に廃れて行ってしまった。能見さんのチームも同じく、敵に倒された者こそ幸いながら出なかったモノの。

 “変質”によって体調を崩し、にわか探索者を辞めていった者が2名程。その頃には魔石とポーションが割と良い値で買い取って貰えるようになり、生活も安定して来たと言うのに。

 チームは空中分解で、彼女も探索業を休止する破目に。


 能見さんの見立てでは、ひょっとして“変質”の体調不良を改善する薬か何かが、ダンジョン内で見付かるのではと思っていて。仲間のためにも、探索者を続ける気は満々だったのだが。

 何度かチームを再編成して、目的を新たに深層を目指して探索していたのだが。なかなか上手く行かずに焦っていた所、協会に拾われた形で就職が決まり。

 そして今に至ると言う、そんな経歴の持ち主である。


 拾われたと言うのも、まぁ仁志と面識があったせいなのだが。彼も似たような経歴の探索経験者で、能見さんよりずっと現実主義者だった。

 つまりはダンジョンに夢とか希望とか、生活に組み込めるかとかを疑問視と言うか俯瞰ふかん視していて。儲けのプラスと負荷となるマイナスを計算して、割に合わないと判断したようで。

 早々に引退を決意して、協会に就職したらしい。


 そして探索者を手助けする方へと回ったようで、それも間違った手段では無いと能見さんも思う。チーム内に変質で体調を崩し、探索で命を落とす者を何人も見て来た末の決断である。

 自分の進退を、考えるには充分過ぎる動機には違いない。


 能見さん的にも、探索者を引退するきっかけは似たようなモノ。恐らく引退して行く探索者の大半は、そんな命の危機に晒されての決断なのだろう。

 それでも探索者を裏で支援する仕事は、やり甲斐もあるし性に合っていると彼女は思っている。とにかく探索者の死亡率を下げようとか利便性を上げようとか、そう言う協会の取り組みはもっと盛り上げたいとも考えてるし。

 協会もまだ発足して数年、良い方向に向かって行きたいモノ。



 そんな考えにふける能見さんの元に、大きな案件が舞い込んで来た。西広島で最大と噂される“弥栄やさかダムダンジョン”の間引きの協力依頼で、確か去年も各協会支部に通達はあったような気が。

 依頼元はこれまた西広島で最大のギルド『羅漢』で、どうも今回はお隣の山口県岩国市のチームにも声を掛けているらしい。“弥栄ダムダンジョン”の立地的にも、確かにオーバーフロー騒動が起きれば向こうにも被害は及ぶだろうし。

 その考えは、間違ってはいないだろうけれど。


 岩国市のチームには、荒くれ者が多いとの噂もあるので心配ではある。とは言え、あれだけ巨大だと1~5チーム程度では間引きにすらならないだろうし。

 少数チームを固定で1ヶ月とか長期間雇うのも、それはそれで問題だし破損率が跳ね上がってしまいそう。そんな訳で、この間引き計画は難航して数か月ずれ込んでいるとの事である。

 オーバフローは心配だが、それも仕方の無い事か。


 この“弥栄ダムダンジョン”についてだが、大物モンスターの数も多いそうなので万一オーバフローが起きたら本当に大事である。それから変わり種の噂では、奥の層に“聖剣伝説”があったりして。

 立派な剣が岩に刺さっていて、探索者が抜こうと挑もうが誰も抜いた事が無いそうだ。それが噂になって、何チームも猛者が挑んでいるらしいのだけれど。

 未だに持ち帰ったとの、噂はとんと聞いた事が無いと言う。


 そんなギルド『羅漢』のギルドマスターの森末もりすえから、実は日馬桜町の探索チーム『日馬割』に協力依頼が舞い込んでいて。まだ活動は数か月の新人チームなのに、向こうは来栖家チームを随分と買っているらしい。

 能見さん的には、この町でほぼ唯一の探索チームにはあまり無理をして欲しくは無いのだけれど。何しろチーム内に、小学生が混じっているとすれば尚更の事である。

 しかしその子が、一番探索活動にノリノリと言う事実はどうしたモノか。


 ――来栖家チームは受けそうだなと、彼女はため息交じりに推測するのだった。









 彼らはまだ若い3人組の探索者で、移動と生活には割と立派なキャンピングカーを使っていた。これは“大変動”のどさくさに紛れて盗んだもので、元の所有者の所在は明らかではない。

 最初のオーバーフロー騒動で死んでしまったのかも知れないし、とっくに疎開しているのかも。とにかくあの時代の罪など、恐らくは誰もとがめなどしない。

 言わば世紀末的な、この世の行動原理が出来上がっていて。


 食べる物さえ調達出来れば、探索者で生計を立てる生活は割と彼らには合っていた。自分たちの能力をしっかりと把握して、危険は敢えて冒さずにダンジョン内を徘徊する。

 週に5日もそれを行えば、浅層だけでも充分に見返りはあったりして。


 同じダンジョンに潜るのは、モンスターの再ポップの関係であまり美味しくは無かったりするので。彼らは自然と、気楽に旅をしながらの探索生活を送る事となり。

 お陰でキャンピングカーを有効利用も出来たし、初見のダンジョンへの対応力も少しずつ身について来た。レベルもそれなりに上がっていたのだろう、怪我をする事も少なくなって行き。

 ある時とうとう、20層のダンジョンの踏破に成功したのだった。


「おおっ、まさか……たった3人でダンジョンボス討伐まで出来るとはな! ひょっとして俺たち、真の実力は凄いんじゃねぇのかな?」

「今は広島市のA級ランカーがいるチームが、トップ扱いらしいけどな。チームの総合力なら、俺たちの方が上かも知れないな!」

「落ちてる魔石も大きいし、スキル書までドロップしてるな……こりゃあ今回は大黒字だ、早速戻って缶ビールで祝おうぜ!」


 彼らは喜びながら、その辺に転がっていたドロップ品や宝箱の中身を魔法の鞄へと詰め込んで。そして無知ゆえに、ダンジョンコアまで持ち帰ると言う暴挙に。

 元々、コアはダンジョンの心臓と言われているが、その詳細は定かではない。壊せばその活動は半年程度は停止する事は体験から分かっているけど。

 その溢れ出る魔素の塊を、持ち帰ろうとする探索者も皆無で。


 彼らが不幸だったのは、彼らが魔法の鞄を所持していた事もあったのかも。重石ほどの重量のコアを、わざわざ持って帰ろうとする者などほとんどいないのだし。

 普通の生物なら、心臓を持ち去られたらあらゆる生命活動機能は停止してしまう。ところが異界同士を繋ぐダンジョンに限っては、その法則には当て嵌まらなかった。

 持ち去られたキャンピングカーで、再び活動を再開したのだ。


 階層が拡がる際のエネルギーで、不幸な3人の探索者は“変質”してしまった。人間以外の存在として、ダンジョンを徘徊する駆除役の任務を背負って。

 こんな事態は、実は過去にも何度かあったのだけれど。不幸にも巻き込まれた人間は、報告する手段も無いし誰も気付かないままに、行方不明として処理される事に。

 そして何度も、過ちは繰り返される不幸のサイクル。


 ある意味オーバーフローより酷い出来事だが、考えてみればダンジョンの引っ越しと取れない事も無い。そうして彼らの拠点のキャンピングカーは、新造ダンジョンへと早変わり。

 かくして、自走する世にも奇妙なダンジョンが誕生して。





 ――それは新たな7不思議として、噂の形で世間に拡がって行くのだった。





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