第91話 世間的にお盆の時期に突入する件



 とにかく臭いの問題が酷かった“ゴミ焼却場ダンジョン”の間引きを、チーム『日馬割』でこなして1日が経過。来栖家は朝のお勤めを皆でこなして、今はリビングで寛いでいる所。

 家畜の世話と夏野菜の出荷作業は、つまりは全て終わっている。護人もいつものお手伝いさんと共同で、トラックに収穫したてのトウモロコシやトマトやキュウリなどを積み込んで。

 町の朝市へと送り込んで、後はお店に販売をお任せして来たのだった。


 出荷店舗はそんな感じで、大抵決まっているので販売の手間までは無い。契約とまでは行かないが、町の流通に乗せないと不義理だと炎上案件になってしまうのだ。

 今の時代、モノを作る農家の方が力関係で言えば強いとは言え。それを盾に我が儘放題では、商売上の関係とは言え破綻してしまう。

 何より護人が、そんな性格とは無縁で謙虚な人柄なので。


 本業の農業で、家族4人+ペットたちが充分に暮らせて行けるだけの儲けが出ている。それだけで満足で、欲を言えば耕作面積をもう少し増やしたいなと内心で思っている程度。

 そうすれば従業員を増やしても良いし、食糧問題の緩和にも貢献出来る。この町の発展だか賑わいの向上にも貢献出来るし、姫香達の世代の望みにもなる可能性も。

 そんな思いを持ちながら、自営業に励む毎日の護人である。


 とは言え、農業は基本が天候頼りの所があって安定とは裏腹である。実りの直前に台風が来て、作物が全滅するなんてよく聞く話だし。

 米や野菜が虫にやられたり病気にかかったり、心配する事は山積みだ。しかしこんな時代になった事で、多くの農家が農業一本で食べて行けるようになるとは皮肉な話ではある。

 護人も同様で、この地を継いでも農業に手を染めようとは思っていなかった。


 いや、定年を迎えた後なら分からなかったけど。その場合は60を過ぎていると仮定して、広大な農地に手を付ける意力が残っているかは疑問ではある。

 そして今は、土地に関わる事はなるべく独自でこなす農家の基本に沿った形で。何と敷地内のダンジョンの間引きまで自分たちでこなす始末だ。

 それを逆手に取られ、いまや町内の間引きも斡旋されてるけど。


「叔父さん、午後から協会に報告に行くんでしょ、一緒について行ってもいい?」

「別に構わないけど、報告と備品の返却して、後は魔石を売るだけだぞ?」


 それでも良いらしい、どうも家にじっとしているのが性分に合わないのだろう。活発なのは姫香も同じで、それじゃあ私もついて行くと同行の構え。

 今は2人もリビングで、香多奈は夏休みの宿題を広げて勉強中、姫香も紗良先生に渡されたテキストを埋めている最中。夏休みと言っても、遊び惚けてなどいられない子供たち。

 そして紗良は、編み物で猛烈に手を動かしている様子。


 寛いでいるのは護人だけだが、特に邪魔とも言われていないので。子供たちの様子を見ながら、静かにミケを膝に古い音楽CDを鑑賞中である。

 たった今流れているのは、広島出身のロックバンドの“ZIG ZAG”のアルバムCDである。タイトルは『岩』と言って、何と歌詞に1文字も横文字が使われていない。

 英語の歌詞とか流行とか軟弱だと、敢えてそんなアルバムを作ったのだとか。


 勉強中の子供達も普通にBGMとして聴いているし、来栖家の日常には違いなく。香多奈も夏休みの宿題を、休みの前半に全部終わらせるぞと張り切っている。

 休みの最後の日に、家族総出で慌ててこなすよりは数倍マシなので。護人もそれは、温かい目で見つめるのみ。そんな末妹から、叔父さん家の孵卵器を使わせてよとの突然の話題振り。

 どうやら夏休みの、自由研究にそれを使いたいらしい。


「種を植えたり虫を飼ったりは、去年とかで散々やっちゃったからね! 今年は鶏の卵を孵化させて、観察日誌をつけたいの……いいでしょ、叔父さん!」

「まぁ、自由研究の題材にするのなら仕方ないか。鶏が数羽増えても、別に問題無いしな」


 やったぁと飛び上がって喜ぶ香多奈、基本この子は動物の世話が好きなのだ。とは言え鶏の卵の孵化には3週間も掛かるし、失敗したら夏休み中のやり直しはきかない。

 しかも孵卵器の手間は意外と大変なので、一応は護人がフォローした方が良さげな案件ではある。そんな事を考えながら、時間はそろそろお昼に差し掛かり。

 慌てて紗良が裁縫の手を止めて、お昼の支度に取り掛かっている。



 お昼の冷やし中華を食べながら、家族の話題は今回スキルを得た犬達の話題に。鑑定の書は今回入手分は使い切ってしまって、詳しい事情は不明なままなのだが。

 妖精ちゃんのざっくり鑑定では、コロ助の得たスキルは『体力増量』系らしい。そしてリーダー犬の取得したオーブ珠は、恐らく《狼の女帝》的なレアスキルだとの事で。

 それがどう作用するかは、妖精ちゃんにも分からないそうな。


 とにかくせっかく出たオーブ珠を、無駄に売らずに済んで何よりである。そして『錬金術』のスキル書を、うっかり使ってしまった妖精ちゃんにも、家族は敢えて何も触れず。

 お茶目な暴君にそれを突っ込む者は、家族内に誰もいなかったとも言い換えれるのだが。とにかく家族の新たなパワーアップを喜びつつ、昨日は反省会も少々行って。

 とは言え、大半の感想は臭かったねに終始してたけど。


 それから金箱が出て良かったけど、レア種とも遭遇しちゃったねと。どうも日馬桜町のダンジョンは、割とギリギリまで放置して間引きのパターンが多いらしい。

 それ故に魔素の濃度も高まって、そんな顛末てんまつに陥る可能性が高くなるのかも知れない。ともかくあの時のレイジーは凄かったとか、ルルンバちゃんの飛行モードの出番が無かったとか。

 そんな反省とも言えぬ話題で、お昼の時間は占められて。


 それから家族で外出の支度をして、協会へ車でのお出掛けタイムである。犬達は心得たように、護衛のために次々とキャンピングカーに乗り込んで行き。

 妖精ちゃんも付いて来るみたいだが、ミケは知らんぷりを決め込んでいる。そして飛行モードを手に入れたルルンバちゃんは、今度こそ一緒にお出掛けしたい様子。

 ねられても困るので、護人は仕方なくそれを許可する。


「マジックハンドみたいなのが無いと不便そうだよ、叔父さん……でもルルンバちゃんにこれ以上の自由を与えたら、色々と不味い事態になると思うの」

「香多奈もたまにはまともな事を言うじゃん、確かにそうだよね。家の中だけならともかく、勝手に外に出てふらふら飛ばれた日には、知らない人が見たらビックリしちゃうよ!」


 なるほど、姉妹の言う事は確かにもっともだ。常識的に考えると、そんなAIロボが存在して良い訳は無い……ただまぁ、ルルンバちゃんも家族の一員だし無碍むげにも出来ない。

 香多奈の言う、ルルンバちゃんの強化計画案は、その内に実行しても良いかも知れない。例えばダンジョンの階段が登れる程度の、改造パーツを探してあげるとか。

 彼の《合体》スキルは、細かい補正が自身で出来るのが優れた点である。


「あっ、さっきの話題の前回の反省ですけど……また強化用の木の実を、戦闘の前に食べるのを忘れちゃってましたね。動画を見る限りでは、他のチームは結構お手軽に使ってましたよ?」

「ああっ、そうだった! たくさん貯め込んでたから使おうって、話してたのに忘れちゃってたね……まぁあのダンジョンだったし、臭い中でモノを食べたくは無かったけど」


 それもそうだねと、話を振った紗良も納得の返事。それより今回入手した『虹色の果実』は、誰が食べますかと改めて護人に問い掛ける彼女である。

 鑑定プレート(木の実)のお陰で、4個ほどゲットしたのは『エルグの魔種』だとあっけなく判明。そのまま食するタイプでは無く、加工すればMPが増えたり回復ポーションの原料になる木の実であるらしい。

 なお、加工の方法は全く分かっていない。


 そして今回もゲット出来た『虹色の果実』2個だけど、これは鑑定結果を見ずとも経験値を増やすレア品に間違いない。さすが金箱、そして誰が食べるか家族内で議論する事しばし。

 家族会議で決まったのは、まず1個は今回死に掛けた護人にと。アレは肝が冷えたよねと、姫香のプッシュの一言が大きかった。そして残りの1個も、同じ前衛の姫香が食べる事に。

 敵との接近戦の多い、前衛のパワーアップは必須との理由だ。


 あんまり美味しくないねと言いながら、レベルアップした実感も湧かずにそれを平らげる2人であるけど。そんな事をしている間に、車は順調に協会の建物前へと辿り着く。

 そして車から飛び出して、伸び伸びし始めるハスキー軍団と子供たち。ルルンバちゃんも外に出て、その辺をのんびりと巡回している模様。

 それに深い意味はあるのか、恐らくは無いと思われる。


「ようこそいらっしゃい、探索お疲れさまでした。間引きも成功したようで何よりです、こちらの席にどうぞ。それでは報告と、魔石の販売をお伺いしても……?」

「あっ、はい……どうも、毎度お騒がしくお邪魔して申し訳ございません」

「騒がしいのは、主に香多奈だけどね……」


 姫香の呟きに、何でよっと喰って掛かる騒がしい末妹である。能見さんがやって来て、護人の提出した動画のデータや魔石の入った容器を受け取って行く。

 それから姫香も、借り受けていた簡易火炎放射器を支部長へと返却。それから今回のアップ動画の依頼をすれば、ここでやるべき仕事はほぼ終了である。

 いや、まだ報告も換金作業もあるから帰れないけど。


 そんな訳で能見さんは、魔石を手に奥へと引っ込んで行った。仁志支部長は動画を見ながら、護人と一緒に今回の依頼の確認作業。普段はここまでしないのだが、どうもレア種と遭遇したと確認前に喋ってしまった事が原因らしい。

 そして5層での金の宝箱の出現には、仁志支部長も興奮して何かを叫ぶ有り様。彼の経歴の中でも、滅多にお目に掛かれない代物らしい。

 そして入手アイテムも、当然ながら結構なラインナップ。


「今日も持って来てるよね、紗良お姉ちゃん。今回は武器とかが多かったかなぁ、あとは変な結晶がたくさん手に入ったよ?

 臭いゴミ山の中を、頑張って探索した甲斐はあったよね、叔父さん?」

「ああ、スキル書4枚とオーブ珠1個は、過去最高じゃないか? 魔法のアイテムも多過ぎて、危うく鑑定の書が足りなくなるところだったよ。

 上級のも含めて、何とか鑑定した感じだからね」


 それは凄いと、動画を見ながら仁志支部長の相槌である。動画の中では、いよいよ8層でのレア種との遭遇戦が始まっている様子。

 その巨体振りに、仁志どころか換金して戻って来た能見さんも驚きの表情を浮かべている。そしてレア種とレイジーのブレスの応酬に、その表情は呆れた薄笑いに。

 どうもレイジーの存在は、かなりやり過ぎな感じっぽい。


 それはそうと、今回の探索での入手品の鑑定結果である。ちなみに結晶石の類いだが、これも魔石の一種で間違いないらしい。魔石の上位の品に位置して、価格も2~5倍以上との事。

 そして珍しいのは、やはり錬金レシピ本だろうか。


【蛆虫のイヤリング】装備効果:全耐性・小up

【腐敗のフレイル】使用効果:腐敗効果・中up

【痛痒のナイフ】使用効果:痛み効果・小up

【消臭の置物】設置効果:周囲10mの消臭効果

【腐敗防止薬】使用効果:生モノの腐敗防止効果・中up

【襤褸のマント】装備効果:装備者のMP150%up

【襤褸のグローブ】装備効果:装備者に《念動》付与

【塵のオブジェ】設置効果:周囲10mの空気清浄

【錬金レシピ本】初級の錬金レシピ集

【揺らぎの剣】使用効果:出血効果・大up

【戒めの腕輪】装備効果:魔法防御・中up

【中級エリクサー】服用効果:状態全回復・中



 ついて来てくれた妖精ちゃんの話では、3冊の内1冊は薬品のレシピであるらしい。ポーションが自作可能になれば凄い事だが、恐らくこっちの世界の植物からは製作は無理な気も。

 そして中には、中級エリクサーなんてヤバい物も混じっていて。状態の全回復の中程度って、一体どの程度の事を指しているのか想像すると怖過ぎる。

 ちなみに売値は、100mlで30万を提示されてしまった。


 瓶の中には800ml入っているので、全部売れば240万円である。これまた青空市の売り上げに迫る勢いの価格に、子供たちは驚きを隠せないでいるけど。

 護人は冷静に、取って置きますと告げて家族チームでキープを明言。何かあった時用に、この手の保険はあった方が良いに決まっているので。

 仁志支部長はそれを諦め、武器を幾つか売る気は無いかと問うて来た。


「まぁ、無理にとは言いませんが……西広島のエリアの探索チームに、魔法の武器を行き渡らせたいなと考えてまして。協会同士での買取強化期間を、丁度いま催し中なんですよ。

 ちなみに来栖家チームの皆さんは、魔法の武器はご使用で……?」

「んっと、巻物で強化した武器を使ってるかな? そう言えば、今回の探索で紫色の魔石は入手出来たのかな、紗良姉さん……?」

「えっと、結晶石の方でも青と紫の大振りの石はあるよ、姫香ちゃん。巻物も持って来てるから、妖精ちゃんに頼んでみる?」


 強化の巻物は、別に妖精ちゃんに頼まなくても強化は可能である。武器や装備と魔石を巻物の上に置いておけば、約半日で強化が自然に出来ているそうで。

 それを一気に済ませるのが、妖精ちゃんの良く分からないパワーである。姫香の武器も車に積んでいたので、この場を借りて強化を済ませる事に。

 これには協会の、仁志支部長と能見さんも興味津々。


 何しろ妖精ちゃんの働いている所が見れるのだ、彼女も差し出された紫の結晶を見てやる気充分。机の上に巻物と姫香の愛用の鍬が設置され、儀式の準備は整って行く。

 そして紫の魔結晶が魔方陣に捧げられ、厳かに始まる儀式。いや、見た目は浮遊しての腰振りダンスなのだが、それに敢えて触れる者はこの場にはいない。

 職員の2人も、何故か感動してこの儀式を眺めている。


 そして数分後には、眩い光と共に儀式は無事に終了の運びに。置かれていた姫香の鍬は、今や完全に先端の4本の刃が伸びて捻れて大鎌の様になってしまった。

 柄の部分も黒光りしてより硬質になった感じを受けるし、強くて格好良い武器な印象が強くなった。これには姫香も満足、2~3回素振りして妖精ちゃんにお礼を言っている。

 それに反応して、大威張りな小さなレディ。





 ――タダ飯喰らいでは無いと、得意満面なその顔は物語っていた。







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