第88話 厄介な敵に総戦力で挑みに掛かる件



 襤褸ぼろまとった影がたくさん、最初は例のハエ男かと思ったのだが。どうも様子が違うなと見直すと、そいつ等の顔はネズミだったりゴキブリだったり。

 しかも割と大柄な体躯の奴も混じっていて、それぞれ手には棍棒や鎌など武器を所持している。侮れない敵の出現に、しかし前衛の護人と姫香は身体が痺れて上手く動けない状態。

 それをかすれた声で、必死に後衛に伝える護人。


「えっ、あの大きな蛾の鱗粉を浴びちゃダメって事、叔父さんっ!? コロ助、あの飛んでる奴らをさっさと始末してっ!

 あっ、レイジーも痺れてる……紗良お姉ちゃん、回復の魔法かポーション!」

「そっ、そうね……わわっ、敵がいっぱい出て来てるっ!? どうしよう、私の『回復』は接触しないと使えないし……身体の痺れって、魔法で治せるのかなっ!?」


 慌てまくる紗良だが、答えは向こうから転がって来た。いや、転がって来たのは姫香で、どうやら護人の《奥の手》で安全な後方へと送り返された模様。

 そして痺れたままの護人は、どうやらその場で《奥の手》で踏んばる様子。いや、左肩の《奥の手》とは別に、右の肩からも赤い物体が生えているように見える。

 良く見れば、それは薔薇のマントの別形態だった。


 元々から妙な自意識を持つマントだが、とにかく護人に懐いていて。今回のお出掛けも無理やりにくっ付いて来た、この変テコな赤いマントなのだが。

 護人が《奥の手》を発動した時点で、こちらも発動した模様。寄って来る敵をぶん殴る黒い手に、シンクロするように薔薇のマントも拳に形を変えて殴りつけている。

 その威力は、《奥の手》に勝るとも劣らず。


 そして姫香が抜けた穴は、前衛に躍り出たルルンバちゃんが完璧に担ってくれていた。ネズミ男とゴキブリ男の群れは、2つの巨大なパワーにあっという間に蹴散らされて行って。

 その間に紗良が、転がっている姫香に必死の回復作業。香多奈はコロ助にガードされながら、レイジーの救助に向かっている。そして取り出した解毒ポーションを、レイジーの口の中に流し込んで。

 その結果、ほぼ同時に両者は麻痺から回復。


 ここからは来栖家チームの押せ押せムード、厄介な大蛾も全てコロ助が撃墜し終わっていた。結果、6層の入り口に集まって来たモンスターは全て駆逐される事に。

 戦闘終了とともに、その場に倒れ込む護人。


「護人叔父さん、大丈夫……!?」

「あっ、不味い……呼吸困難起こしてるかもっ!? すぐに『回復』しますっ、香多奈はちゃんも解毒ポーション用意してあげてっ!」


 物凄く慌てる子供たち、何しろ崩れ落ちた護人は麻痺効果で呼吸不全を起こしていたようで。顔色は真っ青で、喉から変な呼吸音を発している。

 半泣きの姫香は今にも大泣きに変わりそう、それでも必死の紗良の魔法効果で顔色はあっという間に元に戻って。香多奈も慌てた結果、浴びせる様にポーションを叔父に与えた効果も合わさったかは不明だが。

 何とか峠は越えたようで、荒い息のまま治療の礼を述べる護人。


「いや、有り難うみんな……スマン、ちょっと無茶し過ぎたな。息が止まり掛けるとは思って無かったよ、いやいや敵の特殊攻撃を甘く見過ぎたな」

「本当だよっ、私だけ助けようと頑張らなくっていいんだよっ!?」

「ふうっ、焦った……やっぱり前衛の2人は防毒マスクをつけるべきですよ、護人さん。私達に遠慮してる場合じゃありません、今すぐ着用して下さい」


 紗良の言う通り、実は防毒マスクは家族用に2つあったのだが。自警団が貸してくれるって見せてくれた物を含めて、子供の香多奈の顔のサイズに合う物は、実は1つも無くて。

 末妹だけしてないのは可哀想と、護人と姫香も臭いを我慢する事を選んだのだったけど。その心配りの果てに、まさかこんな窮地に追い込まれるとは戦闘って怖い。

 ダンジョンは、文字通り生死を分かつ選択の連続の場なのだ。



 そんな訳で、思い切り懲りた2人は紗良の勧めでマスクを着用する事に。そして半泣きの姫香が精神的に落ち着いたところで、探索の再スタート。

 引き返す事も論じられたが、ハスキー軍団もミケもまだ元気だし戦闘意欲は衰えていない。悪臭にも慣れて来たようで、大蛾の接近に気をつければとの話し合いで。

 いきなり手古摺てこずった6層を、慎重に奥へと進んで行く。


 その歩みの慎重さに反比例して、敵影は全くの皆無と言う状況。どうも付近の敵は、さっきの戦闘でほとんど倒してしまった様子で。いるのはゴミ山に居座るスライム位のモノ、それを後衛組で倒して行って。

 残りの者は頭上や周囲を警戒しつつ、彼女たちの経験値稼ぎを温かく見守っている。いや、本当にこの方法が良いのかなんて分からないけど。

 レベルと言う概念が存在するので、経験値は必要って感覚は共有していて。


「ふうっ、これで私達の経験値もちょっとは貯まってくれたかな、紗良お姉ちゃん? やっぱり初めはスライムからだよね、王道を進んで強くなるぞー!」

「終わったら次行くよ、香多奈! あっ、そう言えば……護人叔父さん、さっきの《奥の手》を使ってた時に、マントも似たような攻撃してたけど。

 アレは何だったの、そう言う使い方が正しいの?」

「いや、指示すら出してないよ……薔薇のマントが、勝手に動いて手助けしてくれた感じかな? まぁ強かったし、助かったし良しとしようか。

 変に懐かれてるのは、アレだけどな……」


 外に出ようとする度に、護人にくっ付いて行こうとする“薔薇のマント”には辟易へきえきするが、性能はすこぶる良いようで5層でゲットしたにしては拾い物だった。

 最近はランプとかマントとか、意志を持つアイテムの立て続けの出現なのだが。妖精ちゃんで免疫を得ていた来栖家は、ほとんど動じなくなっていると言う事情が。

 そんな話をしながら、辿り着いた階段前。


 そして隣の小部屋から、わらわらと出現するスケルトンの群れ。初めて見たと、何故か子供たちのテンションはアップする中。ハスキー軍団の突入で、あっという間に倒されて行く敵たち。

 強さ的には微妙みたいだが、コイツ等も武器や盾を所有している。そして倒された端から、結構な確率でそれらをドロップする親切設計。

 中には結構良い武器も、ポロっと混じっていたりして。


 とんだボーナスステージだったが、残念ながらスケルトンのいた小部屋にはスライムが数匹残っている程度で、宝箱の類いは見付からず。それらを後衛組で倒して、さっさと次の層へ。

 7層も似たようなパターンの襲撃に遭い、しかし予習をしていたチーム的には、大蛾を丁寧に倒して問題無し。とか思ってたら、ネズミ男の持つナイフが妙に濡れていると姫香の報告。

 どうやら毒か何かが、刃先に塗られているらしい。


「怪しい敵は、下手に手を出さないでこっちに回せ、姫香! 盾でガードして《奥の手》で仕留めるからっ!」

「了解っ、護人叔父さんっ!」


 ハスキー軍団もしっかり理解しているようで、足止めに徹してそれ以上は近付かない優秀さ。この層から大カラスが混じって来たが、これもコロ助の『牙突』で早々に退場して頂いて。

 それ以上の波乱も起こらず、最初の襲撃グループは倒し切った模様。今回も大活躍のルルンバちゃんが、甲斐々々しくも魔石を拾ってくれている。

 毒も麻痺も効かない彼は、ある意味最強かも?


 そして後半の階段前スケルトンも、同じパターンで討伐完了して。コイツ等は、割ともろい骨を一定数破壊してしまえば動かなくなる仕様らしく。

 武器を操る以外は、実は大した脅威ではないと一行の判断。その割にはドロップ品は豊富……と言うか、内1体は何とスキル書をドロップ!

 雑魚からスキル書を得るって、裏庭のアリ以来かも。


 大喜びの香多奈だが、ラッキーは小部屋に入ってからも続いた。そこに設えてある棚の上に、薬品の瓶やら小さな袋が置かれていたのだ。

 そして大振りの堅そうな骨が2個、これは素材として企業が買い取ってくれるのは分かっている。小袋の中からは、ビー玉サイズの魔石が7個。

 これだけで、何と10万以上の価値があると言う。


 薬品瓶に入っていたのは、全部で3種類だった。お馴染みのポーションと浄化ポーション、そして有り難い事に解毒ポーションも置かれていて。

 それぞれ500~800ml程度だろうか、それでもここまで消費した薬品の補充には大助かりには違いなく。全部を回収後、張り切って次の層に降りる一行。

 ただし時間的に、そろそろ2時間が経過するので。


「8層の敵を全部倒したら、区切りって事で地上に戻ろうか……間引きも充分こなしたし、そろそろ疲れも溜まってるしね」

「了解っ、護人叔父さん……でもそんな層に限って、厄介な敵が潜んでたり?」

「姫香ちゃん、それをフラグって言うんだよ……?」


 不吉そうに妹に突っ込む紗良の言葉に、香多奈もそうだそうだと追従の構え。姫香はそうかなぁと小首を傾げるが、階段を降り切った際のフロアの静けさは一体どうしたモノか。

 大蛾もネズミ男も襲っては来ず、雑魚の1匹もフロア内に見掛けない。高く積もれたゴミ山の影からは、しかし奥の様子はハッキリとは窺えず。

 そこで魔人ちゃんが、気を利かせ偵察に飛んで行ってくれる事に。


 そして物凄い速さで戻って来て、レア種が湧いてるよと皆に報告。どうも腐肉ゴーレムの一種らしく、山のような大きさの腐肉で出来た恐竜が奥にいるらしい。

 それは酷いねと、自分たちのチームの運の良さなのか悪さなのかを嘆く姫香。今回はこちらの発見が先なので、このまま帰る手もあるのだが。

 万一こんな敵が、オーバーフローで外に出て来たらではある。


「それはそうだね、倒せる戦力があるなら私達で倒しちゃおうっ! 幸い奴等の弱点の浄化ポーションは、まだ結構残ってるらね!」

「そうだな、レイジーとミケにも頑張って貰って……後は姫香の浄化シャベルの連続投擲から、得意の速攻で片付けよう。敵は巨大だそうだから、接近されないように気を付けてな」


 リーダーの言葉にはーいと返事する子供たちと、護衛のスケルトンも数体いたよと今更ながら追加報告をする魔人ちゃん。紗良も遠見の指輪の力で、自分の目で改めて対象チェック。

 スケルトンなど雑魚だが、そいつ等は腐肉馬に乗った騎士タイプらしい。それって強いのかなと姫香の質問には、普通のスケルトンよりは強いかもと紗良の解答。

 じゃあ気を引き締めて行こうと、気合充分の少女である。


 そして手分けしての、シャベルに浄化ポーションの塗布作業。念の為にと、護人のシャベルも浄化モードにして、薬品も小分けにして各自で持っておく事に。

 これで一応、大まかな準備は整った。取り敢えずルルンバちゃんには、スケルトン騎士のブロックを頼んで。ツグミとコロ助は、そのサポート役に任命する。

 そしてメインアタッカーは、姫香とレイジーとミケの3名で。


 それじゃあ行くぞと、護人の鼓舞の元に出発する来栖家チーム。張り切って先頭を進む姫香と護人、そして間を空けての中衛組とさらにその後ろに後衛組。

 最初、そのレア種の姿は全く前衛組の視界には入って来なかった。小サイズの魔人ちゃんが、あのゴミの山に潜んでいると指差しするまでは。

 2人が視線を向けると、そのゴミ山はゆっくりと動き出した。


 いや、それは腐肉の山だった……ゴミが鱗みたいに身体にくっ付いているが、果たして何の役に立つのやら。それは予想以上に大きく、まさしく肉食恐竜の姿をしていた。

 狂暴な大きな口元、それから剣の様に背中から生えている背ビレに似た各種ゴミ。空気を震わす鳴き声に、一瞬皆が浮足立つも。自分の使命を思い出した姫香が、一投目を敵の顔目掛けて投擲する。

 それに反応した腐肉恐竜が、何と腐敗のブレスを放って来た!


 標的にされた姫香を、護人が咄嗟にガードする。『硬化』のスキルを使用して、薔薇のマントを盾の様に広げ。マントもそれを支援してくれて、2人分の体はレア種のブレス攻撃を綺麗にガードに成功した。

 後方にもダメージは及んだようで、そこかしこから混乱した意識が上がっている。そして残念ながら、姫香の投擲したシャベルは敵のブレスで弾かれてしまっていた。

 そして地上からは、馬の蹄の音が3つ響いて来て。


 それを迎え撃つのは、ブレスを受けても全く元気なルルンバちゃん。香多奈の応援を受けて、馬力が上がりまくっている。それに乗車しているのは、誰あろうエースのミケである。

 スケルトン騎士は、各々が長い槍と立派な盾を装備していた。更には兜を被っている奴もいて、前情報より遥かに強そうに見える。

 馬も腐肉ゾンビながら、立派な面構え。





 ――そんな連中に対して、来栖家チームの反撃が始まった。






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