第85話 夏休みの実験と訓練が着々と進む件



 昨日の川キャンプは楽しかったねぇと、朝からテンションの高い香多奈は中庭を散策中。お供にコロ助を従えて、返事を期待せずに話し掛けるのも毎度の事。

 もっとも、変質して以降は犬達の感情も何となく察知出来るようになって来たのも事実で。それどころか、妖精ちゃんやルルンバちゃんとも意思疎通が可能となっている始末。

 異国語とのバイリンガルだねと、姉にはからかわれるけれど。


 動物やAIお掃除ロボは、異国語を話さないと思う末妹である。通訳の仕事はそれなりに楽しいので、将来その仕事を生業にしても良いかも知れない。

 いや、それ以上に探索のお仕事も宝物が見付かれば楽しいけれど。昨日のキャンプで持って帰った、良い感じの長さの棒切れを振り回しつつ少女は思う。

 将来は、お姉ちゃんみたいな剣士になるぞと。


 姉の姫香が振り回しているのは、まぁ備中鍬で余り格好良くは無いども。妖精ちゃんが巻物で強化してくれた結果、それも大鎌のような形状に変化してそれなりに見栄えは良くなっていた。

 そしてその戦い振りも、何と言うか人を魅了する……有り体に言えば格好良いのだ、自分も将来そうなりたいなと香多奈は切実にそう願っている。

 その為には修練だ、秘密の特訓って何て格好良いのだろう!


 そう思いつつ、香多奈はお昼前に納屋の裏の特訓場にやって来て、棒切れを振り回しているのだった。コロ助は遊んで貰えると思っているのか、早く棒を投げてよと隣から催促。

 そして少女に体当たりして、凄まじいちょっかいを掛ける始末。いつもの事なのだが、大型犬のじゃれつきは慣れていない者には相当キツイ。

 そして香多奈が癇癪かんしゃくを起すのも、まぁいつもの事。




 そんなホンワカした来栖家チームだが、ここ数日ただ遊んでいただけでは決してない。いや、子供たちは夏休みなので、遊んでいても全然構わないのだが。

 香多奈は夏休みの宿題に関しては、もうほとんどを終わらせてしまっていた。自由研究に関しては鶏の卵の孵化実験を選択、叔父の護人の監修のもと日々励んでいる。

 もっとも、孵化まで約3週間は掛かるそうではあるけど。


 その間に、毎日転卵したり湿度のチェックをしたりと、やる事は意外とあったりする。ヒナが孵ったら探索に連れて行きたいと、香多奈は内心で楽しみに計画しているのだけど。

 “変質”は生き物の性質を、大幅に変えてしまう事もあるのだそうで。魔素にひたると言う意味を、軽々しく考えては駄目だよと叔父に怒られてしまった。

 そんな訳で、その計画は仕方なく断念する事に。


 そんな香多奈も、検卵で命の営みに触れる機会があって、考えを大幅に改める事に。いや、茶々丸が産まれた時も大騒ぎして走り回った記憶はあるけれど。

 卵の中の小さな命が、ヒナの姿を見事に形作っているのを目にして。一緒にいた紗良といたく感動、これって命について真面目に考えさせられる自由研究だなと、しみじみ思ったモノだ。

 今から、孵化の瞬間が待ち遠しくて仕方が無い香多奈である。


 そして紗良がようやく、ハスキー達の戦闘用ベストを3着とも仕上げ終わって。次の探索から、実戦投入が可能との嬉しいお知らせが。

 これでハスキー達の怪我の程度が、多少とも軽減されると思うと。作った紗良も感無量、護人も喋れないハスキー軍団に代わってお礼を述べてくれた。

 まぁ、試し着した際の犬達の表情はかんばしくはなかったけれど。


 この暑い中、何でこんなモノを毛皮に重ねて着なきゃなのと、その青い瞳は切実に物語っていた。それを敢えて無視して、主人の護人は今後の探索での着用を義務付ける事に。

 何しろこれも、命に係わる案件なのだから。


 ちなみにコロ助の戦闘ベストは、仕上げるまで紗良はかなり苦労していた。何しろ彼は香多奈の『応援』で巨大化するのだ、工夫しないと巨大化で破けてしまう。

 そんな訳で、コロ助のベストは太いゴムバンドを多用して、サイズの変更にも対応出来るように作った紗良である。何しろハスキー軍団で、一番怪我が多いのもコロ助なのだ。

 香多奈はこの装備を凄く喜んだが、本人はやはり迷惑そうと言う。


 それでも、来栖家チーム的に言えばこの出来事は大きな進展になったのは事実。これで次回また強敵に遭遇しても、心の重荷は少しだけ軽くなった気がする。

 例え犬達が装備を有り難く思って無くても、大事な事だと割り切って着用はして貰う所存。夏の間は大変かもだが、2か月もすればもう秋だ。

 それまで何とか、我慢して欲しいと思う紗良だったり。



 それから夏休みの間の子供達の日課だが、勉強の時間が少し短くなった代わりに。香多奈みたいに、スキルを含めた戦闘練習の時間も定期的に始めてもいたり。

 その結果、紗良が実習訓練でも使用していた『光紡』の応用技だとか、姫香の『圧縮』の2つ同時使用だとか、応用力は増えて行く結果に。

 これも怠けずに、特訓を続けていた結果である。


 前回香多奈が覚えた『魔術の才』だが、残念ながらその効果は今の所ハッキリせず。恐らくは魔法に関する補助系のスキルなのだろうが、末妹が持っている『応援』に効果が及んでいるのかいないのか。

 全く分からず、本人は何とも締まらない表情である。その点、ツグミが覚えた『隠密』の効果は素晴らしかった。使ってみてと姫香がお願いした途端、ツグミがその場から消えたのだ!

 これには、その場にいた全員がビックリ!


 戦闘での不意打ちとかにも使えそうだし、何とも良いスキルを得たモノだ。そう喜ぶ子供達だったが、一方の理力の特訓はほとんどはかどっていない有り様で。

 これには師匠役の魔人ちゃんも困りモノ、最近はめっぽう存在感の薄い彼ではあるが。透明な魔石が案外レアで、数が不足しているのだから仕方が無いとも。

 今後も恐らく、ミニサイズでの登場となる予感。


 理力の使用方法は、護人とハスキー軍団も交えて割と賑やかな特訓となっていた。この大切さは皆が理解しており、例えばこの前のゴーレムや硬い敵と遭遇した場合にとても応用が利くのだ。

 例えばダメージが通らずあたふたしている間に、味方が倒されてしまったら目も当てられない。ハスキー軍団も動物系のモンスターには強いが、牙の通じない敵に当たると攻撃方法を封じられてしまう。

 今の所は、魔法の攻撃で賄える場合もあるのだけれど。


 硬い敵や通常攻撃でダメージを与えられない敵に対して、何らかの対抗手段は欲しい所。魔法または魔人ちゃんの言う所の理力での攻撃、それに類するアイテムや武器とかでも良いけど。

 将来的に、無いと探索中に詰まってしまう可能性があるのは大いにあり得る。個々に汎用性があった方が良いのも、これまた当然の事実である。

 生き延びるための修練は、いつだって必要だ。


 これに大いに乗り気なのは、当然ながら若い姫香と香多奈だった。涼しい時間帯や夕方には、決まって厩舎裏の訓練場で棒っ切れを古タイヤ相手に振るっている。

 師匠役の魔人ちゃんの話によれば、理力を正しく使えば棒っ切れでも古タイヤを切断とか可能らしい。どこのゲーム設定だよって香多奈は思うが、実はB級ランカー辺りは普通に使える技術なのだそう。

 本当にビックリである、世の中は知らない事だらけ。


 もっとも、この事実を教えてくれたのは情報収集に長けた紗良だったけれど。相変わらず彼女は毎晩、生き抜く手段として動画視聴からの情報集めに余念が無い。

 それとは全く別の角度から、来栖家チームにこの前情報が寄せられて。姫香の友達からのライン通知によると、怜央奈のチームに『占い』スキル持ちがいるらしく。

 姫ちゃんのチームは、数か月以内にレア種に遭遇する確率が非常に高いと言われたそうで。それに対抗するために、秘かに実力をつけている所である。

 何しろ最初のレア種との遭遇戦は、本当に大変だったので。



 そんな秘密の訓練は別として、来栖家の農場は今年も豊作である。トウモロコシやトマトの出来も順調で、キュウリやゴーヤもビックリするくらいに実が生っている。

 毎朝の出荷も一苦労と言うか、嬉しい悲鳴を上げている状況で。それからダンジョンから持ち帰った、ルキルの苗も立派に育って行っており。

 つい先日、それぞれの枝に実が生っているのを発見!


 鑑定プレートで調べた結果、ちゃんとスタミナ&パワーが30分程度アップする能力は付いていた。これが大量に生産出来るとなると、ちょっとしたモノである。

 今は持ち帰った4株を、鉢植えで育てているけれど。将来的には、来栖家の果樹園の隅に植えても良いかも知れない。果樹園と言っても、趣味程度の大きさで柿や梅が大半だけど。

 これらは世話いらずで、農家の大半が育てている木である。




 とにかく訓練は地味に続けられつつ、しかし魔人ちゃんが納得するような成果は上がらない中。そんな特訓の日々を縫って、香多奈がルルンバちゃんの強化もしようと言い出した。

 それは週末に差し掛かった、前回のイベントから既に数日が経過した暑い日で。要するに、暇だった末妹は家族でお出掛けを欲した模様。

 前から懸念されていた、ルルンバちゃんが階段を上手く降りれない問題にスポットを当てた格好なのだが。確かにそれが解消されれば、彼も万能に一歩近づけるかも?

 護人は暫し考えて、まぁ取り敢えず出掛ける事は承知する。


「あっ、出掛けるなら私も行くよ! 今度の青空市までに、私専用の名刺を作りたいんだよねっ。護人叔父さんが持ってるの羨ましいし、私も探索と農家のお手伝い頑張ってるてしょ?

 チーム『日馬割』の名前と活動も、もう少し広めなきゃね!」

「あ~っ、それいいなぁ……私も欲しいけど、ダメ?」


 可愛らしくせがむ香多奈のお願いは、もちろんノーではあるけれど。姫香に関しては、自分のお小遣いで作ると言うので反対は出来ない。

 探索と農業就任の、既成事実になってしまうようで護人的にはダメ出ししたい所だが。頑張っているのは本当なので、仕方無いなと内心で苦渋の決断。

 それ位なら、こちらからお金を出すよと提案して。


 そんな訳で、紗良を含めて家族全員でお出掛けの流れに。今回は連れて行って貰えると知って、ルルンバちゃんもご機嫌である。夏の暑い日差しに負けず、飛行モードで車に乗りこむ。

 ついでに食料品や生活用品も買い込もうと、田舎のついでルールが発動して。賑やかな道中になりそうな気配、香多奈は早くもアイス買ってねと、半分以上目的を忘れている。

 それでも街での買い物は、それなりに成果は上がった様子で。


 買い物奉行の紗良も満足げ、香多奈もアイスと新しいサンダルを買って貰えてご満悦の表情。ついでに姫香も、印刷所に寄って自分の名前の名刺を予約して貰った。

 そして自分の働く意義への、モチベーションをガッツリ得た様子。実際彼女の今年の儲けだが、探索者としての分け前を入れると下手な大学出の初任給より凄いかも。

 ただし、探索者などずっと続けて行ける職業でも無いのは確か。


 危険だし魔素の影響がどうなるかも定かでないし、護人としては飽くまで副業に留めておきたいのが本音。地域貢献とかそんなしがらみで、急に辞める事は出来そうに無いけれど。

 なるべくなら、関わりたくないってのが偽らざる事実なので。稼げる時に稼いで、身体が丈夫なうちに本業1本で余生を過ごしたいって消極的な考えである。

 人生ってば、長いようで短いのである。


 ただまぁ、逆もまた然りと言うか……短いと思い込んでいても、その道のりは意外と長くもあって。色んな人や物と関わって行って、子供達には人生の彩りを華やかにして欲しいのも事実。

 そんな訳で、ルルンバちゃんもそんな人生の良きパートナー(?)には違いなく。今後の探索を快く同行して貰えるようにと、やって来たのは“早川モータース”である。

 ここは来栖家行きつけの、隣町の自動車屋さんで。


 修理や車検、中古車の販売まで何でも請け負ってくれる中堅の自動車販売&修理会社である。社長のおっちゃんとも長年の顔見知り、農業用の機械まで取り扱ってくれるハイスペック振り。

 護人のキャンピングカーの改造も、ここに頼んだと言う経緯があって。しかもここで働いている、社長の息子さんとも年代が近くて親しいと言う。

 そのせいで、割と護人は車関連の我がまま依頼を通し易かったり。


「ようっ、護人ちゃん! 今日は家族で来たんか、偉い別嬪べっぴんさんも連れて来とるけど……もしかして、護人ちゃんの……?」

「違う違う、彼女は親戚を引き取っての同居人ですよ。それより今日は、ちょっと厚かましいお願いがあって来たんですけど……」


 ルルンバちゃんに良さそうな、いらない車の部品を分けてくれとのお願いだけど。簡単にオッケーを貰えて、息子さんが案内してくれると申し出てくれた。

 ここの会社と言うか修理工場の裏手には、パーツ取りとの名目でスクラップ同然の車が大量に置かれている。それから農業用の機械も同様に、トラクターや草刈り機なども結構な数があったりして。

 それを知ってるので、期待は割と大きかったのだが。


 興奮しながら飛翔するルルンバちゃんは、周囲を高速で飛び回りやがて農業用の機械コーナーへ。その中から、自分の新ボディに最適の1台を見初めた様子で。

 香多奈も強そうと声を上げ、姫香もコレあったら便利だよねと思わず感心するそれは。社長の息子さんによると、壊れて部品取り用だから30万で良いよとの事。

 新品なら百万以上するので、まぁ格安の値段ではある。





 ――それはボディがこすれた空色の、少々与太よたった小型ショベルだった。







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