第84話 川辺のキャンプで女子たちで盛り上がる件



 その日は朝から快晴で、気温も夏真っ盛りで絶好のキャンプ日和だった。来栖家の子供達は、朝からテンション高く大盛り上がりで。ハスキー軍団もそれを受け、興奮模様で庭をうろついている。

 今日のお出掛けは、ミケやルルンバちゃんを含めて家族全員での計画である。きれいに磨かれたキャンピングカーは、家の前で出番を待ちびており。

 もちろん日々の習慣の、家畜の世話や野菜の出荷作業は終了済み。


「目的地には1時間ちょっとで着くからな、お昼をバーベキューで楽しんで後は自由時間だから。ちゃんとしたキャンプ場じゃないから、何の施設も無いけど。

 トイレとかキッチンは、車の使えば問題ないよな」

「了解っ、遊びの道具や水着とかも全部もう積んであるよっ、叔父さん! 後は麓に降りて、一緒に行く人を乗せてから本当の出発だねっ!」

「ハスキー犬達とミケを乗せちゃうね、護人叔父さん……はあっ、良い天気だしお出掛け楽しみっ!」


 それは良かったと、企画した護人もまずは一安心。後は目的地の穴場の川辺が、昔と変わっていなければ良いのだが。その辺は、行って確認しないと分からない。

 紗良が作り終わったお握りの類いを、大事そうに抱えて家から出て来た。それから玄関口を施錠して、家を留守にする最終チェックを始めている。

 暫くして、出発準備はオッケーとの通達が。


 それでは車を出すよと、護人はキャンピングカーをスタートさせる。車内のリビングでは、犬達が自分の寛ぐ場所を求めてうろつき回っている。

 ミケは早々に、窓際の一番良い場所をキープ。そこから離れるように、妖精ちゃんは姫香が座る助手席へと早々に避難して来ている。

 香多奈は早くもはしゃぎ回っており、スマホでの撮影に余念が無い。


 そして15分後には、麓の集会所前で停車するキャンピングカー。待ち合わせていた林田妹と、それから能見さんがそこには私服姿で待ち構えていた。

 林田兄もいたけど、どうやら見送りオンリーらしい……ってか、恐らくは愚図ぐずる妹を必死にここまで連れて来たのだろう。明らかに表情の優れない美玖だが、逆に能見さんは物凄く晴れやかな表情で。

 子供たちに挨拶しながら、キャンピングカーに乗り込んで来た。


「本日はお招き頂いて、本当に有り難うございます。来栖家のイベントなのに、割り込んでしまうのは図々しいかなとも思ったんですけど。

 キャンピングカーで川遊びに出掛けるって、そんな楽しいキーワードにどうしても抗えなくって。無理やり有給取って、参加を決め込んでしまいました!

 今日は一日、宜しくお願いします!」

「テンション高いね、能見さん……今日はオフなんだから、改まった態度じゃ無くていいよねっ! ささっ、車に入って寛いで下さいな。

 美玖ちゃんも、どうぞ中へ!」


 そんな感じで今日のキャンプ参加者は全員が集合、賑やかにしながらキャンピングカーは再出発を果たす。女子を中心の会話は止まる事を知らず、勢いは休暇のテンションも相まって最高潮へ。

 まだ目的地にも着いていないと言うのに、この騒ぎ様は大丈夫なのかと。運転手の護人は心配するけど、案の定の美玖だけはこの勢いに乗り遅れている模様。

 兄の心配も、どうやら的外れでは無い様子。


 それでも姫香も後ろの席に合流して、農業の話になると会話の参加率も少しずつ増えて来て。叔父の護人にそれとなく事情を聞かされていた姫香は、そのコミュ力を如何いかんなく発揮し始める。

 その場を仕切り始めた姫香は、末妹に芸の披露を指示。広島出身の『パフューム』と言う女性アイドルグループの、歌とダンスを香多奈は数曲分覚えているのだ。

 それを移動中に、頑張ってみんなで覚えようと提案して。


 先生役に抜擢された香多奈は、大張り切りで教え始めるのだが。年長組の能見さんと紗良は辞退して、姫香と美玖と香多奈の3人でユニットを結成する事に。

 ハスキー達が見守る中、少女たちの猛特訓が始まる。一方の能見さんと紗良は、研修旅行の話題で盛り上がっていた。お土産を渡しに行った際に、少しだけ話はしていたのだが。

 詳しい経緯は、時間の都合上で聞き出せなかったのだ。


 能見さんの興味は、主に広島市の協会の規模にあったのだけど。お土産を含む販売コーナーでは、片田舎の日馬桜町の協会とは比べ物にならない。

 ってか、そもそも日馬桜町の協会には物販コーナーは無いのだが。将来的には欲しいと思っている、能見さん的にはその差にはショックを覚えている様子。

 そしてその横では、軽快な末妹の歌声が響いていて。


 ダンスの指導も熱心で、小学生の間では皆が踊れると言っても良い流行モノだったり。香多奈もキヨちゃんとリンカで、4曲程度なら完璧に踊れる持ち歌があるのだ。

 目的地に着いたら、叔父さんに披露するからねを合言葉に特訓は続く。運転手の護人は蚊帳の外だが、それはそれでお気楽模様で。お気に入りのCDをかけながら、ドライブを楽しんでいる。

 そして1時間半の後、ようやくの目的地へと到着。


 ここは護人が若い頃に発見した、キャンプ場でも何でもない穴場の川辺だった。景色は壮観で、近くには滝もあって上流ながら流れの緩やかな個所もあり。

 泳ぐのにも持って来いの、キャンプには最適な場所である。


 野に放たれた子供たちは大はしゃぎ、それはハスキー軍団も同じ事。周囲の安全を確認するためだろうが、物凄い勢いで駆け回り始めている。

 お招きされた能見さんと美玖も、周りの景色を眺めてウキウキ模様。護人も同様で、まずは目的の地が変わりなかった事にホッと安堵のため息。

 それから子供たちに、荷物の運び出しを指示する。


 数分後には、キャンプの陣地は何となく形になって来た。そうすると、今度は細かな作業とか探索作業に人数を振り当てる事となって。

 姫香が犬達と、周囲の安全確認と薪拾いに行くよと挙手してくれて。そのお供にと指名されたのは、ドライブ中に少しだけ親しくなった林田妹だった。

 戸惑う美玖だが、この提案には尻込みしつつも同意して。


 一方の居残り組だが、バーベキューの支度をしたりベース基地を綺麗にしたりと忙しい。もう着替えて泳いでいいかと、せっかちなのは香多奈ただ一人と言う。

 お昼までにはまだ少し時間があるので、ひと泳ぎするのも別に構わないのだが。誰か大人が見張って無いと、急に溺れたりした時の対処が出来ないのも困る。

 そんな訳で、その役は能見さんがしてくれる事に。


 こうして野に放たれた少女は、マッハで買って貰ったばかりの水着に着替え。コロ助をお供に、澄んだ川の中へと果敢に飛び込んで行く。派手に水を撒き散らして、両者は川の冷たさを心から楽しんでいる模様。

 監視役の能見さんも、一緒に水着に着替え済みで川の中へと足を浸していた。その内にお昼の支度を整え終わった紗良も、レイジーと一緒にその集団に加わって。

 まるで小学生の子に戻ったように、童心で川遊びを楽しみ始める。


 30分後に戻って来た姫香が、既に遊んでいる連中に文句を言う一幕もあったけど。それ以外は概ね順調、姫香と美玖も水着に着替えて川遊びに参加して。

 護人は2人が拾って来てくれた焚き木で、早速キャンプファイヤーの真似事を開始。車の位置にはベースキャンプもしっかり整っていて、これで寛げる空間は取り敢えずの出来上がり。

 満足した護人も、少しだけ泳ぎに参加する。




 それぞれが川遊びを満喫して、水からいったん上がろうって話になったのは、お昼の1時頃に差し掛かってから。太陽は空の真上で、燦々さんさんと照り輝いている。

 お腹空いたねと大声での催促は、案の定の香多奈が一番手だったけど。実は思いは皆同じで、そろそろお昼に取り掛かろうよと姫香が家長に催促して。

 炭火もバッチリ用意していた護人は、それではとバーベキューの開始宣言。


「コロ助ったら、普段はあんなにシャンプー嫌がるのに、水遊びは一番はしゃいでるんだよっ! ずっと水の中で泳いでたよね、よく疲れないなぁ」

「ハスキー達は、揃って暑いの苦手だもんねぇ……でもはしゃぎ具合は、アンタが一番だったわよ、香多奈」

「泳ぐの達者だったねぇ、香多奈ちゃん……潜水時間も凄かったし、ビックリしちゃったよ!」


 そう口にしたのは、律儀にずっと少女の監視役を務めていた能見さんだった。少女は河童もかくやとの泳ぎ上手で、少々の川の流れでは全く問題にならないレベル。

 ちなみに広島にも河童伝説は多く、猿猴えんこうと言う河童の一種の伝説はとても有名である。広島市内には猿猴えんこう川なんて地名もあって、広島市の隣の東広島市の『どんどん淵峡』も河童(猿猴)伝説で有名である。

 護人のお気に入りのこの支流は、そんなのとは全く無縁だけど。


 そんな会話を挟みながらも、キャンプのお昼は賑やかに過ぎて行く。紗良の作って来たお握りが、子供たちの手で瞬く間に焼きおにぎりに進化して行き。

 能見さんの差し入れのお肉はもとより、来栖家の持ち込んだ自家製の野菜やお肉も、網の上で焼かれて消費されて行く。皆の食欲は止まる事を知らず、能見さんはビール缶を御呼ばれしている様子。

 護人は残念ながら、帰りの運転があるのでそれを我慢。


 姫香も運転は可能だが、さすがにサイズの大きなキャンピングカーを任すのは少々怖い。更に知らない山道と、不安な条件も重なって丁重にお断りして。

 美玖は運転どうなのと、そこから話は林田妹へと移って行った。日馬桜町の最初の民泊者なのに、実は付き合いの浅かった彼女に対して。

 そう言えばこの前の青空市でも、スキル反応してたよねと興味は尽きない。


 能見さんも、協会の仕事をいつも手伝って貰って、本当に感謝してますと話に参加して来る。照れた様子の美玖だったが、来栖家の緩い雰囲気に人見知りも緩和されている感じで。

 運転はまだまだ練習中で、この前取得したスキルは『風刃』と言う名の攻撃魔法だったと告白する美玖。お~っと盛り上がる子供たち、香多奈も本気で羨ましそうでいいなぁを連呼している。

 アンタに攻撃魔法はまだ早いよと、姫香はそれを一蹴いっしゅう


「それじゃあ美玖は、探知系と攻撃魔法を持ってる事になるんだ、……凄いじゃん、両方とも探索には使い勝手良さそうだし。

 私の『圧縮』なんて、散々使い方を工夫しないと役に立たなかったんだよ?」

「お姉ちゃんは、確かに派手なスキル持ってないよねぇ……私もレイシーとかミケさんみたいな、派手な魔法が欲しいなぁ!」

「あぁ、いつも動画を編集してて思いますけど……あの2匹は何と言うか、B級ランカーにも引けを取らない攻撃力を有してますね」


 能見さんも認める、レイジーとミケのパワーはやはり世間的に見ても大したモノらしい。護人はそれを誇らしく思いつつ、香多奈が攻撃魔法を持つ日が来ないように秘かに願ってみたり。

 何しろヤンチャな娘なのだ、これ以上歯止めが利かなくなったらと思うと恐ろしい。そんな末妹だが、ハスキー達に焼いたお肉をお裾分けして幸せそう。

 そして食後の余興にと、姫香と美玖を交えて歌を披露すると発表。


 もちろん香多奈がセンターで、是非とも叔父さんに観て貰うのだと大張り切り。学芸会のノリだが、従う姫香も満更でもない様子。美玖だけは、ひたすら照れていたけど拒否権は無い様子で。

 さっきまで散々車内で練習していた、パフュームを振り付けを加えて歌い出す3人娘。ひたすら元気な香多奈が目立っているが、姫香も負けてはいない。

 良く分からない姉妹間の遣り取りの果てに、楽曲は終了して。


 護人は楽しかったので、惜しみない拍手をお返しして。何曲かのアンコールを経た後、夕方まで自由行動の流れに。但し遠くには行かないようにと、子供たちには釘を刺しておいて。

 自分は焚火を眺めつつ、レイジーを傍に侍らして自然の景色を楽しみ始める始末。もともとソロキャンプでは、こんな時間が大好きだった護人である。

 子供たちが少々騒がしくしても、自分の領分は崩したくない。


 お酒を飲んでしまった能見さんも、ベース基地でまったり過ごす事を選択した様子。護人と会話を楽しみながら、“魔境”と呼ばれる地元について議論する。

 護人は別に何とも思っていないが、外からやって来た彼女にしてみたら歯痒い状況には違いなく。何しろほぼ探索者もいない、協会の立場も微妙な時期からのスタートだったのだ。

 今でも常に、少しでも発展を願って止まないのが現状で。


 そんな話をしている間も、子供たちは水辺できゃぴきゃぴと遊んでいる。香多奈など、滝の近くの岩の上から華麗に飛び込みを決めていて。

 まだまだ遊び用の、体内電池は切れていない様子。ただそれで安心して見てると、突然切れる事があるので近くの大人は油断出来ない。

 時間はまったりと過ぎて行く、本物の秘境みたいな山奥の川辺で。





 ――そんなキャンプの醍醐味を、来栖家と招き客で存分に楽しんだ一日だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る